#224/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/03/09 00:00 (201)
そりゃないぜ!の恋13 寺嶋公香
★内容
ロングホームルームでの議題は、文化祭の出し物について、だった。前にい
た学校では、クラス単位で何かするのは三年生のみだったが、こっちでは、一
年生のときから何かやるらしい。と言っても、希望するクラスのみだそうだ。
最初に、参加したいかしたくないかの決を採ると、何と、全員一致で「参加
したい」の方に軍配が上がった。乗りがいいねえ。
「参加する方向で考えていきます。では次に」
教壇には三井さんが立って、進めていく。議長と呼ぶには少し幼い印象を与
えるが、凛々しいな。後ろで板書している副委員長の渡辺が、最初は雑用係に
見えていたのに、今や羨ましくなってきた。
「何をやりたいか、意見のある人……待って。みんな参加したいって言ったん
だから、やりたいことの希望もあるはずよね」
教室全体を見渡し、皆に聞く三井さん。女子の大部分と一部の男子(僕もね)
がうなずき返した。
「それじゃあ、順番に言ってってもらっちゃおう。えっと、はい、そちらの前
から。どうぞ」
彼女から見て左端の列を指名する。これだと、僕は最後から数えて七、八番
目だな。意見を持ってなくはないが、自分に回ってくるまでによい案が出たら、
それにのっかってもいい。
最初に、定番のお化け屋敷や模擬店といったものが挙がったあと、女子の一
人が言った。
「劇。短いのでいいから」
これも定番で、提案が出たときは、ああそれねってな感じで受け止めたんだ
が、次の女子が「同じく劇。寸劇がいいかな」と発言したのをきっかけに、何
だか変な空気になった。次から次へ、女子が賛成するのだ。「お姫さまの出て
来るやつ」「和風は衣装大変だから、洋風で」「エキストラはいくらでも増や
せるし」等と、すでに決定したかのように意見まで添えて。
さらに、男子も何名かちらほらと賛成を表明するに至り、やっと気付いた。
何らかの根回しが行われていたってことだ。まあ聞いてないのは僕一人だけじ
ゃないようなので、腹立たしくはないが、狙いが分からない(だって、体育館
を確保するのは無理に決まってるから、教室でやるんだろう。教室でできる素
人劇って、たかが知れてるんじゃないか?)だけに、少々不安。
よって、劣勢は重々承知の上で、少数意見を出しておこう。
「射的」
中三のとき、クラスでこれをやったら、結構評判よかった。それに、小さい
子がどんどん挑戦してきて、どんどん失敗してくれて、儲かるんよ。って、悪
徳商人か、僕。
そんな抵抗は敢えなく撃沈。寸劇が最多得票となった。
「この結果を受けて、寸劇を私達の出し物として、実行委員会に提出します。
判定結果が出るのは、三日後ぐらいになるのが通例になってるそうです。他の
クラスとの兼ね合いや内容によっては、必ずしも許可が下りるとは限りません
ので、そのつもりで」
三井さんはそう前置きし、次に大まかな内容をどうするかの話し合いに移る
ことを宣した。これを決めて書類にまとめて提出しないと、文化祭実行委員会
も判定しようがない。
「さっきも言ったけれど、王子と姫の物語!」
何なんだ、それは。大まかすぎて分からん。と言うか、王子と聞いただけで、
白タイツのちょうちんブルマを思い浮かべてしまう。そんなことこの場で言っ
たら、激しく間違っている!、と女子から一斉にどやされそうやな。うーん、
まあ、お笑いにするんならやってみてもええ。元々きちっとした型があるから、
いくらでもギャグを仕込める。白馬の王子様が百貫でぶだったり、中世なのに
警察官が出て来たりするだけで、くすりとさせるぐらいはできる。
「でもって、お姫さま役は万里ね!」
なぬ?
女子のあっかるい声による提案に、僕は関西弁での思考をやめた。
三井さんがお姫さま……いいんじゃない? 凄く似合う。簡単に想像できた。
金髪のかつらを被らなくてもプリンセスが務まるのは、このクラスには三井さ
ん唯一人。
賛成!って叫んで、諸手を挙げそうになってしまった。が、さすがに自粛。
そういうことは、大勢の女子がやってる。
では当の三井さんはどうなのかな、と前を見る。
「え、私?」
そんな感じに、自分自身を指差してる三井さん。見る見るうちに、ほっぺた
が朱色に染まっていく。
「どうして? 他にも適役はたくさん……」
困惑顔の彼女に、蓮沼さんが両手でメガホンを作り、
「いいから、いいから。気にしない!」
などと妙なエールを送る。三井さんは理由を知りたがったのに、これでは答
になってない。でも、僕としてはかまわないけどね。三井さんのお姫さま姿が
見られるんだから。
しかし、そうなると、お笑い路線に走る訳にはいかん。三井さんのために、
最高にきれいな物語を用意したいではないか。
「配役はともかく……」
気を取り直した風に、耳元の髪をかき上げる三井さん。
「だいたいの粗筋を決めないと、委員会に出せないわ」
意見を求めると、答が一気に返って来た。
「舞台はヨーロッパっぽい感じで」
「戦争が終わったばかりで不安定っていうか、弱肉強食っていうか」
「お姫さまの国は弱小国の一つで」
「国民のために、仕方なく政略結婚に応じるの」
「ロマンだわ」
ロマンかマロンか知らないが、割と真面目なストーリーだな。ありがちな気
がしないでもないけれど、こういう方が最大公約数的に受けるということも理
解できる。M黄門の印篭やY新喜劇のギャグがワンパターンでも大向こう受け
するのと同じだ、多分。
このあとも二つ三つ、小さなアイディアが出されて、それらと最初の“ロマ
ン”を手際よくかつ分かり易くまとめた粗筋が、三井さんと渡辺によってこし
らえられた。
「これで提出するから、もしも承認されなかったとしても、恨みっこなしって
ことにしてね」
主役を務めるはずの人のごめんなさいポーズで、ロングホームルームは幕を
閉じた。
放課後、三井さんが車で下校したあとになって、やっと舞台裏を知ることが
できた。
「万里に、花嫁気分を一足先に体験させてあげるのよ」
僕に舞台裏を明かしてくれたのは、蓮沼さん。凄い計画でしょ、とでも言い
たげに胸を張る。
「ちょっとしたプレゼントって訳」
「そうそう。俺達、友達思いだもんな」
剣持の奴も、最初から知っていたらしい。そういえばロングホームルームの
時間、こいつもお姫さまのロマンに拘っていたっけ。
どうやらクラスの大半が計画を端から知っていたらしく、異なる意見を出し
たのもわざとで、一種のカムフラージュだと言う。
「何で教えてくれなかったんだよ。知ってりゃ、喜んで賛成したのに」
ふてくされ気味に抗議すると、蓮沼さんがさも当然と言った顔で、こっちを
指差してきた。
「転校生だから、どのぐらい口が堅いのか分からなかったもの。関西人て、口
が軽そうなイメージ、根強いからさあ」
「失礼な」
答えながら、笑ってしまう。なるほど、そういう風な目で見られていたのか。
仕方がない気もするなあ。
「それにさ、おまえ、三井さんと結構親しく話すようになってたろ」
剣持が補足する。
「事前に計画を知ったら、つい、三井さんに教えてしまうんじゃないかってこ
とも心配したんだよ。口の堅さとは関係なしにな」
「それはない。こう見えても、面白おかしい策略を巡らせるのは好きだし、得
意だぞ」
後ろめたさがある場合は、そうでもないが……。
「一足先に花嫁気分はまあいいとして、一体誰が王子をやるんだよ。クラスの
誰がやっても、三井さんには物足りないだろ」
「そこなのよね。いいアイディアはあるんだけど、実現できるかどうか、まだ
可能性は半々てところなのよ」
「いいアイディアぁ?」
そんな物があるとは思えなかったので、疑問形でそっくりそのまま繰り返し
てしまった。
当然のごとく、蓮沼さんは不愉快そうに口元を歪める。横目でこっちを睨ん
できた。
「あるわよ。岡嶋君は、クラスの人間しか文化祭に参加できないと決め付けて
るわね」
「……まさか」
彼女の言葉でぴんと来た。クラス以外の人間、いや、学校外の人間を使うつ
もりだ。そこまで範囲を広げるなら、三井さんにとって最高・最適の該当者は
あいつしかいない。
「冗談じゃない!」
「まだ何も言ってないんだけれど」
「言わなくても分かるさ、そんぐらい。本物の花婿を、由良長太郎を王子役に
するってんだろ」
ずばり、言ってやると、図星だった。蓮沼さんはにんまりと笑うだけだった
が、剣持の方が感心しつつ、
「お、よく分かったな。案外、いい勘してる」
と失礼なことを口走る。
「勘じゃねえ。考えたらすぐに分かる。だめだ、そういうんだったら、賛成で
きないね」
「どして?」
舌足らずな物言いで、蓮沼さんはまだにやにやしてる。
「万里にとっちゃあ、これが最高の組み合わせっていうことは、岡本君の目か
ら見ても明らかのはずよ」
「ああ、最高だろうさ。しかし」
啖呵を切ったはいいが、あとが続かない。理屈が見つからないのだ。あいつ
と結婚させたくないから、たとえ劇でも二人がカップルになるのを見たくない
……なんてのは口にしたくないし。
「しかし、何だ?」
「しかし……外部の人を参加させて、本当にいいのか」
トーンダウンを自覚しつつ、思い付いたことをぶつける。果たして返答は、
予想通り、イエスだった。
「だめでも、認めさせるだけの理由があると思うよ。万里のことは他の学年で
も、ちょっとした話題になってるからね。その二人を使う劇なら、実行委員会
も大歓迎で認めてくれるわよ」
自信たっぷりだな。ひょっとして、根回しが進んでいるのだろうか。
いや、そんなことよりも。
他に反対する理由を考えねば。何かないか、何か……。
「あ!」
「どうした?」
急に突拍子もない調子で短く叫んだ僕を、剣持と蓮沼さんが奇異の目で見る。
僕は彼ら二人のどちらともなしに尋ねた。
「劇では、結婚式の場面があるんだよな?」
「え? ええ。私一人で脚本を考える訳じゃないから、断言はできないけれど
も、多分、そうなるでしょうね」
「じゃあ、反対だ」
こういうとき、雑学を活用するとは、自分の記憶力に感心する。
「結婚を目前にした男が、相手の女の花嫁姿を見てしまっては、幸せになれな
いっていうジンクスがあったぜ、確か」
「本当か?」
剣持が疑わしそうに聞き返してくる。いや、僕も詳しくは知らない。聞いた
ことがあるだけってやつだ。
女史なら知ってるんじゃないかと期待して、蓮沼さんを見る。すると彼女は
「うん、確かにそういうジンクスはあるわね。私も聞いたことある」と認めた。
さすがに苦々しい口調だ。
「西洋の言い伝えだったと思うけど、日本でも割と担ぐ縁起よね」
「へえ、知らなかった」
剣持は素直に感心し、うなずいている。分かればよろしい。
「そういうことだから、由良の出演に反対。それが無理なら、三井さんに花嫁
姿をさせるのに反対」
ついでに、由良が文化祭に来ることにも反対する理由ができた。強制力なん
てこれっぽちもないと分かっていても、何だか嬉しい。
「万里が花嫁じゃなきゃ、由良さんを出す意味がないじゃないの」
「だから、由良じゃなくていいじゃないか。クラスの男子の中から選ぼうぜ」
「それも悪くないな」
剣持がこっちに寝返ってくれた。ありがたい。
蓮沼さんは「何言い出すのよ!」とかんしゃくを起こしたみたいに叫んだが。
「だってさ、三井さんはじきに一人の男のもんになってしまうんだぜ」
剣持が語り出したが、蓮沼さんが急に恐い目つきになった。どうしたのかと
思い、一歩下がって見守っていると、いきなり、
「女は結婚したら男の物になるって言うのは、この口かぁ〜!」
などと言って、剣持の頬を引っ張る。大福餅程度に弾力があるのか、結構伸
びるもんだ……と感心する場面ではないよな。恐しいのう。
「いててて!」
剣持は悲鳴を上げて、慌てて逃れた。頬をさするだけで、文句を言い返そう
とはしない。言っても無駄と承知しているのかもしれない。
――続く