#220/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/03/04 00:00 (298)
金差の勝利 2 永山
★内容
宗方の遺体を見つけたのは、関ではなく、レンドルだった。
「君は中を頼む。私は家の周りに異状がないかを見よう」
レンドルの指図を受けて、開いていた玄関から駆け込んだ関が屋内を見て回
っていると、レンドルが庭先で声を上げたのだった。
最悪の事態を目の当たりにした関とレンドルは、それでも救急車を呼んだが、
専門家による蘇生術措置も奏功しなかった。救急隊員が駆け付けた時点で、宗
方は既に死亡していたという。後に出された死亡推定時刻は、午後五時半から
の一時間。犯行時刻は電話での応答から五時半頃と見なされるので、襲われた
あともしばらく生きていたと考えられた。
宗方の家にある小さな庭は、細い生活道路とは背の低い生垣で隔てられてい
る。宗方は、リビングルームからフランス窓を通じてそこへ這い出たかのよう
にして倒れていた。スーツ姿のまま後頭部を細長い形状の凶器で殴られ、背中
の中程辺り、やや左寄りの一点を刺身包丁で深々と刺されていたのだ。刺し傷
の方は凶器がそのまま残されており、宗方家の台所にあった物と考えられる。
加撃は連続的で、どちらが致命傷かは夜が明けた現段階でもまだ不明。恐らく
複合的に作用し、死に至らしめたとの見方が有力。
家の者は不在だった。男女一人ずつの子供はそれぞれとうに独立し、妻の照
子(てるこ)と二人暮らしを送っていたが、近頃不仲となり、照子はふた月ほ
ど前から里帰りしていたという。この辺りの事情に関して、学校側は全く把握
していなかった。
宗方宅は建て売り分譲地の一戸建だが、周りがほとんど埋まっていないこと
もあって、有力な目撃証言はまだ得られていない。
「ここ、学校から宗方さん宅まで、車でおよそ三十分。いいですな」
大庭(おおば)と名乗った刑事は、手帳をちらちら見ながら関に云った。事
件翌日、臨時休校となったが、事件の関係者と見なされた関やレンドル学校長
らに、休みはなかった。
刑事達は学校の一角で話を聴きたい様子だったが、休校とはいえ生徒の出入
りがあるので許可できないというレンドルの強い表明により、教職員寮の一階
談話室が当てられた。ただし、宗方のデスクを見たいとの意向に応じるため、
一人だけ刑事を校内に入れた。
「そんなところでしょう」
答えたのは関。大庭は目を部屋のあちこちに向けて間を取りながら、質問を
重ねていく。
「電話を通じて宗方さんの異変を知ったのが、昨日の午後五時半頃。ところが、
あなた方が到着したのは六時十分ぐらいだったと聞いてます。これは?」
「私と学校長の二人で相談し、支度をした時間を含めると、十分ほど要したか
もしれません」
「なるほど。それでは次に、電話の声は、宗方さんに間違いなかったですかね」
「……どのような意図で、そんなことを聞くんです?」
まさか自分が疑われているのか。警戒する関。大庭は頬に皺を作り、笑顔を
見せた。
「あなたの証言を云々する前に、大きな疑問がありまして。どうしてわざわざ
電話中の宗方さんを襲ったか、というね。おかげで通報され、犯行とその後始
末に使える時間を縮めてしまった。犯罪者心理としちゃ、不可解極まりない」
「云われてみれば、確かに……」
顎をさすり、斜め下を見つめながら考え込む関。刑事の言葉に、面を起こさ
せられた。
「そこで、本当に宗方さんの声だったか、確認したいのです。声色か何かなら、
犯人は偽のアリバイ作りのためにやったと考えられる。犯行時刻はもっと前で、
余裕たっぷりだったと」
「しかし、あれは間違いなく宗方先生の声だったと思います。それと、差し出
がましいようですが、刑事さんの述べた犯人の計画は辻褄が合ってない気がし
ます。私が電話をしたのは、宗方先生が校長室に姿を現さなかったからです。
そして、宗方先生はメモの一件があったからこそ、帰宅された」
メモの一件については、既に警察に話してある。
「メモのいたずらが起きなかったか、あるいは私が電話しなかったなら、犯人
の計画は破綻です」
「……そのメモも犯人の仕業ではないかと考えておるんですよ。まだ飽くまで
も可能性の段階ですがね」
関は感心した。昨日の今日で早々と捜査方針を立てたことになる。
「学校関係者に犯人がいると踏んだので、レンドルさんに情報提供を求めたの
です。お国柄なのか、人権意識がなかなか高く、苦労させられましたが」
大庭の遠慮のない物言いに、レンドルはわざとらしく肩を竦め、首をぷるぷ
ると横に振った。
「生徒とその家族の個人情報を欲されても、即答は無理だ。すんなりどうぞと
云えるはずもない」
動機の存在を盾にした警察の強い要請に、レンドルが折れた形だったらしい。
個人情報を渡すのはコンクール出場者に限ること、リストアップした者の指名
を報告すること、事件解決後、提供した情報は全て破棄すること等を条件に、
渋々ながら応じたという。
「ご苦労は分かりますよ。だが、昨日、コンクールが関係しているのかもしれ
ないと云い出したのは、関さん、あなたじゃありませんか」
レンドルから関に目を戻す刑事。
「我々は調べない訳にいかない。動機面から、生徒とその血縁者を洗うのが筋
だというのは、分かっていただけますね?」
「はあ……」
「動機を論うのなら、宗方先生のご夫人もですな」
レンドルが口を挟むと、大庭はあっさり認めた。
「そうなります。どの程度の不仲だったのかを調べ、殺意たりえるかどうか見
極めねばならない。まあ、それ以前に、宗方照子さんにはアリバイがありそう
ですがね。東北の実家にずっとおられたようですから」
「迅速な仕事ぶりには、感心させられますな」
レンドルが背もたれに身体を預けながら云った。大庭は「遺族に知らせる必
要がありましたので」と涼しい顔で応じる。
「ところで関さん。あなた、何日か前に不正を頼みに来たらしい女性と会った
と云ってましたよね。この寮で」
昨晩、特待生に選ばれるか否かが動機になり得ることを分かってもらおうと、
関は刑事に、寮を訪れた女性について話していた。
「はい。毎年一人ぐらいはいますよ。困ったものです」
「今年はそのときの女性だけ?」
「さあ……私が知る限りはそうです。他の先生方からもそんな話は聞いてない
ですし」
「では、今年の時点で不正をしてまでも特待生になりたい、という執着を見せ
たのは、その女性一人ということにしましょう。犯人につながりがあるかもし
れないと思いませんか」
「あり得ないとは云えませんね。でも、関係あるとも云えない」
率直な意見だ。しかし、大庭刑事は食い下がった。
「レンドル校長から提供された個人情報を基に、何人かをリストアップします。
顔写真が手に入ったら、関さんに見てもらいますので、そのつもりでいてくだ
さい。おっと、その前に、女性の特長を伺わせてください。絞り込みの材料に
しますので」
関の感覚では、犯人とは思えないのだが、協力せざるを得ないようだった。
一個人としてならまだしも、先生という立場からすれば、殺人犯の正体は大
して気にならなかった。そんなことよりも、特待留学生の選考をどうするかが、
大きな問題になっていた。
宗方の遺志を尊重するか否か。残った者だけで決めるか、新しい人間を補充
するか。飽くまで話し合いで決めるか、多数決を採用するか。
対策会議において、このような点をはっきりさせなければならない。特に、
宗方の遺志は厄介だった。生前の宗方が、二階堂早苗と堀田のぞみの二人が有
力だろうと語っていたのを聞いた教職員が何名かいた。その遺志を汲んで、二
階堂と堀田の二人を対象にした決選投票はどうか、という案が出されたが、宗
方発言の信憑性や、演奏会の前の段階での言葉をそのまま受け取ってよいもの
か等と疑問が呈され、決定に至らない。
混乱に輪を掛けたのは、選考に関わる八名の教師が大なり小なり、殺人犯と
つながりのある生徒を選びたくはない、と考えているらしいことだ。もし仮に
ある生徒のために犯人が宗方を殺害した、あるいは生徒自身が殺害したのであ
れば、そのような者の思惑通りには絶対にさせないという意識が、会議の場を
支配した。
換言すると、犯人が捕まるまで選考決定は不可能、となってしまう。
「二階堂や堀田は、宗方先生も期待を掛けていたし、有力な候補者という自覚
があった。彼女達が宗方先生を亡き者としようとするには、理由がない」
関は直接指導をした生徒を庇って、熱弁をふるった。が、バイオリン以外の
専門教師からは、冷ややかに扱われた。「宗方が選考会の前日辺りに、二階堂
と堀田のどちらか一人を推すような発言をし、それが推されなかった方の耳に
入ったとすれば、宗方排除の動機が生まれる」という恐るべきこじつけ罷り通
った。慎重を期したと云えば格好はいいが、要するに自分の教え子から特待留
学生を出したいのである。
大きな権限を有した人物がいなくなったことで、会議は踊り始めていた。
関が警察署に呼ばれ、大量の写真ファイルの前に座らされたのは、事件発生
四日目だった。
「身長や容姿、年齢で、関さんの証言に合致しそうな面々をピックアップして
おきました。勿論、適当に幅を持たせてはいますがね」
大庭は以前会ったときよりは丁寧な物腰で、関を案内した。若い婦警も同席
している。
「全部で何人ですか?」
どちらともなしに聞く。返事したのはやはり大庭。
「父兄ばかり三十三名。内、男が三人だから、父兄ってのも変か。母親や姉、
おばの類を中心にピックアップし、写真を揃えたものです」
「男もですか」
「変装もありだと考ました」
「いや、しかし、あの声は女だった」
「念のためですよ。さあ、お願いします。茶と菓子ならたっぷりありますんで」
「三十三人なら、そんなに時間は掛からない気もしますが」
「いえいえ。じっくりと見てください。間違いの起こらぬように」
「これだという一人に絞れるかどうか、自信ありませんが、やってみます。私
流のやり方でかまいませんか?」
この申し出は刑事に意外だったらしい。目を「ん?」と見開き、次いで訝し
げに細める。
「まあ、かまいませんが……問題があるようだったら、あとでもう一回、初め
から見てもらうことになるかもしれません」
「いいですよ」
椅子をしっかり引き、取り掛かった。
第一印象を大切にしようと考えていた。まず、写真を一枚ずつ、ぱっ、ぱっ
と見ていき、似ていると思った物だけ取り分ける。一巡したあと、今度は似て
いると感じなかった物を、改めて、今度はじっくりと見る。その中で、やっぱ
り似ているかな?と思えた物をチョイスする。それらを合わせ、吟味していけ
ば、たどり着くのではないか。
尤も、ピックアップした中に該当者がいなければ、無駄骨になるが。
そして取り組むこと一時間余り。
「多分、この誰かだと思えるのですが」
申し訳ない気がして、それが声に表れていた。四人まで絞り込んだが、そこ
からあとは決め手がなかった。
「それで充分ですよ。実際に会ってみましょうか。全体の雰囲気や声で判断で
きるはずです」
四葉の写真を順に見ながら、大庭は云った。それから手元の写真を婦警に渡
し、記録を命じる。
「実際に会うというのは、私も相手に見られるのですか?」
「マジックミラーを通しただけでは、声はともかく、全身から発散する雰囲気
は掴めないんじゃありませんか」
「しかし……下手をすると、生徒との信頼関係を損ねかねないし、逆に女が犯
人だとしたら私の身の安全を……」
様々な不安が脳裏をよぎる。
「それでしたら、まず、声だけ聞いてもらいましょう。声で一人に絞れたら、
問題ないのだから」
「ええ。そうしてください。頼みます」
「録音したものなら、多分、今日中に揃いますよ」
「早く済ませて、肩の荷を下ろしたいんです。ぜひ」
まさか殺人犯とは無関係だろうと頭では思っても、警察が真剣に追うのを見
ていると、万々が一にも……と恐れる気持ちが生まれた。
「あの、捜査の進み具合はどのような感じなんでしょう? 私の記憶だけじゃ
なく、警察はさぞかし有力な証拠を掴んでいるのではないかと思うんですが」
安心を得たい、そして会議を前進させたい。そんな精神状態から尋ねる関。
婦警に何ごとか耳打ちし、外に出した大庭は協力への返礼のつもりか、関に対
して捜査状況を少しばかり明かした。
「宗方さんが当日、帰宅した時刻を絞り込めそうなんですよ」
「それは結構なことですが、どのようにして」
「バックに流れていたという南国風の音楽、あれを調べてみると、木藤という
先生が海外研修の際に録ってきた音源ディスクからテープにダビングし、事件
の日の朝、宗方さんに渡した代物だと分かりました。テープは片面四十六分。
モードは表が済めば続いて裏面を再生する、要するにオートリバースの状態だ
った。さて、ここでまたあなたの協力が肝心になってくるのですよ」
「な……何です?」
意表を突かれて、関は腰を浮かした。今日は写真を見、記憶を辿るだけでは
なかったのか。
「先生はさぞかし耳がよいことと思います。音への関心も高いでしょうから、
記憶も確かなはず」
奇妙な煽てられ方を体験していたところへ、最前の婦警が大きなカセットレ
コーダーを抱え持って、再入室してきた。
「あ、関さんの前に置いてくれ」
「はい」
命じられた通り、機器を長机に置く婦警。愛らしい返事とは裏腹に、がたご
とんと音を立てるほど粗っぽい扱い方だ。
「ついでに再生ボタン、押して」
「はい。これでしたよね」
機械が苦手なのか、あるいはそう装って男社会の中で生き抜いているのか、
若い婦警は恐る恐るといった仕種で、再生ボタンを押し込んだ。
流れてきたのは、事件の日、電話越しに聞いた曲。間違いない。直接耳にす
ると、案外テンポが速いと分かる。ゆったりとした主旋律に小刻みなパートが
連続している感じだった。
「これを聴いてもらって、関先生が電話口で耳にしたのは、どの部分だったか、
思い出してほしいんですよ」
「ははあ……狙いが分かりましたよ。私の記憶を基に、宗方先生がテープレコ
ーダーの再生ボタンを押した時刻を決定しようと考えたんですか。なるほど。
ですが、一つの曲に繰り返し出て来るメロディがあって当然なので、正確な時
間は弾き出せませんよ」
「かまいません。絞り込めればいい」
「宗方先生がテープの頭から聴き始めたとも限らないでしょうし」
「いや、それは間違いないと思っています。和田部さんの話だと、きっちり巻
き戻した状態で手渡したとのこと。真っ先に聴きたがっていた曲というのもな
かったそうですしね」
宗方の性格からして、無理のない想定だと関自身も思った。
「分かりました。取り掛かりますので、静かに願います」
「ああ、お邪魔でしょうから、我々は外に出ます。気の済むまで聞いてくださ
い。そのテープはダビングした物ですから、仮に擦り切れたとしても証拠物件
を破損したことにはなりません。ご安心を」
面白くもない冗談を残し、大庭は婦警とともに部屋を出て行った。
「結局、異変が起きたのは、テープ頭から三十八分と……四十五秒ぐらい経過
した時点だろうという結論に落ち着きました」
ほぼ半日、捜査に協力した翌日、レンドルへの報告に来た関は、手書きのメ
モ用紙から顔を上げた。
「ということは、どうなる? 演奏会の終了が四時五分頃。すぐに音楽堂を出
て、職員室で帰り支度をし、駐車場に行ったとすれば、ここを発てるのは四時
……十五分ぐらいか」
「警察でも同じ見方をしました。宗方先生の自宅到着は四時四十五分。中に入
って、一息ついてテープの再生を始めたのが四時五十二分頃とすれば、これへ
三十八分を足すことで五時三十分となります。矛盾なしという訳です」
「ふむ。足取りが掴めただけでも、儲けものか。しかし犯人特定には直結しな
い。もう一つのテープ――君が写真から選んだ人達の声の方はどうなったね」
「残念ながら、特定できませんでした。土台、無理なんです。ほんの数分間だ
け会話した声を覚えているなんて。音ならともかく、声は……」
「関先生が選んだという四人の氏名を、私も聞いておいた方がいいかな?」
「学校長が望むのでしたら、生徒の氏名ともどもプリントした物を用意し、お
渡ししますが」
「別に望んじゃいない。君も同意見と信じているが、寮を訪ねてきた女性を今
度の犯行に結び付けるのは、牽強付会ではないかな」
「はい。警察は真剣に追ってますが、私自身はちょっと……」
「ドライに考えてみよう。問題の女性は、宗方先生の住所を知らなかった。ど
こに住んでいるかも知らない、もしくは知らなかった宗方先生を殺害するより
も、特待生選考のライバルとなる生徒を狙う方が、遥かに簡単だ」
言葉通りのドライさに、関は戸惑った。だが、反論する点は見当たらない。
「ま、まあ、下調べの手間を比べれば、そうかもしれません」
「効果の面でも云える。宗方先生を亡き者としても、犯人の望む生徒が選ばれ
るとは限らない。ライバルを消す方がまだ計算が立つ」
「そうなってくると、動機は別にあるのかもしれませんね」
「私が主張したいのもそれだよ。君の一言が、動機検討の余地を狭めてしまっ
たのではないかと危惧している」
指摘に沈黙した関。確かにそうかもしれない。
ただ、宗方照子のアリバイは、複数からなる第三者の証言により、完璧に成
立したと聞いている。夫婦間のトラブルでもないとすれば、あとは何が残って
いるのだろう……。
「夫人との仲が険悪になった原因は、聞いたかね?」
レンドルも似たような思考経路を辿ったと見える。関は首を横に振った。
「聞けば教えてくれたかもしれませんが、聞いてません。プライバシーに関わ
ることですし、奥さんのアリバイ成立で事件とは関係ないと思えましたので」
「仮の話でも死者を貶めるのは翻意ではないが、不仲の原因がたとえば、宗方
先生の女性問題だったとしよう。相手の女性が宗方先生を殺害した可能性、な
いとは云い切れまい?」
「……迂闊でした」
「恐縮しなくても、警察はとっくに調べているだろう」
レンドルは意地悪げに笑った。これを見て、関は悟った。「君の一言が、動
機検討の余地を狭めてしまったのではないかと危惧している」の台詞は、関を
脅かすために誇張したものだったに違いない。
「どうだろう? 現時点で私の見解は、宗方先生が殺されたのは、コンクール
と無関係だ。特待留学生選考を粛々と進めるべきと考える」
「分かりました。では、調整に入ります。最初に、学校長の意向を伺っておき
ましょう」
「そうだな。宗方先生の遺志云々の意見が出ていたが、彼の遺志を正しく斟酌
するのは最早不可能であり、また万人を納得させえない。死んだ者に振り回さ
れるのも愚かしい。今年、遺志を尊重するのであれば、来年以降も同様にしな
ければいけなくなる。よって、宗方先生の影は払拭してもらいたい」
「学校長の意見となれば、皆も承諾することでしょう。ですが、そうすると、
欠員の問題が浮上しますね」
レンドルはしばらく考える素振りを見せ、やがて云った。
「今回に限り、私が代役を務める、というのはどうだね。演奏会に最初から終
わりまで居合わせた者の中から選ぶしかない訳だが、私以外の誰がなっても、
異論が出ると思う」
「なるほど……。妙案です。その線で進めることとしましょう。話し合いで決
めるか、多数決になるかは、会議の流れに任せればよいでしょうし」
混迷が嘘のように、あれよあれよと筋道ができあがる。レンドルが思慮を巡
らせていたことを見せつけられた関は、ただただ感心し、従うほかなかった。
「新しい人を迎えるのは来年からでよかろう。その人選の問題は後回しになる
が、まずはきちんとした選定システムを作らねばな」
レンドルは事態が収束に向かうのがよほど嬉しいのか、目を細めていた。
――続く