AWC そりゃないぜ!の恋10   寺嶋公香


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#217/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/02/27  23:33  (202)
そりゃないぜ!の恋10   寺嶋公香
★内容
 何で言い淀む? これはもしかすると、あの想像で当たっているのか? 姉
を結婚させないために嘘をついたという……。
「なあ、広海君。僕は君のお姉ちゃんの友達から、こんな話を聞いたんだけど
な。由良っちには隠し子がいるって。それを言ってたのは、広海君だって」
「……言ったよ」
 小さい声での答。
 ふーっ、と吐息して、僕は目線を起こす。ガラス窓の方を向いた泉が、聞き
耳を立てているのが気配で分かった。“おばさん”そのものだなと、笑ってし
まいそうになる。
「その噂を、君はどこで聞いて、知ったんだい? 僕ら高校生が知らないこと
を知ってるなんて、凄いな」
「……凄いくないっ」
 返事がきつめの口調になった。変な言葉になったのは、感情の乱れってやつ
だろうか。
「どうして? もし秘密があるんだったら、僕にだけ教えてよ。誰にも言わな
いからさ」
「誰にも言わない? 絶対にだよ」
「ああ。男の約束だ」
 指切りの仕種もやって見せたが、さすがに広海君はしなかった。もしかして、
指切りげんまんを知らないのか。時代の流れを感じる。
 やがて広海君は思い切ったように言った。
「隠し子がいるって考えたのは、僕だよ」
「考えたというのは、どういう意味? 由良っちに本当は隠し子なんていない
のかな」
「うん……」
 答えたあと、うなだれた。小さな身体がますます小さく見える。
 告白を聞いても最早衝撃はなかった。残されたのは、確認作業のみ。
「どうしてそんなことを考えたんだい。由良っちを嫌いなの? 今日一日、仲
よさそうに見えたけれどなあ」
「前は嫌いじゃなかった。お姉ちゃんと結婚するって決まってから、うまく言
えないけど、嫌いになった感じ」
 漠然と想像していたことが、悉く当たったようだ。山勘が当たって、今まで
で一番嬉しくないな。ない知恵を絞って、わざわざ遊園地まで付き合って、明
るみに出た真相がこれでは腰砕けもいいところ。
 あ、力が抜けた。へなへなと身体を壁にもたれさせる。
 僕の脱力に、広海君は気付いた様子もなく、子供らしくない深い息をついた。
 泉を見やると、話が終わったのかどうかを気にする風に、肩越しにちらちら
とこちらを窺っていた。
 窓の外に視線を移すと、観覧車はすでに四分の三は回っていた。潮時だ。
 もういいぞと妹に言おうとした矢先、広海君がまた喋り出した。
「由良っち、女の人にとてももてるんだ。色んな人とデートしてたみたい。お
姉ちゃんが夢中になるのも分かるけれど、でもやっぱり似合わないと思う」
「――広海君、それ、ほんまか」
 思わず、関西弁が出た。怪訝そうにする広海君に、「由良さんが色々な女の
人とデートしていたのって、本当かい?」と言い直す。もしかすると、突破口
になるんじゃあ……?
「ほんとだよ。見たもん。女の人はいつも違ってた。三人ぐらいいて」
「じゃあ、広海君は、そのことから隠し子の話を思い付いたのか」
「うん。それにね、岡本さんのお兄さん」
 言いながら、右手の人差し指と親指で、小さな円を作る広海君。それを僕の
目の前に突き出した。
「これくらいの赤いきれいなアクセサリーみたいなのを、由良っちの車の中で、
拾ったことあるんだよ」
「へえー、そいつは凄い発見だ」
 台詞は白々しくなってしまったが、実際、凄い発見だと感じていた。だが、
まだ誰の物か分からないし、いつ拾ったかも不明だ。ぬか喜びは御免だ。
「君があの車に乗ったのって、今日が初めてじゃないんだ?」
「そうだよ。小さい頃から乗せてもらってた。十回以上」
「アクセサリーを拾ったのは、いつ頃か覚えてるかい」
 残り時間に焦りながら、質問を畳み掛ける。答えるスピードの遅さにじりじ
りさせられた。
「うーんとね。多分、六ヶ月くらい前。お姉ちゃんと由良っちの結婚の話をお
父さん達が初めてしたときより、あとだったはずだから」
「その、何ていうかな、由良っちは身の回りをきれいにしたとか整理したとか、
言ってたかな」
 これは意図が伝わらなかった。気が急いて、突飛もないことまで聞いてしま
ったな。失敗失敗。小学四年生を相手にかみ砕いて説明し直すには、時間制限
がきつい。パスだ。
「アクセサリーを見つけた日、車に乗ってた女の人って、誰だか分かる?」
「ううん。でも、お姉ちゃんじゃないのは間違いないよ」
「拾ったアクセサリーは、今も広海君が持っているのかな」
「……由良っちには内緒だよ」
 その言い方だけで充分だ。物的証拠ってやつが、由良の手を放れてこっちに
あるも同然て訳だ。
「まさかそのアクセサリーって、お姉ちゃんの物じゃないよね。由良さんがお
姉ちゃんにあげたとか」
「違うと思うよ。もしそうだとしたら、由良っち、もっと大騒ぎしてるに決ま
ってるよ。お金持ちだけど、お金を無駄にするのが嫌みたいだから。昔、ソフ
トクリームを買ってもらったことがあって、僕が少ししか食べない内に落っこ
としたら、買い直してくれたんだけど、凄く不機嫌になったんだ。怒鳴られは
しなかったよ。でも、恐かった」
「食事を残すと怒るタイプだな、きっと。もったいないお化けってやつだ」
 僕の言い回しを広海君は気に入ったのか、そうだね!と応じた。
 おっと、いけない。係員が見えてきた。そろそろ終わりだ。それでも念のた
め、聞いてみる。
「あ、もう着いちゃうな。景色、ほとんど見られなかったねえ、広海君。もう
一回、乗るか?」
「うーん、いいよ、別に」
 意外に早い返事。子供の遠慮って訳じゃなさそうだ。
「だって、由良っちとお姉ちゃんをまた二人きりにさせたくないから」
「三井君。あなたって、お姉さん子だったのね」
 いきなり泉が身体ごと振り返って、デート相手をびしっと指差した。もう一
方の手は腰に当てている。格好いいぞ、ははは。
 観覧車を降りると、三つほど先に乗っていた三井さん達二人が待っていた。
「いい景色だったね。最後に観覧車、よかった」
 三井さんが満足した様子で言う。僕もうなずいた。
「うん、よかったよ、観覧車」
 それから由良をちらりと見た。

 自宅への帰路、車中で由良を女性問題で質問攻めにする訳にも行かず、また
作戦を立て直す必要ありと感じたので、広海君から聞いたことは、ずっと胸の
内に仕舞っておいた。泉も心得たもので、なーんにも聞いてませんでしたって
素振りを通してくれた。
 あとは、広海君が帰ってから、三井さんにこのことを漏らしてしまわないか
どうかだが……まあ、漏らしたとしても、僕にとって悪い方には転がるまい。
楽観視しておこう。
 さて、明けて月曜日。学校に着くなり、知念さんと会った僕は、成果の報告
を行った。
「へえ〜。思わぬ拾い物っていうか、瓢箪から駒が出たって感じ」
「だろ? 隠し子ほど強烈じゃないけれども、由良の奴が女性関係をきっちり
していないとしたら、結婚の話をご破算に持っていけるかもしれない」
「女たらしっていうのは、私のイメージした通りだわ。型にはまりすぎて、笑
っちゃいそう」
 ほんとに笑う知念さん。それをぴたっと止めると、聞いてきた。
「それで、具体的にどうすればいいか、名案は浮かんだ?」
「寝ながら考えたんだが、名案じゃないんだよなあ。由良の周囲の人に聞いて、
女性を特定するとか、広海君が拾ったアクセサリーを三井さんに着けてもらっ
て、あいつの反応を見るとか」
「面白いからやってみたいけど、あの男の息の根を止めるのには弱いわね。の
らりくらり、言い逃れされそう」
 同感だ。僕らには今、武器がこれ一つしかない。安易に使って、不発に終わ
らせちゃあ、絶対にだめだ。
「思うに、三井さんの気持ち次第なんだよな。いくら由良を追い込んでも、三
井さんが心変わりしてくれなきゃ無意味ってもの」
「そうね。でも、由良の無様なところを見たら、自然と心変わりするもんよ」
「うーん、そう信じたいけど」
 昨日一日、遊園地で、由良と三井さんとの仲のよさをそれとなく見せつけら
れた立場としては、懐疑的になってしまう。少々のことなら由良が土下座でも
すれば、三井さんは恐らく目を瞑るだろうな、と思うようになっていた。確信
はない。ただ、三井さんの由良に対する愛情は本物っぽい。親に勧められ、内
心は嫌々ながらも、結婚に応じたんじゃないかと、密かに期待していたんだけ
どな。どうやらそうじゃないって分かった。
「いっそ、由良の男としてサイテーな物事をもっと集めて、三井さんにありの
ままを、小出しに伝えた方が効果的じゃないかなって思わないでもない」
「小出しにするのは、その度に由良が万里に謝って、万里が許したと思ったら
また新たなネタが出て来るっていう寸法ね。いいんじゃない? そのやり方な
ら、万里も気付くわ」
「うん。成否は、どれほどのネタを集められるかに掛かってくる」
 そこが厳しいハードルだ。手元にある武器を目一杯分割しても、異性関係の
幅広さ、結婚話が持ち上がった頃も付き合っていた、物的証拠としてのアクセ
サリー、この三つにするのがやっと。強いネタが、あと二つはほしい。
「由良の甥っ子とかは、どうなのかな」
 知念さんが言った。どうなのかなとはどういう意味?
「広海君が役に立ってくれたように、由良の甥っ子からも、何か聞き出せるん
じゃないかなってことよ」
「由良の味方やないか」
「分かんないわよ。この間、岡本君自身が言ってたじゃない。由良に喋らせる
とか何とかって。それに比べたら、試す価値充分ありだと思うけれど、違うか
しら? 接触はまた妹の力を借りればいいんだから、簡単でしょ」
「うーん」
 泉に再び協力を求めるのは、負い目を増やすようで気が進まないのだが。そ
れに恐らく、今回は泉も断るんじゃないかと思う。
「やれること全部やって、努力し尽くさないと、きっと後悔するわよ〜」
「それも真理だよなあ」
 気が進まなくても、やらねばならない。そんなことは世の中にたくさんある
んだろう。
「あんまり期待しないでくれよ。広海君のときと違って根拠ゼロだし、由良の
甥っ子が何か知ってても全然喋らない可能性の方が高いんだから」
 僕は予防線を張っておいた。それは自分自身に対する線引きでもあった。

 三井さんとは昨日の思い出話をしつつ、弟の様子がどうだったかも、さりげ
なく聞いた(つもり)。
「うん、それはもう、抱きしめたくなるほどかわいい反応でね。ご機嫌なんだ
よー。泉ちゃんをもっと好きになってるし、岡本君、あなたのこともとても気
に入ったみたい」
「それはよかった。小さい子に懐かれるのは結構自信があるんだ」
「岡本君、胸を張るだけのことはあると思う。広海ったら、由良さんよりも岡
本のお兄ちゃんの方がいいね、なんてことまで言い出すんだから。私、どうし
たらいいのか困っちゃった」
 微笑みながら語るその横顔を見ていると、ぽーっとしてきた。嬉しいことを
言ってくれるね、三井広海。泣けてくるよ。とほほって感じが七〇パーセント
ぐらいあるが。
「機会があったら、また行きましょうよ」
 僕の気持ちなんぞつゆ知らず、三井さんが無邪気な調子で提案してくる。
「今度は遊園地じゃなくて、映画とか、スポーツもいいかな。夏なら、海や湖
で泳ぐのも悪くないわ」
「……」
「ん? なあに?」
「いや、何でもない。楽しみにしているよ」
 僕は曖昧に笑った。
 実際のところ、由良が来るのなら次からは遠慮したいよ、と言いたかったの
だけれど。

 確か三度目になる兄からの頼み事を、泉はげんなりした表情で受け止めた。
「嫌じゃあないわよ」
 由良の甥っ子をデートに誘ってみてくれないかと頼んだ僕の前で、泉は人差
し指をちっちっちと振った。そういう仕種を覚えるのはかまわないが、実生活
で使うのはよせ。
「お駄賃もらったり、遊園地で遊んだりで、私も得してるんだから。そのこと
には感謝してもいいわ。でもねえ、立て続けに別々の男の子を誘うっていうの
は、節操がなさ過ぎる!」
 出たな、泉の大和撫子願望。慣れっこになっているから驚かない。自分には
似合わないことを早く気付いてほしいもんだ。
 このあともなだめつつ、頼んでみたが、もっと日にちを空けてからじゃない
といくら積まれても絶対に嫌だと固辞されてしまった。まあ、予測できていた
ので、こっちも落胆はしない。
 何せ、新たに開拓したルートがあるもんな。広海君ルートが。同じクラスで、
それぞれの姉とおじとが婚約関係にあるなら、多分、友達だろう。もしかする
と、この結婚話のせいで、広海君のようが由良の甥っ子を遠ざけるようになっ
た、なんてことも考えられなくはないが。

――続く





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