AWC そりゃないぜ!の恋8   寺嶋公香


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#215/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/02/25  23:33  (186)
そりゃないぜ!の恋8   寺嶋公香
★内容
「ええ。広海は女の子から誘われるの、初めてなんだよー。天にも昇る気持ち
ってはしゃいでた。もう、端から見ててかわいくって」
 そのときの様子を思い出しているらしい三井さんは、微笑みが絶えない。見
ているこっちまで、頬が緩んでくる。
「OKしてくれたからには、僕も責任持って保護者を務めんとな。まあ、任し
といて。広海君が物凄い人見知りする性格だったとしても――」
「その保護者のことなんだけど」
 三井さんが遠慮がちに、右手を肩の高さまで挙げた。
「うん?」
 僕は若干の期待を持って、続く言葉に耳を澄ませる。三井さんが周囲を見渡
し、聞かれていないかどうか気にする素振りを見せたものだから、なおさら。
「岡本君に押し付けるのは気が引けるから、私達が代わりに行こうかって思っ
たんだけど」
「え?」
 何ですと?
「私達って言うのは、もしかして、三井さんと……」
「うん。由良さん」
 きっと惚けた顔つきになっていたであろう僕に、三井さんは満面の笑みで首
肯した。まさかこういう逆提案があろうとは、予想の範囲外。頭がすぐには巡
らない。
 言葉を継げないでいると、三井さんはさらに提案を積み重ねる。
「だって、ほら。由良さんがいれば、車で移動できるでしょう? 泉ちゃんや
広海にとって安全でしょうし、時間も短縮できると思うの。それに、岡本君に
迷惑掛けられない」
「迷惑だなんて、とんでもない!」
 思わず、大声で否定。クラスの他の連中から注目されちまった気がするが、
致し方ない。定型の台詞を口にしたことで、やっと考えがまとまってきたしね。
「泉の方から誘ったんだから、僕が面倒を見るのは当然だよ」
「でも、交通費や遊園地の入場料まで持つって、泉ちゃんに言ったと聞いたん
だけれど、そこまでしてもらうのは……」
「泉のやつ、余計なことを」
 これは本心。舌打ちが出た。
 とにかく、どうしても君の弟と話がしたいんだ。そのためには、たとえ由良
の奴と再び接近遭遇することになってもかまわない。
「お金の話は脇に置いても、三井さん達に保護者を任せると、今度は僕の立場
がなくなるよ。だから、僕も着いて行く」
「それってつまり、岡本君も由良さんの車に乗って行くってこと?」
「そう。あかんか?」
「あかんことない……」
 僕の言葉につられたか、三井さんはそう口走った。と、次の瞬間、顔が真っ
赤になる。こういう仕種を見せられると、ますます好きになっちまう。病膏肓
に入るというか、薮蛇というか。由良に隠し子がいようがいまいが、破断させ
てやる!なんて決心をしてしまいそう。
「あ、あの、だめじゃないわ」
 目を伏せがちにして、急いで言い直す三井さん。
「わ、私も同じこと考えてたの。た、ただね、この間のこともあるから、岡本
君、由良さんとは一緒にいたくないんじゃないのかなーって考えてたわ」
「そんくらいの分別はある。向こうの方こそ、僕に悪い印象持ってるんやない
やろか。それだけが心配や」
 三井さんを不安にさせまいとして、関西弁でソフトさを出そうと努める。
「もし悪い印象持たれとるんやったら、この機会に謝っとくわ。すんまへんな
ーって伝えとって」
「――っ」
 三井さん、ほっとしたのかな。吹き出した。僕の方は密かに安堵。
「あははは。分かったわ。じゃあ、泉ちゃんと広海のデートには、岡本君と私
と由良さんが着いて行くということで、決まりね」
「そうしてもらえるとありがたい」
 やれやれ。どうにかまとまった。
 しっかし、由良の奴と一緒とは、精神的にハードな一日になりそうだぜ。

 転校してきてから初めての試験を乗り切って、一息つく暇もなく、デートの
日を迎えた。
「雲が少し出ているけれど、晴れてよかったわ。ちょうどいいぐらいの暖かさ
だし」
 三井さんは挨拶のあと、手で庇を作って空を見上げながら言った。背景には、
こぎれいな白い校舎や薄茶色の丸屋根を持つ体育館が並ぶ。
 待ち合わせ場所を妹達の通う小学校の正門前にしたのは、それぞれの家から
近いし、泉達にとって余計な不安を与えないためという理由からだ。
 その配慮の甲斐があったのか、泉は兄など目に入らぬ様子で、広海君と仲よ
く喋っている。それとなく観察していると、積極的なのはやはり泉。だが、広
海君とて嫌がっている風ではなく、単に恥ずかしいだけだろう。
 僕は視線を三井さんに向けた。
「まさか、三井さん達も歩いてくるとは思ってなかったよ」
「車で来ると思った?」
 そうなのだ。約束の時刻の十五分ほど前に到着し、泉がそこらをちょろちょ
ろしないよう手を握って待っていた僕は、十分後、少しばかり驚いた。弟を連
れて、徒歩で現れた三井さんに、ただちに理由を聞かなかったのは、彼女と会
って最初の話題が由良のことになるのを避けたかった、ただそれだけ。
「由良さんは仕事の都合で、ここへ直接来るそうなの。私の家に寄るよりも、
僅かでも早いんだって」
 会社に泊まり込んで研究に打ち込んでるってことか。仕事熱心は結構だけど、
今日の運転、大丈夫かいな。
「あ、ついでだから、先に言っておくね」
 何故だか心苦しそうに、上目遣いに僕を見やる三井さん。
「何?」
「今日の費用、由良さんが全部出すって言ってくれて……。多分、由良さん本
人から同じことを言うと思うんだけど、そのときになって揉めてほしくないっ
ていうか……」
 なるほど。支払いの場面になっていきなり由良に「ここは私が」なんていい
格好をされるよりも、前もって三井さんの口から知らせてもらった方が、段違
いに感じがいい。だから僕も受け入れる、と踏んだ訳ね。
「心遣いは嬉しいけれど、少なくとも自分達の分は、自分で払う。それが当た
り前だ」
 知り合って間もない上に、僕にとっちゃ恋敵の男から施しを受けるのは、で
きる限り避けたい。本当は、車に乗せてもらうのだって嫌なんだから。
「そんなこと言わないで。お願い」
 胸元で手を組んで見つめられると、ぐらっと来る。
「由良さんて、ああ見えて頑固なところがあって、『大人の立場の者が出すの
は世間の常識だよ』と言って聞かないのよ」
「でもなあ」
 首を捻り、腕時計を見た。定刻を一分程度過ぎている。遅刻だぞ、由良。婚
約者を待たせるのか、おまえは。
 心中でひとくさり、由良に罵詈雑言をぽんぽん投げかけていると、妥協案が
見つかった。悪くないアイディアだと自負するが、問題があるとすれば三井さ
んの反応だな。
「それじゃあ、こうしようよ。あらかじめ、三井さんにお金を渡しておくから
さ。今日一日が終わってから、由良……さんの財布なりポケットなりに入れて
くれないかな」
「そういうのもちょっと」
 まだ困り顔のままの三井さん。その手を取ると、僕は適当に抜いたお金を押
し付けた。足りないことはないと信じる。
「岡本君!」
 返そうとする三井さんだったが、それをストップさせたのは、広海君の大き
な叫び声だった。
「あ! 来たよ! 由良っちの車!」
 車道の方を見て、その場で飛び跳ねる。それにしても、「由良っち」とは。
単純で面白いニックネームだが、この一事をもって、広海君が由良に好感情を
抱いているのか、それとも逆なのか、判断できそうにない。
 ともかく、由良の登場に、三井さんは僕に返そうとしたお金を、そのまま仕
舞わざるを得なくなった。このときばかりは、由良のナイスタイミングな登場
を誉めてもいいと思ったよ。
 この前見たのと同じ高級車が、正門前に静かに滑り込む。運転席の由良長太
郎は、今日はサングラスをしていない。ウィンドウが下がり、初めてまともに
素顔を見ることになった。
「遅くなって済まない、万里、広海君。それから」
 僕と泉に目を向けてから、相手はにっと白い歯を見せた。
「岡本君、だったかな。おはよう。かわいらしい妹さんともども、歓迎するよ」
「初めましてっ」
 泉のやつ、僕と車の間に割り込んで、深々とお辞儀した。
「岡本泉でっす。今日はお世話になります」
 元気のいい自己紹介に続いて、子供らしい笑みを顔いっぱい、いや、全身に
広げる。如才ないというか何というか。世渡り上手な大人になりそうだ。
「ひあ、よくできました。車の中からで失礼したね。ふむ。広海君に負けず劣
らず、よくできた子じゃないか。家庭での躾がいいんだろうね。親御さんかな。
それとも君が」
 猫被りに騙された上に、興味ないくせに家庭事情まで聞いてくる。僕は適当
に相槌を打ってから、「よろしくお願いします」とできる限り素気なく言った。
 ドアが開いた。僕と小学生二人を後部座席に、三井さんを助手席にと指示す
る由良。
「ちょっと待ってください」
 みんなの動きを止めさせたのは僕。泉が横で、「何よー。ちょっとでも早く
出発しないと、もったいない!」と両腕を掲げてぷんすかやってるが、無視。
「差し出がましいのは承知で言いますが」
 話す相手は由良。
「万が一、事故ったとき、最も危険な座席はどこか、ご存知ですよね?」
「――知っているよ」
 ドライバーは、にやりと笑って顎先だけでうなずく。
「危険発生に際し、運転手が反射的に自らの身を守ろうとしてハンドルを切り、
結果的に助手席を危険にさらすと言うね」
「ええ。ですから、三井さんを助手席に座らせるのはどうかと思いますよ」
 一本取ったつもりだったが、由良も負けてなかった。
「私は凡庸な運転者ではないつもりだ。無論、どんなに上手な運転者だって、
事故に巻き込まれることはあり得る。だから私は、事故が起きたなら、自らを
危険にさらしてでも、同乗者を守るよ」
「……」
 こいつ、よくもまあ、歯が浮くような台詞をいけしゃあしゃあと。寒くなる
やないか。ま、こっちもこのまま引き下がるのは癪なんで。
「由良さんは、これまでに事故に遭った経験は?」
「ないが、それが?」
「じゃあ、事故に遭えば、それは初体験なんですよね。どう反応するかは、そ
のときになってみないと分からない。反射的とはそういうもんじゃないかなあ。
ですから、やっぱりここは」
 三井さんの前を横切り、助手席に乗り込む。
「僕が、一番の危険地帯に座りますよ」
「……よかろう。私の運転に信用が置けないのなら、シートベルトの長さをじ
っくり調整したまえ。シートの位置も適切にな」
 言葉遣いがやや荒っぽくなったな。さすがに腹を立てたか。そういう風に人
間らしい感情を見せてくれた方が、こっちにはありがたい。
 って、当初の目的を忘れてしまいそうだな。今日は広海君と話をする。これ
をしっかり念頭に置き、シートベルトを締める。かちっとな。
「万里達も乗って。シートベルトを忘れずに。ああ、小さい子を手伝ってあげ
るといい」
 カーナビゲーションを操作しながら、由良の目がルームミラーを通して後ろ
を一瞥する。
 僕は振り返って、「手伝わなくていい?」とか「泉、大人しくしてるんだぞ」
などと言いながら、座る位置を認視した。僕の後ろが三井さんで、その隣が広
海君、そして泉だ。
「行き先は前もって聞いた通りでいいのかな」
「ええ」
「音楽を掛けるか、それともラジオを? カーナビを使うから残念ながらテレ
ビは無理だが」
「僕はどっちでも」
 後部座席はわいわいと賑やかだ。三井さんも含め、楽しそうに喋っている。
 対照的に、僕と由良との間には、妙な緊張感が漂ってきた。

――続く





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