AWC そりゃないぜ!の恋7   寺嶋公香


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#214/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/02/24  23:39  (204)
そりゃないぜ!の恋7   寺嶋公香
★内容
「――そいつは……何ていうか、強烈なネタ、だな」
 危うく思考停止しそうになった。世間的には、高校生の結婚というだけでも
充分スキャンダルに映るだろうに、その上、相手の男に隠し子がいるなんてこ
とになったらどうなるんだ。
「まじか? ほんまやとしたら、絶対にやめさせんとあかん、結婚」
 最初の衝撃が過ぎ去ると、“冷静に怒る”ことが可能になった。
「三井さんは、そのこと知ってるんか?」
「いや、だからね、興奮は分かるけれど、あくまで噂だから。ひょっとしたら
万里の耳にも入ってるかもしれない。でも、たとえ耳にしていても、信じてな
いでしょうね。信じたなら、結婚の準備を着々と進めるはずないもの」
「そう……か」
 しばし、言葉をなくす。三井さんのためにどうすればいいかを考える。
「噂の真偽を確かめなきゃ、話になりゃしないな。真実だったら、強力な武器
を得たも同然なんやけど」
「噂の出所、気になるでしょう?」
「当ったり前」
 身を乗り出し気味にうなずく僕に、知念さんは何故か微苦笑混じりに応じた。
「三井広海君からよ。分かるように言い直すなら、万里の弟。何回も会ってて、
すっかり顔馴染みになっちゃってね」
「三井さんの弟って、小学生のか」
「あ、知ってた?」
「妹の同級生らしいんだよ」
「そうだったんだ? へえ、世間は狭いわね」
「身内の話は淀川に流して、その噂、信頼度はいかほどなんだろ? 三井さん
に近いところから出てるんだから信じていいのか、それとも小さな弟の言うこ
とだから信じがたいのか」
「微妙よね。私もだからこそ迷ってて……」
 難しげに、眉間にしわをこしらえた知念さん。目を細くし、考え込む風に首
を左右に振った。
「信じる程度を数字で表したら、とても一〇〇パーセントには届かないわ。た
とえば、その隠し子をどこでどうやって育てているのかとか、その子を産んだ
女性は誰で、関係はきれいに切れているのかとか、具体的なことになると、広
海君、何にも答えられないし、誰から聞いた噂なのかも曖昧」
 それってもしかして……。僕は、喉まで出かかったフレーズを飲み込んだ。
弟の広海君とやらが嘘を吐いている可能性も、結構あるんじゃないか? そう
思えたのだ。お姉ちゃんのことが大好きな弟が、その結婚を邪魔しようと、由
良の悪口を言い触らす――ないと言い切れたらいいのだが。
「真偽を調べるとしたら、どんな方法がある?」
「うーん……広海君から話を聞くしかないわ。それ以外に手がかりないもの。
まさか万里本人には聞けないし」
「由良の住所か電話番号でも分からないか。由良の病院とかも」
「もしかして、由良から直接聞くつもり? そんなの無駄よ。相手にしてもら
えないだろうし、首尾よく行って話ができたとしても、認めるはずない。噂の
真偽にかかわらずね」
「本人に聞いてもしゃあない。でも、あいつの周りの人間に聞くっちゅう手は
どう? 由良の知り合いなら、由良を悪く言わない可能性高いけど、悪い噂が
本当に立ったのなら、広海君のいないところでも広がったはず。それを見極め
るだけでも、意味がある」
「そうね……悪くない作戦だと思うけれど、由良の住所や電話番号が分かった
って、関係者にはつながらないわ。計画倒れね」
 早々とあきらめムードの知念さんだが、僕は自信を持って言い返した。
「由良に言わせりゃええ」
「ど、どうやって?」
「話をしたら、口を滑らすこともあるはずさ。由良の病院に行けば、何か飛び
込んでくるかもしれないし、いざとなりゃ、三井さんに招待客リストをちらっ
と見せてもらう手もある。由良家の招待する人達の中に、隠し子の話がほんま
かどうか知ってる奴がおるかもしれんからな。ところで……結婚式はいつ開か
れる予定なん?」
「そんなことまで聞いてないのっ?」
 小馬鹿にしたと言うよりも、呆れた調子で知念さんは言い、ため息をついた。
「十二月十九日。あの子の誕生日ってことも知らないでしょうね」
「へぇ……」
 じきに来てしまうじゃないか。現実を突きつけられ、内心焦る。
 ともかく、誰を招待するかはすでに決まっているんだろう。
「十六歳になるその日に、結婚しようって訳よ。結婚記念日と誕生日が重なる
と、プレゼントを一つ損するよって言ってあげたんだけど、万里は微笑むばっ
かりで、全然聞いちゃいない」
 肩の高さで両手を開き、首を振る知念さん。ツインテールがやたらと目立つ、
“参ったね”のポーズ。
「それで、結婚式の日取りを聞いてどうするの? 言っておくけど、あくまで
予定だから注意してよ」
「猶予を知りたかったんだ。けど、そないに近いとは予想外。まずいな。結婚
させないように持って行けたとしても、結局、三井さんを傷つけてしまうんじ
ゃないかな……」
「そういう弱気じゃ、端から失敗が見えてるんじゃなくて?」
「……違いない」
 覚悟を決めよう。肝を据えよう。

 とは言え。
 いきなり由良に会いに行ったり、病院へ足を運んだりは、さすがに躊躇して
しまう。知念さんとの話でも出たが、思いっ切り的外れという可能性だって、
まだ充分にあり得るんだから。
 最初は足場を固める。つまり、三井さんの弟、広海君に接触して話を聞いて
みねば。
 僕は帰宅するなり、泉の部屋に直行した。珍しく扉が開けっ放しだったので、
そのまま声を掛ける。
「あ、お兄ちゃん。クラブまだ決めてないの? 帰りが早い!」
「広海君との仲は深まってるか?」
 質問はスルーして、先制パンチ。泉は動揺も露に、転げるようにして椅子か
ら離れた。着ているオーバーオールジーンズは新品で、動きにくそうなのに、
随分素早い身のこなしだった。
「な、何で名前を知ってるのよ。下の名前!」
「おまえらしくもない。俺のクラスには、その広海君のお姉さんがいるんだ。
考えれば分かるだろうに」
 床にぺったんとへたり込んだ妹の前、僕は腰を据えた。あぐらをかいて、余
裕の笑みを作ったら、膝小僧をぐーで殴られた。非力なので全然効かないが、
大げさに痛がってみせる。
 泉は気が済んだらしく、同じようにあぐらをかいた。
「で? 何が知りたいの? 三井君のお姉ちゃんの誕生日なら、まだ分かって
ないからねっ」
「誕生日は他の人から聞いた。広海君を紹介してくれ」
「……小さな弟をかいじゅーして、取り入るつもりなの?」
 聞き覚えたばかりの単語を無理して使うから、妙なアクセントになっている。
「そんなんと違う。大事な話があるんや」
「どんな話か、聞いても言いそうにない感じ……」
「必要ないだろ。おまえは誘ってくるだけでいいの」
「まともに誘ったって、だめだと思うけどなあ。高校生が小学四年を誘うのっ
て、結構不自然」
「……かもな。ん? 泉、小四だったか?」
「そうよっ! 何年だと思ってた訳? まーったく、妹の学年を忘れるなんて、
とんでもない兄貴だわ」
「いいじゃないか。若く見られたんだから」
「あほかーっ」
 今度は臑を蹴られた。踵でやられたので、さすがに少々堪える。声を上げる
のはみっともなく、面目丸潰れなので、さするだけでぐっと耐える。
「そ、それはともかくとしてやな」
 痛みを紛らわせる目的もあって、話を続けた。
「どうやっても、広海君と会って話はできひんか?」
「二人きりは無理だよ」
「二人きりがだめってことは、誰か連れてこいってか」
「逆よ、逆」
 ぴんと立てた人差し指を目の前で振る泉。何だその、アメリカドラマの若奥
様みたいな仕種は。
「私達小学生を何人かまとめて呼んでくれたら、不自然じゃなくなる。そうね
え、遊園地にご招待ってのがいいな。遊んでる間に、三井君と話せるチャンス
も多分あるわよ」
「調子のいいこと言うんじゃない」
 こっちが頼む立場だからって、つけ込みやがって。金がいくらあっても足り
ん。だいたい、泉の言う誘いかたはがきどもには不自然に思われないだろうが、
世間から不審の目で見られるだろ。高校生が小学生の集団を連れて遊園地なん
て、かなり怪しい。小学生の人数が二、三人ならまだ兄弟姉妹で仲よくやって
るな、ぐらいで済むだろうけどな。
 待てよ……そうか。閃いた。
「泉。おまえさ、まじで三井広海君をいいと思ってるのか」
「まあね。候補の一人」
 照れた様子もなく、さらっと答える泉。
「じゃあ、デートに誘えるよな」
「な……」
 さすがの我が妹君も、これには絶句した。小一の頃からデートそのものはし
たことあるはずだが、知り合って間もない子が相手ではどういう訳だか後込み
する。泉はそういうタイプだ。柄にもなく、おしとやかに思われたいのかもし
れない。
 案の定、「そんなはしたない! できる訳ないでしょ!」とか何とか、ぎゃ
ーぎゃーわめく泉を落ち着かせ、「一対一じゃないんだ」と告げた。
「最初はグループデート。悪くないだろ。大和撫子っぽくてさ」
 大和撫子っぽいとは、我ながら意味不明な言い回しだが、妹は納得したよう
だった。
「……まあ、うん。でも、他に誰が来るってのよ」
「正確には、グループデートでもないんだ」
「は?」
「言うなれば、保護者付きってやつやね」
 わざとにんまりとしてやる僕。泉は複雑な表情を見せた。
「まさか、着いてくるのはお兄ちゃん……?」
「当たり前だ。そうでなきゃ、話を聞けない」
「じゃ、じゃあ、三井君には、お姉ちゃんが?」
 僕は黙って首を縦に振った。次の瞬間、泉は僕を力一杯指差した。
「なーんか、お兄ちゃんの欲望を満たすだしに使われる気がするう」
「断じて違う」
 即答。そりゃまあ、三井さんがフリーなら、妹のデートにかこつけてってこ
とになるが、この場合は違うだろ、うん。第一、欲望ってなんなんだ。せめて
願望と言え。
「損得で言うんなら、おまえ達の方が絶対に得だ。費用は俺持ちだし、小学生
だけでは行けない遠いとこや、入れないようなとこも保護者同伴てことで行け
るんだぜ」
 餌を一生懸命まくと、その甲斐あって、泉も乗り気になってきた。
「割のいい小遣い稼ぎだと思うことにした。私は三井君を誘うだけだよ。その
あと、向こうのお姉ちゃんが来るかどうかとか、三井君とお兄ちゃんが親しく
なれるかどうかは、知らないからね。失敗しても、全部お兄ちゃんの努力不足
ってことでいい?」
「いいとも」
 三井さんが来るかどうかは、僕にもどうしようもないが、来なくても別にか
まわない。広海君から話を聞くには、彼女がいない方がやりやすい気がするし。
いやでも、できれば来て欲しいな……。
 ちゃうちゃう! 今回の目的はそうじゃないのだ。自分に強く言い聞かせた。
「泉は、広海君を誘うとき、俺が同伴するってことを言い添えたらええ。多分、
広海君の口からお姉さんに伝わるだろうからな」
「うん」
「くれぐれも、俺が三井さんも誘いたがっていた、なんて言い方はしないよう
に。分かったな?」
「分かった。お兄ちゃんに協力しちゃうわよ」
 言い聞かせれば言い聞かせるほど不安が募るのは何故だ。
「それで、日にちは?」
 泉に問われて、決めてないことに気付かされた。早ければ早い方がいい。次
か、その次の日曜日ぐらいだな。

 泉に頼んでから二日後。三井さんを通じて反応を知ることができた。
「聞いたよー、岡本君」
 朝、教室に入って、僕が椅子に着くかどうかのタイミングで、三井さんがに
こにこ顔を向けてきた。
「何を。誰から」
 素知らぬ態度で、鞄をいじりながら応じる。
「弟の広海が、岡本君の妹さんにデートを申し込まれたって」
 両拳を口の前に持って行き、楽しそうに目を細める三井さん。我がことのよ
うに喜んでるなあ。泉の気持ちに嘘偽りはないものの、隠れた目的のことを思
うと、多少、心が痛む。
「ああ、その話か」
 妙に気取った口調になった。芝居が下手だな、自分。こういうときは、慣れ
た関西弁にチェンジ。
「泉が――あ、泉って僕の妹なんやけど、どうしてもデートしたい男の子がい
る言うて。一緒に行きたいところがあるのに、小学生だけじゃ無理だからって、
拝んでくるもんやから、兄としちゃ引き受けざるを得んかった。三井さんの様
子だと、広海君は泉のデート申し込み、受けてくれたん?」

――続く





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