AWC そりゃないぜ!の恋6   寺嶋公香


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#213/1160 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/02/23  23:24  (205)
そりゃないぜ!の恋6   寺嶋公香
★内容
 僕は、肘の具合を気にする素振りで、時間を稼ぐ。答を決める時間を。
「……当然だよ」
 今、この状況で、僕に言える答は一つしかなかった。たとえ嘘だとしても、
祝福するとしか。折角取り戻したばかりの笑顔を、本当の気持ちを答えること
で、壊したくはない。
 そして三井さんは、僕の期待通り、ほっとした表情を浮かべる。
「よかった。岡本君もそう思ってくれてると分かって。昨日はどうしたのかと
凄く心配で、胸が痛くなっちゃった」
「昨日のは、感情のちょっとした行き違いや。三井さんの花嫁姿を想像したら、
こいつが世界一の幸福者になるんかあと、ちょっとばかし腹が立ったってとこ
ろやね」
「お世辞、上手」
 三井さんは無邪気に喜んでいるように、僕の目には映った。今度こそ教室に
戻り始めた彼女から、穏やかなメロディのハミングが聞こえてきたことでも、
それは証明された。
「……はあ」
 三井さんの姿が視界から消えたあと、僕は嘆息し、肘の傷をもう一度見た。
たったこれだけのことで大騒ぎした挙げ句、結婚祝いの台詞を吐く羽目になる
なんてな。予想の遥か彼方だったよ、まったく。

 そんなこんなで昼飯が遅くなったせいもあったろう。知念さんと朝の続きを
話す機会は、昼休みには得られず、結局、放課後まで持ち越した。
 三井さんがあいつの迎えで車に乗って帰ったあと、待ちかねていた風にして、
知念さんは僕の前に現れた。
 適当な場所がなかったので、そのまま僕のクラスでやり取りスタート。幸い、
他のみんなはとうに帰った。
 医者の由良兄が三井さんの家に出入りしていた経緯に関しては、すでに承知
できているので、そこは飛ばしてもらう。
「要するに、私が何に腹を立てているかって言うと、あの男の人を見下したよ
うな態度に加え、私のことをちっとも覚えてない。小さい頃から結構顔を合わ
せてきたにも関わらず、よ」
「……昔と比べて、顔かたちが随分変わった、とかじゃないよね」
「そんなことないわよ。昔から、こう、かわいいまんま」
 束ねた髪を左右とも持って、上下させる知念さん。かわいくないとは言わん。
ただ、自分で言うなよ。
「万里しか眼中になかったのね。にしても、失礼な奴でしょ」
「三井さんとあいつの結婚に反対する理由は、それだけ?」
「充分でしょうが」
 僕の反応の薄さが不満なのか、知念さんは唇を尖らせた。
 気持ちは分からないでもないが、もっと途轍もない理由が隠されているので
はないか、もしかすると由良の弱みを握れるかもと半ば期待していたこちらと
しちゃ、完全に肩すかしを食らった気分だ。
「それで? そっちの理由を聞かせてちょうだい」
「言わなくても、大体想像つくと思うんやけど」
「やっぱり、万里に一目惚れ? 昨日のあの反応から考えたら、それぐらいし
か思い付かないわね」
「当たってる」
 あっけらかんとした物腰で、助かる。僕が三井さんへの好意を認めたあとも、
知念さんは冷やかしたりからかったりするような言葉は口にしなかった。無神
経なだけかと思ってたけど、見直したよ。
「それだけじゃだめね」
 見直した矢先、僕自身を否定された。何がだめなんだ?
「万里を好きになった子なら、片手で足りないくらいいるわ。言っておくけど、
ここに入学してからの人数だからね」
「……他人事なのに、どうしてそこまで詳しく知ってるんだ? 告白の場に常
に居合わせたって訳じゃないだろうし」
「万里が教えてくれた」
 あ、さいですか。怪訝に感じた僕に対し、相手はまたもあっけらかんとした
物言いで、すっきりさせてくれる。
「ていうのも、入学とほぼ同じ時期に、結婚が決まったみたいなのよね。当然、
いきなりみんなに打ち明けられるはずない。けど、私みたいに幼なじみには万
里も話してくれた。それからしばらくして、万里が相談を持ち掛けてきたのよ。
男の子から交際を申し込まれた、どうしようって感じで」
 婚約者がいるのだから当然、断らなければならないが、相手を傷つけたくな
くて無碍には断りにくい。交際できない本当の理由も話せない……って状況か。
 そんなときに相談を受ける知念さんは、三井さんからよほど信頼されている
のだろう。案外、昨日の無神経さは単なるポーズで、僕を試していたのかもし
れない。そんな気がしてきた。
 ひょっとすると、由良長太郎に対しても何か試すようなことをした結果、あ
の男の反応が、知念さんの感情を逆立てたんじゃないだろうか。
 ま、愚にもつかない想像は横に置いといて。
「六人以上の玉砕者を出してから、三井さんは婚約話を皆に話したのかい?」
「ええ。重い軽いの差はあっても真剣に交際を申し込んで来る男子達が、気の
毒になったみたい。それにね、私自身、万里に対するちょっとした悪口も耳に
挟んだもので」
「どんな悪口?」
 あの三井さんを悪く言う輩がいるのか。信じられないな。
「付き合いの申入れを次から次に、大した理由も言わずに断ってたら、そりゃ
あ、男子からも陰口を叩かれるわ。ちょっとかわいいからってお高くとまって
るとかどうとか。女子は女子で、誰それ君を袖にするなんてどういう了見?て
具合にいきり立つ」
「こわ」
「それでまあ、チャンスを見つけて、婚約発表となったのよ。もうじき、学園
祭があるんだけれど、そこで開催されるミスコンに万里の名前がないでしょ」
「は? 全然知らない」
「ほんと? 信じられない……。まあ、一年は部活してない限り、基本的に見
るだけだから、転校生の岡本君は知らなくてもしょうがないっか。ミスコン参
加者は夏休み前に決定するんだけれど、自薦他薦を受け付けて、そこから実行
委員会が選別するんだって。で、他薦の場合は本人に意志確認する。あと、条
件があって、彼氏のいる人は出られない」
「ああ、なるほど。そのときに三井さん、婚約者がいると言ったんだ?」
 合点が行った。最前のタイミングとまでは行かなくても、打ち明けるにはま
ずまずよい機会を捉えたと言えるんじゃないかな。
「これで分かったでしょう? 万里に告白しようとした男子は、岡本君が久し
ぶりな訳。万里が好きだから婚約者を嫌うっていうのは、男子の中にもいたで
しょうけれど、みんなそれを乗り越えて、祝ってやろうと思い直してる。由良
長太郎に反感を持つ理由としちゃあ、ありふれていて、ささやかすぎるのよね」
「そう言われてもなあ」
 僕と元々いた男子とでは、与えられた時間が違う。祝ってあげるという境地
に達するには、まだまだ掛かる。絶対に。
「あのさ。根本的な質問、いくつかしてええやろか」
「いいわよ。何? どーでもいいけど、その関西と関東のちゃんぽん語って、
わざと? 面白い」
「今のはわざとじゃない」
 僕は気を引き締め、質問の順番を決めた。
「知念さんから見て、三井さん自身は結婚を喜んでる様子かい?」
「そりゃもう。残念ながら、ラブラブな雰囲気よ。人前ではセーブしてるみた
いだけど……って、刺激強いかしら?」
 初めて意地悪げに笑う知念さん。うむ、確かにちょっとした刺激だ。想像し
たくもない。
「じゃ、次。三井さんのご家族は、賛成しているんだろうか」
「初めはお父さんもお母さんも反対だったみたい。反対と言うより、乗り気じ
ゃないって感じだったかな。でも、人間関係とか由良自身の説得とか色々あっ
て、認めたようね」
 そこで強行に止めてくれたらよかったのに……なんて考えたが、もしも僕が
許しを求める立場になったら、すんなり認めてもらいたい訳であり。
「三つ目の質問。知念さんは、三井さんの結婚をぶち壊しにしたいのか?」
「結婚をぶち壊すなんて過激な表現しなくてもいいわ。婚約解消させたいだけ。
万里に傷が付かない内に」
「何故? いくら君が由良を気に入らなくても、三井さんが幸せなら祝福して
あげようと思うもんじゃないのか? 第一、最初に打ち明けられたときは、君
も結婚に賛成だったんだろ?」
 目下、最大の疑問がこれ。知念さんが抱いている程度の反感では、親友の幸
せを否定するには弱い気がしてならない。
「いっぺんに聞かないでよ。あんまり頭よくないんだから……」
 自嘲気味に言って、知念さんは自身の耳たぶを何度か引っ張った。時間稼ぎ
をしているように見える。
 やがて、彼女は舌で唇を湿すと、ゆっくりと答えた。
「早すぎるから、と言うんじゃだめかしら」
 そうして頭を傾けてから、にやっと笑う。彼女自ら、この答は嘘ですよと言
っているようなもんだ。
「それが理由なら、打ち明けられたときに反対してるだろ」
「そうね」
「あのー。そうね、じゃなくて……」
「確証がないことを言うのは気が引けるんだけど、他言無用を約束してね」
 知念さんの態度に、真剣味が一挙に増した。僕もきっと緊張の面持ちになっ
たろう。
「いいよ。約束する」
「うん、じゃあ。三つほど理由はあって、一つ目は私の勘なんだけど……由良
って男は、釣った魚には餌をやらないタイプだと思う」
「結婚してしまえば、優しくなくなるってか。いくら勘でも、少しは理由があ
るんじゃない?」
 水を向けると、知念さんは我が意を得たりとばかりに、しっかりうなずいた。
「子供の頃、私が万里んとこに遊びに行くと、たまにあいつがいて、一緒に遊
ぶこともあったの。ゲーム中心だけど。あ、思い出したら腹が立って来た。年
上の癖して狡賢い勝ち方するのよ、あいつ!」
 机を拳でどんとやる知念さん。関係なくはないが、話がずれてる。僕は彼女
をなだめ、続きを求めた。
「やっぱりゲームやってるとき、どういう経緯か忘れたけれど、勝った方が何
かをおごるってことになって、私達二人と由良一人との対決をしたの。で、私
達が勝った。由良は、そっちは二人だからとかどうとか言って負けを認めず、
泣きのもう一回ってやつを言ってきたのよ。私達はその勝負を受ける代わりに、
勝った場合の条件に上乗せすることを呑ませた。それで結局、延長戦も私達が
勝ったんだけれど、由良は上乗せ分をすっとぼけて払おうとしなかった」
「……」
 口をぽかんと開けてしまっていた。がきじゃないか。若くして特許を取った
というエリート像からかけ離れている。
「あの、ちょっと聞くけど、そのとき、由良長太郎の歳、なんぼ?」
「……さあ、分からないわ。今は二十八か九よ」
 思わず、年齢差を計算。三井さんとは一回り離れてるじゃないか。うう、や
はり早いだろ、と言いたくなる。
「それよりも、目の前の目的を達したらあとはどうでもいいっていう性格が出
てると思わない?」
「ま、思わなくはないが、弱いよ」
「そう? じゃあ、次。二番目の理由は、由良本人じゃなくて、一族全体に対
する噂から」
 一族って何だ? 由良の家系は名門なのか。
「由良総合病院て、聞いたことない? 越してきてから間がなけりゃ、知らな
いか。代々、総合病院を経営してて、少なくとも一人は医師として腕を振るっ
てるのよ」
「問題ないんじゃないか?」
「ところが、おっとどっこいってやつよ。現在、裁判を一つ抱えているらしい
のよ。言い換えると、医療ミスの疑いで訴えられてる」
「そりゃあ、責任が病院側にあるとなったら、結構なスキャンダルになるよな。
結婚相手の近い肉親がそんなとこに務めてたら、多かれ少なかれ、三井さんだ
って悪い影響を受けるかも……」
「でしょでしょ。過去にも一度、訴えられたことがあって、そのときは勝って
るみたいなんだけど、今度はどうなるか分からないじゃない。わざわざ騒ぎの
渦に近付かなくたっていいと思うのよね、私は」
「うーん。理屈は分かった。けどなあ」
 意識せずに、腕組みをしていた。首を傾げる僕に、知念さんは不満そうに聞
いてくる。
「けど、何よ?」
「どんな訴えなんか知らないし、そういう訴訟沙汰の当事者になった経験もな
いから、迂闊なこと言えんけど。一概に病院が悪いと決め付けるのは、無理が
ある気がするな。日本も割と訴訟社会ってやつになってきたし、大きな病院と
なると、思い込みの激しい患者や家族も多いだろうから、比例して裁判を起こ
される数も増えるんじゃないかな」
「やけに敵の肩を持つわね」
「そんなんと違う。冷静な判断をしたつもりだよ。それにさあ、三井さんの結
婚云々と基本的に別の話じゃないかと思う」
「岡本君は男だから、もらわれていく女の立場ってものが分からないのね」
 反発したくなる断定調だったが、敢えて口をつぐんだ。女の立場を語るのな
ら、男は女に勝てそうにない。
「ん、確かに、三井さんにそういうとこと関係持ってほしいとは思わないさ」
 調子を合わせ、三つ目の理由を尋ねる。
「三つ目は、ほんとに全くの根拠なしなんだけれど……他言無用よ、絶対に」
 直前で念押ししてくるとは、よっぽど悪い噂なんだろうか。期待とも不安と
もつかぬもやもやした感情が、僕の胸の内で大きくなっていく。
「誰にも話さん。約束すると言っただろ」
「それじゃあ」
 知念さんは身体を動かして深呼吸をすると、また唇を舐めた。そして言った。
「由良長太郎には隠し子がいる、かもしれないの」

――続く





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