#211/1160 ●連載
★タイトル (AZA ) 04/02/21 23:36 (169)
そりゃないぜ!の恋4 寺嶋公香
★内容
高校一年生にできる、精一杯の反発。宣戦布告は無理でも、見下されるのは
我慢ならない。
「ふふふ。くっくっく」
驚きで目を見張る三井さんの斜め前に進み出た由良は、忍び笑いを見せた。
それはやがて、明瞭な笑いへと変化する。
腹の前に片手を当て、はっきりと笑い声を立てながら、相手は言った。
「よろしいも何も、私に断る必要なんかないよ。えっと、岡本君だっけか」
「しかし、婚約者がいるからには一応、断りませんとね」
「はっはっはっ! ジョークだとしたら、まずまずだ。学校で助けてもらうこ
となんて、私には関係ないさ。そもそも、万里はクラス委員長なんだろう?」
尋ねるに際して、わざわざ三井さんの方を振り向き、加えて肩を抱き寄せた
由良。何なんだ、これは。
「え、ええ」
三井さんの返事に満足したように頷くと、由良は僕らに向き直った。惚けた
ような間抜け面は一瞬だけで、いつの間にか、余裕のある態度に戻っている。
「クラス委員長が、転校生のために骨を折るのは、当たり前じゃないか。少な
くとも、私はそうだと思っているよ」
言い返せない。実際、そうなんだろう。三井さんが僕に親切にしてくれたの
は、僕が転校生だから。今日、一緒に下校したのも同じ。
沈黙を嫌ったのか、三井さんが取りなす風に言葉を発した。
「も、もう、岡本君、びっくりするじゃないの。やだな、知ってたの? 私と
由良さんのこと……」
はにかむ様にどきりとさせられる。が、今の三井さんには、空気の険悪さを
察してそれを打ち消そうと、必死な感じがより強く面に出ている。そんな役目
を負わせたくない。
手詰まりでもあるし、ここは退こう。
「それじゃ、遠慮なく明日も三井さんを頼りにさせてもらいます。――よろし
く頼むわな〜、三井さん!」
首を傾け、彼女に向かって手を振る。
でも三井さんは何と応じればいいのか困った様子で、手を拠り合わせるだけ。
目が悲しそうだ。
僕は心の中で謝りながら、きびすを返した。
「それでは、私も失礼します」
やけに気取った口調でそう言い残した知念さんが、すぐに僕に追い付いた。
そして、
「やるじゃない」
と、鞄の角で僕の脇腹を突っつく。
「何が」
「さっきの態度。岡本君とは気が合いそうだわ」
知念さんは謎めかして言った。やっぱり、由良に対して彼女が最初に発した
台詞に感じた刺は、僕の勘違いではなかったらしい。
「含むところ、あるのか。理由を教えてくれよ」
「しっ。あとでね」
どうしてと問い返そうとした僕に、彼女は視線を後ろに振った。
肩越しに後方を見れば、何と、三井さんはあいつの車に乗るのを断って、こ
っちに走ってくるじゃないか。
「何でだ? 婚約者が迎えに来たっていうのに……」
嬉しく思う反面で訝る僕に、知念さんは分かった風な口を利いた。
「ああいう子なんだよ、万里は。先に約束した方を優先するの」
今の気分を天気予報にたとえて表現するなら、大雪のち曇り時々雨ところに
より大荒れ……そして太陽が雲間から覗いた、みたいな感じか。って、そんな
天気予報どこにもないけどな。
とにもかくにも、最後に三井さんの笑顔が見られてよかった。僕が彼女の結
婚話を知っていながら知らないふりをしたことに関しても、全然気にしていな
いと言ってくれた。
「驚いたのは確かだけれど、いずれ話さなくちゃって思ってたのよ。でも、何
て言ったらいいのか……恥ずかしくて気後れしていた。それがあっさり解決し
ちゃって、かえってほっとした」
なんて、頬を赤らめながら言われたときは、一目惚れした瞬間を思い起こし
てしまった。実物の由良に好感を全く持てなかった(どころか、嫌なイメージ
しかない)のと相まって、三井さんをあきらめるのにはますます時間が掛かり
そうな予感。
だから、という訳ではないけれども、僕は泉の報告を心待ちにしていた。い
や、期待していた訳じゃないが、千円分、働いてくれ。
無論、家族揃った夕餉の席でこの手の話をできるはずもなく、昨日と同様、
子供部屋に入ってからとなる。昨日と違うのは、僕から妹の部屋に出向いたこ
とぐらいだ。
ちゃんとノックして入った僕を、泉はにやにや笑って迎えた。
「さっすが。エチケットを心得てるわね」
こういうときに甲高い声でくだらない話をされると、いらいらする。相手に
せず、絨毯にどっかと腰を下ろすと、立ったままの泉を見上げた。さっさと答
えるようにプレッシャーを掛ける。
意外に早く通じたようで、泉は学習机の前に腰掛けると、背もたれに片腕を
載せて喋り出した。
「三井君にはお姉さんがいるわ。由良君にはいない」
それはもう知っている。だが、そんなことを言ったら、妹はへそを曲げるに
違いないので、黙っておく。
「三井君の姉って人の、下の名前は分からんか?」
「まりさんだって。漢字では、一万里から一を除けた字」
「そうか」
これで完璧に確定した。泉と三井さんの弟とは同級生。そして由良の甥っ子
もいる。利用しない手はない……具体的な妙案はまだ浮かばないけどな。
「さて、お兄ちゃん。続きを聞きたければ、少し追加料金を戴きたいんですけ
ど、いかが」
泉は最前よりも一層にやにやしながら、身体の正面をこっちに向ける。
僕? 慌ててなんかない。ほら来たと思っていた。泉は抜け目がないのだ。
昨日のような頼み事をすれば、きっと裏があると考えて、言われた以上のこと
を聞き出してくるに決まっている。そう踏んでいた読みは当たった。
「新ネタはいくつあるんや? たくさんあるんなら、一つだけ言ってみ。それ
で判断したる」
「うーん、しょうがないなあ。三井君のお姉さんは、お兄ちゃんと同じ高校で
同じ学年、なんてのはとっくに分かってるんでしょ?」
「もちろん」
「じゃあ……三井万里さんの好きな食べ物っていうのは、どう?」
「……」
三井さんと由良との結婚話をどうこうっていう目的からは外れるが、三井さ
んの好物というのは知っておいて損はない。
「よっしゃ。言うてみ」
「お兄ちゃんが好きな万里さんは、M.D.のドーナツ、特にアメリカンオー
ルドファッションとフレンチタイプに目がないらしいよ」
「余計なことは言わんでええ。だがまあ、確かにそれなりに値打ちのある話だ
な。残り全部も話したら、五百円出そうやないか」
僕の提案に、泉は多少渋る仕種を垣間見せたが、やがて思い直したらしく、
小さい顎を振って「いいよ」とうなずいた。うむむ。案外、残り手持ちのネタ
に自信を持ってないのかもしれない。
何はともあれ、耳を傾けようじゃないか。
「もしプレゼント攻勢を掛けるつもりだったら、やめた方がいいかも。結構お
金持ちみたいだし、物に釣られないタイプなんだってさ。どうしてもプレゼン
トしたいなら、花一輪とかがよさそう」
「まだそこまで考えとらん。けど、参考にはなる」
くそっ、由良の奴は薔薇の一輪でも贈ったのか? その場面を思い描くと、
一人密かにかっかしてしまった。
「本当に、上手くやったら効果抜群、間違いなしだよ。昔、お姉さんの誕生日
に三井君が手作りのお人形さんをあげたら、物凄く喜んだんだってさ。つまり、
しゅちゅえーしょんが大事なのよね。恋人の座を狙うなら、ムード」
心中で、「しゅちゅえーしょん」じゃなくて「シチュエーション」だろと突
っ込んだ僕だが、話そのものには感心した。いかにも三井さんらしい。内面の
方も理想のタイプにぴったり重なる。
「三井さんの誕生日は?」
「あ、ごめん。聞いてない、てゆっか、まだ無理」
あっけらかんとした返事に、がっくりこん。三井さん自身に聞かずに、誕生
日を突き止めることができれば、いきなりバースデイプレゼントを贈って驚か
せられるのに。
って、この発想、由良の奴と根っこが同じですか? 癪だな。どうせ驚かせ
るのなら、最大級の驚きを……いやいや、違う。今はそれどころじゃない。
「由良君とはどないな話をした? 家族のこと、何か言うとらへんかったか」
「えっとね、その前に、お兄ちゃんの狙いが分かんない」
「狙い?」
一瞬、どきりとさせられ、反射的に胸に手を当てそうになった。心の中を読
まれたか?
が、泉の言葉は僕が思ったようなニュアンスは含んでいなかった。
「三井君にはきれいなお姉さんがいるからぴんと来た。これが女の勘というも
のよね。けど、由良君にはそういう人はいないみたい。何でかなーって不思議
でたまんない」
「そんなことはどうでもええ。由良君の口から、家族や親戚の話が出て来んか
ったかが気になるんや。三井君みたいにほのぼのエピソードじゃなくて、おじ
さんの面白失敗エピソードとか」
「無理だって。昨日も言ったけどさー、知り合って一日か二日しか過ぎてない
のに、そういう内部のこと、聞けないって。分っかんないかなあ」
小さい子に手を焼く保母さんのごとく、泉は立ち上がって腰に手を当てた。
ちびのくせして、こういうポーズは憎たらしいほどに決まってる。しょうがな
いなーっといった感じの見下ろす視線に、兄としては苦笑を浮かべるのみ。
しかし、それだけでは兄の沽券に関わるってもんだ。少しは逆襲しておかな
いとな。
「で、泉。おまえはどっちの男の子がいいと思ってるんだ? 二日目の時点で、
リードしたのは由良クンか、それとも三井君か?」
「な、何で、そんなことまで、答えなきゃなんないの!」
途端に赤面して、両腕を下に突っ張る泉。よしよし、そういう反応の方が小
学生らしくて、僕は安心できるぞ。
などと、馬鹿な感想を抱いたのも束の間だった。
泉のやつ、全身の力をふっと抜いたかと思うと、「なーんてね」とつぶやき、
いや、吐き捨て、舌を意地悪く覗かせた。
「私がそんなかわいらしい反応をする訳ないでしょ! どうして私が選ばなき
ゃいけないのよ。別に未来の旦那さんを選ぶんじゃあるまいし、今の年齢なら
大勢と一度に付き合ったって、誰も怒らない。全然OKなんだから。わざわざ
一人に絞るなんて、愚か愚か愚か!ってもんだわ」
流行りのテレビアニメの決め台詞を声色を使って叫ぶ。大したたまだと拍手
を送ってやるよ、まったく。
「やれやれ。その調子なら、一週間後には、七人のかわいそうな男子どもを侍
らせているな」
「え? 『はべらせる』って? 意味分からないよ。小学生にも分かる言葉で
言ってくれないと――あーっ、笑ったな。ずるいずるいっ」
……ったく。こういうところは、依然としてがきなんだよな。
僕は追加料金の五百円を泉の小さな手に握らせると、「はべらせる」の意味
は自分で辞書を引いて調べるようにと言っておいた。
意味を知ったあとで妹がどんな反応を示すのか、楽しみのようであり、恐い
ようでもあり。
――続く