連載 #6883の修正
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「『テキサス』落伍します!」 「おのれっ! 刺し違えでも構わん、最低一隻は仕留めろ!」 見張り員の報告に、オルデンドルフが明らかに冷静さを欠いた声を上げる。こ れで、第37任務部隊の中で戦闘力を残している大型艦は、「ニューヨーク」 「オマハ」「ミルウォーキー」の3隻だけとなってしまったのだ。その3隻も、 手酷く損傷して戦闘力が低下している。後方の駆逐艦群は、乱戦状態で全く状況 が掴めない。 オルデンドルフの執念が乗り移ったかのように、「ニューヨーク」の生き残っ た6門の主砲が咆哮する。右舷側で生き残った2門の副砲も、負けじと撃ちまく る。このうち14インチ砲弾2発が「比叡」の舷側で炸裂し、辛うじて生き残っ ていた副砲と高角砲を完全に一掃した。さらに、続く斉射のうち1発が「比叡」 の第一砲塔を正面から直撃。前楯を叩き割って内部で炸裂し、火災を発生させた。 「比叡」の阿部正毅艦長は、やむなく前部火薬庫への注水を命じる。これで「比 叡」は、主砲の半数を使用不能とされた上、前部に少なからぬ量の海水を呑み込 んで、速力の低下を余儀なくされた。徐々に隊列から遅れ始める。 「いかんっ、モロに食らっちまったぞ」 後檣の主砲予備射撃指揮所から、艦橋基部の司令塔に移って臨時に指揮を執っ ていた「霧島」副長の佐竹二三男中佐は、前方で爆炎を吹き上げた「比叡」を見 て呟いた。金剛級戦艦は、元々巡洋戦艦として設計された艦で、防御力に弱点を 抱えている。二次に渡る改装で装甲そのものはずいぶんとマシになったが、消火 設備や注排水ポンプなど、旧式の装備でごまかしている箇所は、応急関係を中心 にかなりの数に上る。艦そのものの「地」の防御力も、扶桑級や伊勢級などの 「元からの」戦艦とは大きな開きがある。「比叡」は、一旦練習艦籍に入った後、 他の艦より遅れてより近代的な改装を受けていたが、それとて艦そのものの防御 力の低さだけはどうしようもない。応急処置を受け持つ副長の地位にあった佐竹 には、このことは痛いほど身に染み付いていた。 「さすがに沈没はせんだろうが……」 あれではもう戦列の維持は無理だろう。案の定、「比叡」は黒煙を吹き出し続 けながら、徐々に行き足を鈍らせて隊列から離脱し始めた。 「敵討ちだ。撃て!」 「霧島」の6門の主砲が、閃光と砲煙を残して巨弾を叩き出す。驚いたことに、 砲側測距儀を粉砕されて照準が合わない筈の第二砲塔までが発砲している。もっ とも、この時点で彼我の距離は3000メートルを切っている。これでは、外す 方が難しい。何せ的がバカでかい。発射された6発の14インチ砲弾は、全弾が 「ニューヨーク」を直撃し、少なからぬ損害を与えた。元々軍艦とは、これほど の至近距離で殴り合うことを想定しては造られていない。 着弾の衝撃で床に突き転がされたオルデンドルフは、立ち上がると窓の外を睨 み付けた。本人は意識していないが、その顔は悪鬼を思わせる形相になっている。 「ニューヨーク」に直撃した6発の14インチ弾は、うち2発が舷側装甲帯に (辛うじてだが)弾かれたものの、残りの4発は艦上に着弾した。1発は艦首錨 鎖庫を叩き潰し、アンカーと鎖を粉砕して爆風で空中高く舞い上げた。2発目は 三番砲塔の天蓋に、水平から16度と言う浅い角度で命中した。この角度では装 甲を貫通するには至らなかったが、三番砲塔の上には水上機射出用のカタパルト が乗っている。これはさすがに無事とは行かず、ねじくれた鉄骨のスクラップと 化して砲塔の後ろ側に向かって垂れ下がった。3発目は、既に手酷く痛めつけら れた五番砲塔前楯に命中。安物のブリキ玩具のように歪んでいたそれに、新たな 窪みを刻んだ。4発目は後檣基部で炸裂し、背の低いがっしりとした姿に組まれ ていた三脚檣を、根元から傾けた。 「撃ち負けるな!」 「目標、敵二番艦! ファイア!」 オルデンドルフの叱咤に答えるように、艦長が砲撃命令を下す。いくら命中率 の低さで知られる合衆国戦艦といえど、この距離で外すようでは海軍失格である。 6発の14インチ弾は、全弾が「霧島」の艦上で炸裂した。 「霧島」は、この一撃で戦闘不能となった。艦首から艦尾まで、満遍なく14 インチ砲弾の爆炎がこの艦を包み込む。着弾の閃光が収まった時、「霧島」の艦 上はスクラップ置き場と化していた。測距儀を粉砕されながらも奮闘していた第 二砲塔は、今度こそ完全に止めを差された。隣の第一砲塔は、天蓋から側壁にか けてをざっくりと削り取られ、傾いている。二本の砲身は、何処に消えたものや ら影もかたちも残っていない。左舷側の副砲群は、そのほとんどが叩き潰され、 鋼材と有機物のカクテルと化して火災炎の中に呑み込まれようとしている。二本 の煙突も基部から叩き折られ、第一煙突は探照灯架を将棋倒しにしながら艦橋に 倒れかかり、第二煙突は跳ねられた首のように宙を舞い、右舷側の海面に落下し て水飛沫をあげた。第三砲塔直後の甲板室を貫いた一弾は、弾薬庫の隣の区画に まで飛び込んで炸裂、ここに火災を発生させた。場所が場所だけに応急班の対応 も素早かったが、消火用水の送水管が着弾の衝撃で破裂してはどうしようもない。 第三砲塔の弾薬庫は、直ちに要員を退去させた後に注水処分とせざるを得なくな った。こうして、「霧島」の主砲は全門が沈黙した。 だが、「ニューヨーク」の奮戦もここまでだった。「榛名」は、僚艦が浮かぶ 屑鉄と化して行くのを座して眺めていた訳ではなかったのだ。探照灯照射をしな かったために、「榛名」は米戦艦の目標から完全に外れており、今まで無傷で通 してきていた。探照灯を照射していた「比叡」「霧島」は戦列から脱落したが、 「ニューヨーク」そのものが艦上で大火災を発生しているため、目標を見失うこ とはない。加えて、彼我の距離は僅か3000メートル強。日本海軍は、夜間砲 撃戦の命中率に掛けては、世界で五指に入るどころか、掛け値なしに一二を争う 技量の高さで知られている。 「霧島」沈黙から10秒後、8発の砲弾が、「ニューヨーク」の右舷側に炸裂 した。 1942年11月9日 サモア南太平洋軍基地 能天気に、という表現が似合うほどカラッと晴れ上がった南国の青空とはまる で対照的な光景が、泊地内に姿を見せていた。一昨日の夜戦から瀕死の状態で帰 還してきた、第37任務部隊旗艦「ニューヨーク」だ。辛うじて艦橋構造物こそ 原型を留めているものの、他の部分は滅茶苦茶だった。右舷側の副砲と高角砲で、 無事なものは一基もない。主砲塔は、5基のうち3基が完全に破壊され、残る 2基もしこたま砲弾の雨を浴び、工作に失敗したブリキ細工のごとき有り様だ。 後檣は支柱の一本を根元で叩き折られて大きく傾き、煙突は根こそぎ吹き飛ばさ れ、水上機射出用のカタパルトはスクラップと化して垂れ下がっている。舷側に はあちこちに大口径砲弾の貫通孔が空き、堅固に造られている筈の装甲帯すらと ころどころで貫通され、中小口径砲弾を浴びた箇所は月面もかくやと言う痘痕面 と化し、甲板は火災に焼け焦げ、無数の血痕や破片が散らばっている。喫水線付 近への命中弾は少なからぬ浸水をもたらし、懸命の排水作業と復原注水にも関ら ず、「ニューヨーク」は右舷に10度近くも傾斜していた。この状態で浮いてい るのが奇跡と思えるほどの損害で、ここまでどうにか艦をだましだまし引っ張っ てきた乗組員の苦労が思いやられた。 「……バトル・レポートは読ませてもらった。追って辞令が届くだろうが、貴官 には暫く後方で待機してもらわねばならん」 ゴームリー南太平洋軍司令長官は、重苦しい表情で告げた。オルデンドルフは、 がっくりと気落ちした表情をしている。2日前の海戦で、彼が指揮した第37任 務部隊は、最新型のレーダーを装備しながら闇夜の中日本軍に先制攻撃を許し、 戦艦「テキサス」、重巡「ノーザンプトン」を始めとして少なからぬ数の艦艇を 失い、旗艦「ニューヨーク」も本国の工廠で一年以上の修理を行わねばならない ほどの大損害を被ったのだ。 加えて、日本軍の戦艦2隻を大破させたものの、ヘンダーソン飛行場への砲撃 の阻止と言う戦略目的は結局達成できず、日本軍は生き残った戦艦1、重巡4の 兵力で、またしてもヘンダーソンを穴だらけにすると、悠々と引き揚げて行った。 オルデンドルフは辛うじて生還できたものの、ノーマン・スコット少将率いる重 巡「ミネアポリス」及び駆逐艦8隻の水雷戦隊が、決死の援護突撃を敢行(この 攻撃によって、日本側は軽巡「多摩」と駆逐艦「狭霧」を失い、駆逐艦「吹雪」 「朝霧」を大中破されていた)しなければ、それすらも危うかったほどだ。本国 の査問会に召喚された挙げ句の予備役編入は、まず間違いのないところだった。 同日 ハワイ オアフ島海軍基地 「『バルチモア』を戦線に投入するんですか!?」 戦備担当のアラン・テイラー中佐が、素っ頓狂な声を上げた。 「あの艦は、竣工してまだ1ヶ月しか経ってないんですよ。いくらなんでも無茶 です!」 「慣熟訓練が不十分なことは、私も承知している。そのような艦を最前線に送り 込むことの危険性についても、同様だ」 ニミッツが、困り切った顔で諭す。 「だが、今はどうしても重巡が必要なんだ」 太平洋艦隊は、開戦当初アジア艦隊のものも含めて12隻の重巡を保有してお り、マーシャル沖の消耗に伴って、大西洋からさらに4隻を回航していた。だが、 それらは日本軍との度重なる戦闘の中で次々に消耗して行き、現在太平洋艦隊で 稼動状態にある重巡は、「ルイスビル」「インディアナポリス」「ミネアポリス」 の3隻だけなのだ。他に、「シカゴ」「ポートランド」「サンフランシスコ」も 生き残ってはいるが、いずれも本国の工廠で修理中であり、向こう3〜4ヶ月間 はドックから出て来れない。かといって、これ以上大西洋から重巡を引き抜いて 来る事もできない。そうなると、重巡を調達する方法は一つしかない。----即ち、 竣工直後の新造艦「バルチモア」「ボストン」の慣熟訓練を切り上げ、艦隊に編 入するのだ。 両艦は訓練航海すらまともに行っていない状態で、乗組員も配属されたばかり の新米が多数を占めている。まとめ役としてのベテランも少数配置されてはいた が、彼らとて艦に慣れている訳ではない。さらに、搭載される予定のSG対水上 レーダーは未だに設置工事が終了しておらず、技術者を乗せたまま出港し、サモ アまでの航海の途上で電装関係の擦り合わせを行うと言う、平時なら考えられな いような強行日程での艦隊編入だった。 そして、新造の重巡2隻を加えて新編成された第41任務部隊は、ウィリス・ リー少将に率いられて、艦隊運動の訓練もそこそこにソロモン海域へと出陣して 行った。 1942年11月14日深夜 ソロモン海域 今回日本側が繰り出したのは、第二戦隊の戦艦「扶桑」を筆頭に、姉妹艦「山 城」、第八戦隊の重巡「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」、それに第六水雷戦隊 と第七水雷戦隊の軽巡「神通」「那珂」、駆逐艦15隻と言う編成だった。司令 官は、水雷戦隊の指揮には定評のある栗田健男中将だ。もっとも、栗田は戦艦を 中心とする砲戦部隊の指揮を執るのは、これが初めてだった。そのため、経験不 足を指摘する声も一部で聞かれたのだが、第八艦隊司令部では、一週間前にあれ ほどの壮絶な遭遇戦を演じて大きな被害を出した米軍に、今またこれだけの艦隊 を迎撃するだけの戦力をひねり出すことはできないと判断していた。 だが、その楽観的な判断の代償は高くついた。米軍は、弱体化するどころか、 前回よりも数段強力な布陣を敷いて、ガダルカナル砲撃部隊を待ち構えていたの だ。 そうとは露知らぬ日本艦隊は、第41任務部隊がレーダーの網を張り巡らせた 水域へ、駆逐艦「皐月」を露払いとして、悠々と突入を開始した。 ------------------------------------------------------------------------ Vol
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