連載 #4887の修正
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KEKE氏の連載『雑談日記』に述べられていることは確かにもっともである。 荒井由美について私は知らないが、大方の歌手は若い時の録音の方が出来がよい。 歌声に張りがあるだけでなく、反射も良いからであろう。 歌に〈反射〉などと言うのはおかしいようだが、私の持論で、 「音楽には瞬間的な反射が何より大切」 と考えている。 例えば、今某歌手が『雨』という歌を歌っているとする。 雨の滴に濡れながら という歌詞だったとして、「あ」と歌い出す場合、その音の高さ・強さ・声の調子 や響き等等、あらゆる音楽的な要素が「あ」という短い音に集約されて歌われる。 そして、次に「め」と歌う訳であるが、これは単独の「め」ではなく、その前の 「あ」に続く「め」なのであって、「あ」をどのように歌ったかによって、「め」の 歌い方が変わってくるはずなのだ。 もしこれが「あ」に関係なくいつも同じように「め」を歌っているだけなら、それ は名歌手とはいえない。 「あ」に続く「め」、「め」に続く「の」、「の」に続く「しずく」であって、 いずれも前のフレーズやそのまた前のフレーズを勘案して歌うべきものなのである。 しかも、「続けて歌う」というのは決してスムーズに連続させるという意味ではな い。時にはなめらかにつなげて歌い、また時には激しく変化させて歌う必要があり、 それをどのように歌えばよいかという点で、私は「一瞬の反射によって正しく選択し ながら歌う」と言っているのである。 人間は機会ではないから、いつでも全く同じ調子で歌うということは出来ない。 体調や伴奏やマイクの感度、会場の響き具合や聴衆の反応など、全ての条件は刻々 に変化している。従って、その時その時で、瞬時に歌い方を変更してバランスよく歌 うことができる歌手こそが本当の名人なのではあるまいか。 とはいえ、近頃の歌手は自分の〈技術〉におぼれ過ぎて、楽譜に忠実に歌うという 基本的な姿勢を忘れている。やたらに崩して歌うことが〈巧さ〉だと勘違いしている のは甚だいかんに耐えない。要するに、そういう歌手は〈反射〉が悪いということに なるのであるが、それをことさらに助長している指導者やマネージャー、レコード会 社も大衆も、皆SENSEが狂っていると言わざるを得ない。 さて、KEKE氏が指摘するところの、年数を経た歌手の歌が、若い頃の歌よりも 魅力に欠けるのは何故だろうか? 人は歳とともに反射が衰えるから、ベテラン歌手は若い時のように軽妙に歌えなく なり、歌に魅力が乏しくなっていく。円熟みを加えたといっても、反射が鈍くなって しまっては歌唱力を発揮することができないという訳である。
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