連載 #4884の修正
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★内容(1行全角40字未満、500行まで)
イノセントなもの、失われゆくもの #1−1 なつめまこと 一九九五年夏の終わり、スポーツ新聞の社会面に次のような記事が載ってい た。二十歳の母親が公園の駐車場に乳児を入れたままの乗用車を四時間以上も 放置して、その子供を熱射病で死なせてしまった。調べてみると、その母親は ダイヤルQ2で知り合った四十歳代の男性と遊んでいたことが判明した。」 見出しなどの記事の扱いは、このヤンママの無責任さを強調していたが、私 はふと次のようなことを考えた。この若い母親や彼女と遊んだ中年男の心の傷 はどのように癒やされるのだろうか。あるいは癒やされえないまま、その心は どこに漂流していくのだろうか……。 九月十四日、私の職場にユリから電話が入った。「オミズから足を洗い、今 カタギの仕事に就いている。久しぶりに飲もう。」ということであった。私は ユリの退社時刻に合わせて、七時に自宅に迎えに来させ、彼女の車でマサオの 店に飲みに行った。 ユリは私が最初に赴任した中学校の卒業生である。直接的な関わりは、彼女 が二年生の時、国語を一年間教えただけだが、姉のユミが私の所属している学 年にいて、なおかつ私が顧問をしていた運動部の部員だったので、彼女の家族 全体を私は知る立場にいた。 姉のユミは努力家で、勉強もでき、スポーツもでき、ピアノも弾けた。胃の 弱い私は、運動部の練習の後、指先に力の入るユミに背中のツボを押させて至 福の時を過ごしていた。姉に対して、平均的なユリは、平均的な普通高校を卒 業して、資生堂の派遣店員となり、一年後に飲食店の経営者の息子と結婚した。 相手が韓国系のためか両親に反対されたので、婚姻届の保護者欄は自分で書体 を変えて書き、別の印鑑を押して提出したという。そして二十歳で女の子を産 み、二十二歳で離婚した。理由は夫の親との同居生活がうまくいかなかったた めということである。 模範的な人間ばかりの実家に戻りたくないユリは、横浜にアパートを借り、 馬車道のクラブに勤め始めた。その頃からユリは、半年に一度ぐらいの間隔で 私に電話をしてきたり、一緒に飲んだりした。客からの慣れない高価なプレゼ ントやパトロンの申し出にどこか不安を感じていたらしい。私は、酒の注ぎ方 やちょっとした気の使い方がオミズ系に染まっていくユリを見やりながら『ラ イ麦畑でつかまえて』の主人公の妹に対する気持ちと同様、どこかで見守って いて崖から転げ落ちた時はキャッチしてやろうと思っていた。そこでユリには 常識的な説教はほとんどしなかった。ただ水商売をしている親を持つ思春期の 子供たちの心情と彼女のできそうな仕事や母子寮などの行政サービスの情報だ けを語るにとどめていた。 マサオが雇われ店長をしているヤキトリ屋に入ると、カウンターの向こうに いるマサオとユリでしばらく子供の話のやりとりをしていた。マサオはユリよ り二歳年上、ユミと同期で、私は彼のクラス担任をしていた。この四月に同棲 していた四歳年上の女性と晴れて結婚式を挙げ、現在マサオの親の家に四つに なる嫁さんの連れ子と共に同居している。この話を以前ユリに話したら、嫁さんと境 遇の似ているユリは「男だねえ」としきりに感心していた。 「ねぇ、マアちゃんとこの女の子はどこの保育園に行っているの?」 「○○保育園の年中組。おまえの子は今どうしている?」 「うん、今、実家に帰って親に預けている。」 「なんだ、おまえ家に戻っているのか!」 私はほっとして声をかけた。孫の世話をしに時々ユリのアパートに母親が訪 ねていたことは聞いていたが、ユリとユリの家族が和解するのはもっと先のこ とだと私は予想していた。 「わたしもミサエを○○保育園に預けようかな。」 「子供はいくつになるんだ?」とマサオ。 「五歳だから年長組ね。」 「うちの子をいじめないでくれよ。」 「だいじょうぶよ。私に似ておとなしんだから。ところで先生、これ見て!」 ユリは自慢げにハンドバッグから名刺を取り出して、私によこした。名刺に はある会社の営業部員としてのユリの名が印刷されていた。 「ふーん。どういう会社?」 「デパートの催事場に催し物の仕込みをしたり、その注文を取ったり…、そん な仕事。」 「へぇー、デパート関係ね。おいマサオ!こいつオミズをやめたんだってさ。」 と厨房にいるマサオに声をかけると、彼は私にビールを注ぎながら、 「それはそれは、でもこれだけ染まったミズ臭さは、もう簡単に抜けねえんじ ゃねえの。」とからかう。 「うるさいわねぇ。立派にOLをしてますわよ。」 とユリはむくれる。しかし、その表情の下にある媚びは隠しようがない。 ユリの話によると、週末に実家に帰り、子供を親に預けるようにしていった ところ、新聞社を定年退職した父親との間もだんだん角が取れ、折り合いがつ くようになったという。ただユリが家にいると、小言やら説教が多いので帰宅 はいつも遅いとのこと。酔いの勢いも手伝ってか、横浜に友達と共同でアパー トを借りていることまでバラしてきた。 「月々一人四万だから、週に二回ホテルに泊まったと思えば、むしろ安上がり だから……」 私は何も言いようがないので、勧められるままに盃を干していた。 そして河岸を変えようとワンショットパブに行ったが、私はすでに酩酊して おり、どういう会話をしたか覚えていない。ただユリをハグして心の隅に巣く った虚無が拡がらないように努めていたことが記憶に残っている。フラつく足 でユリの車に戻ると、「ホテルに行こう?」とユリが誘ってきた。考えること なく「よし、行こう!」と応じると、ユリは私の最初の教え子の親が経営する モテルに車を乗り入れた。
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