連載 #4757の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
小学3〜4年生の頃、寄宿舎で私と同室に、極めて変人と言うべき上級生が二人い た。 私はその上級生から、明け暮れ我が侭な振舞いや独断的な押し付けや嫌がらせをさ れたが、たった一つ、そして彼らの悪行を清算して余りあるほどの恩恵を受けたこと も決してみのがせない。即ち、音楽に関する知識と鑑賞力である。 E氏とS氏は日がな1日、歌を歌い楽器を鳴らし音楽論をやっていた。部屋の中を 歩き回って、大声で発声練習をし、流行歌や自作の歌を楽譜で歌ったものだ。 「3号室の部屋長と副部屋長は、朝から晩までドレミファばかり歌っていてやかまし い。」 と言う投書が、1度ならず舎生会で読み上げられたほどである。 副部屋長のS氏は、これまでに私が出会った中で一番の音感の持主だった。彼のC の音は常に完全で、1/4音の相違をも確実に修正できたし、少なくとも六つの音な らどれを一緒に弾いても、間髪を入れず音の高さを当てることができた。ドレミファ とハニホヘトで、どの調子のどんな複雑な曲でも歌うことができ、楽器やオーケスト ラの微妙なずれを正確に指摘した。 最近の早期音感教育を受けた人でも、彼に優る絶対音感の持主はめったにいない。 今にして思えば、彼からもっと沢山学んでおくべきだった。 彼よりアコーディオンの上手な友達を私は二人知っているし、彼より歌がうまく、 編曲の巧みな人は大勢いる。彼より音楽に詳しく、鑑賞力があり、音楽を愛する人も 多いであろう。けれども、彼ほど鋭い耳を持った人を私は知らない。 それに比べたら、部屋長のE氏は全くの素人で、音楽について言えば私より劣って いたかも知れない。 しかしながら、E氏の音楽熱は凄まじいもので、彼が作詞・作曲した歌は10篇を 越え、その旋律は平凡で際立った閃きとてなかったにしても、彼の創作欲には見習う べきものがある。 尾崎正行と言う人の詩に作曲した〈朝の窓〉は、E氏自慢の歌だった。 『朝の窓』 平和な町に山里に 恵みも深く輝きて 明けのそよ風快く 静かに流る朝の窓。 要するに、S氏の無類の音感に支えられて、E氏の飽くなき音楽活動が続けられた ということである。 ところで、点字の楽譜は単なる符号の配列から成り立っているので、いかに巧妙に 工夫されているといっても、普通の5線譜に比べると著しく複雑である。点字楽譜を 自由に読み書きできる盲人が少ないのもそのためだが、さりとて、音楽をやるからに は楽譜を覚えない訳にはいかない。 下の表を見ると、点字楽譜のおよその仕組みが分かる。 ド レ ミ ファ ソ ラ シ 休符 八分音符=る ら え れ り お ろ ふ 四分音符=す さ け せ し こ そ ひ 二分音符=つ た ね て ち の と は 全音符= む ま へ め み ほ も ぬ 点字は基本的に、1文字一桝、一桝6点の組み合わせで構成されており、文字の数 に自ずから制限がある。従って、五線譜のような図形を点字で書き表すことは難しく、 また、もし書くことができたとしても、これを一目瞭然で読みとることは不可能であ ろう。 そこで考案されたのが音符を記号かする方法で、その記号がたまたま上記のように 日本語点字の仮名文字に一致したものであるが、楽譜表記はもともと万国共通なので ある。 私は小学3年生の音楽の時間に、JT先生から初めて点字楽譜という物を教わった。 先生は、生徒たちが覚えやすいようにと、上の表を縦に読みながら、節を付けて歌 わせた。 ドーはルスツム レーはラサタマ ミーはエケネヘ ソーミードーー ファーはレセテメ ラーはオコノホ ソーはリシチミ シーはロソトモ ドーシラソファミレ ドーー この歌にピアノ伴奏を付けて、二拍子または四拍子で歌えば、点字の楽譜がすぐに 覚えられるのであった。 寄宿舎では、E・S両氏が楽譜(ドレミファ)で歌う訓練もしてくれた。 例えば、小学唱歌〈雁の歌〉を階名で歌う特訓である。 雁が渡る 鳴いて渡る 鳴くは嘆きか 喜びか 月のさやかな 秋の夜に 竿になり 鈎になり 渡る雁 面白や。 ミーレド レソソー ミーファソ ララソー ミーファソ ララソファ ミミレレ ドーーー …… …… 音楽の授業で、楽譜書きの練習を兼ねて、簡単な作曲が宿題に 出た。 『涼しい風がソヨソヨと わたしの頬を撫でました。』 と言う僅か2行の歌詞に、8小節の曲を付けたのが私の最初の作曲で、それ以後暫 く作曲に凝ったものだ。 春休みで家に帰った私は、手作りの風鈴の下に座って、随分長い時間瞑想を重ね、 16小節の童謡を1曲仕上げたが、新学期になって、下級生のAが作曲した〈ひばり〉 と題する歌を聞かされ、そちらの方が数段出来がよかったので、がっかりした記憶が ある。 ある晩、寝床の中でウトウトしながら、私は一生懸命作曲をしようとして、耳の奥 に弦楽4重奏のメロディーを呼び起こしていた。 「しめた! ついに出来たぞ。これこそ正に名曲だ。」 そう感じた途端に目が醒めたので、今まで夢うつつに耳の中で聞こえていた曲を復 唱してみた。夢の中そのままに、8小節のモティーフが弦楽アンサンブルの音で想起 できたが、どこかで聞き覚えのあるメロディーだと思ったら、それはモーツァルトの 〈Eine kleine Nachat Musik〉の第二楽章によく似ていた。 名古屋盲学校における当時の傑作は、なんといっても〈母校よさらば〉である。 これは昭和21(1946)年度の卒業生T氏が、一夜眠られぬままに作詞・作曲 したという歌で、S氏が前奏・中奏・後奏を付けて、アコーディオンで伴奏し、皆で 歌ったものだ。歌謡曲調のもの悲しい旋律は、数年に渡り校内で愛唱された。 『母校よさらば』 1、思えば夢か幻か 幼なじみにあざけられ 今亡き母に手を引かれつつ 入学試験胸躍る 2、語ればつきぬ懐かしの 二日がかりの学芸会 友と手をとり遠足すれば せなのリュックが気にかかる 3、炎は上がる地は揺らぐ 焼ける町々煙る森 哀れ母校もまた焼け崩れ 防空壕のあの辛さ 4、蛍雪の功今なりて 例えみんなと別れても 強く生きよういついつまでも 新生母校でまた会おう。 中学3年生の夏休みに、私は夕涼みをしながら、コオロギをテーマに1曲作った。 当時はなかなか気にいっていたが、よく味わってみると、どうも疑作の匂いがして 面白くない。北原白秋・山田耕筰の〈ちんちん千鳥〉にそっくりである。 『こおろぎ』 1、こおろぎコロコロ秋の宵 鳴くは川べり草の陰 寂しく清きその音色 いつか心もしっとりと 2、こおろぎコロコロ月の宵 露の雫は草の上 静かに歌ふ子守歌 何時か心もうっとりと。 札幌盲学校に勤めた年、点字楽譜に堪能な一人の生徒がいて、自作の歌を合唱団の レパートリーの一つに加えていたが、なかなかの出来映えで、特に3行目の和音の付 けかたが美しく、転調が感動的だった。 それに刺激されて、私はまたまた作曲を試みたが、やはり難しかった。詞のイント ネーションと音の高低を一致させた曲を作りたいのだが、そうするといかにも平凡な 旋律になってしまう。 私に少しでもピアノのたしなみか対位法のセンスがあったら、人の心に残る歌を1 曲くらい作ってみたいものだが…。 小説家や芸術家は作品が後世に残るから羨ましい。〈乙女の祈り〉を作曲したワダ ジェフスカ?や、〈ドナウ川の細波〉を作曲したイバノヴィッチのように、たった1 曲でも、人の心を楽しませる曲が作れたら、この世に生まれて来た甲斐があるという もの、まして数々の名曲や名著を残した人物の業績は計り知れない。 --------------------------------------------------------------------------
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