連載 #4756の修正
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お祭りの笛で思い出すのは、あれは神楽囃子と言うのだろうか? 祭日になると、 神社の社殿で1日中休まず奏されていた笛と太鼓の音である。私には誰がどんな姿で 演奏しているのか見ることはできなかったが、なにしろ早朝から夜遅くまで、あたか も今でいうBGMのごとく、途切れることなく続いていたというのは驚くべきだ。 それはかなり大きな音だったので、差ほど広くない村の神社の境内に、やかましい くらいに響きわたっていた。お祭りの出店や催し物や子供たちの遊び回るのに関係な く、むしろそれらを無視するかのように神楽囃子は続いていたから、正に当時の 〈BGM〉だったのであろう。 あるお祭りの午後、突然大雨が降ってきたことがあり、人々は急いで社殿の中に逃 げ込んだ。 そこでは相変わらず神楽囃子が演奏されており、今までほとんど意識に昇らなかっ た群衆の耳に、あの優雅で美しい音楽が否応なく聞こえてきた。 私は姉に手を引かれ、満員電車のような感じで押し込まれながら、ほんの2、3メ ートルの近い距離に神楽囃子を聞いた。 ヒュルヒュル ヒュールリヒュルヒュル ヒョーロロ ヒョーロロ ヒューヒャラ ヒャーラリヒャラリキ ヒョロルー ヒョロルー ……… それに合わせて大太鼓と小太鼓が、 テンツク スッテンテンツク ドーン ドーン テレツク スッテレテレテケ ドーン ドーン ……… その悲しげな節回しを、洗練された技巧でセツセツと歌い上げ、群衆はただ無言で 聞き入っていた。 ………… 以下は、神楽囃子とは別の笛の話である。 私の村のお祭りは、お盆の次の日と決まっていた。 夏休みに入ると、村の子どもたちは祭り囃子の練習に集まる。 夕食後、公民館の前に莚を敷き、長椅子を出して、練習用の太鼓を並べ、青年会の 役員とおぼしい数名の大人の指図に従って、太鼓や笛の稽古をするのである。 私は一番下の兄について出掛けて行き、元気一杯の子供たちの仲間入りをさせても らった。練習の合間の様々な遊びが今も懐かしく思い出される。 太鼓は私には難しくてできなかったが、笛の方はなんとかなりそうな気がして、兄 の横笛を借りて吹いてみた。 初めは全然音すら出なかったのを、ある晩庭先で、次兄が1時間以上も熱心に手解 きしてくれて、やっと微かな音が出るようになった。 それからというもの、夏休みの毎日を夢中で練習した。笛を水につけるとよく音が 出るので、ひしゃくで水ばかりぶっかけては吹いたものだ。 家の窓辺にもたれて朝から晩まで稽古する内、少しずつ上達していき、聞き覚えた 祭り囃子の笛も1曲ずつ吹けるようになって、とうとう一夏で7曲全部ものにできた。 お祭りの当日は山車が出る。大きな車に幕を張り、提灯を飾って、笛や太鼓の上手 な数人が乗り込んで、祭り囃子を奏する。 上の兄たちは車に乗って太鼓を叩く身分だったが、下の兄や私は、子供たちと一緒 に山車を押したり引っ張ったりして、村中を練り歩きながら、笛を合奏したものだ。 こんなこともあった。 私の家は村はずれの狭い急な坂の途中にあり、祭りの山車もここまでは回って来な い。ところがある日、2番目の兄が、是非自分の家のそばまで山車を引っ張って行き たいと言うので、みんなで坂道を下って小川の橋まで来たのはよかったが、帰りに車 輪がデコボコ道にはまりこんで動かなくなり、大弱りした。 小学6年生の夏休み、たしかお祭りの前夜のことだった。 飾り付けの済んだ山車は神社の境内の片隅に置かれ、その周りに人影は少なかった。 そこへ2番目の兄がやって来て、 「おまえ、ちょっと笛を吹いてみないか?」 と私に言い、車に乗り込んで太鼓を叩き始めた。 私は喜んでそれに合わせたが、なかなか調子がいい。実のところ、それまで私は1 対1で太鼓と笛を合わせてもらったことがなかったのである。 順々に曲を替えて吹きながら、なるほど太鼓があってこそ一段と笛も引き立つもの だということが分かった。 7曲のうち、〈1番〉は親しみやすい曲、〈2番〉は優しい旋律の曲、〈3番〉は 〈宮入〉という題名が付いていて、山車が神社の境内に入場する時の曲、〈4番〉は 1番をアレンジしたような曲、〈5番〉は最近習ったばかりの曲、〈棒の1番〉は最 も長くて絢爛豪華な曲、〈棒の2番〉は難解な中にも優雅な雰囲気を湛えた曲である。 「去年吹き方を教えてやった時には音も出なかったのに、随分と上達したなあ。」 と兄は褒めてくれるし、集まって来た人たちからも喝采されて、私は内心誇らしく 思ったものだ。 翌年の夏も祭り囃子の練習はあった。 ある日のこと、曲の中で1箇所どうにも腑に落ちない点が出て来て、練習中の一同 であれこれ議論しあったことがある。指導者もはっきりと皆を納得させるにいたらず、 疑問点がさらに検討されていた。譜面通りに吹いていくと、いつのまにか笛と太鼓が 半拍ずれてしまうので、しいて辻褄を合わせようとすると無理が生じる。 そこへ偶然通りかかったのは、次兄の同級生で笛や尺八の名手という評判の人だっ た。彼はそれまで1度も練習を見に来たことがなく、私は彼の笛を聞く機会がなかっ た。 その人は一同の請いにより、兄の持っていた笛を取り上げ、いとも自然に問題の曲 を吹き始めた。が、私は数小節を聞いただけで、思わず唸ってしまった。ため息が立 て続けに出た。彼が手にした笛は、普段我々が吹くとあまりよい音が出ないので、作 り損ないの安物だとばかり思っていた楽器なのに、正に古今の名器かと思われるほど 艶やかな音色が出るではないか! 彼の笛に比べたら我々のは笛とは言えない。名人 のヴァイオリンと初心者のヴァイオリンのようなものだ。名人の笛は音が透き通って まろやかで、1音ごとに装飾音譜が入るから、これこそ正真正銘の祭り囃子という感 じがする。 「飾りが多過ぎて、何が何だかさっぱり分からないや。」 と子どもたちが言ったのを、指導者の一人がたしなめて、 「飾りじゃあない。これが本当の囃子笛の吹き方なのだ。」 と言ったが、どちらの言い分も無理からぬところである。 私は即座に例の疑問点を悟ったのみか、その後いつまでも名人の笛の音が耳を離れ なかった。 今もう1度あの笛を聞いてみたい。なにしろ装飾音が見事で、音符を延ばして吹き ながら、空いている指で指穴を軽く速く叩くようにするのであるが、その軽やかな指 の動きは神業としか思えない。 下の兄が中学を終えて奉公に出るようになったし、上の兄たちも青年会を引退した ので、私もお祭りの練習に行かなくなった。 あれから45年、久々に郷里へ帰って、懐かしい神社に参拝した時、村中で一番相 撲が強かった私と同年の子供が、結構なおじさんになっていて、神社の掃除をしなが ら、 「チャラボコ(祭り囃子の練習をそう呼んでいた)は、今はもう無くなったよ。」 と教えてくれた。 しかし、私の耳の底には、まだあの頃の余韻が残っている。笛は 「チーヤラヤー ウーヤラヤー チーヤラヤー ウーヤラヤー トヤイ トヤイウ ヤーラララー …… ……」 と口ずさんでは節を覚えたし、太鼓は 「チャラボコ チャラボコ チャラボコ チャンチャン チャラボコ チャラボコ チャラボコ チャンチャン チャッチャッチャッ チャラボコ チャンチャン チャラボコ デッチャンチャン …… ……」 と合わせるのである。 [1996年3月9日 竹木貝石] --------------------------------------------------------------------------
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