連載 #4747の修正
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野辺校長は眉をしかめた。明らかに気を悪くしている。むしろ、わざとそう しているのかもしれない。 「生徒の男女交際は」 やがて、校長の口が開かれる。重々しく、威厳を保とうという響きを持って。 「我が校では、特に禁止しておりません。しかし、生徒の心得として、高校生 らしい節度を守って何事も行動するようにとしてある。ですから、犯罪にまで 発展するような深い関係になる生徒がいたとは考えにくいですな。ましてや、 生徒会長の浜野さんに限って、そういうことは絶対にないでしょう」 「浜野さんにボーイフレンドはいなかったということですか?」 武南はあえて意味合いの薄い質問を続けた。 「いや、それは断言できません。私が申し上げたいのは、事件になるような男 女の仲が形成されることはないという点です」 「分かりました。それでは次に……。これは今朝耳にしたばかりで、まだ裏付 けは何もない話です。とりあえず、噂ということでお伺いします」 「何でしょう?」 「麻薬−−具体的な名称は不明ですが、麻薬類の取り引きが、美津濃森一帯で 行われているようなんです。それで……ここの生徒さんが、関わっているらし いという噂が」 「馬鹿な」 一笑に付す野辺校長。演じるかのように声を立てて。 「関わっているとは、どういうことなんです?」 「麻薬をやっている、ということです。高校生が売り手になったという話は、 幸いにして聞きませんがね」 「馬鹿馬鹿しい」 同じ意味の言葉を繰り返す。 「そもそも、この付近で麻薬どうこうという話自体、私には初耳ですね。この 風光明媚な美津濃森が麻薬に汚染されているなんて、そんな」 「我々も驚いています。今まで全く聞かなかったのが、今度の事件を調べ始め た途端、こういう話が出て来たんですからね」 「質の悪いデマという奴でしょう」 決めつけるように言う校長は、早くこの話を打ち切りたいようだ。ありうべ からざる話に費やす時間はないとばかり、よそよそしい態度を見せる。 協力的な相手のつむじをわざわざ曲げさせることもない。武南は穏やかに応 じた。 「こちらとしても、そう思いたいもんです。余計なことに割く暇はない。一刻 も早く、浜野百合亜さんを殺害した犯人を捕まえるには、その方がいいに決ま ってますからね」 「ぜひ、そうあるよう、願いたいですな」 「もちろん、鋭意努力します。が、学校側の協力も不可欠でして。参考にお話 を伺うのを、自由に行わせていただきたい」 「……それは生徒達も含めてですか?」 「そうなるかもしれません。無論、人権に配慮して、慎重に行うのは言うまで もありません」 「……我々学校を通してという訳にはいかないのですか」 「生徒さんが学校にいる間は、そうするつもりです」 校外では我々の自由だと、ほのめかす武南。横で、黙したままの北勝がわず かにうなずいた。 長い沈黙のあと、校長はしかめっ面のまま、ゆっくりと言った。 「やむを得ますまい」 矢古田史朗の病院は、白い外観とは裏腹に、内装の一部は、サイケデリック だと言えた。ほとんどは普通の病院によくある白、あるいはクリーム色の壁な のだが、いくつかの部屋はピンクあるいは青色を下地に、赤や黒、緑色の小さ な図形が細かに描れている。 「これは、何かのおまじないですか」 桑田の少し後ろを行く虎間は、医院に着いてからずっと不思議そうにしてい る。 「はは。おまじないではありませんよ」 矢古田は髭をかすかに震わせ、笑い声を立てた。彼自身はえんじ色のゆった りとしたシャツを着ている。事情を聞くために今日は休診にしてもらったせい か、それとも普段からこのような格好をしているのかは分からない。 「色による精神安定の効果を期待してのものでしてね」 「色による精神安定……」 不安そうにおうむ返しする虎間。 「ピンクやブルーには、人の心を落ち着ける作用があると言われています。私 自身は、その効果には個人差があると思っていますが、試す価値はあるでしょ う。壁に色を塗るぐらい、安いものだ」 「なるほど」 診察室らしき部屋に通されたところで、桑田が言った。 「普段、診療を行うのは何曜日なのでしょう?」 「日曜以外は基本的に毎日。土曜は昼までですがね。無論、患者の方が望めば、 なるべく診て差し上げる準備はあります。どうぞ」 うながされ、桑田ら二人は腰掛けた。普通の病院と違い、ソファである。 「浜野百合亜さんの診察には、決まった日が当てられていたんですかね?」 「いえ、彼女はもう、診察を始めて長くなっていましたから。もちろん、最初 は決まった日が当てられていましたが、百合亜さんの都合で何度か変更があり ましてね。今年に入ってからは、自由に来てもらうようになりました。彼女の 学校が終わってからなら、ちょうど病院の手も空いていますから」 百合亜の死を認めたくない心理の表れなのか、矢古田は現在形と過去形の入 り混じった語尾を用いている。 「今年に入ってから、と言うからには、初診から数えて相当、長くなっていた ようですね。百合亜さんを診るようになったのは、何年前からです?」 「彼女は今、十七でしたか? では、三年前に間違いない。中学二年生になっ たばかりのときに、彼女は親御さんに付き添われて、ここを訪れたのです」 「具体的に、浜野百合亜さんはどのような症状だったんです?」 「患者の情報を無闇に公にするのは、好ましいことじゃないのですが」 「それは充分、承知していますよ。しかし……彼女はすでに亡くなっているの ですよ」 桑田の口調は穏やかそのものだった。 が、しかし、矢古田医師は顔色を変え、語気を荒げる。 「死者にプライバシーはないというのですか? とんでもない思い違いですよ、 それは!」 「な、何もそこまで」 矢古田が椅子から腰を浮かしたのを見て取ったか、虎間が慌てたように両手 を掲げ、まあまあと押さえにかかる。 桑田はと言えば、逆に落ち着き払っていた。 「矢古田さん。私はその辺りのことを、それなりに心得ているつもりです。死 者にももちろん、プライバシーがある」 「だったら……」 座り直した矢古田。まだ息が乱れているようだ。 「もう触れないでいただきたい」 「そうはいきません。いいですか。意味もなく死んだ者のプライバシーを暴き 立てることは、許されない。だが、我々がやろうとしているのは意味のある行 動だ。言うまでもなく、浜野百合亜という少女をこの世から消し去った憎むべ き犯人を見つけ出すためです。そのための手がかりとなりそうな物は、全て調 べるべきでしょう。無論、プライバシーに関わることについては、必要最低限 の点を除けば、我々は絶対に口外しません」 「ふむ」 うなずく医師。だが、まだ気乗りしない様子が見え隠れする。 桑田は面倒に感じながらも、最後の一押しに出た。 「それに、矢古田さん。あなたは百合亜さんに義理立てして彼女のプライバシ ーを守ろうとしているのかもしれませんが、それはかえって、彼女のためにな らない可能性が大きいのです」 「何故だ?」 「簡単ですよ。あなたが百合亜さんのカルテその他を我々に見せてくれないこ とで、百合亜さんを殺害した犯人を捕まえ損なう危険が、なきにしもあらずだ からです。 ねえ、矢古田先生。こう考えてみましょう。彼女の症状を明かすのは、彼女 のためだ。彼女を殺した犯人を見つけることができれば、百合亜さんもきっと 喜んでくれる、とね」 「……分かりました」 重々しく、うめくように了解した矢古田。 (やれやれ) 桑田は内心、ため息をついていた。 (厄介だねえ。初対面のときから、どうもおかしいと感じてはいたが……この 先生、浜野百合亜に惚れてたんじゃないのかい? それどころか、彼女が死ん だ今も、忘れられないらしい……) その見方はつまり、矢古田史朗を容疑者としても扱うべき余地を考えるのに、 充分な理由であった。 「では、浜野百合亜さんに関するカルテ、写しで結構ですから、提出していた だくとして……」 何気ない風を表面上は装い、桑田は続けた。 「彼女の症状について、今、簡単にお話ください」 「そうですね。一言で申すと……情緒不安定」 「それはどういう?」 百合亜の同級生らから、簡単に聞いてはいたが、敢えて尋ね返す。 「彼女の場合、どんな小さな悪事でも見逃すことができにくい精神構造になっ ていたようです。吸い殻や空き缶等のポイ捨て、信号無視、駐車違反といった、 どちらかと言えば道徳的に守るべきことですね。それを守ってない人を見ると、 激しく怒り出すことが多々あった。もちろん、常に、ではありません。彼女自 身が沈んでいる、落ち込んでいるときには、周囲に目が行かないのか、何もと がめ立てしなかったようなのです」 「ほう。では、百合亜さんが普通に、楽しく喋っているときこそが、逆に怒り に火が着きやすい状態であったと、こうなるんですかね?」 推測を述べたのは虎間だった。 「ああ、そう、その通りです。笑顔でいるときほど、彼女は怒りやすかったと 言えます」 「症状は回復に向かっていましたか?」 再び桑田が主導権を取る。 「微少ながら、回復傾向にあったと言えます。一種の催眠療法によって、彼女 の内から怒りのスイッチを入れる原因を取り除いていく方法を取っていたので すがね。まずまずの効果を上げつつあったと自負しています。方法についても 資料を出しますから、詳しくはそちらをご覧ください」 「どうも。それじゃあ……そう、情緒不安定が原因で、何らかのトラブルにな ったことがあるとは言っていませんでしたか、百合亜さんは?」 「ないですね。彼女のような美少女に言われれば、素直に従うものですよ」 冗談めかして言ったようだが、矢古田の口調の奥には、百合亜への想いが秘 められているように、桑田には聞こえてしまう。 「では、そろそろ引き上げます。関係資料については、今日明日中に伺います ので、そちらで準備して置いてください。もし用意されていない場合、押収す る場合もありますので」 「分かっています」 最後は笑顔で別れ、部屋を出ようとした桑田ら二人。 その寸前で、矢古田が呼び止めてきた。 「もう一つだけ。早めに知らせておくべき話がありました」 「何でしょう?」 足を止め、聞き返す桑田。 「百合亜には、極度に火を恐れる傾向がありました」 「火を嫌う……。どの程度?」 「他人が煙草に火を着けようとするのを見ても、びくっとすることもありまし たよ。かなり過敏です。火に対する恐怖症と情緒不安定との因果関係を調べて いたのですが、はっきりしないままでした」 「−−なるほど。いや、どうもありがとう」 礼を返しながら、どう受け取るべきか悩む桑田であった。 浜野沙羅は、昼近くになって、ようやく起き出すことができていた。 (信じられないわ) ぶつぶつ言いながら、はたきをせわしなく動かす沙羅。ほこりはほとんど出 ていないのに、同じ場所をぱたぱたとはたき続けている。 娘が亡くなったという大事にも関わらず、夫の麟人は、今朝の警察からの事 情聴取が済むと、さっさと仕事に出て行ってしまっていた。 (死んだ娘は帰ってこないとか言っても、せめて、私のために家にいてくれた っていいのに。いいえ、それが当然よ) 彼女はまだ、同じ場所をはたいている。掃除がしたい訳ではなく、百合亜の 死を一時でも忘れていたい、そのためには何でもいいから単純な作業をやって おきたい。そんな気持ちの表れなのかもしれない。だからこそ、同じ場所をは たき続けている……。 呼び鈴が鳴った。 「はあい!」 普段の沙羅なら、習慣から、インターフォンにすぐさま飛び付くのであるが、 今日は違った。彼女には、言い知れぬ人恋しさがわき起こっていた。誰でもい いから、話がしたい。 だから、沙羅はインターフォンのマイクには目もくれず、玄関へ急いだ。 「はい、どなた?」 変に明るい声と共にドアを開ける。 相手の顔を見た途端、沙羅の意識は遠くなりかけた。 「こんにちは」 そう言った少女の顔は、浜野百合亜と同じ造りをしていた。 −−続く
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