連載 #4681の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
【 沈 黙 の 森 Y 】 紫野 「占いの準備がありますので、あまり時間はとれません。手短かにお願いしま す」 そう前もって断りを入れながら後ろ手に戸を閉めた。電気も通っていないこ の小屋ではランプは貴重品だ。昼の間はできるだけ陽光ですごせるようにと東 西の壁にある大きめの窓から差しこんだ陽に照らされた楕円テーブルの下にし まいこんであった二つの椅子の一方を彼にすすめ、座らせる。 「心得ています。わたしとしても、あまり長居はできませんから」 視線を一巡させ、部屋の中をざっと検分しながら腰をかけると、青年はテー ブルの上に帽子を乗せて軽く指を組みあわせた。その横に客用のカップを出し て、沸かし直したお茶をそそぐ。 「ハッカ茶です。あいにくこれしかお出しできるものはありませんが、高ぶっ た神経を休めるにはとても効果的な飲み物ですわ」 「ええ、知っています。昔、わたしの母もよくこれを飲んでいました」 どこか懐かしげに言って、青年は立ちのぼる湯気に目を細めたが、口をつけ ようとはしなかった。 「これだけに限らず、精神安定剤に睡眠薬、ハーブだの……とにかく心をおち つけて安眠するにはいいとすすめられたものは全部、たとえいかにもといった 風体をしたいかがわしい物売りから買い受けた、聞いたこともないような頓狂 な名前のついた異国の草の葉や根を煎じた液体でも、毎晩毎晩胃に流しこんで いました。 そう、あれは飲んでいたというよりも、無理矢理つめこんでいたというふう でしたね…」 そのときの母親の姿を思い出したのか、喋ることをやめた青年は長々とハッ カ茶を真上から覗きこんでいたが、やがて視界から消そうとするかのようにカッ プごと横にずらすと肘を立て、ふうと息を吐き出した。 「薬に頼らねば自分を支えられないほど寄る辺ない日々をあなたのおかあさま に送らせていたものが、先におっしゃられたわたしの母の呪いであると、そう おっしゃりたいのですね?」 正面に腰掛けたわたしの言葉に、それまで脇にそらされていた目がこちらを 向く。 「そのことですが、わたしはお話しする前にまず謝罪をしなくてはなりません。 わたしは先ほど、クライザー家に起きた出来事すべてがあなたの母上がかけた 呪いのせいであると言ってしまいました。あれは訂正します。この小屋へ入れ てもらい、どうしてもあなたにわたしの話を聞いていただきたくて、そのあせ りから、ついあのようなことを口走ってしまいました」 「では母のせいではないと?」 よけいな口をさし挟まず、とにかく青年の言い分を最後まで聞いてみようと 思っていたことも忘れてあわてて身をのり出したわたしに、青年は固い表情で 頷いた。 「ええ。半分は」 半分? 「十年前、あなたの母上・マリア=フォルストが訪れた日の事を、わたしは今 でもはっきりと覚えています。当時わたしたちは首都に館を持ち、ここから車 で数時間の街にも別荘をかまえていました。クライザー財閥は、遡れば隣国の 伯爵・侯爵家とも縁戚関係にある古くからの名門で、その膨大な資本を用いて 複数の政治家の後ろ盾となることで政治の場でもそれなりの発言力を持った、 この国でも有数の多角経営企業主だったのです。それこそ人の出入りはひきり なしで、誰かの誕生日やイブなどといった祝日ともなれば到底館ではさばきき れず、各地にかまえた別荘の大広間で盛大なパーティーを催していたのです。 十年前のイブも、そうでした…」 自ら口にすることでそのときの様子を思い出しているのか、視線を下げ、すっ と表情を暗くする。 そうしたところでおもしろくもない、いやな記憶をわざわざ細部まで思い起 こそうとしているのだ。そうなったとしても当然だろう。 理解し、促すのはやめて、黙したまま彼が自発的に話すのを待つ。青年は、 わたしが思っていたほどには間をあけず、思い切るように一度深く息を吐き出 して、それまでと気持ちを切り替えるように背を正した。 「パーティーの数日前、ここにある別荘でイブを祝う事を知った友人からこの 森に有名な占い師が居を構えていることを聞いた父が、突如パーティーの趣向 の一つとして彼女を招こうと言い出したのです。クライザー家の行く末を── というよりも、ますますの栄華・繁栄を、名高い占い師に皆の前で告げてもら い、それによる影響を利用しようと思ったのでしょう。権力を握った者は、そ れが強まるにつれ、破滅を恐れるあまりに占いや宗教などに走る傾向がありま す。専属の占い師を抱え、どこへ行くにも連れて行き、室内へ入る際どちらの 足でドアをくぐればよいか意見をあおぐ者も多いことはご存知ですか?」 もちろんだ。その質問にわたしは頷きで答える。 生前、母は数えきれないほどのそういった者たちから専属になってほしいと の勧誘を受けていた。執拗な者は、毎日毎日たとえ嵐の日だろうとも欠かさず この小屋を訪れた。それも二年もの間。さすがにあれにはまいって、ハンスに もう二度とそういった手紙だけは届けないでほしいと頼み(母に私事でくる手 紙は一通たりとなく、ハンスが開封して内容に目を通す事をいとわなかったの で)、代理人には会うことすらしなかった。母の死後は、同じ占い師をしてい るということでやはり娘のわたしも母と同等の力を持つ占い師であると思いこ み、わたし宛で月に数通ほどくるようになっている。そういったものにはどれ も一様の文面で断りの手紙を最初に出し、あとは無視しているが、よく懲りな いものだ。 そう思い、右手の方にある奥の部屋との境にかけたカーテンの脇の棚にちら と目を向ける。視線を追った青年が、そこに開封もしないで束ねてある手紙を 見て、納得するように頷いた。 「では父のこの思いつきは、そういった者たちに対してとても有効的な手段で ある事をご理解いただけると思います。あの頃、クライザーはゲノン紡績を苦 労の末吸収合併したばかりでした。名門クライザー家の一人息子として生まれ、 家督を継ぐべく徹底して育てられたせいか、当時の父には性格上…なんと言い ますか、専制君主的なところがありまして、この世に自分にさからう者が存在 するということが認められなかったんです。それどころか彼を心から案じての 忠告や意見にすら耳を貸さないひとで、ゲノンをとるのはクライザーにとって リスクが大きく不利益であると、周囲の関係者は内心思ってはいても実際には 口に出せなかったようです。結果、三年がかりでどうにか合併をはたしたもの の、クライザーは無理をしたせいで少し息切れ状態でした。だから有力者たち との癒着を一層強めるために、ぜひとも彼等の前でクライザーの今後の繁栄を 約束してほしかったわけです。 ですが、マリア=フォルストの出した占いの結果は、父の予想を裏切ってあ まりある、惨々たるものだったのです」 いよいよだと、カップをソーサーの上に戻し、一言一句聞き漏らすまいと耳 をそばだてたわたしの前で、青年はそれまで脇にどけていたハッカ茶で喉を湿 らせ──おそらく口にしたのははじめてだったのだろう、そのクセのある苦味 に驚いたようにほんの少し眉をひそめてカップの中身をまじまじと覗きこんだ 後──敬遠するように前より少し遠目に脇へ寄せ、小さく咳払いをすると先の 言葉を継いだ。 「彼女がくるというのは既に宣伝済みでした。彼女を目当てとしていた客もい たと思います。彼女がくると知った途端、出席させてもらえないかという書が 何通も届きましたから。中には、どうしてもはずせない用事があるからと欠席 の返事を返してきていた者までが、どうにか片がつきましたのでとのうさんく さい文句を下げて、当日現れたほどです。 あなたの母上は、パーティーの中盤で登場しました。あらかじめ彼女から受 けていた指示通り、小さめの丸テーブルに黒のクロス、彼女持参の濃緑の蝋燭 を立てた銀の受け皿をまず召使いたちが運びこみ、その後現れた彼女は挨拶も そこそこに客たちでできた輪の中央で父と向かいあって腰かけ、占いをはじめ たのです。二つ三つ、彼女は呟きで質問しました。父の生誕日とかそういった、 ただの占い師もよく求める程度のたわいないものです。そして突然、蝋燭の炎 を覗きこんでいた彼女の目が大きく見開かれ、指が引き攣ったと思うや、ぶる ぶると小刻みに震えだしたのです。わたしは父の後ろに他の兄弟たちとともに 控えていたのですが、彼女の膚は完全に血の気を失っていました。何が見えて いるかはわかりません。わたしたちにはただの丸く膨らんだ蝋燭の炎にしか見 えなかったのですから。占いの最中、たとえどんな小さな音であろうともたて てはいけないし彼女に触れることも話しかけることもいけないと、前もって聞 かされていなければ、おそらく彼女の肩を揺さぶって問い正していたでしょう。 占いを壊すことを恐れ、また無知によって彼女自身を傷つけることを懸念し、 誰もが固唾を飲んで見守る中、彼女の震えはおさまらず、ついには全身に広が り、やがて遠目でもはっきりそれとわかるほど大きくなっていきました。まば たきもせず炎を凝視し、歪んだ口元から覗いた白い歯は強く噛みしめられてお り、何かに堪えているようでしたが、もうこれ以上堪えられないと言うように 彼女はふっと目を閉じた直後、横に倒れこんでゆきました。すぐさま後ろにつ いていた客の一人が抱き起こし、今だ呆然としている彼女の名をくり返し呼ぶ ことで彼女はどうにか正気をとり戻したのですが、まだ占いの衝撃から完全に 冷めてはいないようでした。 彼女は長い時間口をつぐみ、一言ももらそうとしません。一体何を見たのか ……それは彼女以外知りえぬことでしたが、それでも間違いなく、あの場にい た全員が理解したでしょう。直視に堪えかね放心してしまうほどの未来が、ク ライザーを待ちかまえているのだと。 場がざわめきだすのは当然です。ほとんどの者がクライザーをあてにしてい ましたし、これからもそうするつもりだったのでしょうから。父は怒りに顔を 赤黒くして、躍起になってまだ立ち直りきれないでいる彼女に見た内容を語る ことを要求しました。はっきりさせ、打ち消すか、もしくはその出来事の回避 策を教わることで騒ぎを静めたかったのでしょう。彼女の占いは予言であり、 必ず起きるというのがもっぱらの噂でしたから、そうしなくてはクライザーは 本当に終わりだと。実際、クライザーの命運を握る者たちも幾人か、客の中に いたのです。言うまでこの館から返さないとまで脅された彼女が、やがて言葉 少なに語った言葉は、しかし父にとって決定的なものでした。 彼女は父に、こう言ったのです。 『断定はできないが、そう遠くない未来──そう、イブより数えて十日以内に、 おまえの身に、世にも恐ろしい災いがふりかかるだろう』 と。 続.
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