連載 #4630の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
それは、補給大隊が接収している民家のすぐ裏手にある、少し開けた場所に あった。ストークが顔を見せると、警護の兵士は何も言わずに彼等を通した。 ストークは八号車の荷台に乗り込み、奥のほうにある医薬品の箱から油紙に 包まれた下痢止めを取り出した。五十人分ほどがひとまとめになったやつだ。 「はい、ありましたよ」 「ああ、どうもすみませんな、お忙しいところをわざわざ」 「いえ。でも、一体何を食べたんでしょう。腹こわすようなものを配給しまし たでしょうか」 もしそうなら、ストークの管理責任を問われかねない。彼は少し不安げな顔 になって聞いた。 「いや、どうもお恥ずかしい話なんですが、正確には食ったんじゃなくて、飲 んだみたいなんですな」 「飲んだ……? ああ、もしかして『水あたり』ですか」 「はあ。あれほど生水は飲んじゃいかんと言うのに、近頃の新兵は儂らのよう なじじいを言うことをまるで聞きゃしない」 ソヴィンは溜め息まじりにぼやいた。ストークはどう答えていいのか判らず、 愛想笑いをした。 「一曹のような本物の軍人から見ると、私のようなのは軍人の風上にもおけな いような者なんでしょうね」 「二尉殿も、短現でいらっしゃいますか」 「ええ。大学を出た後、短現にもいかんような奴は男じゃない、なとど回りか らせっつかれましてね」 「なるほど、はあ。そう言われれば、いかにも大卒って顔をしていらっしゃる。 私のように学のない人間には、大卒の方は常に尊敬の対象です。いやたいした もんだ」 「いえいえ。最近じゃ大卒も随分増えましたから」 「短現士官さんも、随分増えましたな」 ランディール帝国は百年ほど前に徴兵制が廃止され、志願制へと切り替わっ ている。しかし、産業の発展に伴って都市に必要とされる労働力が増加するに つれ、軍隊では必要な人材、特にある程度の教養を持った士官が不足するよう になった。それを補うために考え出された制度が短期現役士官制度だ。 ランディール帝国では七歳から十歳が臣民学校の小等部、十一歳から十四歳ま でが中等部、十五歳から十八歳までが高等部に通うことになっている。このう ち、臣民の義務となっているのは中等部までである。 中等部から高等部へと進学するのは現在約五割(ただし、増加傾向にある)。 その中で、さらに成績優秀であるものは大学へと進むことになる(大学も四年 間)。 そもそも軍に籍をおく為には、幾通りかの方法がある。陸軍を例にとると、 まず、中等部卒業後、いきなり徴兵事務所に出頭するやり方がある。基本的に 十五歳以上二十五歳以下の健康な男子であれば誰でも入隊できるから、これが もっとも手っとりばやいが、これだと最下級の三等陸士から軍暦が始まること になる。 次に、軍の兵学校に進学し、四年間心身を鍛え上げた後に任官するやり方。 これだと、三等陸曹として軍に入れる。 さらに、高等部卒業後、軍大学校に入学するやり方もある。入学の道は厳し いし、途中で脱落するものも多いが、この方法を選んだ場合、任官時には三等 陸尉である。 短現とは、これらとは別に、一般大学卒業後に軍隊に一時的に籍を置かせる ための制度である。一般大学を卒業した後に士官教育講座で半年間学んだ者に は、三尉の階級が与えられ、基本的には二年間だけ、軍務に就く(これが「短 期現役」の語源である)。退官後は予備役三尉として登録され、一度戦争状態 になると、二尉として再招集されることになる。 予備役三尉などになってしまうと、後々何かと負担が多くなることが判り切 っているが、平時には有形・無形を問わず、様々な恩恵があるよう配慮されて いる。何しろ、予備役とはいえ陸軍士官であるから、社会的地位はただの大卒 者とは比べ物にならない。 ストークもまた、その魅力に引かれて講座を受けてしまったのだった。 彼がそのような事情について思いを巡らせていると、二つばかり離れた区画 にある百貨店の方角から、何やら喚声が聞こえてきた。「なんでしょうか?」 ストークの問いに、ソヴィンが思いきり口をねじ曲げた。 「喧嘩でもやらかしてるんでしょうかね」 そういう彼は、そこが戦場であるかのような厳しい顔付きになっていた。 ストークはハッとして顔を上げた。 「まさか……!」 百貨店。喚声。ままらなない物資補給。低下しつつある士気。古参兵の言葉 を聞かぬ兵士。それらの事象が一本につながった。 「行ってみましょう。もし、私の予測が正しければ、大変まずいことになりま す」 ストークは咳き込んで言った。ソヴィンは無言で頷く。 百貨店の前に駆けつけたストークは、恐れていた事態が現実になったことを 知り、絶望的な表情になって天を仰いだ。 厳重に封鎖されていた百貨店の扉がぶち破られ、兵士達がその中の数々の− −食料や家具、武器、医薬品、そのほか商品として成り立つ凡そあらゆる−− 品物を、堂々と運び出していた。 戒厳令が敷かれたこの都市における経済活動は、事実上停止していた。百貨 店も閉鎖されていたが、軍は百貨店側に、一切の略奪行為を行わないことを約 束していた。都市の治安が回復した時点で、円滑に経済活動を再開させるため だ。それは、流通が軍の補給にも密接に関わっているためで、どちらにとって も損にはならない話だった。分捕っていくだけが軍隊ではないのだ。 それが今、眼前で略奪が行われている。ただの略奪でもランディールの軍律 に従えば、腕の一本や二本切り落とされたところで文句は言えない。このよう な、「民事拠点」を狙った略奪となれば死罪もありえる。 「やめろっ! 略奪行為は重罪だぞ!」 ストークは、声に士官としての重みを与えるよう注意しつつ兵士達に怒鳴っ た。兵士達が彼のほうを向き、挑発するように笑った。「これだから短現なん て、ものの役に多々ねえってんだよ。なあ」 兵士の一人が言った。どうやら酒に酔っているらしい。ろれつが怪しくなっ ている。 「ああ! 第一、あんたらがちゃんと仕事してくれねえから、俺達は飯もまと もに食えやしねえんだよ!」 「そうだ、そうだ!」 「それは……」 兵士達の言葉に、ストークはたじろいだ。 「こら、上官に向かって何という口の聞き方を」 ソヴィンがストークの前に出る。 「じじいは黙ってろ!」 「何を……!」 ソヴィンが腰の刀に手を掛ける。 「へえ、やるってのかよ」 兵士達も刀を抜く素振りを見せた。 「やめて下さい、シノア一曹。事を荒立てては、彼等の処罰が厳しくなるだけ です」 ストークがソヴィンを制止し、兵士達に向かい、 「大人しく奪った品物を元に戻せ。今ならまだ−−」 と言った。しかし、相手は聞く耳を持たない。 「うるせえっ!」 兵士の一人が遂に刀を抜きはなった。ストークは迷った。 (どうすりゃいいんだ) ストークは刀の扱いが得意ではない(得意なら、補給部隊になど配属されて いない)。まともに相手をしてはつまらない。だが、彼は士官だった。刀を抜 かれた程度で引き下がる訳にはいかない。 「貴様、自分のやっていることが判っているんだろうな? 明らかに、これは 上官への反逆だぞ」 「けっ、知るか」 兵士が刀を構え、にじりよって来る。酔いが足に来ている。千鳥足に近い。 「やめろ、やめるんだ!」 「おじけづいたってか?」 (一体、どうすれば……) ストークが刀の柄を握った直後、蹄の音が後方から聞こえた。そして騎馬が 彼の横を駆け抜ける。 「!」 馬上の男が無造作に、手にした槍を突き出した。刀を抜いていた兵士の胸を 突く。 「ぎゃあっ!」 悲鳴をあげ、鎧を貫かれた兵士が胸から血しぶきを噴きあげつつ倒れる。男 が馬から降りた。槍を地面に突き立て、刀の鞘を払う。 もしこれが、なにかの英雄記であるならば、ここで男は兵士を次から次へと なぎ倒し、ということになるのだが、幸か不幸かそうはならなかった。兵士達 は奪った品物をその場に投げ捨て、我先にと逃げ出してしまったからだ。 「何も、問答無用で刺し殺すことは無いでしょう。彼は、酔っていただけなの ですよ」 ストークは、恐らく相手が自分より上官であることに気付いていた。だが、 そう言わずにはいられない。 男がストークのほうを向いた。 「士官とは、兵士の上に立たねばならん存在だ。そして兵士とは、士官の命令 に従わねばならん。こいつは兵士としての役割すら放棄したのだ」 男は、いまにも足元の死体を蹴飛ばしかねない口調で言った。 「ですが−−」 「規律こそ軍だ。規律なき軍など、冒険者などと称して徒党を組んで乱暴狼藉 を働く輩よりも悪質だ」 男は槍を地面から引き抜き、機敏な動作で馬に跨った。そして現れたと宸 同じように駆け去っていった。 「まさか、あの御方にこんなところでお会い出来るとは」 ソヴィンが溜め息まじりに呟く。 「あの人をご存じなんですか?」 「ああ。臣従一○八師団のガリウス=マナ=リール陸将補だ」 ストークもその名前には聞き覚えがあった。臣従一○八師団の副師団長を勤 め、「軍人の中の軍人」と称えられる戦士だ。リール家は、その一族の一人が 十三聖紀の逆襲戦争によって功績を認められて以来、数百年に渡ってオーリア スの王族を守り続けている家系である。彼はその家系に連なる、本物の軍人だ った。 「『戦風のガリウス』……! まさか、あれが」 「あの御方がここにいるという事は、臣従一○八師団がまた来たという事なの かな。全く、何が起こっているのやら」 ソヴィンは兜を脱ぎ、薄くなった頭髪をなでた。 ストークには、臣従一○八師団の役割が大体想像できた。その暴走に対する 処罰として、国境突破(恐らく、バートン)の一番手を命ぜられるのだ(そし て、すり潰されるまで戦わさせられる)。どうやらランディールは、反乱の鎮 圧を名目としてメイネスにまで入り込み、北海側からの聖征の足掛りとしたつ もりらしい。 だとすれば一層、オーリアスのメイネス侵攻はランディールの謀略である可 能性が高い。 ストークはソヴィンに対し、そのように説明した。ソヴィンはそりゃありそ うなことだ、と言ってから、 「くそ、とうとう本物の戦争か」 と吐き捨てた。 だがストークは、戦略的問題よりも、自分自身に関する問題がより深刻に思 われてならなかった。 「……もし、リール陸将補のように振る舞う事が本物の軍人としての姿だとし たら、僕は一生、本物の軍人にはなれない」 ストークが兵士の遺体に視線を送りつつ言った。なりたくもないとは、ソヴ ィンを前にしては口に出来ない。 「誰もが、リール陸将補のようになれる訳ではありませんよ」 ソヴィンが慰めるように言った。しかしその口調には、短現に対する偏見が 見え隠れしているようだった。 「ええ、きっとそうなのでしょう。きっと……」 それから五日後、臣従一○八師団を先陣とした三個師団がメイネス・バート ン間の国境を一斉に越えた。その進撃は、臣従一○八師団のメイネス侵攻の印 象を霞ませるほど激しいものだった。第五二連隊もまたその侵攻部隊に含まれ ていた。そしてストークは自らの意思と関わらず、六年後の終戦に至るまで戦 場に身を置き続けることになる。 (おわり) 6−7へ
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