連載 #4619の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
はじめに 私の書く文章は、いつも独りよがりである。 自分が思いついたこと・思い出したこと・話してみたいこと・気になることなどを、 ただ書きつづり、それをパソコンの音声出力を頼りに手直しして、UPLOADして いるにすぎない。 史料を調べるのは手間がかかるし、関連する書物が手元に無いということもあるが、 要するに、私のは単なる『雑談』でよいのである。 百人一首について書く場合、特に大切なのは文字の使用であるが、私は漢字を全く 知らないし、まして歴史的仮名遣いや古文の書き方は解らないから、その点非常に困 る。 それで、今回は和歌を仮名文字で書くことにした。これこそとんでもない話だが、 私個人について言えば、幼少の頃から点字(仮名を表す記号文字)で勉強してきて、 〈耳学問〉の知識しか持ち合わせていない以上、むしろ仮名文字で書く方が自然なの である。 たとえて言うなら、ヴァイオリンを上手に挽けない私が、バッハのパルティータを 鼻歌で歌って聞かせるような具合であろうか。 と言いつつ、気が向いたら、少しは漢字を使ってみたくなるかも知れない。 1 私が中学生の頃、新任の全盲の先生が、百人一首の遊び方を教えてくれた。 トランプのように、点字用紙をカードの大きさに切って、点字で1枚ずつ和歌を書 く。 それに対応する下の句を書いたカードを二組用意する点は、普通の百人一首と同じ であるが、ゲームを行う場合、下の句を書いたカード(札)を、畳の上に広げて並べ るのでなく、ゲームの参加者に均等な枚数ずつ配っておくのである。 〈親〉が和歌を読み上げるのを聞きながら、該当する下の句を、自分の持ち札から 速く取り出す競争であり、各一首ごとについては、二人だけの争いになるため、勝負 の面白味は半減するが、一時期寄宿舎で流行したものだ。 親が和歌を読み上げる時の節回しについて、本当はどのように歌うのか私は知らな いが、当時は、下の例のように、ド ミ ソ の音階で節を付けて読んだものだ。 これやこの ゆくも かえるも わかれては ソララララー ラドド ドドドド ドドソソソー しるも しらぬも おおさかの せき ミミミ ミソソソ ソーソソソ ソソー 楽譜に書いて示せば、もっと分かりやすいのであるが、この場合の『ド』は、高い 方のドの音である。 参考までにもう一首…。 ちはやふる かみよも きかず たつたがわ ソララララー ラドドド ドドドー ドドソソソー から くれないに みず くくるとは ミミーミソソソソー ソソーソソソソソー その何カ月か後、Nという友達が、別の節回しを教わってきたと言って、次のよう な歌い方で読み上げて聞かせた。 あおによし ならの みやこは さく はなの ソソラララー ララシーシシシラー ララーララソー におーが ごとく いま さかりなり ミミミミーミソソー ラソーソソソソソー 最初のうちは、何やら暗い感じがして気に入らなかったのが、いつの間にか後者の 読み上げ方が定着してしまい、よく味わってみると、こちらの方が凝った節回しにな っていて、趣深いのかも知れない。 いにしえの ならの みやこの やえざくら ソソラララー ララシーシシシラー ララララソー きょう ここのえに においぬるかな ミミー ミソソソソー ソソソソソソソー 2 ここで話題にしているのは、『小倉百人一首』であるが、第二次世界大戦中には、 『愛国百人一首』というのが在った。 後者の方は、私が子供の頃のことなので、内容を全く知らないが、多分、前者の中 の恋の歌の代わりに、天皇崇拝の歌を多く取り入れたものではなかっただろうか。 私が小学1年生の頃、疎開先の盲学校の寄宿舎で、同室の上級生たちが、朝晩よく 合唱していた歌は、先ほどの「あおによし」や、確か、源実朝? の次の歌であった。 山は裂け 海はあせなむ 世なりとも きみに二心 我があらめやも 苦しい戦時中の寄宿舎生活の中で、格調高いいにしえの和歌を大声で合唱しては、 忠誠心を養い、心の慰めとしていたのである。 私の耳の底には、今なおその歌声が響いている。 ところで、当時上級生たちが歌っていた節回しと、時折ラジオのナツメロで聞く 「山は裂け」の旋律が全然違っているのは何故なのだろうか? いずれにしても、「あおによし」や「山は裂け」が、愛国百人一首の中の歌であっ たかどうか、私は知らない。 3 百人一首のうちで、私が好きな歌を順に挙げると、以下のようになる。 春の夜は 軒端の梅を漏る月の 光も薫る 心地こそすれ 朝ぼらけ うじの川霧たえだえに あらわれ渡る せぜのあじろぎ かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける ところが、中学時代のその頃、友人のNは、次の歌が好きだと言っていた。 昔思う 草のいおりの 夜の雨に 涙なそえそ 山ほととぎす もの言わぬ よものけだものすらだにも 哀れなるかなや 親の子を思う 一目で分かるように、私の好きな歌は、単純な自然描写と、音律の滑らかさに特徴 があるのに反し、Nの好みの歌は、ゴツゴツした表現の中に、深い心情を詠み込んだ 物が多い。 中学生当時の私は、Nが推賞する和歌の深い意味が解らず、むしろ彼の鑑賞眼を中 ば軽蔑さえしていたくらいであったが、それから30年も過ぎたある日、ふと、ラジ オの通信高校講座で、藤原定家? の「昔思う」の歌を聞いた途端、深い感動に打た れた。 昔思う 草の庵の 夜の雨に 涙な添えそ 山ほととぎす たまたま、私のわびしい心境にぴったりマッチしていたのかも知れないが、その時 突然、この歌の深い心情が心に伝わってきたのであった。 それにしても、Nは中学生にして、既にこの歌の心境が理解できたのだとすると、 空恐ろしい気さえする。 確かに、彼は天才的な所があり、私より学年で1級下、年齢は2歳も下なのに、ラ イバルのような感じで、記憶力と論理的な思考、とりわけ、生徒会や学級活動におけ る指導性において、私は到底彼に及ばなかった。 短歌の話に戻り、百人一首ではないが、Nは、山上憶良のかの有名な歌が良いと言 っていた。 憶良らは 今はまからむ 子泣くらむ そのかの母も あを待つらむぞ 無論、気持ちはよく分かるが、私にはそれよりもやはり、柿本人麻呂や山部赤人の 歌の方がはるかに美しいと思ってしまう。 4 大学受検に当たり、点字の参考書が少ない中に、百人一首の解説書があった。 私は古文の勉強を兼ねて、その和歌を全部暗唱した筈だったが、今ではその三分の 一も覚えていない。 「あしびきの」 「秋の田の」 「天つ風」 「大江山」 「奥山に」 「恋すち ょう」 「心当てに」 「寂しさに」 「田子の浦に」 「立ち別れ」 「春すぎて」 「ひさかたの」 「むらさめの」 「山里は」 「夕されば」 「夜をこめて」 「我がいおは」 記憶している物の大部分が、恋歌でなく、自然現象を描写した和歌である。 中年になってから感動した歌は、こちらこそ正真正銘 源実朝の次の一首である。 箱根路を 我 越え来れば 伊豆の海や 沖の小島に 波の寄る見ゆ 5 今年の正月、在所の兄の家に、兄弟・姉妹が集まった。 なにしろ、58歳の私が末っ子であるから、もう兄たちは退職して、悠々自適? の日々を過ごしていて、話はつい昔の思い出になる。 詳細は省くが、その折り、一番上の姉が、百人一首を持参してきた。 『お作法百人一首』や『俳句の百人一句』、そして『変体仮名の百人一首』を持っ てきたのには驚いた。 特に、変体仮名の百人一首は、80年前に姑が買ったものだとのことで、私には勿 論見えないが、とにかく現代の人では全く読解できないような漢字の使用法になって いるそうだ。 桐の箱に入った分厚いカードが、甚だ優雅であった。 おわりに 以上、勝手なことを書いてきたが、私には百人一首と、そうでない歌との区別がつ いていないし、当て字ばかり多いことについても、ご容赦願いたい。 [1996年1月28日 竹木貝石]
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