連載 #4574の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「警報、警報、警報! スパルギオス第三監視台より発光信号を確認。敵梯団 三個接近中。総員戦闘配置につけ」 司令部つきの連絡将校がメガホンを手に喚いている。 「中隊長。司令部より、全力迎撃命令が発令されました」 狭苦しい塹壕を可能なかぎり急いでやって来たのだろう。息を弾ませて命令 を伝える伝令は、装備のあちこちを泥で汚していた。 「判った。御苦労さん」 中隊長−−フラッガ=マナ=リール三尉は、穏やかな声で伝令を労うと双眼 鏡を構え直し、戦闘正面となる川を挟んだ平野部に視線を戻した。塹壕の中は、 可動式の天蓋に頭上を塞がれているおかげで、ひどく薄暗い。目線の高さにな るように作られた穴から光が差し込むだけだ。 「タマは随分少なくなってるってのに、全力迎撃命令とは随分景気がいいな。 何かあったのかな」 フラッガが小さく呟く。内心で、何か情報を貰い損ねたか、と不安になる。 彼は本来の中隊長が負傷して後送され、さらに副隊長が三日前に戦死した為に 任命された代理の代理に過ぎない。何か気付かぬうちにへまをやらかしたとし ても不思議はない。 なお、タマとは弩弓からボウガンに至る各種の矢や、投石機の弾丸など、遠 距離射撃に必要とされる消耗品の総称である。塹壕に篭もる彼等にとって、こ のタマはいくらあっても困ることはない。 「見えました! 騎馬隊、突進してきます」 フラッガと同じような姿勢で前方を注視していた兵士が声を上げる。 突然、彼等のいる塹壕から三十レードほど離れた場所に、敵の投石機の弾が 落下した。腹に響く音がして、巻き上げられた土埃がその周辺に渦を巻く。 続いてもう一発、さらにもう一発が落下してきた。それは塹壕の天蓋の一つ に命中、嫌な音と共にそれを叩き割った。そこにいた連中は大変な目に遭って いるだろう。 だが、それに同情している暇はない。それが未来の自分たちの運命かも知れ ないからだ。現に、投石弾のかけらがフラッガ達の篭もる塹壕の天蓋の上にぱ らぱらと落ちて、渇いた音を立てている。 「おい、投石機のほうはどうしたんだ? 視界外射撃が出来ないのか?」 フラッガがそう言い終わらないうちに、彼の後方から野太い蛮声と、木材同 士が激しくぶつかりあう音が連続して響いた。味方の投石機が射撃を開始した のだ。 前進してくる騎馬隊の前方に、次々と土煙が発生した。 「よし、いいぞ。どんどんやれ」 意味がないと知りつつ、フラッガはそう口にしていた。しかし、投石機の攻 撃だけでは騎馬隊の前進を阻止出来なかった。数は少なくなったが、以前とし て騎馬隊は隊伍を乱さず前進してくる。 再びフラッガの後方から、先ほどとは違う種類の音が発生した。今度はロン グボウによる面制圧射撃だ。狙撃ではなく、矢の大量消費による確率論で敵を 捉えようとする戦術だ。極端な話だが、肩幅より狭い密度で矢が降り注ぐなら、 回避するのは不可能になる。 騎馬隊に混乱が発生する。矢を浴びた騎馬兵が倒れる様子がフラッガの篭も る塹壕からも確認出来た。 騎馬隊の前進は鈍ったが、その間を縫うように重装歩兵が突撃してくる。そ もそも、遠距離射撃兵器の発達に伴い、騎馬隊の価値は低下している。その最 大の利点である機動力を発揮する前に敵の攻撃を受けてしまうからだ。戦場に おいては、目立つ騎馬兵はあらゆる兵科の敵から攻撃を受ける傾向にある。騎 馬隊の機動力で戦線を引っ掻き回される事を嫌う敵が、とにかく騎馬隊を目の 仇にして攻撃を集中するからである。さらに、視野を確保して指揮を円滑に行 う目的で、指揮官が馬に乗っている可能性も高いから、一層「まず騎馬を潰せ」 となる。 現在の騎馬隊は、後続の兵科を敵の懐に送り届ける為の被害担当部隊、つま りタマよけとして投入される場合が多い。騎馬隊の栄光を知る者にとってそれ は大変残念な話ではあったが、今フラッガの眼前で起こっている光景は、この 時代の戦術と一致していた。 頃合いだな。フラッガは双眼鏡を足元に置くと、傍らに立て掛けてあったボ ウガンを手にした。狭い塹壕から遠距離攻撃が可能な武器はボウガンしかない。 塹壕にこもる歩兵の大多数がボウガンを装備している。 「射撃準備!」 自らもボウガンを構えつつ、フラッガはそう命じた。 盾を構えた重装歩兵隊が、事前に設定されていた射撃開始線を越えて前進し てきた。間髪入れず、フラッガは射撃命令を出す。 重装歩兵隊の前進速度が鈍る。だが、盾に阻まれ、ボウガンの水平射撃はほ とんど効果を上げていない。−−いや、大型のボウガンから放たれる矢は、盾 を打ち抜いてその後ろにいる人間を殺傷するほどの破壊力があった。これは、 テコの原理を応用して弦を張る形式のボウガンを使用しているからで、破壊力 が大きい代わりに連射速度が低いという欠点があった。 しかし、戦力をすり減らしながらも、重装歩兵隊は前進を止めない。数が多 すぎて大型のボウガンでは間に合わない。 フラッガの中隊の正面に来た重装歩兵隊の中に、特別大きな盾を装備してい る者がいた。それを中核として前進してくる。 「まずいぞ」 フラッガは焦りの色を苦労して抑えつつ、伝声管を使って中隊所属の弩弓小 隊を呼び出した。 「あの馬鹿でかい盾を持った奴をぶっ飛ばしてくれ!」 「了解!」 くぐもった声が返ってきてすぐ、大人の腕ほどの太さのある弩弓の矢が唸り を立てて飛翔するのがフラッガの視界に入った。そして命中。盾は見事に貫通 され、それを装備していた男が串刺しになった。その後ろに隠れていた歩兵が 三名ばかり、算を乱して逃走しようとするが、ボウガンの射撃でたちまち射殺 される。 しかし、そうこうしている内に重装歩兵の一部が渡河に成功しかけていた。 一気に塹壕に押し寄せられると危険だ。 (おいおい、ここが敵の正面になっているんじゃないのか? それとも俺の指 揮が下手くそなのか) 喚き散らしたい衝動を、任務と故国に対する忠誠心で強引にねじふせ、今度 は槍小隊の投入を命じる。 槍小隊が統率された動作で敵兵を殴りつける。敵の先峰があっけなく崩れる。 しかし、そのうち支え切れない数になった。 「限界か」 こうなってしまうと間接射撃は効果がなくなる。というより、味方に当る可 能性が高くなってしまう。 となれば、昔ながらの斬り合いで押し返す以外にない。 「抜刀、突撃! 俺に続けぇ!」 天蓋を跳ね上げつつ、フラッガは声を限りに叫んだ。地鳴りのような喚声が 響き、フラッガ中隊所属歩兵百八十名が眼前の敵に踊り込む。 フラッガの前には三名の敵が刀を振り上げていた。真ん中の男目がけて突っ 込む。敵が刀を振り下ろすよりも先に、フラッガは腰を落としながら刀を横に 振り払っていた。鮮血が飛び散る。 敵が倒れる。と、フラッガは左太腿に鋭い痛みを感じた。見るとボウガンの 矢が刺さっている。どこかから狙われているのか、それとも単なる流れ矢なの か、よく判らない。 それを抜く間もなく、二人目の敵が斬り込んできた。 「そいやぁ!」 刀を左腕の直接戦闘用の盾で受け、流れるような動作で相手の胸を突いた。 鈍い音がして鎧がぶちぬかれる。 「中隊長!」 味方の声がした。残りの一人が物凄い形相で間近に突進してきていた。 刀を構え直す前に相手は懐に飛び込んできた。危ない、と思った瞬間、敵は 真横に吹っ飛んでいた。 「……!」 弩弓小隊が至近距離から射撃を行ったのだった。脇腹を打ち抜かれた敵は即 死だろう。 フラッガは左手を軽くあげて弩弓小隊に感謝の意を示すと、乱暴にボウガン の矢を引き抜いた。衛生兵を呼びたいと思ったが、彼よりももっとひどい傷を 負っている者のことを思い、それはやめた。兵士全員に支給されている包帯を 腰の袋から取り出し、急いで左太腿を縛る。 それを終えると、フラッガは顔をあげて戦況を確認した。司令部予備の中隊 が投入され、敵を押し返し始めていた。 「やはり、ここが戦闘正面だったか」 俺の中隊はひどいことになっているんじゃないのか。フラッガは怒りにも近 い感情を抱いた。斬り合いになってしまうと、彼の仕事は士気を鼓舞すること 以外にはほとんどなくなってしまうから、状況がよく判らなかった。 積極的に敵と斬り合っているのは、専ら司令部予備中隊のほうだった。彼等 は斬り合いを専門にする兵だけあって、フラッガの中隊よりもよほど手強いの だった。 やがて彼等の塹壕の正面に来た敵は撃退された。 「集まれ、集まれ!」 フラッガが元いた塹壕付近に集合をかける。ばらばらと集まってくる兵の数 を見た彼は、意外と損害は少ないのか、と少しだけ安堵した。 しかし間近で彼等の姿を見たフラッガは絶句した。ほとんどの兵が身体のど こかに傷を負っていた。やはり斬り合いを行うと飛躍的に損害が増えてしまう。 彼がそんな事を考えていると、突如、戦線付近でざわめきが起こった。何か が起こったらしい。 「何事だ?」 フラッガは首を伸ばしてその方向を見た。敵の騎馬兵(騎士らしい)が槍を 天に突き上げて叫んでいる。 「……である。副連隊長ライアス! いざ尋常に勝負!」 どうやら一騎打ちを望んでいるようだ。 「なにやら、昔のいくさのようですな」 古参兵の一人が感慨深げに言う。 「馬鹿馬鹿しい話だ」 「しかし、ライアス一佐が応じなければ士気に関わるのは、今も昔も変わりま せんて」 「確かに。だが、現代の戦争を教育してやらにゃあいかん。……各員、ボウガ ン装備!」 フラッガが命じる。兵士達は塹壕に飛び込み、放り出されていたボウガンを 手に取った。 「目標、敵騎馬兵、撃て!」 百発近いボウガンの矢が、ただ一人の男目がけて放たれた。その騎士はフラ ッガの卑怯さについて罵る機会すら失ったまま、その命を失った。 陣地には夕暮れが訪れ、負傷者の手当・後送、戦死者の回収、陣地の修理と いった作業が大わらわで行われていた。この時代の軍隊は、組織が複雑化して いる関係で、夜間戦闘力が極端に落ち込んでいる。情報の伝達力が低下してし まうからだ。 「中隊長、司令部より、至急出頭せよとの事です」 放たれた矢の回収を指揮していたフラッガに、背中に旗を立てた伝令が報告 する。 「俺に? 司令部が何の用だろう」 「感状でも出るのと違いますか?」 兵士の一人が言う。 「ならいいが。よし、副隊長、指揮を頼む」 「了解しました」 フラッガは伝令に連れられて、陣地の後方にある司令部に向かった。丘を昇 り切った反対側の緩やかな斜面に、大型の天幕がいくつも張られている。その 中でも特に大きな天幕が司令部だった。 場違いな場所に来てしまったと、中に入りかねているフラッガの元に、ライ アスが歩み寄ってきた。 「一騎打ちを望んだ敵騎士に射撃命令を出したのは、貴官だそうだな」 ライアスが静かに聞く。 「はっ。……出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」 「いやいや。私は貴官を責めているのではないのだ。あれが現代の戦い方とい うものだ」 ライアスはフラッガの肩を叩き、それから小声で付け加える。 「正直言って、勝つ自信もなかった」 これは嘘だ。その事はライアスを知る者ならすぐに判る。ライアスはこの時 代の高級指揮官としては珍しく、剣の達人として知られていたからだ。 「はぁ……。しかし、あれは私一人が狙撃しておくべきだったと反省しており ます」 「?」ライアスは無言でフラッガの言葉を待つ。 「そのせいで、部下にまで卑怯者の汚名を被せてしまいました」 「いや、それは違うぞ」ライアスが首を振る。「貴官一人が撃ち倒したなら、 一騎打ちを邪魔した卑怯者となるのは間違いない。しかし、あの状況で騎士は ボウガンの斉射で倒された。敵は、現代の戦争がどのようなものかを思い知ら された筈だ」 「有り難くあります」 フラッガは安堵して応える。 「貴官を呼んだのはこの件の礼を言いたかっただけではない」 「と、言われますと」 ライアスが厳しい顔付きになって言う。 「貴官にも、今後の方針を決める作戦会議に参加してもらいたいのだ」 −−続く
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