連載 #4558の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
よく晴れていた。 マルケスとロイドンは、眼下に一本道を見通せる高台にいた。隣の町からの 旅商人の話によると、予定通り、今日の昼過ぎには今いる場所−−突き出した 崖−−の斜め下を、ワイリ王の一行が通りかかるはずである。 ロイドンはマルケスにその作戦を打ち明けられて以来、槍の腕を上げんとば かり、ずっと稽古に励んできた。もはや、いくら緊張しても外すことはないだ ろうというところまで来ていよう。 「私と巡り会ったことを、本当に嬉しく思っていますか、ロイドン?」 マルケスは、迫りつつある大事を前に、ロイドンに尋ねた。 「それはもちろんです。時が時なら、テラエルの宰相であるマルケスさんに使 ってもらえるなんて、この上ないことです」 「そうですか。でも、時は時でない……。私があなたを選ばなければ、あなた はきこりとして平穏無事な暮しを続けられたはずなんですよ。それに比べれば、 これからやろうとしていることは、成功しようが失敗しようが、我々二人は追 われる身になる」 「何の! 自分もすでに、命はワイリ王を消し去ることだけに使うことと決め ました。これは私の意志です。マルケス殿は何もお気遣いなされることはあり ません」 ロイドンは必死に言った。マルケスはほんの少し笑った。 「分かりました。それよりも、今更そんな『殿』なんて呼称は無用でしょう。 そんなもの、くだらない階級主義です。気安く、マルケス、ロイドンと呼び合 おうじゃないですか。」 「承知しました、マルケス」 ロイドンの顔に、ほんのわずかな間だけ、笑みが見えた。 「ワイリ暗殺に成功した暁には、あなたはどうなさるつもりですか」 また真剣な表情に戻り、ロイドンは聞いた。 「とりあえずは……逃げますよ」 「え?」 「ワイリを殺しても、すぐにウェルダンが崩壊する訳ではありませんからね。 ワイリにはれっきとした跡継ぎがいますから、ウェルダンという国はまだまだ 機能するでしょう。それよりも、眼前の兵士達が問題かな……。ワイリが乗る 御諒車の周囲、いや、前後には数え切れないほどの護衛の者が着いているはず。 言い切ってしまえば、成功しようと失敗しようと、とにかく逃げるしかないで しょう。……まあ、私はワイリさえ葬ることができたら、命は惜しくありませ ん」 「マルケス、それは」 「あなたは逃げ延びてください。その後、きっと起こるであろう打倒ウェルダ ンの大きなうねりに身を委ねるも、一人のきこりに戻るも、あなたの自由。も し、打倒ウェルダンに加わるのであれば、誰もがあなたを歓迎するでしょう」 「私の主人はマルケス、あんただけだっ」 ロイドンの顔が紅潮していた。興奮してか、その口調は荒くなっている。 「だから、主人を見捨てて逃げはしない。命がけで助ける。主人が死ぬときは、 家来も死ぬ」 「ロイドン……」 「それでよいですね?」 「……その気持ち、ありがたく、受け取っておきます」 マルケスは目をつむり、相手の両手を取った。そして、何度か上下に振った。 「だが、今は、ワイリを殺す、この一事にかけなければ」 と、視線を動かすマルケス。その先には、遥か彼方の地平線から続く一本道。 その上に、影がぽつんと現れた。 「あれは」 「いよいよ、来たようです」 マルケスの喉が鳴る。心なしか、うっすらと額に汗している様子だ。 「まだ時間はある。確認のため、繰り返しになりますが、ロイドン」 「はい」 「ワイリがその威厳を見せつけるための巡行は、長い隊列をなしています。ワ イリが乗る御諒車は、そのほぼ真ん中に位置しているでしょう。情報では、他 に車は二台。王子のヴィノと王女のミオンが乗っている物です。ですが、その 形状は、遠くからでもはっきり分かるほどに違う。一番立派で、豪奢に飾って ある車が、ワイリの乗る御諒車です。見間違えることはありません」 うなずくロイドン。 「目標は決まった。次に決めるべきは、どの時点で槍を投げるか、です。何度 も確認したことですが、御諒車があそこを通りがかったとき」 再び、マルケスは視線を彼方へとやった。彼の指先が、一点を指し示す。そ こは、一本道が大きく方向を転じ、角となっていた。 「この位置からなるべく距離があり、かつ確実に−−ロイドン、あなたの槍の 腕前で確実にワイリを殺せる地点が、あそこです。 今日は無風と言っていい。あなたはいつもの腕を発揮するだけです」 「分かっています」 ロイドンの喉も鳴った。見れば、槍を持つ手のひらには、じっとりと汗がに じんでいた。 「もう少しです」 ぽつりと、マルケス。 「もう少し……あと少しで、ワイリ、おまえの命は終わる」 遠くにある隊列の影が、徐々に大きくなる。 が、それでもマルケスとロイドンの二人には、時間が急に歩みを遅めたよう に感じられた。 二人の頭上を太陽が、季節外れの熱気を持って照らしていた。 パトリシアらの集落−−名前のない−−がある土地で、ユークからのワイリ 王巡行に出立という報を受けたルイコウは、すぐにほくそ笑んだ。 「ついにワイリが巡行に出たか……。機会は訪れた」 「なるほど」 横にいたパトリシアが、ルイコウのつぶやきで全てを察したかのように、深 くうなずく。組んだその両腕は、色は白いが、女性にしてはたくましい部類に 入る。 「『なるほど』」 と、パトリシアを真似た口調で言ったのは、小さなエア。いつの間にか、側 まで近寄っていたらしい。 「エア、こっちに来たらだめだって」 ルイコウらと話し合っていたキッドが、優しい調子だが、たしなめるように 言った。 「子供扱いしないでもらいたいわ。戦いが始まったら、私だって」 と、子供のエアは、唇を尖らせる。 「だけど、エアは今度の作戦には関係していないだろ」 重ねて言うキッドに対して、エアも簡単には言い負けない。 「堅いこと言いっこなし。で、何が『なるほど』なの?」 「子供は引っ込んでろっての」 集落の猛者、イグルが大きめの声を出した。性格か、女子供を見下すところ が彼にはある。 こんな追い立て方をされたら、子供というものはますます言うことを聞かな くなるのが通例。無論、エアもその例外ではなかった。 「嫌だよー! エア、ここにいるもん」 「あのなあ」 呆れたようなイグル。それを制して口を開いたのは、ルイコウ。 「エア、レジュンが呼んでいる。行かないと」 今気付いたという体で、ルイコウが言った。彼が見ている方向には、エアを 探しに来たのだろう、レジュンの姿があった。 彼女の方も、ルイコウの言葉を耳にしたらしく、すぐに振り返った。 「エア、湖で魚釣りをするんだって。始まっちゃうけど、いいの?」 「本当? すぐ行く!」 やはり子供と評すべきか、エアの興味は、すぐに他のことへと移っていった ようだ。 エアを連れていくレジュンが改めてキッドらに振り返り、片目をつむった。 もしかすると、魚釣りの件は、レジュンの作り話なのかもしれない。キッドは、 そんな想像をした。 「これで続けられますね」 苦笑しながら、ルイコウ。 そこへ、早速、イグルが口を開いた。その手は頭をかいている。 「さっきの子供の質問と一緒になるけど、何に納得していたんだ?」 「ああ、あれですか」 「イグル、そんなことも分からないの?」 ルイコウの話が終わらない内に、パトリシアが言葉を差し挟んだ。 「何だと? その言い種はないだろう」 「普通の人ならいざ知らず、この集落一の戦士であるあなたが、察してくれな いと心許ないの。分かる?」 「お、俺は、闘うだけだ。策は軍師殿に任せる」 怒りの勢いが緩くなったイグル。案外、パトリシアに集落一の戦士と言われ たことで、ある程度納得したのかもしれない。 「簡単に言えば」 間を見計らっていたように、ルイコウが口を開いた。 「ウェルダンのワイリ王の巡行には、その身の護衛のために、多くの兵士が付 き従う。当然、ウェルダン有数の将軍も。その中には、我々の当面の障害と考 えられるドグマもいる。ドグマが巡行のお供に出ている今なら、彼の監視下に あるユークの村への行動も、より一層、起こし易くなる。うまくすれば、ドグ マには全く気付かれずに、村にいる兵を倒し、ユークらを解放できるというも の。分かってもらえたかな、イグル?」 「ああ、納得しました」 「待って、ルイコウ」 軍師の旧友である女性は、遠慮なく疑問を呈した。 「ドグマに全く気付かれずに? それは無理でしょう。いくらあなたでも」 「確実に実現できるとは言っていないよ、パトリ」 微笑むルイコウ。 「だが、理想はそうありたい。味方はもちろん、敵も、誰一人として死ぬこと なく、村を無血解放させる。そしてときが来るまで、表面上はドグマへの忠誠 を装いつつ、ユークの村をウェルダン国打倒の我らが拠点とする。これが最上 でしょう」 と、ルイコウはキッドへ言葉を向けた。 「ああ、ルイコウの言う通りだとは思う」 キッドは賛同しながらも、言葉を区切った。 「だが、現実の問題として……」 「分かっています」 将軍に従う軍師の口調になって、ルイコウは軽くうなずいた。 「ドグマが派遣している兵士らが、いかほどのものか。この点が最重要となる でしょう。現状に不満があるかどうか、あってもドグマないしはウェルダン国 を裏切る意識を持ち得るか」 「ドグマの兵は、ドグマに忠誠を誓っている者が数多いと、噂には聞いている のだけれど」 パトリシアが言った。悲観的な意見ばかりを、あえて口にしているように見 受けられる。 「さあ、それはどうかな……。ドグマ直属の精鋭部隊は確かに存在するでしょ う。しかし、たかが−−ユークには悪いのですが−−小さな村を取り仕切るた めに、そのような兵を用いるとは考えにくい。兵士千人という事実を見ても、 質よりも量、数に物を言わせているだけと思えるのです。ドグマの性格からし て、村を奪われたとなれば、兵達の身は危なくなるでしょう。死を命じられる かもしれない。それならば……と彼ら兵達が考えて、当方の軍門に降る可能性、 なしとはしません」 ルイコウの話が終わって、しばらくは誰も何も話さなかった。実現がたやす いような困難なような、つかみどころのない話……それが聞き手の偽らざる感 想であろう。 「……理屈は分かったわ」 沈黙を破ったのは、やはりパトリシアだった。 「でも、そういう話は、村を落としてこそ、よ。どうやって千人を相手に闘う のか、具体的に話してもらえません、軍師さん?」 パトリシアのからかい気味な話しぶりに、さすがのルイコウも苦笑した。 が、すぐに元の自信にあふれた表情をなすと、ルイコウはきっぱりと言い切 った。 「よろしい、話しましょう。もう少しことの推移を見極めたら、行動に出る心 積もりでしたからね。そろそろ話しておくべきでしょう」 きらびやかな御諒車が、段々とこちらに近づきつつあった。それは、三台あ る車の中で、間違いなく最上の造りをしている。 「いよいよ−−です」 そういうマルケスの声はかすれていた。久しぶりに声を発したかのようだ。 「準備、よろしいですね?」 「いつでも」 ロイドンは一度、槍を手放し、手の汗を慎重に拭った。そして再度、槍を握 る。握る拳に力がこもる。自然に。 「気合いを溜めていてください。御諒車が目標の地点を通りがかったら、合図 します。全力で、正確な一投を−−頼みます」 腹這い状態のマルケスが、左手をかざす。 無言でうなずくロイドン。いつでも槍を投げられる。 「−−よしっ!」 マルケスの左手が下ろされた。 ほとんど同時に、ロイドンの槍は、勢いよく、彼の手から飛び立っていく。 一直線からやがて、若干の弧の軌道を描いた槍は、的である御諒車を斜め上か らざっくりと貫いた。 よく晴れた空の下、一瞬の出来事だった。 −つづく
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