連載 #4535の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
美姫平原と呼ばれる渓谷には、都にある惑星開発局ヴィダール支局直轄 のラボラトリィ関連施設が置かれている。 支局の多くは、開発する惑星の政治・経済・社会環境を地球の文化と融 合させるために、それぞれの機能を首都周辺に分散させて運営している。 この平原は、気象・地質関係施設ほかに、生体・医療関連の研究機能の 殆どを統括しており、巨大な医療基地としての役割も担っている。その中 で、北に位置するブロックに潤也たちはいた。 「なにしろ許可が下りるまで二年も待ったんだ」 白衣をまとった異星人の研究員は、二メートルは軽く越える黒い体躯を 屈めるように資料室から出てくると、一冊のファイルを手に潤也が腰を降 ろしているソファに向き合って腰掛けた。 ディグ人と呼ばれる彼は、絶滅に瀕している種だ。戦乱によって破壊さ れた故郷から逃れて、他の植民星に移民して数百年になる。それによって 混血が進み、純血種は彼を含めて二桁にも満たない。 「私がヴィダールへ来てすぐに申請したものだろう? 随分掛かったな」 「何分にもお役所仕事だからな」 潤也はファイルを受け取ると、びっしり書き込まれた数値に目を通し始 めた。 「理論上は何の問題もない。DNAには瞳の色素も、角を形成する為の遺 伝情報も書き加えられている。あとは実現するだけだ」 「毎度のことだが、あまりいい気分ではないね」 潤也は軽い溜め息をついてファイルを閉じると、ディグ人に差し出した。 「同感だ。もっとも、被験体を提供した君の比ではないがね。だが、こい つを造らなきゃ、先へは進まない」 「判ったよ、ラウル。見せてくれ」 ディグ人研究員、ラウル・サマリアは猫科の動物に似た顔に苦笑を浮か べて席を立つと、隣の部屋のドアを開けた。 照明は、必要最小限ものもしか灯されていない。ラウルは奥に設置され た、直径三メートルほどの装置に歩み寄ると、簡単な操作をしてから壁面 照明のスイッチを入れ、灯りが灯ると同時に、装置に赤黒いフィルターが 掛かるのを確認すると、潤也を招き入れた。 「最新式だ。わざわざ地球から持ってきたんだぜ」 潤也はゆっくりと歩み寄ると、フィルターの中へ目を凝らした。 中に満たされた液体が、静かに対流している。その中に何か、拳大の小 さな物が蠢いているのがはっきりと認められたとき、潤也は思わず感嘆の 声を上げていた。 装置の水槽部分の最上部から紐状の人口臍帯が何本も伸びている先に、 人間のものと全く同じ形をした胎児が、母体内にある時と同じ状態で蠢い ている。人口の環境で生み出された、人工的な生命体だ。 正確には、人間の遺伝子を操作して造られた、異星生命体である。 開発局では、開発惑星の環境が移民にとって過酷なものと判断された場 合、それに適合する術を得るために、地球人の遺伝子を操作し、異星生命 体の遺伝子パターンに近づけたものを作成し、実験体を培養する方法が取 られてきた。実験体はテスト・クリーチャーとも呼ばれ、制度が確立され た当時は非人道的との世論もあったが、地球人の生身の適応力では対処し 切れない環境を持つ植民星が多いため、現在では法によって許可制を取っ ている状態である。 「君と同じ遺伝情報を持つヴィダール人だ。理論的にはな」 潤也が深い溜め息と共に装置を離れると、ラウルは人口羊水の中に浮か ぶ胎児を指差した。 「あと五カ月もすれば出せる」 「随分早くなったな」 「最近は地球本局も本腰を入れて研究するようになったからな。そのうち 許可制もなくなるんじゃないか?」 「相変わらず楽天家だな。君は・・・・」 二人が部屋を出ると、装置は再び闇の中に閉ざされた。ラウルは助手に コーヒーを注文すると、潤也と共にソファへ戻った。 「半年後には、私の義妹が配属になるだろう。その時にでもまた寄らせて もらうよ」 「セシルか・・・・。彼女は幾つになったんだ?」 「二年前、義兄が本局へ帰る時に引き取ったから・・・・確か、今年で十六だ よ」 「ほぉ・・・・」 ラウルは助手が運んできたコーヒーを潤也に勧めると、自分もまたカッ プを手に遠くを見るような面持ちで言った。 「美人になっただろう。君の姉君も美人だったからなァ」 「そうだな。言われて見れば面影があるよ」 「彼女こそ、理想の被験体だと思うがな。両人種の特徴がバランス良く出 てる。今までの研究によれば、混血は殆ど不可能ってことだったからな」 「あれはごく稀なケースだよ。姉自身もありえない人種が誕生したと言っ ていたから」 「そうか・・・・。そういえば、牧村女史が亡くなってから、十年が経つんだ な。潤也、君、遺体の捜索を打ち切らせた。って、本当なのか?」 ラウルが身を起こして顔を覗き込むように言うと、潤也は溜め息まじり に肯定し、背もたれにゆっくりとした仕種で体を預けた。 「義兄の顔を立てたんだよ。きちんとした葬儀をしてやれないのは心残り だけどね」 「複雑だな。彼女は貴重な人材だった・・・・」 「仕方のないことさ」 潤也は憂いを含んだ微笑を浮かべると、思い出したように時計に目をや り、カップを置いて席を立った。 「済まないが時間なんだ」 「そうか? 残念だな。是非また来てくれ」 ラウルは立ち上がると、体を屈めるようにして、差し出された潤也の手 を握り返した。 十年前、開発局の地質学者である牧村耀子が、調査のために赴いた北部 山岳地帯で、当時、皇室執務官だったフェイル・イダルティと言う人物と 消息を絶っている。彼女が残した膨大な資料と、研究日誌以外に手掛かり は無く、失踪から十年目に当たる昨年の夏に、実弟である潤也によって捜 索は打ち切られていた。 牧村が失踪したと見られている場所には、現在セシルが赴任している北 方支局がある。
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