連載 #4501の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「さて、と。こいつは一仕事だぜぇ」 最下層の大半を占めている機関室に辿り着くと、ジェフは腕を捲り上げ、 意気揚々として磁力工作機をいじくり始めた。 見上げると、古いオイルの匂いと錆にまみれた巨大なホバーエンジンが、 洞窟の奥に向かって三基そそり立っている。 ジェフの話と、ついさっき渡されたボロボロの分厚いマニュアルによると、 こんなのが推進機を含めて七基もあるんだそーだ。 「ルゥジィと・・・・エレム、そっちの奥に配電盤があるはずだから、そっちを やってくれ。それさえ直ればほとんど使えるはずだ」 「ん」 「あいよ」 工作機に付いていた懐中電灯を片手の悪戦苦闘だったが、こいつはものの 三十分で片付き、ホバーエンジンの修理に掛かる頃には機関室の水銀灯もほ とんど点灯され、俺も「やったぜ」と思わず肩を叩き合うほど、エレムたち とも打ち解けていた。 液体水素が入るタンクの修理をディノに任せるのは少々不安だったが、ジ ェフとエレムの「大丈夫。簡単、簡単」の言葉を信用することにして、俺は ジェフに教わりながらエンジン本体の修理を始めた。 気がつくと、いつの間にやってきたのか、リンの奴、腕組みをしてドアに 寄り掛かり、ずっと冷めた目で俺たちの作業を眺めていた。 「こんなん修理してどーすんのさ」 「外へ行くんじゃん。決まってら」 「リンだって、いつか、行きたいって言ってたじゃん」 「るさいなー。餓鬼は黙ってな!」 「おーい、そこの坊主、レンチ投げてくれ」 「ディノだよぉ」 「ははっ。悪ィな。坊主」 「ディノだってばッ」 「ほいほい。っとルゥジィ、そっちは終わったか?」 「ん・・・・と、今終わったよ。・・・・それはそーとジェフ、にーちゃんのことだ けどさ」 「アークのこと?」 転換炉の上から怪訝そうに覗いた黒い角は、俺が投げたワイヤーの束を受 け取ると、また見えなくなった。 「にーちゃんさ、何で掟破ったんかな」 俺がボソッと聞くと、それまでエレムとの口論に励んでいたリンが急に静 かになり、俺の乗っているエンジンを見上げた。 「さぁなァ・・・・。隊商なんてのは、みんな素性の知れねぇ連中ばっかりだか らな」 「ふゥん。ンじゃ、おやっさんの言った通り、女でもつくったんかも知れね ーな・・・・」 すると、転換炉の上からゴツン!というような物凄い音が聞こえた。 「何だ?」 「どーしたんだジェフ!」 「痛ぅ・・・・。何でもねぇ。と、とにかく早めに片付けちまってくれ。出来次 第出航するそうだ」 「ん」 とは言うものの、全ての機関室を修理して歩くのに、一体何時間を費やし ただろう。最後のボルトを締め上げると、いい加減疲れた俺たちは、みんな 一斉に「うおぉ・・・・」とかいう大袈裟な溜め息をついて床にへたり込み、ジ ェフが一服済ませるまで一言も出せなかった。 「さて、上がるか」 ジェフが、投げ捨てた吸殻をブーツの底で揉み消し、大きな伸びをして言 うと、俺たちは、使い過ぎてバッテリーの上がり掛けた磁力工作機やら、ど こからかエレムが持って来た何本かの酒瓶やらを携えて、ちゃんと動くかど うか、まだ不安の残るエレベーターにわらわらと乗り込むと、艦橋へ上がっ てひと休みすることにした。 「ったく。こんなボロ艦、動くわけないじゃん」 「姐御ォ、そーゆーなってよ。もしかしたら山賊よか面白えかも知ンねぇじ ゃん」 「冗談じゃない」 どうやらこれはリンの口癖らしい。 「よ。アーク」 「あぁ、御苦労」 艦橋へ上がると、舵輪の回りに整然と並んでいる航法コンピュータに向か って、片手で頬杖をついたままキーを叩いているにーちゃんが、振り向きも せずに答えた。 「エンジンは使える。結構傷んじゃァいたが大した事ァない。ここはどうだ? アーク」 「ソナーが一基やられてるが、他は使える」 「そうか。予定は繰り上げだな」 言いながらジェフはにーちゃんに酒瓶を一本放ると、自分はそこら辺の計 器いじくりまわしているエレムたちに使い方を教え始めたが、傍らで不貞腐 れているリンに気付くと、例の、子供っぽい顔をしてにっと笑って見せた。 使い込まれて黒光りしている舵輪。その後ろの壁には、古めかしい大きな 地図が貼ってある。俺は端っこのシートに腰掛けると、頬杖をついてそいつ を見上げた。 山や谷に一つずつ位しかない村々の中で、恐らく一番北の端にぽつんとあ るのが俺たちの北前衛峰。そして、真ん中に一際大きく描かれているのが都 だろう。だが、地名は全て俺には読めない貴族語だった。 「あたしゃ隊商になんかならないよ」 振り向くと、艦長席に脚を組んで腰掛けているにーちゃんを、挑戦的な目 付で睨んでいるリンがいた。 にーちゃんは答えず、画面からちょっとだけ目を離して彼女を見ると、再 び画面に戻した。 「何で山賊になんかなったんだ?」 「あんたなんかにゃ関係ないだろ」 にーちゃんと目が合うと、リンはすっと視線を逸らす。 「哀れな奴だな」 キーボードを打つ手を止めずに、ついでのように呟いたにーちゃんの目の 前に、リンはつかつかと歩み寄ると、CRTの上に バンッ と威勢良く片 手を叩き付けた。が、威嚇にまるで応じないにーちゃんと、馬鹿騒ぎの尽き ないジェフたちと、呑気に眺めている俺に、とうとう溜り切ったヒステリー が爆発した。 「馬鹿にすンじゃないよ! あんたが何を企もうがあたしの知ったこっちゃ ないけどね、他人に縛られるなんざ真っ平だよ!! 第一、あたしらは・・・・」 その瞬間、艦橋はいきなり静まり返った。 延々続くはずの金切り声は、CRT越しに肩を抱かれ、唇で塞がれていた のだった。 「あんまり怒鳴るなよ。美人が台無しだぜ、イレーネ」 「・・・・・・・・」 お、俺知らねーからな。リンの奴、絶対銃を抜くぞ。と、俺はエレムたち とともに隅っこへ固まると、何事もなかったように作業を続けるにーちゃん を遠巻きに見守った。 「・・・・え?」 唇が離れても、リンは何が起こったのか理解できず、真ん丸く見開いた目 をぱちくりさせていたが、唐突に銃を抜くや否やにーちゃんの後ろの大きな 地図に三発の威嚇射撃を鮮やかに決め、次の瞬間には訳の判らない事を叫び ながら飛び掛かったエレムとディノに抑え付けられた。 「姐御ォ!! 頼むから止めてくれェ」 「うっさいねー!! 放すンだよッ。ブッ殺してやる」 「れ、冷静にッ。冷静に!!」 「馬鹿にしやがって! 何がイレーネだ! あたしゃリンだよッ」 「ジ、ジェフ、艦の燃料、取りに行くんだろ?」 俺は乱射される銃弾の中をかいくぐり、「はっはっは」と笑いながら余裕 で見物しているジェフの側まで避難したが、当のジェフも一発の弾丸が角の 脇を掠めると、「そーだそーだ」と俺の襟首を引っ掴み、エレベーターへ飛 び込んだ。 「そーゆー訳だ。後よろしく」 エレムたちの「あ、汚ねェ!」の台詞を背に、俺たちは艦を出ると単車に 飛び乗り、エンジンを吹かした。 「あァ危ねぇ・・・・」 ジェフは上昇しながら呟くと、吹き消されそうでいて、妙にあったかい艦 橋の灯を見下ろしてにたっと笑った。 「大丈夫かな・・・・」 「はーっはっはっ。なァに、心配するこたねーよ。女のヒステリーを止める にゃー一番手っ取り早い方法だ」 「・・・・・・・・」 −な、なんて奴・・・・。 俺は隊商としての生活の前途に、少々の不安を覚えた。 だけど、イレーネって、誰だろ・・・・。 やがて停泊所に付くと、すっかり夜も更け、村の外れに林立していた店も ほとんどが畳まれていたが、船倉の回りだけはまだ明るく、船員や商人たち でわいわいがやがやと賑やかで、俺が入っていくと何だかんだと声を掛けて くれた。 荷物は液体水素がジェリカン四本分。他に食料やら飲料水用の融氷機やら 何やらを俺とジェフの単車に積み分け、一心地付くと、出航の前にもう一度 だけ、組頭の顔を見ておこうという気になった。 「お、もう行くんか? ルゥジィ」 単車のエンジン音を聞きつけて、半開きの船舷から一杯機嫌のジェフが、 ネルと一緒に顔を出した。 「ねー坊や、こっち来て一緒に呑まなァい?」 「あ、あの俺、ちょっと散歩に・・・・」 「ん、そぉか? あと十五分ぐれぇで帰るかンな。それまでに帰って来いよ。 ネル、おまえ、ヤバくなったら俺がいなくても艦を出せ。いいな?」 「うふン。判ってるって」 「おし。じゃーな、ルゥジィ。気ィつけてな」 俺はろれつの回らないジェフの怒声に排気音で答えると、スロットルをブ チ開けて家へと向かった。
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