連載 #4495の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
さっきまで散々吹き荒れていた吹雪が嘘のように静まると、いい加減降ら せるのも飽きたとでもいいたげに、のたくらと流れ去る雲の間から陽の光が 差し始め、一辺に開けた目の前は、チカチカと柔らかい銀の光に包まれた、 霧氷の森で埋め尽くされた。 一面に広がる銀色の森は、俺の足元から始まり、なだらかな起伏を描きな がら、霞が低く立ちこめる辺りで唐突に終わる。その向こうには、ザクザク 切り立った峰々と、ゆるゆる渦巻く雲海が広がっているだけだ。 風の音さえ止み、微かな木々の騒めきまで抑さえてしまうほどの銀白色が、 強くなる陽光に一層輝きを増すと、双眼鏡の中で細めた俺の目にも眩しい残 像が残った。 ーバアァ・・・・ン 銃声だ。俺ははっとして我に返ると、左脇に抱え込んでいた猟銃を右肩に 掛け替え、腰に下げた雑嚢にそそくさと双眼鏡を押し込んだ。 立て続けに二発の銃声。俺は脇に止めておいた単車に飛び乗ると、始動と 同時にスロットルをブチ開けた。 本来の排気量さえ判らないほど、改造されまくったホバーエンジンが、重 い車体を鞭打ちンなるほどの勢いで森ン中へ放り込むと、そのまま真っすぐ、 知り尽くした獣道が見渡せる崖へ向けて、一気に加速した。 立ちこめる冷気が頬を切り裂き、吐く息が髪を凍らせる。樹々のとぎれる 手前でブレーキを掛けると、単車は腹で抉り取った雪ン中へ、潜り込むよう にして止まった。 すかさず飛び降り、銃を下ろしながら崖ッぷちへ駆け寄ると、這いつくば りながら弾丸を込め、素早く構えた。 三度目の銃声が響き渡ると、追われている獣の荒々しい足音が、近づいて くるのがはっきりと聞き取れた。 ー負けてたまるかョ! 思いながらも口元が緩んじまうのは、自分のウデに対する自信と、見事に 当たった勘のせいだ。 微動だにしない銃口が示す彼方の、銀色に輝く樹々が列をなして揺らぎ、 騒めきは確かな蹄の音となって俺の神経を高ぶらせる。 ーまだまだ・・・・キメるにゃまだ早ぇ。 凍てついた獣道を蹴る無数の蹄ども・・・・。 鹿! 北馴鹿の群れだ。でかい・・・! ーいただきッ! 立て続けに四発。一発たりとも外しちゃいない。撃つと同時に跳ね起きる と、まだ硝煙さえ消えない銃を引ッ担ぎ、雪に埋もれた単車に飛び乗り再び 森へ突っ込んだ。 南の方じゃ、もう雪が溶けてる所があるらしく、硬く凍った獣道は、二十 頭分以上の足跡で泥だらけになっている。そんな、やっとの思いで夏らしく なった景色の中を、北へ向かって走ること小一時間、畜生、あンな遠くから 狙わなきゃよかったなどと舌打ちした瞬間、ぷっつり途切れた樹々の列に思 わずブレーキを掛け、陽光を照り返す雪の眩しさに思わず目を庇うと、単車 はバランスを失って、雪ン中へ転がり出るような無様な格好で止まった。 日だまりだ。 柔らかな光を照り返す雪の面を、遠巻きにして佇む樹々たち。俺の獲物は その真ん中で、艶々した毛並みに陽の光を浴び、折り重なるようにして倒れ ていた。 雌雄合わせて三頭。午前中に狩ったのを合わせりゃ七頭。これならいける。 俺は内心得意になり、声に出してへへんと笑うと、前髪の先から鼻の頭に 滴り落ちた雫を指の腹で弾いた。 遥か遠くで、銃声の反響音だけが谺した。 ー苦戦してやがンな。連中・・・・。 俺は再びにたっと笑うと、短い溜め息で満足感に区切りを付け、手早く単 車を引き起こすと、獲物の側まで転がしていった。 三頭とも見事な成獣だ。中でも一番下になっている雄の角なんぞは、俺が 猟師になって初めてお目に掛かったと言っても過言ではないほどの代物だ。 こいつは高く売れる。 次の隊商が来るまで一年ある。その間に磨き込んで、ちょいと手を加えて やれば・・・・。 そこまで考えて俺はやっと気がついた。 ー一頭足りない・・・・。 そうだ。俺が撃った弾丸は四発。畜生、逃げられた! 俺は獲物たちを慣れた手付きで荷台に括り付けると、単車ごと雪に埋め、 銃を構えて耳を澄ました。 良く見ると、雪の上に足跡が残っている。目で辿ると、そいつは森の奥へ 続いていた。 音は何もない。 俺は焦って、何も考えずに足跡を追って森へ駆け出していた。 途中から少しずつ、足跡は血の後を伴うようになった。大丈夫だ。狙いは 外れちゃいない。いつしか俺の焦燥感は、大物を狙うときのわくわくするよ うな緊張感に変わっていた。 雪を蹴り、倒木を飛び越え、自分の呼吸だけが響く森の中、唐突に途切れ た足跡の列に立ち止まると、俺は息を整えながら辺りを見回した。 ーやられたかな・・・・? 狩猟区域から外れた森の奥には良く山賊が出没するらしい。村の娘が迷い 込もうものならいい獲物だ。俺は一瞬脳裏を掠めた、昔、行方知れずになっ た妹の記憶に促され、調子に乗ってこんなとこまで来てしまったことを後悔 し始めた。 遠くで重い単車の音が響いて、風に消えた。 その時だ。いきなり蘇った獲物の気配に俺は反射的に銃を構え、木の陰に 身を潜めた。 獲物の踏み締める雪の音に生唾を飲み込み、タイミングを計って一気に飛 び出す。 「きゃっ!」 「わぁっ!」 何だ! 何だ! 何だ!! 何でこんなとこに人がいるんだ! 完全にパニックになった俺たちは、暫くそのまま動けなかったが、ようや く落ち着いてくると、俺は銃を突き付けている相手が女の子であることに気 づき、慌てて銃を降ろすと背中に背負った。 「フィロル・・・・?」 一瞬重なった妹の面影は、すぐに解け去った。 年の頃は十七・八。色白でなかなかの美人だが、キツい目付きから大体の 性格が知れる。微かな風に漆黒の長い髪が揺れ、額に頂いた白くて形のいい 角に絡み付いた。 「みゅうぅぅん」 彼女の胸元で、恐らくは俺のせいで傷ついた仔鹿がもぞもぞと動いた。 見たことのない娘だ。隣の村から迷い込むにしても、俺たちの村は北の外 れもいいとこ。ここまで来るには山三つ越さなければならないのだ。 −山賊に浚われてきたのかも知れない! そう思った瞬間、俺は音の中に近づいてくる、さっき感じた単車の気配を 聞き、来た道を振り返った。 「逃げろ」 一瞬嫌な思いが脳裏を掠め、無意識のうちに小声で叫んだ俺に、驚いたよ うな顔をしていた彼女は、小悪魔の微笑みを投げ掛けた。 「鹿が欲しいんじゃないのかい?」 「ンな場合じゃない! 早く!」 いらついて思わず叫ぶと、彼女はキツい目付きで俺を一瞥し、舌打ちして 髪を翻すや否や山猫のような身のこなしで俺の目の前から消え去った。 俺は俺で雪の上に片膝を付くと、銃を降ろし、一発だけ残しておいた守り 弾ダマ丸を込めた。 山賊は殺しても掟には触れないことになっていた。奴らに出くわせば、銃 を取られるか、最悪なら面白半分になぶり殺される。それを考えりゃ掟も当 然と言うことになるが、俺はまだ一度も人を撃ったことがない。俺だけじゃ ない。猟師組の誰もがそうであり、それが俺たちの誇りでもあった。 だからと言うわけでもないンだろうが、銃を構えながらも手が震えて照準 が合わない。単車の音がかなり近くなってきた。あの娘は逃げ切っただろう か。 ー畜生! やや左寄りに銃口を向けながらトリガーに指を掛けた時だ。 「あ、居た居た」 山賊どころの騒ぎではない。目の前に飛び出した大型の単車の主は、俺た ちの総領、猟師組の鬼、組頭のカイン親父だったのだ。 「お、おやっさん・・・・」 「なァにやってンだおまえは・・・・。単車は置きっ放し、不用心に森へは入 る、挙げ句の果てにはこの俺と撃ち合いでもやろうってのか?」 俺は夢中でかぶりを振ると慌てて銃を背負い、安心と詫びの気持ちから情 けない薄ら笑いを浮かべていた。 「なんでこんなところまで来たんだ?」 俺が後ろに乗ると同時に発進すると、組頭は前を向いたまま聞いてきた。 「一頭逃げたんだ。だから・・・・」 「違うな?」 「ほんとだよ!」 「ったく・・・・。フィロルのことは忘れろと言ったはずだぞ」 「・・・・・・・・」 忘れられるはずがない。俺はたった一人の肉親をなくしたんだ。 ちょうど十年前・・・・。妹はこの森で行方知れずになった。 あいつは見たこともない連中に連れ去られたのだ。山賊だろうと大人たち は言った。が、俺は違うと信じている。奴らは猟銃でなく、軍師の持つよう なエネルギー銃を持っていたのだ。 俺は肩に酷い火傷を負いながらもあいつを助けようと死に物狂いで連中に 飛び掛かった。だが、七つそこそこの餓鬼に一体何が出来る? 俺に残された手段は唯一つ、大人になることだった。銃の腕を磨き、掟を 破り、村を出てあいつを捜す。それが俺の十年来の壮大なる人生設計だった のだ。 俺は十年もの間、ひたすら銃の腕を上げることに専念し、その日を待って いた。そして、俺と同じ年に生まれた猟師組の連中が試され、成人したこと を認めてもらうのが今日の狩りだった。 俺は自分の単車が埋まっているところで降ろしてもらい、組頭に礼を言っ て先に行ってもらうと、雪ン中から単車を掘り起こし、獲物を載せ直してエ ンジンを掛けた。 とにかくひたすら飛ばしても、森の入り口に着く頃は大分陽も傾いていた。 「お、帰って来やがった」 仲間の一人が振り向くと、他の連中も駆け寄ってきた。 「あ、畜生! やられたィ」 誰かが俺の獲物を数えて舌打ちすると、俺は自慢げににたっと笑う暇もな くおもいっきり背中を叩かれた。 「決まりだぜ。決まり」 「え?」 「とぼけんじゃねーの! この野郎、おまえが二代目だよ!」 ーなんだって! 冗談じゃない! 俺は角の天辺から血の気が一気に引くのを感じた。 この村で産まれた者は、死んでもここを出られない。ただでさえそんな掟 でがんじがらめに縛られてるってのに、二代目なんかにされた日にゃ、掟を 破るどころじゃないじゃないか!! 「おやっさん! 二代目なんか決めないって言ったじゃないか!」 「ああ。気が変わったんだ」 ーあのね・・・・。 「何だ。不満か?」 「いや、そのぉ・・・・」 「なら、承諾ってことだな。決まった! 襲名式は今夜だ。いいな?」 「あ、あの俺は・・・・」 「畜生、あと一頭多けりゃなァ」 「おまえがルゥジィに勝てるわけねーだろ?」 「ちょっと・・・・」 「あはっ。それもそーか」 「良かったなぁ。ルゥジィ」 「・・・・・・・・」 連中はやたらと上機嫌で俺を小突き回し、勝手な祝いの言葉を山ほど浴び せた挙げ句、当の俺には一言も言わせぬまま、てんでに帰っていってしまっ たのだ。 ーなんでこうなるんだ! 呆気にとられている俺をよそに、組頭はくわえていた煙草を捨て、ブーツ の底で雪に埋めると、自分の猟銃を肩に掛けた。 組頭が単車に乗ると、俺も自分のにエンジンを掛けた。 「帰るぞ」 ぱっと散った雪片が、沈み掛けた夕陽に反射し、村へ続く下り坂を加速し ていく俺たちを擦り抜けていく。俺は先を行く組頭にやっとの思いで追いつ くと、伴走するために少しだけスロットルを開けた。 「やれやれ・・・・」 先に口を開いたのは組頭だった。 「俺もとうとう隠居する年になっちまったか・・・・」 「よせやィ。爺臭ぇ」 しみじみ呟く組頭に、俺は妙な寂しさを感じて振り向くと、出来るだけ明 るく言ってやった。 「餓鬼ってのは知らねぇうちにデカくなるもんだな」 「そりゃそうさ。俺だっていつまでも子供じゃねぇよ。角だってちゃんと生 え換わったし・・・・」 言いながら、頭の上の灰色掛かった角を弾いて見せると、組頭は幾らか満 足げに口元で笑った。
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