短編 #1245の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ああ、痛い」 目を覚ました幸夫は、激しい頭痛に顔をしかめた。首をふり、頭をか きむしる。布団から抜け出す気力がなかったが、水を飲むためになんと かふらつきながら起き上がった。 昨日、なんであんなに飲んでしまったんだろう、と少し反省する。ど んちゃん騒ぎのコンパで、一人でビール四本、ワイン二本も空けてしま った。 もう十時を過ぎている。二時限めの応用幾何には出なくちゃな、と思 う。出席が足りなくなってしまう。六畳一間の、古ぼけたアパートの薄 汚くちらかった部屋の中を、頭痛薬を求めてさまよう。勉強机のひきだ しの中に、それは見つかった。洗面所に行ってコップになみなみと水を 注ぎ、薬を飲み下す。 「いかん、いかん」 早くしないと二時限めに遅刻してしまう、と思いながら、幸夫は服の 袖が戸の間からはみだしている洋服ダンスを開け、穴があきかかってい るジーパンをはき、よれよれのスポーツシャツを着て、その上からコー ヒーのしみがついたセーターを羽織った。掛布団と敷布団をまとめて二 つ折りにして、部屋の隅に寄せる。 ああ、顔を洗う暇もない、頭も痛い、と思いながら、かばんをひった くるようにしてつかみ、ドアを開けると……。 幸夫は、そこに突然現れたものに、驚くとともに唖然とした。 「うおーっ!」 そこには一人の男が立っていた。そいつは、かみつかんばかりの形相 をして奇声をあげた。虎の皮のパンツをはき、全身の肌は真っ赤で、燃 えるような紅色のパーマからニ本のつのが突き出ている。テレビのバラ エティー番組に出てきそうな、典型的な赤鬼だ。 「うおーっ!」 「わ、わあーっ!」 胸のむかつきも、頭痛も、いっぺんに吹き飛んだ。慌てふためいてド アを閉める。 「なんだ、今のは」 昨日の酒がまだ残ってるのか? と思いつつ、ドアに耳をあてる。だ が何の物音もしない。小さなのぞき窓から外を見ると、珍客の姿は消え ていた。 「しっかりしろ、俺!」 両の頬をたたく。そして、恐る恐るドアを開く。 そこには、いつもと変わらない風景が広がっていた。通路が左右にの びていて、手すりの向こうには春まだ遠い寒々とした空が広がっている。 幸夫がほっとしたその時…… 「こんにちは」 えっ? と、辺りを見まわす。だが誰の姿もない。いかんな。やっぱ り飲みすぎだ。 「こんにちは」 心臓が何者かの手によってしめ上げられた。その声は、足元の方から 聞こえた。自然と眼に力が入り、ゆっくりと下を向いた。 小さな、犬がいた。それだけならどうということもないのだが、紺色 の背広姿で、二本足で立っているのだ。芸をしているのではないことは、 前足を正面に突き出さず、きちんと両脇にそろえていることから分かる。 「僕、お腹減ったの。なんかちょうだい」犬はしっぽをふった。 そのとんがった顔を凝視したまま、無言でドアを閉める。 「いかん、いかんぞ」 幸夫は八の字を描くようにして部屋の中を歩き回った。こういう時は、 どうすればいいのだ? 病院に行くべきか? いやいや、「まあ二日酔 いが治るまで安静にすることですな」なんて言われたら格好悪い。 とにかく、これじゃドアが開けられない。応用幾何はあきらめよう。 そう決心すると、不思議と落ちついてきた。マグカップにインスタント コーヒーの粉末と砂糖を入れ、電気ポットから湯を注ぎ、畳の上にあぐ らをかいて、かき混ぜもせずに飲んだ。 そうするうちに、再び頭痛が戻ってきていることに気がついた。 「そうだ。少し寝た方がいい。そしたら頭痛も、変な幻覚も治るだろう。 大学には昼から行けばいいんだし」 幸夫は畳の上にひっくり返った。 * * * テーブルの上に、大きめのシュークリームが二つのっている。幸夫は そのうちの一つをつかみ、口に持っていこうとした。 チャイムの音で、その夢は破られた。 「なんだよ。いいとこだったのに」 もう一度、チャイムが鳴る。 「はあい」シュークリームのふんわりとした余韻に浸りながら、歩いて いってドアを開けた。完全に油断していた。 「ヨウ、ゲンキカ」 子供くらいの背丈のそれを見た時、一瞬、何だか分からなかった。 「ヒサシブリダナ」 この寒い中、素っ裸で立っている。肌は銀色で、頭はつるっぱげで、 大きな黒い眼はガラスのようだった。 「オオキクナッタナ」 急いでドアを閉めた。扉に背中と、両の手の平をつけ、部屋の中をみ つめる。 「グ、グレイだ」こめかみを、汗がつたった。「宇宙人だ」 のぞき穴に目をあてる。真ん丸くひん曲がった風景の中に、すでにそ いつの姿はなかった。 鍵をかけ、つかつかと部屋の真ん中に戻り、尻餅をつくようにしてす わりこんだ。久しぶりと言われても、あんな奴に会った覚えはない。 「もう絶対出ないぞ。出るもんか」 ティッシュペーパーの箱と仲良く並んでいる置時計を見ると、十一時 を少し過ぎた頃だった。三時限めにはまだだいぶ時間がある。落ちつけ、 落ちつくんだ、と心の中でつぶやきながら、テレビのリモコンを目で探 す。そうだ、テレビでも見よう。それがいい。 漫画の週刊誌の下から顔を出しているリモコンをつかみあげると、そ れは小刻みにふるえた。スイッチをいれる。画面がゆっくりと明るくな る。 料理を作るおばさんが映し出された。女性アナウンサーが助手をつと めている。アナウンサーは適当に話をあわせているが、おばさんは彼女 の言葉に返事を返さない。調子がかみ合わないまま、徐々にうまそうな オムレツが出来上がっていった。 画面が切りかわって、食卓を前にしてすわる三人の芸能人を映した。 テーブルの上に三人前のオムレツがのっている。頂きます、と言ってス プーンを持ち上げたその時、チャイムが鳴った。 幸夫は思わずテレビを消した。石のように動けずにいると、再びチャ イムが鳴った。 ドアの外にいる者の姿を想像する。今度は妖怪か? ロボットか? 耳の底まで響くその音は、執拗に繰り返し鳴らされ、幸夫は銅像のよ うに動けなかった。テレビがいけなかったのか? 居留守は通用しそう にない。 耐えきれず、幸夫は立ち上がった。足音をしのばせ、ドアへと歩み寄 る。鍵をはずし思いきってドアを開けると…… 「こんちは。おたく、何新聞とってるの?」 幸夫は拍子抜けした。そこに立っていたのは帽子を目深にかぶった小 男だった。 「え? ……はあ、あの、A新聞ですけど」 「それじゃあ、その契約期間が終わった後でいいからさあ、B新聞とっ てくれない?」男は口元に笑みを浮かべて言った。 「いえ、あの、いりませんので」 「いつもなら洗剤二個なんだけど、サービスでもう二個つけますよ」 長い会話が始まった。男はねばり、様々な言葉を駆使し、なかなか帰 ってくれない。 「俺、今日契約とれないと、クビになっちゃうのよ。助けると思ってさ あ」 「そう言われても……困ります」 早く帰ってくれということをそれとなく意思表示するため、幸夫はち らちらと腕時計を見る。三分たち、六分たった。徐々に腹がたってくる。 男の言葉のたくみさに比べ、幸夫の方は、いえ結構です、本当にいり ませんから、そんな言葉しか浮かんでこない。 「俺、明日も来るけどさあ、それはおたくだって嫌でしょ?」 さっき今日でクビになるって言ってなかったか? 「この間B新聞からA新聞に変えたばかりなんで、しばらくはA新聞を とり続けるつもりなんですよ」 十分が経過した。 「そう言わずにさあ、付き合いでとってよ」 頭の中で、ぶちっ! という音がした。 「しつこいなあ!」 「あ?」 「しつこいって、言ってるんだよ。もういい加減、帰って下さいよ!」 相手の顔から、作り笑いが消えた。眼がつり上がった。 「なんだお前、学生のくせに。それが目上の人間に向かって言う言葉 か!」 近所一帯にまで響く、ものすごい怒声だった。幸夫はふるえ上がりな がらも、なんとか対抗する。 「脅すんですか。脅して新聞とらせるんですか」 「新聞なんかとらなくていいよ。ただ社会人に向かって何てこと言うん だっつってんの!」 警察に電話しますよ、と言いたかった。しかし、相手の迫力におされ て、とてもじゃないが言えなかった。 「いえ、あの、すみません」 「新聞なんかどうだっていいよ。ただ社会人に向かって何てこと言うん だっつってんだよ!」同じ言葉を繰り返す。 「で、ですから、すみません」幸夫は何度も頭を下げた。 ちっ、という舌打ちの音を残して、男はドアを開け放したまま去って いった。幸夫はそっと、ドアを閉めた。胸に手をあてる。心臓がばくば くしている。 落ちつくに従って、真っ黒な怒りが煮え立ってきた。ちくしょう、何 だよあれは! なんで俺が謝らなくちゃいけないんだ! その時、チャイムが鳴った。ドアを開けると、なまはげが立っていた。 「泣ぐ子はいねかあーっ!」 「いませんっ!」 幸夫は荒々しくドアを閉めた。 <了>
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