短編 #1240の修正
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■スープをどうぞ 已岬佳泰 [解決編] 「僕はね、最初、響子さんの蠅が入ったスープをひとめ見たときに 変な感じがしたんだ。だけど、その変な感じの原因をすぐには分か らなかった。次に殿倉さんがコーヒーをスープ皿にこぼしたときに、 はっと気づいた。殿倉さんがこぼしたコーヒーは白いスープに茶色 の線を作った。もしスープを作るときにコーヒーを混ぜていたら、 スープ全体の色が少し変わるだけで、だれもコーヒー入りだとは気 づかないかもしれない。だけど白いスープに食べる直前にコーヒー を垂らしたら、誰だって気づく。たとえコーヒーを入れる場面を見 落としていたにしてもね。あの蠅もそうだ。黒い蠅は羽を広げて、 なんとスープの表面にへばりついていた。白いクリームスープの表 面にだ。クリームスープはスープ自体がとろっとしている。スープ の中に混入して表にたまたま出てきたというのだったら、ああも見 事に羽は開かない。あの蠅はだから皿に取り分けられた後のスープ の上に落ちたとしか思えない。もしそれ以前にスープの表面にあれ だけの蠅がへばりついていたら、ウェイターがスープを配るときに 気づくだろう」 響子が口を挟む。 「まるで、私が自分で入れたみたいな言い方ね」 「うん。響子さんが自分で入れるのが一番あり得る話なんだ。でも あの怒り方はマジだった。何年も従姉として見てきている僕だから わかる。だから響子さんが入れたのではなさそうだ。ま、そうする 理由も思いつかないし。だからと言って、この冬のさなかに高級ホ テル21階のレストランを蠅が飛び交っていて、そのうちのひとつ がたまたま狙ったように響子さんのスープ皿に墜落したというのも 想像しにくい。とするとあれは誰かが響子さんの皿に放り込んだの だ」 「私わかったわ。だれが入れたのか」 響子の目がきらっと光っている。その視線の先には、立ったまま 話を聞いている蝶ネクタイの殿倉がいた。響子の指摘にも表情は変 えない。 「どうして私が。わざわざレストランの信用を落とすようなことを 支配人の私にやれるわけはありません」 「違うわ。殿倉さん、あなたは私が持ち出した別れ話を逆恨みして いた。だから仕返しをしたかった。そこに私が仁川さんと現れたの で、これ幸いとあんな悪戯をした。私が大慌てでわめき散らしたと き、あなたは頭を下げながら陰で笑っていたんでしょ」 「違います。それは誤解です」 あくまでも殿倉はまじめな顔を崩さない。僕はそんな殿倉を見て、 ますます確信を深めた。 「響子さんの言う殿倉さんの意趣返し説にはちょっと無理があるん だ。さっきも言ったように蠅はスープの表面に浮いていた。もし殿 倉さんが本当に仕返ししようというのなら、蠅はスープの中に入れ ると思う。その方がたとえば間違って口にするかもしれないし、見 つかったときも響子さんに与える衝撃はより大きい。この蠅混入に は二つのポイントがあると僕は思う。ひとつはわざと見つかりやす いスープの表面に蠅を置いたと言うこと。ふたつ目は、蠅を表面に 置くためには、スープが皿に取り分けられた直後に蠅をスープ皿に 落とさないといけなかったということ。これは何を意味するのでし ょう」 「あ、ありました」 その時、床を清掃していたレストランの清掃係が細長い瓶を掴み あげていた。 「ああ良かった。瓶は壊れていないようですね」 僕はそれらの瓶を清掃係から受け取るとテーブルの上に置いた。 テーブル塩と胡椒の瓶だった。 「それがいったいどういう意味なんだ」 仁川は僕の話に苛立ったいる様子だった。しかし、響子が腰を落 ち着けてしまったので、帰るに帰れない。 「さっき、殿倉さんがコーヒーをこぼしました。いや、こぼしたと 言うより僕にはわざとコーヒーを響子さんのスープ皿に入れた、と 感じました。そういう風に感じた瞬間に、あの蠅の件もたぶん殿倉 さんか、それが無理なら殿倉さんの指示を受けたウェイターがやっ たことだろうと確信しました。何のために? 仕返しではなくて、 響子さんにスープを飲ませないためにです」 「私にスープを飲ませないために? どうして?」 「ただ単にスープを飲ませないだけなら、他にもやり方はあったか もしれません。ではなぜスープ皿にスープを入れ終わってから、わ ざわざそんなことをしたのか。それはスープが配られてから、響子 さんがスープを口にするまでの間に、誰かがなにか、これはまだ特 定できないのですが、なにかをそのスープの中に入れたからだと思 われます」 「ちょっと待ってよ。私がスープ皿を受け取ってから、口を付ける までの間にスープに何かを入れるなんて無理よ。私にもちゃんと目 が付いてますからね」 「うん、でも確かに入れたんだ。よく思い出してみてよ。スープを 食べる前に何かしただろう」 「え?」 僕はテーブルの上の塩と胡椒の瓶を指さした。 「さっき見ていたら、響子さんだけがスープに塩と胡椒をひとひね りずつ入れていた。仁川さんはさっさとスープに口を付けていたけ どね。その後すぐに、響子さんがスープに口を付ける直前に、殿倉 さんがコーヒーをスープに注いだ。ちょっと間の早業だったね。そ の瓶の中になにかが混ぜられていたんだな。殿倉さんは支配人で客 全体を見ている。たぶん、誰かがその瓶に何かを入れるところを気 づいたんだろう。ね、殿倉さん」 殿倉は意を決したように僕に肯いた。 「仰せの通りです。だけど、何を混入したかまでは確かめる術はあ りませんでした。だから、そのことで騒ぎ立てて、結局何もなかっ たらお客様をを侮辱することになってしまいます。これは立場上、 絶対にやってはいけないことですから、迷いました」 どうやら僕の思ったとおり。 「そうですね。それで殿倉さんはとっさの知恵で響子さんが塩胡椒 を使う料理のみ、その料理を食べさせないよう、蠅を使ったり、コ ーヒーを注いだりしたわけですね。自分たちが責められるのは覚悟 の上でね」 「何を寝ぼけたことを言ってるんだ」 仁川の形相が変わった。握りしめた拳をぶるぶる震わせている。 「仁川さん、残念でしたね。せっかくの名演技。テーブルクロスを 引っ張って、証拠のスープ皿とテーブル塩胡椒を床に落とすところ は見事でした。普通なら、床に落ちたあれらはそのまま屑籠行きで、 あなたの犯罪は発覚を免れたでしょう。いや、あなたが混入したも のが何かまだ分かっていませんから、犯罪と呼ぶのは早計かもしれ ませんが」 「でたらめばかり言うな」 仁川が叫ぶ。その表情から先ほどまでのふてぶてしさは消えてい た。そんな仁川に響子がとどめを刺した。 「さっきは私の従弟(いとこ)って紹介して、職業は言わなかった けど、この子、刑事なの」 仁川は僕が差し出した警察手帳をあんぐりと口を開けて見た。 「その塩胡椒の瓶2個と響子さんのスープ皿はこれから鑑識に回し ます。仁川さん、あなたには任意で事情を聞きたいので、これから 僕といっしょに署まで来てもらえませんか」 数日後、響子から電話があった。 「ねえ、私、殿倉さんとよりを戻すことにしたわ。あなたの勧める とおり、他の男とは完全に切れるつもりよ。まさか毒まで盛られる なんて、思いも寄らなかった。今度のことで思い知ったわ。男の嫉 妬の怖さってやつ。もう絶対に二股はしないわ。だからあなたも今 後は出入り禁止。わかった? それからもうひとつ。あなたが疑問 に思っていたことね。どうしてこの冬にあんな大きな蠅を都合良く 殿倉さんが持っていたかってことだけど、あれね、プラスチック製 の偽物よ。よくパーティーでびっくりさせるときに使うじゃない。 あのホテルでもそういうパーティーを時々やっているんだって。支 配人はそういうものをいつも持っているようにしているらしいわ。 あのほかにも蜘蛛とかね。そういうの突然欲しがるパーティー客が いるんだって。あ、それからね、私、携帯電話の番号も明日には変 えるつもりだから。それじゃ」 (了) @作者の蛇足@ ポケミとはポケットミステリーの略で超短編ミステリーの意です。 「スープをどうぞ」は$フィンさんのフレボ書き込みに着想を得ま した。ここに記して感謝の意を表明させていただきます。 また本作は2000年1月13日号「ポケットミステリー通信」に 掲載されたものです。
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