短編 #1213の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
扇風機というものが世に出回りだしたころの話である。 「いや、暑いねえ。暑いねえ」 扇子でぱたぱたとあおぎながら松本喜三郎が入ってきた。 「あ、これはこれは先生、どうぞ狭苦しいところですが」 杉野森弥三郎が座布団をとりだす。 「じゃまするよ」帽子をかける喜三郎。弥三郎は饅頭とお茶を差し出した。 「はっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。 「おお、扇風機か。いいねえこれは、涼しいねえ」 「そう、実は先生にご相談したいことというのはそれなんです」 「それってこれかい」喜三郎が扇風機を指差した。 「ほっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。 「はい。いま私が研究してますのは『みんなが涼しい扇風機』という奴でして」 「ほう」 「今の扇風機は、前にしか風が吹きません。特定の場所にしか風があたらないん です。これでは一家で使うには不向きです」 「なるほど」 「よっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。 「そこでいろいろ考えたんですが」弥三郎は頭をかいた。「で、試作機一号機が これなんですがね」 弥三郎は部屋の片隅にある機械を引きずり出した。 足だけ見ると普通の扇風機と同じだが、網の部分がやけに横に広い。見ると真 ん中の他にも右と左にそれぞれ羽根がついている。 「なんだか阿修羅像みたいだねえ」 「どうも頭でっかちで安定しないのですが」 「とっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。 「まあ、とりあえず、動かしてごらん」 「はい」弥三郎がスイッチを入れた。 三方の羽根が回った。それぞれの角度に風が吹き始める。 「ふーむ。なかなかいいじゃないか、これ」喜三郎の頭髪を風が揺らす。 「ありがとうございます。しかし」弥三郎の襟を風が揺らす。 「どうしても家庭で使うには値段が高くなってしまうのと、あと……」 「むっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。 「羽根の位置をきっちりと調整しておかないと、どうしても羽根同士がぶつかっ て」 べりべりべりべりというとんでもない音がして、試作機はがたんごとんと揺れ 始めた。 べりべりという音はその周期を上げてゆき、やがてかんかんかんという甲高い音 が響き、最後にぷすっと音がして動かなくなった。 「これではいかんな」喜三郎が言った。 「はい」弥三郎がうなずいた。「どうしても羽根が何組もあるとからまってうま くいかんのです」 「でも、羽根が一組では一人しか涼しくなるまい」喜三郎は饅頭をほおばった。 「そう、そこで私は考えたんです。一組の羽根でみんなが涼しい工夫を。それが」 弥三郎は身を乗り出した。 「回る扇風機です」 「やっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。 喜三郎は困ったような顔をした。 弥三郎は頭を下げた。 「すみません、私の言葉が足りませんでした。つまり扇風機の羽根の回転のほか に、扇風機も回してしまおうと」 「おんなじじゃないか」 「いえ、すみません、扇風機の軸も回してしまおうというものです。これが試作 機二号なんですが」 弥三郎は押し入れから扇風機を引っ張り出した。一見普通の扇風機である。 「まあ、まずはごらんください」 弥三郎はスイッチを入れた。 扇風機の羽根が回転を始め、心地好い風が吹いてきた。と同時に扇風機自体も ゆっくりと回転を始めた。 「なるほど、考えたな」 「はい、苦労しました」 「くっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。 「こりゃいい。ああいい風だ……ああいってしまった」 「どうしても、回転してますので」 「ふすまに向かって吹いておる」 「完全にむこう向いちゃいましたね」 「そらっもうすぐだ、ああ来た来た、ああいい風だ……いってしまった」 「やはり、この、風が来る時間が短すぎるでしょうか」 「ひっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。 「そうさな。これだと風が来る時間はほんのちょっとで、あとはとんでもない方 向をあおいでいる」喜三郎がかぶりを振った。 「いい思い付きだと思ったのですが」弥三郎が残念そうに首を振った。 「なんか、あと一歩のような気はするんだが、どうもなあ」喜三郎が首を振った。 「ものすごく近いところまで来てるような気はするんですけど、なんだかねえ」 弥三郎が首を振るのを喜三郎はじっと見ていた。 「たっ」手児奈が扇風機を喜三郎に向ける。 「それだっ」喜三郎の声が急に大きくなった。「これだよ、これ」喜三郎は首を 突き出すと大きく横に振った。 「これ?」弥三郎も首を横に振った。 「そう。この往復の動き。左右に動かすんだ」 「左右に?」 「まあ見てなさい。部品はあるかね。歯車と、ああそれで結構。このねじをもら うよ」 そして半日。喜三郎の扇風機ができあがった。 「これこそが、みんなが涼しい扇風機だ」 喜三郎がスイッチを入れた。 「ぶるん」扇風機には一枚の大きなうちわが取り付けられている。そのうちわが、 右から左に大きく弧を描いた。 「ぶるん」うちわは、逆に左から右に大きく弧を描いた。 「ぶるんぶるん」うちわは左から右へ右から左へ、ばたばたと二人をあおぎ続け た。 「ああいい風だ」 満足そうな喜三郎。 「おっ」手児奈が扇風機を弥三郎に向ける。 [完]
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