短編 #1159の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ごっ、ごっ、と雪を踏み鳴らしながら、小僧はお寺へと帰る道を急い でいた。高野山の冬は厳しい。歩くうちにも小僧の坊主頭に雪が降り積 もっていく。両手にかかえた藁包みで顔にかかる雪を防ぎ、白い息を吐 き出しながら、家路を急ぐ。藁包みの中にはお寺の修行僧達の夕食の食 材が入っているのだ。途中、どさっ、という音が聞こえたが、徐々に勢 いを増す雪の気配におびえる彼には、後ろを振り返る余裕などなかった。 ようやくのことでお寺に帰りついた小僧が藁包みを開けてみると……。 「な、ないっ!」 豆腐が、ないのであった。きっと途中で包みから落ちてしまったに違 いない。ああ、和尚様に何と言い訳しよう。 「どうした? 坊主。」 現れた覚海に、小僧は豆腐を落としてきてしまった旨を、正直に語っ た。きっと叱られると思った彼は、言った。 「今から……、探してきます!」 しかし覚海は柔和な顔で言うのだった。 「よい、よい。もう暗いことだし、白い雪の上の白い豆腐はさがしにく かろう。だが、物を大切にするということは大事なことじゃ。明日の朝 になったら、探しにいくのだよ。」 翌朝、やっとのことで探し出した豆腐は、すっかり凍りついていた。 小僧は覚海に相談し、湯でもどしてみることにした。食べてみると、そ れは豆腐とはまた違った旨みが付いていた。ほんのりと甘いそれは、そ の後民衆に広まっていくことになる。 * * * 「……というのが、高野豆腐の始まりだよ。」と、俊介は言った。 「へえ、そんな話があったの。」由梨絵は微笑みながら答えたものの、あ まりそんな話には興味がないようだ。由梨絵の眼は輝いていた。彼女の 頭の中は明日日本へ帰ってくる川谷君のことで一杯なのだ。 食卓の上には、高野豆腐ににんじんを乱切りにしたのと、さやいんげ んげんが添えられた小皿が、酒の肴としてちんまりと置かれている。 「それにしても、よく父さんの好物を覚えていたな。」俊介は高野豆腐を 箸でくずして口に運んだ。じゅうっと、ほんのり甘い煮汁が口一杯に広 がる。 全体に薄茶色を帯びた、何の飾りもない、のっぺりとした食べ物。普 通の豆腐のように、ねぎや鰹節が乗っているわけでもない。一様に薄茶 色で、どこか色彩的にあざやかな所があるわけでもない。そんな質素な 食べ物を、どうして自分のような年配の人間は好むのか。俊介はふとそ んなことを思った。 「お母さんに習ったのよ。」と、由梨絵は言った。 久しぶりに会った娘は、いつの間にか大人になっていて、母さんの手 料理を真似るようになった。 「老けたな。」と、俊介は思った。 俊介はビールをごくりと飲み干す。テーブルを挟んで向かい合った由 梨絵が空になったコップにビールをつぎ足す。 「明日のお昼には成田に飛行機が着くから。」由梨絵は頬杖をついた。 自分の婚約者を初めて父親に会わせる喜びで、彼女の胸は満たされて いるようだ。 「母さん、俺もいよいよ一人ぼっちになるよ。」俊介は、心の中で、天国 にいる妻に向かってつぶやいた。 * * * ちらちらと雪が舞い続ける中、二人の、はではでな銀色の服に身を包 んだ男達が、新雪に足跡を刻みつけていた。その二人は、どちらも頭で っかちで、手足はひょろりとしている。トランシーバーのようなものに 耳を当てていたちびの方が、のっぽの方に話しかける。 「隊長、ただちに帰還せよとのことです。」 「うん。そうだな。この時代にも異常はなさそうだし、そろそろ帰るか。」 「二十世紀にですか? それとも三十世紀にですか?」 「二十世紀の時間局に立ち寄っても、用事はないだろう。三十世紀に直 行しよう……、おや?」 のっぽは、足元に落ちている、白い、四角い物体をみつめた。 「なんでしょうね?」ちびもまたその見慣れない物体に興味を示した。 「待て。今、知識データベースから検索してみる。」のっぽは腕にはめた ポータブル端末を操作した。 「時間工作員の罠かもしれません。」ちびは腰のホルダーからレーザー銃 を抜いて、構えた。「破壊しましょう。」 「待て!!」のっぽはちびの腕をつかんだ。が、一瞬遅く、銃から閃光 が閃いた。光線はねらいを外れ、物体のすぐ側の雪を射抜いた。もうっ と、水蒸気が立ちのぼって消えた。 「馬鹿者! タイムパトロールが過去に干渉すればどうなるか、分から んのかっ!!」 「す、す、す、すみません。でも何かの罠かも……」 「これは大昔の、“豆腐”という食べ物だよ。大豆の加工品らしい。」 「どうしてそんなものが、こんな所に落ちているんですか。」 「それは分からんが、とにかくこれはこのままそっとしておこう。さあ、 さっさと帰ろう。」 * * * ごっ、ごっ、と雪を踏み鳴らしながら、小僧はお寺へと帰る道を急い でいた。両手にかかえた藁包みで顔にかかる雪を防ぎ、白い息を吐き出 しながら、家路を急ぐ。途中、どさっ、という音が聞こえたが、徐々に 勢いを増す雪の気配におびえる彼には、後ろを振り返る余裕などなかっ た。 ようやくのことでお寺に帰りついた小僧が藁包みを開けてみると……。 「な、ないっ!」 豆腐が、ないのであった。 翌朝、さんざん歩き回ってやっとのことで豆腐を見つけた彼は、一瞬 満面に笑みを浮かべたものの、すぐに首をかしげた。豆腐にはある変化 が起こっていた。もちろん、凍りついていたことは言うまでもないのだ が、もうひとつ、奇妙な変化が起こっていた。だが、とにかく豆腐を見 つけた彼は、急いでそれを寺に持ち帰った。 * * * 「……小僧が豆腐を見つけた時には、すっかり凍りついてしまっていた んだよ。それを湯でもどして食べてみた、というのが高野豆腐の始まり だよ。」 「へえ、そんな話があったの。」由梨絵は微笑みながら答えた。 俊介は、高野豆腐を箸でつまんだ。 隅を火であぶって、湯でもどし、だし汁で煮付けてある。隅のおこげ の部分が、一面に薄茶色いだけの豆腐に彩りを添える。口一杯に広がる 薄甘い煮汁も格別だが、このおこげの部分の香ばしさがたまらないのだ。 「でも、隅を火であぶるようになったのは何故?」と、由梨絵は聞いた。 「それはな……」俊介は、ちょっと困った。 「それは、まあ、昔の人の、“風流”というもんだよ。“風雅”だよ。」 とは言ってみたものの、どうしてだろう、と、ちょっと不思議に思っ た。 <了>
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