短編 #0277の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
『いっちまったんだよな』 今日、何度同じ言葉を呟いたのだろうか。 気がつくと、くわえたタバコの灰がフィルターの部分にまで広がっている。 緩慢な動作でそれを灰皿に投げ込むと、助手席の上に投げ出したジャケット のポケットから手探りでマルボロを取り出す。 雨に歪んだ視界の中、ワイパーの動きだけが単調なリズムを刻んでいる。 不意にに後方からパッシング。雨にぼける光の点滅を目で追う。 ぼんやりした頭がその意味を理解するのに数秒はかかった。 「Z」の硬いピレリのシートからむりやり身体を起こすと、 車線を変えて後の車に道を開ける。 130km以上は出ているだろう白塗りのベンツが俺の視線の中を通過していく。 「追い越しちゃってよ」 助手席から少し甘えたような声とプアゾンの微かな香り。 足回りからエンジンまで完璧に手を入れてあるんだ。追い越すのは簡単さ。 だけど・・ その後の言葉を言い出せずに飲み込むと、左腕のタグホイヤーを視線の隅に 入れながらギヤを入れ替え、アクセルを床までたたきつけるように踏み込む。 全身の空気の密度が増していく。 ただ、痺れさす興奮の代わりに、例えようもない喪失感・・ 何故か胸に広がるのではあったが。 ベンツのケツを取ると強引に車線変更。 真横に回り込むと加速。さらに加速 加速して横を通過するまで10秒要らなかった。 ベンツから怒ったようにクラクション。 「平気よ、あんな車、いい気味だわ」 そういえば、おまえはああいう車が嫌いだったんだよな 加速しながらもう1台前を追い抜こうと車線を変える。 雨で少し滑るがそんな事は気にならない。 目の前にあるメータやデジタルの数字、警告灯・・ 今の俺にはほとんど意味をなさないただの記号だ。 足はアクセルから離れず、目の前は雨に濡れた世界。 そして胸の中にはただ虚しさが広がるだけ。 激しい振動が車と俺を包み込む。このまま胸を押し潰しそうだよ。 闇の中のセンターライン、俺を導いてくれないか? アクセルを踏み込むこと、この虚しさから逃れられる唯一の回答であると、 ついに俺は確信する。 麗子どうだい?やっぱり俺の車が一番早いだろう?麗子・・ なぜおまえはひとりで逝っちまったんだよ。 ふいにダッシュボードの上の青いカセットが落ちて足に当たる。 俺の中で何かが弾けた。 前方視界の中にトラックが入る。ブレーキの叫び声が雨を引き裂いて・・ ============================== ブレーキを踏むのがもう少し遅れていたら俺と車は潰されていたかもな。 サービスエリアの駐車場、コーヒーを飲みながら俺はひとごとの様に呟いた。 留守録をダビングした青いカセットからは麗子の少しハスキーで甘えたよう な声が流れている。 「独身最後の休みでしょ。たまには独りで出かけるわ、遅くならないうち帰 るつもり。じゃいってくるわね。」 麗子の乗った車は雨の道で滑り、対向車線のトラックと衝突した。即死だった。 今日は事故から一年。ここをを走ろうといつ考えたのだろう。 気がつくとお前と同じ場所を走っていた。 ひょっとして俺を迎えに来たのかい?・・なぜ途中でやめたのさ・・ 昔から移り気な奴だったからなあ。お前は。 突然、デッキが異様な音を立ててカセットを吐き出した。 良く見ると、テープが切れてロールが空回りしていた。 怒ったのかい? でもさ、麗子。俺はあのときブレーキを踏まなくても構わなかったんだぜ。 「馬鹿なこと言わないで」 抜き出したカセットをもてあそぶ俺の耳に麗子の囁く声が聞こえた。 デートの後、家に帰る時見せていた、どことなく寂しげな表情を思い出した。 『本当に逝っちまったんだな』 今日何度か呟き、そして今初めて口にしたその言葉を俺は噛みしめた。 END
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