短編 #0254の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ユミコのいい加減な約束が許せないとか、子供を預けていく小姑が憎らしいとか、 また彼氏と喧嘩しちゃってとか、友達はそんな話をした。「ああそうなんだ、大変 だねー」って頷いて聞いて、あたしはあたしで別れた恋人や会社の愚痴を言ったり して何だかとっても疲れた。もう人の話なんか聞きたくなかった。愚痴るあたしも、 聞きたがる友達もまっぴらだった。それですべてから逃げて家に立てこもったんだ。 何日分かの食料を買い込んで、厳重に戸締まりをした。電話線を引っこ抜いた。ど こまで一人でいられるだろうか。玄関から呼ぶ声は二階のあたしの部屋までは届か ない。そのうちあたしはきっと、緩やかに忘れ去られていく。そういうものだ。ベッ トに横たわって天井を眺めた。何の感慨もなかった。あたしは誰のことも恨んだり 怒ったりしてなかったけど、誰のことも好きでも大切でもなかったんだなと、改め て気付いた。時計のない部屋では、時が落ちるように過ぎていった。あたしは一刻 一刻と年をとっていく。そんな日も、窓の外は晴れわたり青空だった。みんな地獄 に落ちろとか、つぶやいてみる。だけどふぬけた言葉だな、本気じゃないもの。 この二十数年、あたしの中で形成されていたのは、とても立派な人格だった。誰 に対してもわけ隔てなく接することが出来そうだった。言ったこと言わなかったこ と、すべての責任に手が届くと思った。楽しく生きていけるはずだった。だけどそ れがシュミレーションの中だけのことだったから、あたしは自分自身に失望した。 人間、いざとならないと本性が出ないという。あたしはすべてを立てようとして、 立つと思ったのに、結局すべてをひっくりかえして逃げ出すような奴だった。あた しは地獄で蜘蛛の糸が目の前にぶら下がれば、ひとりそれにすがりつくんだ、他の 誰をも蹴散らして。そんな価値のない心でしかこの世界を見れないなんて。あたし は誰の敵にもならなかったけど、誰の味方にもなれなかった。部屋でぼんやりとテ レビを見ている、あたしはここにしかいない。 ゴールデンウイークが済んで、あたしは簡単に普通の生活に戻った。呼びかける 義務の声、親切でかかる声、少し我慢すれば消え去るそれらに対抗するほどの力を 持たない、あたしのひ弱な絶望。服を着て、化粧して、電車に乗って、仕事して、 職場で笑い、トイレで泣いた。すべてが反射での対応で無意味だ。そして同じくら い、部屋に閉じこもることさえ無意味に思えた。前にした約束を断ることさえ億劫 で、ちゃんと出掛けた。駅で待ち合わせて、約束の時間にむこうから走ってきたの は千波さんだった。あたしは驚いた。 「誰かと思っちゃった。走って来るんだもん」 定刻にやって来る千波さんというのも意外だった。 「でしょー? 最近好調なんですよー」千波さんは晴れやかにほほ笑んだ。 「ちゃーす。お久しぶりでしたー」あたしはぺこりと腰を曲げる。 「久しぶりだねー久我ちゃん。お元気でしたか?」と千波さん。 「ぜんぜん駄目でしたー」あたしがカラカラと笑って見せると、心配そうな顔をす る千波さん。そのあと喫茶店で話した。ゴールデンウィークのことから、何にもか もがどうでもよくなって困ってることとか、かいつまんで。 「だけど久我ちゃんは死のうとか考えないんだよね」 「うん、そうなんだよ」 「じゃ大丈夫」 千波さんはちょっと前、いろんなことでキュウキュウしてほんともう死ぬか狂うか という有り様だったらしい。それをあたしは後で知った。鬱々と悩む彼女に何を言っ ても無駄なのが辛くて、しばらく避けていたからだ。やっぱりあたしは、誰のこと も突き詰めた気持ちで好きになったり、真面目に考えたりしない人間なんだ。こん なことには気付かなければよかったと思うけど。 それから買い物に行くことにして、久々にデパートに入った。あたし達はふらふ らとお茶屋の前を通りかかる。千波さんが店頭のコーヒー豆を指した。 「前にここで買ったブルマンブレンドってヤツ? 結構おいしかったよ」 「そういえば最近は豆からコーヒーいれたりしないなぁ。インスタントばっか」と あたしが首を傾げる。 「それってあんまし生活が順調じゃないんじゃないの?」と千波さん。 「んー? そうかな、ここ最近はかわりないよ。フツー」 「だってさ、コーヒーいれるとか、そういうことってゆとりがないと出来ないでしょ ……時間的なことじゃないよ」 「あ、うん……そうだな」 (ねえ千波さん、さっき買った本は何が決め手だった? パラパラっとめくって見 た感じ、表紙、タイトル、裏表紙のあらすじ、値段、出版社名、著者、それとも人 に薦められた? 理由のうち、それぞれはいかほどの確立を占めているのかしら? じゃあブティックの店員の言うところの、どこまでが親切でどこからが商売っ気 だと思う? 雑貨屋のバイトの娘の笑顔は自然と浮かんだものだろうか、それとも 鍛えられたものか。あたしが何を考えても誰にも分からないから、平気で安心。千 波さんが何を考えても、やっぱり分からないからそれも安心。でも、千波さんが言 わないでおいた言葉の中に、あたしを救ってくれる唯一無二のキーワードがあった りしたらどうしよう) たくさんの言葉を飲み込み、黙りがちに歩くあたしを、千波さんがくるりと振り返っ て言う。「こうして買い物したり他愛なく喋ったりすることは、気が紛れていいね」 通りのバス停でバスを待ちながら、今度は一緒に旅行に行こうと、千波さんが言う。 金沢はいいねとか、伊勢はどうとか。あたしは力なく、いいかもしんないとか言っ てみる。もっと前にはバリ島だった。休みが合わなかったり、お金がなかったり、 何年も前から実現したことのない計画は、1台バスが通る頃には次の話題。本もテ レビもCDも運動もドライブも食事も自分もどれもこれもツマラナくなったのと同 じように、あたしは人の気持ちもおざなりにする。でもきっと、こんな気分もその うち収まるから平気。平和な時なら道楽みたいに優しい気持ちにもなれるだろうし。 そのくせ今だってあたしは全身を耳のように大きく開いて、誰かが言うかもしれな い救いの言葉を待っている、この身勝手。誰より先にあたしはあたし自身を救うこ とだけは出来る、そこが救いのなさだ、なんて考えているすべてがあとで笑えるよ うな大きな思い間違いだと気づきますように。 「いつもいつも元気だっていう方が無茶なんだから、反動がきちゃったんだよ」 と、やさしい目をして千波さんがほほ笑む。あたしは“今の言葉がそうかなあ”と、 おなかの中で牛のように何度も反芻してみる。 千波さんの乗るバスのほうが先に来て、あたしはバス停で手を振る。じゃあまた元 気でね、今度会おう。いいかげんな約束と挨拶で別れたけど、ナンパーセントかは 本気の言葉。あたしたちは確実にまた会うことだろう。行けない旅行の計画と、一 体どこが違うと思う? 繰り返せばその境目を見極めることが出来るだろうか、聞 き分けることが出来るだろうか。もうひとつ願いが叶うなら、いつかあたしの口か らもほんの少しでいいから、誰かの救いになるような言葉が出せますように。 おわり
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