短編 #0246の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
チバ先輩はどんな人か、と尋ねられたら、ちょっと私は困るだろう。 バレエの伴奏やら夜の酒場のピアノ弾きやら、諸々のアルバイトをこなす彼女 は本当は、作曲家志望。私の大学の先輩で、いつも学費のために働いていて、長 い天然パーマの髪を無造作に束ね、マニッシュな服をこれまた無造作に着こなし、 すらりとした姿はちょっとしたタカラヅカ。いつだって自分のことを自虐的に嗤 う、そんなチバ先輩の性格もライフスタイルも何もかも、私の秘かな憧れっだっ た。それだけじゃ語りきれないのだけれど、とにかく、そういう人なんだ。 卒業してフリーターを続けていた筈のチバ先輩がある日、何を思ったか旅に出 る、と言い残して数週間。行きと同じようにふらりと帰ってきた先輩は、突然私 に、絵描きになる、と言う。びっくりして私は先輩に訳をきいてみた。 東京から順々に北上しようと思ってね、お金無いから当然、鈍行列車よ。なる たけ夜行を使ってね、宿代が浮くから。で、いろいろ乗り継いで、気に入った名 前の駅で降りて、そんなこんなしていると気が付いたら深浦っていう駅に出てい たんだな、五能線の。青森だったのかな。日本海側。駅をおりて少し歩って、ずっ と波音と磯の香がさ。海だ、海なんだよ。民家が道の西側に連なっていて、ひょっ と小路に入ってみたら、海。家や店やそういうのみんな、海岸を背に建ってたっ て訳。その海は、どんより曇った空の下、昼下がりだってのに不機嫌そうな灰色 で陰鬱で、テトラポットが転がってて、視界を遮る目の前の杭にはひょろひょろ と針金が巻き付いていて、お世辞にもきれいって感じではなかったけどね、とっ ても感動しちゃったんだよ。なんか、あたしに、訴え掛けてる気がするんだ。 あたしはその時持ってた五線紙に、デッサンし始めた。あ、曲をじゃないよ、 絵を。何枚も書いて気が済まなくって紙が足りなくなって近くの小さな文具屋で スケッチブック買って、夕暮れになってちょうど海に陽が沈むもんで今度はクレ ヨン買って、夜になって仕方なくって近くに宿を探して。 夕飯に出たウニ丼を見てたら、また絵が描きたくなったけど、お腹が空いてた から我慢した。 なんでかね。音楽作るの、つかれちゃったのかね。その後十日くらいずっと転 々としながら道端の草花から田舎のあぜ道から片っ端からみんな描いてみて、絵 描きになろう、って決めた。 でも、どうなんだろう。こんなことずっと繰り返して、次はエンゲキかもしれ ないし、シューキョーとかかもしれないし。困っちゃうよねえ。こんなこと、ずっ と繰り返しちゃ、まずいよね。人間失格だよね。プーのままじゃね。フリーター なんて、プーですよ。ほんと、いい加減な人間ですよ、どうするんでしょうねえ。 こんなこと、ずっとやってちゃ、まずいですよねえ。 チバ先輩とはその会話を最後に、連絡が取れなくなった。いや、電話自体は通 じるから、おそらく今もかわらずアパートに住んでいるのだろう。けれどいつ電 話しても、留守番電話が鬱陶しげに応対するだけ。多忙を極めているのだろう、 と諦めていたある日、突然彼女の名前で書籍小包が届いた。中身は、きいたこと もない出版社の出すどこかの誰かが書いた、オカルトな本。予言通り、そろそろ 宗教に転んだ頃なのかもしれない。お礼の電話に、と忘れかけていた番号を回せ ば、かわりばえのしない応答メッセージ。舌打ちしながら、安堵する。 先輩はこの東京で、やっぱりいつものように、夜の街へ繰り出してバイトをし ているのに違いない、飄々と。自分をあざ嗤っても、決して、責めたりはせずに。 だったら私も、許してやろうか、私のことを。 私がチバ先輩のことを思うとき、いつも、疲れて荒んだ心がほっとする。チバ 先輩はそんなこと、知る由もないだろうけど。チバ先輩というのは、そんな人だ。 了 1994.06.10.11:00
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE