短編 #0236の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
もっと愛を! あぁーイィーもっとぉ。 いや別に発情しているワケではございません。最近に読んだ謡の話が頭を離れない のでございます。 「井筒」でございます。題名からモロですが、「伊勢物語」23段を元に世阿弥が 創作した能の一番。伊勢−から約五百年後、”井筒”の端が舞台(寺になっている)。 旅の僧が井筒の遺跡を訪ねる。時は夜半、月は西の山へと傾いている。僧が伊勢物 語に想いを馳せていると、一人の女が現れ井戸辺の塚に花を添え供養を始める。僧 は不審に思い「さては業平ゆかりの人?」。答えは「そんな昔話には縁もユカリも ございません」。しかし僧侶の疑念は晴れず次々に問いつめていく。女はとうとう 正体を明かす。「私が井筒の歌に歌われている女でございます」。五百年の時を経 て霊となり、恋の記憶が澱む此の井筒に姿を現したのだ。 女は直衣を身に着ける。「男の形見です」。女は井戸辺で舞い始める。井筒の水面 に美しい舞姿が映る。「あの男の面影が……」。女は水面を見つめながら、倦まず 狂おしく舞い続ける。 (バックコーラス)我ながら懐かしや 亡婦魄霊の姿は、萎める花の、色無うて匂残りて在り (在)原の寺の鐘もほのぼのと (ほのぼのと)明くれば古寺の松風や 芭蕉葉の 夢は破れて覚めにけり 夢は破れて明けにけり 劇終 幽霊もとい幽玄の話でございます。妖しぅこそ物狂おしけれ(意味が違うぞ!)。 濃くて淡い。こーゆー話が書けたら良いなぁ。「伊勢物語」なんかより数段面白い。 何と言っても、このケレン味。これっすよ、これ。女が「私こそ”井筒の女”」っ てオトワ屋の芸(歌舞伎で使うヒュードロドロってヤツね)で終わっても一応の面 白さはあるんだが、それじゃあ随分品下る。もう一捻りしている。幽霊女は恋人の 遺した直衣(貴族の平服)を着て狂おしく舞い、水面に映った自分の姿に恋人の面 影を見いだして更に舞う。表面的には男装の麗人、トランスセクシャル。そんでも って穿って見りゃぁ、”女は業平を愛していたのか? それとも己を愛していたの か?”って疑問が湧いてくる。自己愛。 愛の始まりが幼児期であったこと、則ち性差が顕著でない、特に古代貴族社会にあ っては幼い男女の風俗に大きな違いはなかったことが、この疑惑を高めていく。ほ らぁ「伊勢−」23段には「くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべ き」って歌もあるっしょ。これは女が男の求愛に答えて「幼い頃に貴方と長さを比 べ合った振分髪も、もう肩まで伸びて私も女になりました。この髪を上げさせ私を 抱くことの出来る男は貴方だけです」って言ってるんすよねぇ。愛の始まりは、同 じ振分髪だった頃。性差のなかった頃です。 女にとって業平は自分と同一の存在だったのではないか。一緒に行為し同じ感覚と 同じ話題(二人の家は隣同士だったしぃ)、背格好も同じ(でなけりゃ執拗に比べ 合ったりはせんだろーし)。でね、この答えのもとになった男の求愛の歌が有名な 「筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに」。これは背比べ を歌っている。極論すれば男の歌は「同じ背格好だったけど僕は男になったよ」、 女の歌は「髪も同じぐらいの長さだったけど私は女になったわ」。同一もしくは近 似の存在であった幼い頃から、やがて性徴を来して互いにセックスの対象となった。 っつー道筋なんす。則ち根底に一体感があって、その一体感が後に現れた性差により 恋愛っつーか、セックスっつー形をとった。此の愛にとって性差は枝葉末節、オマ ケの類。少なくとも、女の側からは、ね。 そう、女は業平に己を投影し愛するに至った。そして女は、業平の遺した直衣を着 した己の姿を筒井の水面に投影し、愛した。投影し、投影したら元に戻る。もしく は投影の無間地獄となる。無間地獄、女は己を投影した男を愛した、女は己を投影 した男の遺した直衣を着すことにより己に(己を投影した所の)男を投影し愛した、 ……、……、……。合わせ鏡の無間地獄でございます。合掌。 *「伊勢物語」23段。幼なじみの二人は、ともに振分髪の頃から互いに想いを募 らせ合った。契りを結ぶ。時が経ち男は浮気相手を見つけ足繁く通うようになる。 女は快く男を送り出す。女は嫉妬に心を掻き乱されながらも凝っと堪えていたの だ。やがて男に気持ちは通じる。同時に男は浮気相手の底の浅い可愛い子ブリに 嫌気が差して、元の鞘に収まる。 男の身勝手さと、女の純愛と忍耐を対比させ甚だ”女大学”的な説話。浮気相手 の女だって男に愛されたいと願う故にブリっ子していたのに。まぁ簡単に言えば ”男は多少の浮気はするもの。だから女が身持ちを良くして気付いていても気付 かぬフリをしながら堪えていれば屹度、男は戻ってくる”ってな羨ましい世界。 まぁ在原業平とゆー当代随一の美男子だからこそ許される論理でしょぉね。逆に 言えば女の方がアホな業平より一枚上手だったとゆー話。ただし、解説なんかで は、純愛物語の典型として紹介されていたりしますから、世の中解らん。 上記は大津有一校注「伊勢物語」1994年4月5日(39刷)岩波文庫、から 私家抄訳っす。 *「井筒」。引用は喜多節世「喜多流稽古用定本 井筒」平成5年12月15日発 行、喜多流刊行会、より。 *舞う。舞うとは体全体を、もしくは体の部位を球形の表面をなぞるよーに動かす ことでございます。踊るのとは全く違う。女の幽霊の舞う状況を、踊りとして頭 に浮かべれば”死霊の盆踊り”じゃないけれど、ギャグになっちゃうので注意!
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