短編 #0210の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
人生、二十年も生きてると、誰にだって思い出して唇きつく噛みしめるような ことの一つや二つはあるもので、私の場合この季節、水面を跳ねる水鳥を見ては 必ずほんの一瞬だけ唇噛みしめる。すぐに忘れるけどね。 悲劇っていうのは当人以外にとっては、たいがい喜劇で、S君とのことは私か らみたら笑いをこらえるのに必死だったほど。S君を適当にあしらって振った女 の子が私の知り合いだったから、ってだけで呼び出されてねS君に。そう、国分 寺の駅ビルの喫茶店に入って、ぐちゃぐちゃ愚痴聞かされてさ、まあそんなもの かなあ、って思うじゃない、愚痴聞くだけだったら。ところがそのあと、目がす わっちゃって、ここら辺りはドバトしか居ないからどこか鳥の居るところに行き たい、とか言うんだよ、あとでわかったんだけどドバトってその辺にいる普通の 鳩のことね。しょうがないから車で来てた私が多摩湖の堤防まで連れてってやっ てさ。 鳥、好きなんだって。傷口をえぐるような話題できないから、こっちは全然わ からない鳥の話題に付き合って、そうすると堤防に座ったまま遠目にちっちゃい 鳥を指さして、あれはなんとかであれはなんとかで、って学名すらすらそらんじ て説明してみせるんだ真剣な顔で。それを見てちょっとだけ、あの子なんでこん ないい奴のこと振ったんだろ、って思ったのを覚えてる。鳥の名前は興味ないか ら聞いた端から忘れちゃったけど。 そんなに鳥が好きなら大学にでも行って研究すればいいじゃない、って私が言っ たら、妙に寂しそうに笑って。しまった、って思った。S君、専門学校通いなが ら住み込みで新聞配達しててさ。苦学生なんだよね、無神経なこと言っちゃった。 ちょっと気まずく思って水面に目をそらしたら、水鳥があでやかに跳ねて、私そ のときはじめて知ったんだ、鳥が魚のように跳ねることを。 そんなこんなで一時間くらい堤防の石畳に腰掛けて話をして、もういいかげん 脚がしびれて何となく黙り込んでたら、急にS君、私の肩に震える手を伸ばして きて、辺りはもうすっかり夕闇。僕、今、頭が混乱してて、なんてぬかすんだ。 しまったこいつはやられたぜ、って思ったね。多摩湖の堤防だよ、国分寺の駅ビ ル喫茶店のあとだよ、振られた直後だよ、あんまりにもお手軽じゃない。 ちょうど私が恋人居なくて、ちょうど私がパソコン始めようって時期だったん だ。だからアドバイスから周辺機器から何から、片っ端から頂戴して利用して、 こういうの貢ぐクンっていうのかな。秋葉原に一緒に行ったりして、そんな程度 に付き合ってた。 都合良くやってきて愛した顔して、都合良く愛されようなんて、甘いよね、人 を馬鹿にしてるじゃない。だから、そんなオトコなんて利用してやろうと思って た。だって、向こうだって失恋の痛手から立ち直るためにこっちのこと利用して るんだ、お互い様じゃない。だから、そんなオトコなんて幾ら踏みにじってもい いと思ってた。でも、会う度寄越す山ほどの贈り物を前に、有り難かったけどちっ とも嬉しくなかった。そんな自分に、苛々していた。 ある日、コンサートのチケットを貰った。二人で行こう、ってさ。数少ない共 通の趣味、とあるポップスグループのコンサート、女性ボーカルがきれいなんだ。 行きたかったから、これは、有り難くって、しかも嬉しかった。救われた気がし た。楽しみにしてたんだ。 ところがね、会場に行ったらさ、友達にばったり。こんなこともあるんだね。 二人が付き合ってること、隠してたんだ、S君は振られたばっかりのところだし。 遭遇したのは例の振った子の知人で、当人じゃなかったのがせめてもの救い。 だけどさ。 突然、ほんとうに突然、全然嬉しくなくなっちゃった。そして、恥しくなっちゃ った。こんな奴と付き合ってるところ、見られたくない。そう、はっきり、思っ た。 会場は指定席で、私達は最前列中央だった。私の席はS君の右側で、私はS君 の方をずっと見ないようにしていた。そうすれば、嫌な気分が幾らかは減ってい くような気がしたから。コンサートが盛り上がって、私の好きな曲にさしかかっ た。草原の香りがするボーカルの女性と、雪国の日差しを思わせるチェロの男性 を間近に見ながら、この人達はどんな恋をするのだろう、とか思いを巡らせてちょ っと落ち込んで、でも好きな曲だからちょっと元気になって、そのとき。S君が 右手を伸ばしてきたんだ、あの堤防のときみたいに震える手を。そして私の左手 を握りしめた。 とっさにね、私は手を、力いっぱい振りほどいたんだ。そして、自分がとこと ん、いやになったんだ、この曲がS君の好きな曲でもあったことを思い出しなが ら。 アンコールの曲でボーカルの女性が飛ばした紙飛行機はレポート用紙に手書き の歌詞。それは私の膝に舞い降りて、私は、ごめんなさいもうこんなことしませ ん、って心から謝ってた。誰にだろう。S君にじゃなかった。 会場を出て駅に向かいながら、S君は、ごめんね、って言った。私は何も言え なかった。 別れの言葉は電話で、確か随分酷いこと言ったと思う。忘れちゃったけど。言っ た方なんて、そんなもんだよね。 返事はフロッピーディスクにテキスト・データで入ってた。 「こんな形で手紙を書いてごめんなさい。この文章は読んだら、消して下さい。 あのあといろいろ考えました。これからは友達としては会うことはあっても恋人 として会うことはないと思います。あなたも僕なんかよりもっと自分にあった素 敵な人を早く見つけて下さい。それではお元気で。さようなら」 こんなの、お洒落だとでも思ってるのかね、オタクじゃん、笑っちゃうよ。大 体、私、一度も恋人だなんて思ったこと、なかったんだよ。笑っちゃうよね。喜 劇だよね。 でも、それまでなら笑ってたのに、もう私、笑えなくなってたんだ。 それから私はどうしたかっていうと、S君の言い残した通りに素敵な人を見付 けた。ほんとうに愛せる人を見付けたよ。 あのとき私は確かに自分を憎悪した、嘔吐した、裁いた。それはほんとうに確 かだった。だけどそのあと、そのことによって、許したんだ、憐れんだんだ、い とおしんだんだ。知ってるよ、そういう奴なんだよ、私は。 いやになっちゃうね。 だからいつか、このほんとうに愛せる人を亡くしてさえも、きっと私は泣くだ け泣いたらそれで自分を許して、憐れんで、いとおしんで、別の人のもとへと跳 ねてゆくんだ、あのとき堤防で見た水鳥のように、あでやかに。 了 1994.4.8.36:00
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE