短編 #0188の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
−アルコール依存者はいかにして作られるか− ふたりで飽きるほど観たゴダールの映画を俺はもう一度リバースしてみた。 夜のしじまにテレビの発光体の明滅とあいつと俺の沈黙だけが続いた。 B級映画に捧ぐ 「女と男のいる舗道」 12景からなる映画 フェイドインでタイトルが現れてはまた消えていった。 モノクロのナナの横顔の大映し。ミッシェル・ルグランの音楽が悲しいほど ナナの愁いのある顔にとけていく。 ここで俺は缶ビールを一口、口に含む。 第一景 あるカフェ ナナ 夫のポールを捨てる ピンボール ナナとポールのダイアログ。別れ話。カフェのカウンターにはふたりの後ろ 姿しか見えない。珈琲の皿を拭くギャルソンの後方の鏡にかろうじてナナの表 情が見てとれる。憎らしいほど巧い演出だった。 映画はまだ始まったばかりなのに、もうすぐ終わるだろうと俺は心の中で呟 いていた。そして静かに終わりの時を待っている。 ステレオの放熱板の上では尻尾の長い猫が気持ちよさそうに、時々からだを 動かしながらまあるくなって眠っていた。 女は裸のままで長い手をシーツの上に這わせて何かを探していた。なでつけ る白いシーツはまるでミルクの波のようにうねる。 「ないのよ」 「ないって何が?」 「あんたの給料じゃ買えない物よ」 「一緒に探そうか」 ベッドに腰かけている俺が迷惑そうだった。 「いい、ひとりで探すから」 手を差しのべようとするとあいつはむきになって俺の手をはらいのけた。 「いいよ、いいってば!」 「勝手にしろっ!!」 やがて探し疲れたのかシーツにくるまるように背中を向けたまま静かな寝息 をたてていた。 俺はまた小さな冷蔵庫のドアを開けて缶ビールに手をのばす。テレビの明滅 と冷蔵庫の明かりで彼女の背中が見えた。そいつはまるで深海魚のように薄気 味悪いほど美しかった。 「三年待てないか?」 あいつは返事をしなかった。そして三日後には猫と一緒にこの部屋からもい なくなってしまった。 あいつがいなくなった心の隙間を埋めたくて夜になると明かりを求めて飲み に出かけるようになった。誰も声をかけてこない匿名のバーに。 二十六歳のこの歳になるまで何度か恋をして何人かの女とつき合いもした。 それでわかったことは、女はなかなかどうして優れた役者で、しかも嘘の才能 に秀でているという事だけだった。もう女の嘘と買い物には二度とつき合うま いという教訓付きでね。あいつは俺には言わなかったけど他に男がいたんだ。 そう思いつつも、こういった不幸な自分の身の上を楽しんでいる節もあるある のかもしれないな、と飾り棚のガラスに映った酔い潰れた己が姿を見るとはな しに眺めて思った。 ある時、カウンターの隣に座った年上の女がこう言うんだ。 あんたはいい男なんだからあんまり自分を安売りしちゃダメよって。それから その女は俺の前に姿を現さなかった。もっと俺に手がかりをくれないか。ここ が抜け出すための手がかりを。 人生のスタートラインでちょっと出遅れただけなのにそのツケは大きかった。 同じ時代を生きてきた奴らは、ある者は成功を手に入れ或る者は安定を手に入 れてきた。成功と自堕落を秤にかければ成功が重いに決まっている。何をどこ でどう埋合せすればいいのか俺にはさっぱりわからなかった。始めから1ピー ス欠けているパズルに必死に取り組んでも意味がないのはわかりきっている。 それでも一晩中酒の力を借りてブルーの糸の結び目を求めて格闘するのである。 結果は失態をさらしたカドで、マスターから「もうあんたには飲ませないよ」 と、出入り禁止の勧告を受けた事と、ふらつく足でトイレの便器にしがみつき ながらどうしたらうまくこみ上げる胃液を流せるかの奥義を修得した事ぐらい だった。 飲酒は家にいても続いた。それは膝をかかえてチャリー・パーカーとマイル スのCDを交互に聴きながら飲むという極めて自閉的な飲み方だった。ここで も依然ととしてブルーの糸の糸口は見つからなかった。 こんな生活がどのくらい続いただろうか。ある日曜の朝、ブラインドの隙間 から差し込む、まどろむ日ざしで目がさめた。頭が痛い。フラフラだった。こ の世の不条理を呪い、自己嫌悪の海にどっぷり浸りながらも、何もかもこの世 のすべてが自分の意ののままに動きそうな、そんな気分だった。だからといっ て手のひらサイズのピンクの象や都市にのしかかる巨大な空飛ぶクジラなんて ものは見えやしない。ましてやブルース・ブラザースのように天から光明が射 して、神の啓示を受けるなんて事もない。だいたいまともな酔っ払いなら二日 酔いの朝をこのように迎えるものなのだ。 それにしても、我ながら飲みも飲んだりと言ったところだった。部屋に散乱 したバーボンの瓶や、ビールの空き缶を拾い集めてゴミの袋にほうり込む。非 日常から日常へと引き戻される、どうということはない瞬間。 不幸せと言う名の猫がいたぁ、などと鼻唄まじりで空き缶を集めていると光 の射しこんだベッド下の隅っこの埃の渦の中から鈍い光が見えた。あの女が俺 には買えないと言った物がそこから出てきた。埃を払って手にとってみると、 それは真珠のピアスだった。寝ぼけまなこで暫く手にとって眺めてみたが、す ぐに空き缶の中にほうり込んで捨ててしまった。そりゃ正直言って惜しいよう な気もしたが、なぜかこれでなかなか解けなかったパズルの最後の1ピースが 見つかって、ブルーの糸の結び目も見えてきたような気がしたんだ。心のなか のわだかまりにカタがついた。 窓を開けると外はいい天気だった。風が少しだけ吹いてきて前髪をかきあげ る。大きく伸びをしてみた。これでまたひとつ自由になれたような、そんな気 分だった。 Nameless Cat.
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