短編 #0184の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
荒木経惟「エロトス」(リブロポート)を買った。写真集である。「エロス」と 「タナトス」を合成した造語である表題に相応しい傑作であった。これは、かかず にはいられない。書かないワケにはいかない。 エロティシズムとは死に向かう生の止揚である(バタイユ「エロティシズム」澁 澤龍彦訳より)。これは多分、外皮によってとりあえず分断されている”個”の、 永遠なる、そして連続する存在に止揚したいという欲動が”エロティシズム”であ ると、言いたいのであろう。「一つになりたい」。つまり”個”と”個”が一つに なるとは、もとあった”個”を否定、則ち殺す/死なせることに他ならない。 プラトンの口を借りてアリストパーネスは語る(「饗宴」)。人間は昔、二面四 臂で脚も四本あった。性としては男男、女女、男女(アンドロギュノス)があった。 則ち現在の人間が二人ずつくっついていた。神への謀叛を企てゼウスの怒りを買っ た。人間は真っ二つに両断され、現在の形の男と女が出来た。半身となった人間は 昔の完全な姿に戻ることを冀い、男同士、女同士、男と女の間にエロスが生まれた。 生命の発生は未だ知られざる謎だが、もしも根源があるのならば、すべての生物 は、遡れば同一の存在であった可能性がある。ならばエロスは人間内に留まること なく、すべての生物(植物含む)に向け得る。根源なるものへの回帰、それがエロ スである。 また、岸田秀氏の主張するように、ヴァギナとペニスの交合が少なくとも人間に とっては本能が崩壊した後の幻想によってのみ可能となっているならば、それが単 に種族維持の必要に迫られた結果の人為的/意識的/欺瞞的エロスであるならば、 ヴァギナとペニス間以外でのエロス一般は、すべての生物に向けられるとしても、 なんら不思議ではない。 「エロトス」では性器がモロに登場する。大きめのA4版相当の写真集なのだが、 見開きでペニスが血管を浮き立たせ屹立している。それは神々しいまでに、エロス を剥奪されている。エロスの抜け殻/死体にしか見えない。裸体写真も幾葉かある が、例外なく個性を剥奪されたオブジェと化し、死体と見紛うばかりに生命を感じ させない。 同書中でエロスを濃厚に立ち昇らせているのは、性器や裸体以外の写真である。 魚の死体、夥しい刻み葱の間に漂う貝の肉(酢ガキか?)、花、塗料は剥げ皮がめ くれた古びたカメラ、油に塗れたフォークとスプーン、女陰(?)の中から這い出 そうとしているカタツムリ、粘る唇、噛みしめた唇、黒い筒状の異物をくわえる歯、 廃虚と化した亀頭を登り詰めたカタツムリ、ヌメやかで臀部の如き盛り上がりを有 する苺。 フォークとスプーン、貝や魚などの食物は”食べる”という行為を連想させる。 食べることは一つになることであり、同時に食べられる者の死(タナトス)を意味 する。食べることのエロティックな印象は、単に唇と其処に出し入れされる異物と の関係が性交をイメージさせるというだけではなく、より根元的なエロスへの親近 性(則ち死による同化という点での一致)が原因となっている、のかもしれない。 荒木氏の従来の写真集では、性の”リアル”さが追求されていたかに思う。映画 やビデオの中のソフィスティケィトされたSEXではなく、実際に生活の臭いが感 じられるアパートの一室や前の客のザーメンの臭いが残っていそうなホテルの一室 で盲目になり愛し合いミットモない格好でスキンを外しティッシュで拭うマグワイ。 ”リアル”とは具象であり、同時に表層である。表層のモザイクによって深淵を覗 かせる技法が氏の従来の手法であったかに思う。しかし「エロトス」では、深淵を 直接に撮る方法が採用されている。エロスの本質は此くやと思わせられる作品集と なっている。 P.S.どーせ私ぁスケベェだよぉん。28回目の1/23 3:32脱稿。
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