短編 #0163の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
坂上家の次女として生まれた紀子が、3歳にして興味を持ち始めたのはポケットで あった。そう、洋服についてるあの小さな袋だ。ズボン、シャツ、上着と合わせれば 8つ以上のポケットがついているはず。不思議そうに自分の手を出し入れしながら、 そこに物を入れられることに気づいたのが3歳だったのだ。 だけど、そのことを紀子のお母さんはあまりよく思わなかった。なぜなら、洗濯の 度にポケットを調べて、中に入っているものを出さなければならなかったからだ。 紀子はポケット好きということで、お父さんの釣り用ベストが大のお気に入り。大 小数十種類のポケットに、この子は幸せを感じている。お母さんが目を離せばその隙 をみて、タンスからお父さんのベストを取りだして着ている。ぶかぶかで足の部分ま で隠れてしまうが、それをひきづりながら家の中をうれしそうに駆け回っている。 しょうがなく思ったお母さんは、ある約束のもとで紀子に子供用のベストを買って あげた。その約束は簡単なものである。ポケットに入れたものは、服を脱ぐときにか ならず出すこと、というものであった。だけど、10個以上のポケットを3歳の子供 が管理できるわけがない。一時のように、ポケット全部に何かが入っているという事 はなかったものの、出し忘れがたびたびあった。 5歳になって、ようやくポケットの物を出し忘れることはなくなったが、相変わら ずその変な興味の方向は変わらなかった。理由を聞いても「だって好きなんだもん」 という答えしか返ってこない。 紀子がポケットに突っ込むものは、バラエティにとんでいる。 家から持ち出すおやつの数々は、飴やチョコレート、ビスケットやお煎餅など、比 較的大きめのポケットにしまい込み、お母さんに貰った交通安全のお守りは胸の中、 そしてお父さんに買ってもらった小さなかわいい財布は中身が入ってなくても、ズボ ンのポケット、友達のミカちゃんに貰った香りのする消しゴムなどの小さな小物はベ ストについている小さなポケットと、その用途に合わせて紀子はしまい込んだ。 そんなポケット管理を小さいながら紀子は、得意がって友達や近所の人に自慢して まわったのだ。 時々、道で見つけたおもしろい形の石など拾ってなにげにポケットへと入れる。 当然、出し忘れてお母さんに叱られたこともあるのだが、そんなことは気にせず、 遊びにいくたびに何かを紀子は拾ってくる。 言い訳はもちろん、「ポケットがさびしいんだもん」のおきまりのせりふ。 「ノンコ。道に落ちている物は汚いから拾ってくるんじゃありません」 お母さんは紀子を呼ぶ時、「ノリコ」ではなく「ノンコ」と呼ぶ。お姉ちゃんの裕 子もそうやって「ノンコ」と呼ぶ。初めは、自分は「ノリコ」なのになんで「ノンコ」 と呼ぶんだろうと不思議がってはいたが、今ではすっかりそう呼ばれるのがお気に入 りのようだ。 「ノンコ」と呼ぶと、まるで犬が尻尾をふって来るように、紀子はうれしそうに寄っ てくる。 「ノンコちゃん、あそぼ」 友達のミカちゃんにまでそう呼ばせているくらいなのだから、相当気に入っている のだろう。 紀子は少しとろいところがあると、お姉ちゃんにからかわれているが、本人はポケッ トと自分を「ノンコ」と呼んでくれる人さえいれば幸せなのだ。 ある日のこと。 紀子がミカちゃんと遊んでいる時、近くで犬の鳴き声がするのが聞こえてきた。 耳の良いミカちゃんは、その鳴き声の方向へと走っていき、紀子はそのあとをとろ とろと歩いていく。急ぐことが嫌いな紀子は走るのが苦手なのだ。 「ねぇ、ノンコちゃん。こいぬみたい」 ミカちゃんは子犬を抱き抱えて紀子の方を向く。 「すていぬかなぁ?」 紀子は首を傾げながら、犬の顔を見つめる。 クゥーン、クゥーンとなにか餌をねだるような態度を子犬は紀子に見せる。 「おなかすいてるみたいね」 「ちょっと待ってて、食べられるもの探してみるから」 そう言って、紀子が最初に出したのはミント味のガムであった。 「うーん、ちょっとそれはたべないんじゃない」 さすがに5歳ともなれば、犬がガムを食べないことは承知している。 「じゃあ、これは?」 ガムをしまい込むとおやつ用のポケットを無造作に探りながら次の物を出す。 「あ!これもたべるわけないか」 紀子が出したのはいちご味のキャンディーだった。気を取り直してポケットを探っ ていたこの子が何か思い出したかのように、ベストの比較的大きなポケットを探る。 「じゃん!これならよろこんでたべるわよね」 紀子が取り出したのは、コンビーフの缶詰であった。 「ノンコちゃん。なんでそんなものまでもっているの?」 ミカちゃんは、不思議そうに問う。 「わたしのポッケ(ポケット)はまほうのポケットなのよ」 紀子は得意げにそう答えた。だが、実は昔お父さんに連れられてパチンコに行った とき、景品で貰ったものをこの子が欲しがったので与えただけであった。欲しがった といっても、ただ単にポケットが寂しかったので何か物を入れたかったに違いない。 ポケットを叩けば ビスケットが一つ もひとつ叩けば ビスケットは二つ すっかり自分のテーマソングにしてしまった歌である。何か機嫌がいいことがある とかならず紀子は歌い出す。 「あら、何かいいことあったのかしら?」 お母さんは紀子のその歌を聞くとそう呟く。 ほんとは、いつもポケットを膨らましてみっともないと怒りたいのだが、この子の ポケットを誇りに思う姿を見ると、そういう気も失せてしまうのだ。幸せに生きて欲 しい、それがお母さんの願いなのだから。 紀子が7歳になって小学校に上がると同時に、お母さんは近所のスーパーにパート で出るようになった。子供に手が掛からなくなったのと、家庭の経済的理由だ。 そういうわけで、紀子には一つの合い鍵が渡された。 「いい?紀子。これを無くしたら家には入れなくなるわよ」 今までにはない大切なものがポケットに入ることで、紀子はなんだかうれしくなっ た。胸の中が熱くなるようなそんな気持ちを感じていた。 買った当時は少し大きめだったポケットのいっぱいついたベストも、今ではちょう どよい。長年愛用したポケットは所々すり切れているが、紀子はこのベストを捨てら れなかった。 紀子はお母さんから貰った合い鍵にピンクのリボンをつけ、ベストの左胸のポケッ トにいれた。自分の心臓がそこにあることを幼いながら知り、大切なものを無くさな いようにとお守りと同じ扱いで入れたのだ。 小学校2年まで何事もなく過ぎていった。幼なじみのミカちゃんと同じクラスには なれなかったけど、友達はいっぱいできたのだ。ショウコちゃんにミユキちゃん、そ れにアンコちゃんと。 紀子は幸せな毎日を送っていた。この子の人柄が周りまで影響するようだ。 だが、もう秋も半ばのある日。一つの事件が起きた。 それは、紀子個人の問題であり、結果としては大事にはいたらなかった。だが、深 いショックを受けてしまったのだ。 仲の良い友達と下校途中で何か嫌な予感がした紀子は、とっさに手を胸にもってい く。左胸のポケットを探り、お守りが無事だったことで一瞬ほっとした紀子だが、あ んなに大事にしていた鍵がないことに気づく。 下校通路を逆戻りし、道路を探しながら行くと陸橋の階段の所にピンクのリボンが 落ちているのに気づく。さすがにこのときばかりは、急ぐのが嫌いな紀子も駆け出し ていった。 幸い、鍵は紀子の家のもので一安心したものの、それをポケットに戻そうとした紀 子は底が半分ぐらい糸がほつれて穴が空いているのを確認した。 長年大切にしてきたポケットに穴が空いている。 紀子はなぜか悲しくなってきた。鍵は見つかったのに、とてつもなく悲しかった。 特別なわけなんかあるわけでもなく、ただ涙が流れるままに任せながら家路を歩い た。 途中で、待っててくれたのであろうアンコちゃんが、笑顔で紀子を迎えた。 「カギ見つかった?」 「うん」 「じゃあ、なんで泣いてるの?」 アンコちゃんは紀子の涙に疑問を抱く。 「わかんない。でもとてもかなしいの…むねがくるしいの」 紀子は自分の気持ちをうまく伝えられなかった。 「泣かないでノンコちゃん。わたしがいいことおしえてあげる」 アンコちゃんは紀子に特上の微笑みを向ける。それは、友達として何かしてあげた いという彼女のけなげな気持ちであった。 「アンコちゃん…?」 「ノンコちゃんはまほうのポケットをもっているでしょ。わたしはね、まほうのおま じないを知っているのよ。しあわせになるおまじない」 紀子の涙が少しおさまり、アンコちゃんを不思議そうに見つめる。 「ノンコちゃん。笑ってごらん、かなしいことなんか忘れて笑ってごらん。まほうが かかったみたいにイヤのことも忘れてしまうよ。ほんとだよ」 アンコちゃんにつられて、紀子の頬もゆるみだす。 「ノンコちゃんのまほうのポケットもママにたのめば直してもらえるよ」 「そうなんだよね。アンコちゃん」 紀子の泣き顔が笑顔に変わる。もともと単純な子なのだ。 * * 「あのときはね、今まで信じていたものに裏切られたって気がして悲しくなってきた のよ。他の人にはなんでもない…たかがポケットだけど、わたしにとってはかけがえ もない物だったの。だから、ポケットの穴は自分の胸の穴になって、寂しくなったの。 わたしってとことん凝り性だから、そんなたいしたことがない事実に影響されちゃっ たのよ」 ノンコこと坂上紀子は現在、中学3年。幼き面影を残しながら大人への成長過程。 親友たちを囲みながら幼少の思い出を語っている。 「へぇーそんなことがあったんだ」 中学に入ってから知り合ったミリィこと楢崎美鈴は関心してそう呟く。 「そのときに笑顔の魔法のおまじないをアンコに教わったのよ。でも、アンコったら すっかり忘れていたみたいだけど」 紀子は少し不満げにアンコこと朝倉杏子の顔を見る。 「わたしも年だからねぇ。記憶がだんだんと……」 「あたしらまだチューガクセイやろが!」 アンコのボケが終わる前にミリィのツッコミが入る。 「あんたら、せっかくのノンコの良い話に茶々をいれるんじゃないってば」 ユミこと三浦有魅は二人のやりとりの釘を刺す。 「わたしってさぁ、やっぱり欲張りなのよね。だから、なんでも入れられるポケット が大好きで、その数をたくさん欲しがったのよ。実質的な興味の方向はポケットから 外れたけど、でもいまは本当の魔法のポケットを手に入れたからいいの」 めずらしく、ノンコが熱い口調になってきた。 「わたし、わかるわ。ノンコの今のポケットは心の中でしょ?どんな夢でも無限に入 れられるって……きゃーロマンチスト!ひゅーひゅー!」 さすがに紀子との長い間の親友、アンコは心の中を覗いたかのようにぴたりと当て る。だが、最後の茶々は照れ隠しであろう。 「わたしは欲張りだからね。限界がある普通のポケットじゃ満足できないのよ。世の 中の鈴なりの夢をつかみ取りして、魔法のポケットにたくさん詰め込むの。穴の空く 心配なんかないからね」 紀子は胸をぽんっと叩く。 ポケットを叩けばビスケットが一つ も一つ叩けばビスケットは二つ いくらでも入るよ。わたしのポケット。 坂上紀子 (了)
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「短編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE