短編 #0152の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
急に降り出してきた雨に追い立てられて、私は一件の店に足を踏み入れた。 早朝ではないけれど、店が開くにはまだ少し早い時間だったし、他に開いてい そうな店も見当たらなかった。店内に入って驚いたのは、壁一面に掛けられてい る時計だった。 それはところ狭しと飾られていた。 こじんまりとしたその店には、私の他に客の姿はなく、カウンターの中から声が した。 「いらっしゃいませ」 その店の主人は、丸い眼鏡が似合う穏やかな感じの白髪の紳士だった。私は濡 れた服の雫を軽くはらってから少し濃いめのコーヒーを注文した。 店には音楽など流れておらず、あの時計達が時を刻む音が静けさを一層ひきた てていた。 それは外の雨音さえ忘れさせるほどに・・・。 落ち着いて見ると不思議な事に、時計はみな違う時間を表している。おなじも のはふたつと無い。 私は余程きょろきょろと辺りを見回していたのだろう、主人がコーヒーを置きが けに囁いた。 「此処は時が向かい合っているんですよ。 ひとつひとつが皆それぞれの時間を持っている。 もしかしたら、貴方の戻りたい時もあるかもしれませんね」 私の戻りたい時! もし、あの時から再びやり直す事が出来たらと思わずにはいられない時。 そんな時が誰にでもきっとある。誰にでも 「「 。 私の戻りたい時とは? そう、どの時代の自分に帰りたいだろう。 あの時にも!あの時にも!いいや、あの時にも! 自分が選んで来た分岐点には、戻りそれが正しかったか確かめてみたい気はする けれど 「「 。 でも、どの時も悔やんではいない様な気がする。 どれくらい時間が経ったのだろう。 ふと、気が付くと窓の外の雨はすっかり上がっている。 主人は、壁にかかっている一つの時計をいじっていた。 「どうかしたんですか?」 「ああ、少しねじか緩んでいたようなのでね」 外に出ると空が青く、緑の葉が雨の雫に濡れて美しかった。 ※※※※※※※※※※※ 昼前には、雨が降っていたなんていうのが嘘みたいだな。 いい天気じゃない。あ〜あ、大学なんて行きたくない。 僕はとりあえず午後の授業だけでもと思って家を出たが、途中でそんな気分も忘 れた。そんな時に一件の店が目についた。 「あれ、こんな所にこんな店あったっけか?」 まあいいか。とか、思いながら店に入った。 変な店だな、時計屋かと思っちまうよ。 「何にいたしましょう」 店の主人が声を掛けて来たので、とりあえずアメリカンと答えておいた。 それにしても、変な店だよな。古めかしい時計ばっかりで、なんだか、深海魚 になった気分だな。水の中じゃなくて、時の中か・・・。 「おまたせいたしました」 主人が注文の品を運んで行っても、その客は答えなかった。 「ああ、時に捕まりましたか。 午後はまどろむにはちょうどいい時間ですから。 どうぞごゆっくり」 主人は答えぬ客の前にカップを置きながら、そう呟いた。 店の中では、一台の時計が止まっていた。 ※※※※※※※※※※※ 夜の訪れを告げる様に辺りは夕闇のオレンジから深い藍色へとその色彩を変え ようとしている。 さして人通りの多くないこの通りにひとつの靴音が響く。 長い髪の女性が歩いている。一歩踏み出す度にその長い髪が左右に揺れる。濃い 蒼の中で白い服が同じ様に揺れている。 その女性は一件の店の前で足を止め、扉を押して入ってゆく。 店内はセピア調の照明で、時を刻む音が夜の静けさを守っていた。女性は常連 客であるらしく「いつものを」と言った。 店の主人は、静かに紅茶を入れ始めた。 その女性はまるでそこに居るのがあたりまえの様に時を過ごし始めた。はじめ は、いつもの習慣でもあるらしく、ゆっくりと店内の時計達のひとつひとつに目 をやり。 それがすむと、読みかけの小説を開きはじめた。 ほんの少し読み進んだところで、その女性は本から顔を離した。いつもならも うとうに、彼女の前には紅茶が置かれている筈なのだが・・・。 彼女はカウンターの方に顔を向けた。 カウンターの中では、店の主人がティカップに手を添えて微笑んでいた。 彼女は静かに立ち上がり、カウンターの横にある、この店で一番大きな柱時計 に歩み寄りつぶやいた。 「もう、そんな時期だったかしら」 そして、ねじまわしを手にして静かにねじを廻し始めた。 時計はまた時を刻み始める。 「ああ、失礼しました。 少し、ばんやりとしてしまったようですね」 店の主人はそう言って紅茶をカップに注いだ。 それは、夜の町に揺らめく街頭の明かりのように揺れていた。 91・ 8・17 時 枝 玲
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