長編 #5352の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ、そうね」 判断材料として、相手がどんな子なのか、さわりだけでも教えてもらえれば、 割と決めやすいのだが、この辺りの浩樹のガードは堅い。ただ、浩樹にしても 相手の子にしても、お互いに物凄く好き、絶対にこの人じゃないとだめだとい うほどではなく、楽しむために付き合ってみているらしい。 とりあえず、定番中の定番、ファンシーグッズショップに向かうことにする。 案内板に目を走らせると、六階に入っていると知れた。 クリスマス商戦に突入し、しかも今日は休日。建物の中は混雑の兆候を見せ 始めている。エレベーターはたまたま満員で乗れず、次のを待つのも手持ちぶ さたなので、エスカレーターで六階に行く。 「香苗は、どんな物をもらえたら嬉しいんだ?」 上の段に立つ浩樹が、場つなぎのように聞いてきた。 香苗は、壁に貼られたカラーのチラシを読みながら、答える。 「何をもらうかよりも、誰からもらうか、だと思わない?」 「なるほど。真理だ」 「それに、心がこもっているかどうか」 「んなもの、見た目じゃ分かんね」 呆れた風な口振りになる浩樹。五階に着いて、向きを換え、新たなエスカレ ーターに足を掛ける。 「心は心でも、下心のある男ってのは、大勢いるだろうぜ」 「経験豊富みたいなこと言うけれど、もてるの、浩樹は?」 「……それなりにな」 「さすが。空手部のホープ、なのよね」 「俺のことはいいよ。香苗はどうなのさ。今度のクリスマスも、一人なんじゃ ないの?」 横目で見やってきて、にやりと笑う浩樹。香苗は淡々と答えた。 「今年は一人じゃないわよ」 「へえ? ついに」 「勘違いしないように。妹達と、会うの」 噛みしめるような香苗の言葉に、浩樹は黙り込み、頭をかいた。それから唇 を嘗め、再開する。 「そうか。よかったじゃん。俺――」 台詞が途切れた。エスカレーターが六階に着いたのだ。横を向いていた浩樹 は足をすくわれ、バランスを崩しかける。が、大きく一歩を踏み出し、転ぶこ とからは逃れた。それでも、周りでくすくす笑いが起きた。 「大丈夫? ごめんなさい、話に夢中になって……」 香苗が近付くと、浩樹は肩をすくめた。 「どうってことない。それより、どっち?」 「えっと、こっち」 ファンシーグッズショップに向かうに従い、女性の比率が高くなる。客筋は 若い女の子がほとんどを占めていた。 「ちょっと、子供っぽいんじゃないかなあ」 その客の流れの直中、棚にずらりと並ぶ品を前に立ち尽くし、不満げに漏ら す浩樹。やけにピンク色の目立つ一角だった。 「中学生までじゃないか、こういうのって」 「そんなことないと思う。付き合い始めて長いならともかく、間がないなら、 軽めにね」 「そういうもんかね。じゃ」 ぬいぐるみに手を伸ばしかけた浩樹。香苗はすぐ、「だめよ」と注意した。 「何で。分からんこと言うなあ」 手を引っ込めながらも、またも不満たらたらの浩樹。 「いくら軽めでも、ぬいぐるみはだめ。あまりにも当たり前すぎて、適当に選 んだじゃないかしらって、相手に思われるかもしれない」 「ふーん。難しいねえ」 呆れたような疲れたような息をこぼし、浩樹は頭をかいた。男の客というだ けでも目立つ上に、背も高いから、人目を引いている。 「結局、どんなのがいいんだよ。さっさと決めて、早く帰りたいんだけど、俺」 「アクセサリーがいいわ。いつも身に着けてもらえるような」 「ふん、なるほどね」 浩樹は、分からなくはないとばかりに何度か首を縦に振ると、その手の商品 の陳列棚を探し始めた。もちろん香苗も続く。じきに見つかった。 アクセサリーの種類は、髪飾りやチョーカー、ネックレス、イヤリング…… と様々あって、形も色も豊富に用意されている。目移りしてしまうほどだ。で も、それは香苗だけで、男の浩樹は、その多さにうんざりしたか、表情を険し くして、肩が下がっている。 「どれがいいと思う?」 救いを求める視線を向けてきた。しかし香苗は、左右の人差し指でペケ印を 作って返事。 「だめよ。それくらいは、自分で決めよう!」 「こんなにある中から選べってか? 無茶だ、無理だ。何のために、香苗に来 てもらったと思ってるんだよう」 不平の音がたらたらと聞こえてきそう。香苗はそれでも拒否した。 「自分で選んであげなさいって。その方が、絶対にいいから。相手が喜んでく れたとき、自分も嬉しくなる」 「その理屈は分かるけど。大前提として、喜んでもらえなきゃ、意味ねえよ」 「んー、しょうがない」 香苗は嘆息混じりに、妥協案を示すことにした。 「アクセサリーの種類だけは、私が決めるから、浩樹はその中から一つ、気に 入ったのを選ぶ。どうかしら」 「……了解」 浩樹の不承不承ながらの肯定を確認すると、香苗は嬉々として棚に接近。ア クセサリーを適当に手に取り、ざっと品定めをする。 「そうね……やっぱり、付き合いの長さを考えると、いきなりのイヤリングや ネックレスは避けて、髪留め辺りがいいかな」 「髪留め。よっし」 浩樹は気合いを入れて、早送りのように選び始めた。他の女性客から興味津 津の目で見られるのが、耐えがたくなったらしい。 それを見守りつつ、香苗はネックレス類に手を伸ばす。どれも手頃な値の物 ばかりだから、予算的には問題ないだろう。 (……あ) 宙に浮かしたまま、迷っていた手が、一点で止まる。指先が、それに触れた。 銀色の十字架だった。 (あれ以来、神父さんと会ってない) 丸味を帯びたフォルムを撫でながら、ため息をつく香苗。 (あんなことで、我を通さなければよかった。多分、神父さんの方は気にされ ていないんだろうけれど、でも、足が遠のいてしまって) 思い出すと、反省の気持ちがシャボン玉みたいに膨らんでいって、それが壊 れない内に決心した。 明日、学校帰りに寄ってみよう、と。 夢うつつの状態で、サイレンを聞いたような気がする。 ウウーウー……ウウーウー……。ドップラー現象だ。近所を車が、多分、消 防車が走っている。どの辺に向かっているのかは、見当づけられない。 続いて、ファンファンファンファンと、やはりドップラー現象のおかげで、 ゴムのように伸縮する音が聞こえてきた。パトカーらしい。 赤色灯の照らすイメージが、頭の内で閃く。 火事と赤。 香苗の中で、嫌な思いが重なる。 目覚めかけていたのに、意識が硬直して動かなくなった。眠気や寒さと相ま って、瞼は再び完全に閉じられた。 頭が隠れるほどに布団を引き上げ、少し背を丸めがちにすると、もう音は聞 こえなくなっていた。 〜〜〜 次に目を開いたのは、いつもより早い朝の時間だった。そして、ここ数日よ りは暖かいような感じがした。だから、目覚めは気持ちよく、布団から抜け出 すのも、最初の勇気さえ持てれば、あとは簡単。 香苗は、早起きした分だけ、ゆったりと着替えをして、最後に制服の上から カーディガンを羽織った。それでも時間が余る。 階下に行き、洗面所に向かうより先に、台所に顔を出す。湯気に包まれる伯 母の姿が目に入った。 「おはようございます」 「――おはよう。早いわね」 「え、ええ。目が覚めてしまっちゃって」 「お父さん達はまだみたいだから、思う存分、使って」 伯母は、洗面所の方を、目で示した。香苗は黙礼して、洗面所へ入った。 支度を済ませると、食堂へ行き、テーブルから新聞を取り上げた。広げて家 庭欄から読もうとしたところへ、伯母が声を掛ける。 「テレビをつけてくれる?」 「あ、はい」 珍しいと思いながら、テレビのリモコンを手に取る。伯母は基本的に無駄を 嫌う人で、台所仕事をしながらテレビを見る(聞く)ようなことはない。 「NHKにして」 ニュースをやっていた。地方ニュースだ。しばらくして、 「火事のこと、言うかもしれないから」 と、どことなく言い訳じみた口振りで、伯母。 「火事?」 敏感に反応した香苗に、伯母が言葉を重ねる。 「夜中に、この近くで火事があったんですって。かなり大きくて、人が亡くな っているという風にも聞いたわ」 こんな朝早くに、一体どうやって知ったの? 夜中に起き出して、見に行っ たのだろうか。それともお節介な友達がいて、早朝から電話を掛けてきたのか しら。 そんな疑問が表情に出ていたのか、お盆を持って振り返った伯母は、香苗の 顔を見るなり、「私もお父さんも、夜中に目が覚めて、外に出てみたのよ」と 言った。 「何しろ、あの大きな建物でしょう。ここからでも、夜空がオレンジ色になっ ているのが見えて、薄気味悪かったわ。あ、香苗ちゃんは起こさない方がいい だろうと思って、そのままにして置いたけれど、それでよかったでしょう?」 サラダのボウルと、取り分け皿を四枚、テーブルに置く伯母。 香苗は黙ってうなずいてから、肝心な点を問うた。 「あの、火事になったのは、どこですか?」 焼け跡を見るのは忍びないし、何よりも自分自身の記憶が甦って、気分を悪 くする可能性が高い。もしも通学路から見えるようであれば、遠回りしたいと 思った。 「あら。場所を言ってなかった? 私としたことが」 空になったお盆を左の小脇に抱え、右手のひらを口に当てる伯母。 香苗はいつもの自分の席に着き、フォークを皆のために揃えながら、台詞の 続きを待った。 「それがね、教会なのよ。ほら、四丁目の。亡くなったらしい人も、神父様じ ゃないかっていう話で……お気の毒に」 「教会……神父……」 香苗の手から、フォークが離れて、床で音を立てた。 「どうしたの、香苗ちゃん?」 台所に戻り掛けた伯母が、慌てた様子で引き返してくる。フォークに気付い て、拾い上げると、それを洗うのと、香苗から話を聞くのと、どちらを先に済 ませようか、おろおろする素振りが見られる。 「香苗ちゃん、大丈夫? ショックが強すぎたかしら」 フォークをそのままテーブルに起き、伯母が心配げに香苗の顔を覗き込んだ。 香苗はうつむき、両手を椅子の背もたれについていた。いつの間に、こんな 姿勢になっていたのか、自分でも分からない。 (荻崎さんが、死んだ……かもしれない? そんな、嘘よ!) ――続く
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