長編 #5350の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
すっかり忘れていたが、例のプレゼントを持って来ているのだ。危うく、そ のまま持ち帰るところだった。思い出したときに渡しておかないと、本当に持 ち帰ってしまいかねない。 「これ、やる」 言いながら、身体を捻り、革ジャンのポケットをまさぐって、小箱を取り出 す。無骨な手に不釣り合いな、派手な装飾の包装紙に、赤いリボン。 「おお、サンクス。これって、クリスマスプレゼント?」 両手で受け取り、嬉しそうに微笑む芝山。 「当たり前だ」 「いや、念のために確認しておかないと。クリスマスにも何かもらえるのでは ないかと、期待してしまう」 「ごうつくばりめ」 「中身、今ここで見るよ」 浩樹の返事の前に、さっさと開封を始めた。がさつな感じは相変わらずだが、 その目に期待の色が浮かんでいる。 「感心したぞ。女らしい顔もできるんだなと」 「うるさい」 包装紙を丸めて、浩樹にぽいと投げつける。見事、眉間に命中。床に転がっ た紙を浩樹が拾い上げる間に、芝山は小箱の蓋を取った。 「おー……」 初っ端に感嘆の声があがったようだが、あとが続かない。尻すぼみになる。 不安を覚えて、浩樹が彼女の顔を覗き込むと、明らかに期待感がしぼんでいる のが見て取れた。 内心、「香苗〜っ。どういうことだよ」と当たり散らしつつ、浩樹はポーカ ーフェイスを装い、聞いた。 「何か、あんまり気に入ってないようだけど。あー、言っておくが、俺のセン スじゃない。香苗に選んでもらった」 無意識の内に言い訳していた。それも、半分は嘘の言い訳である。香苗は髪 留めがいいと言っただけであって、この品自体を選んだのは、浩樹なのだから。 潔くないなと反省して、口をつぐむ浩樹に、やがて芝山がつぶやいた。 「ごめん、嬉しいよ。でも、私ってすぐに顔に出ちゃうタイプだから……いや、 腹芸は得意なんだけど。はは、何言ってんだろうね、私」 焦りの色を垣間見せつつ、笑い声を立てる芝山。浩樹には、その意味が甚だ 理解し難かった。撫然として言う。 「結局、それって気に入らないってことじゃないか」 「それは断じて違う。実を言うと、全く同じ物を持っているのよ。デザインど ころか色も一緒のやつ」 真っ直ぐに見つめられ、きっぱりした口調で訳を明かされた。浩樹は数秒間、 表情を固まらせ、次に吹き出した。 「ほんとか? 信じられない偶然だな」 「私も信じられないわ。まっさか、浩樹からこんなかわいらしい物をもらおう とは、予想だにできん」 「悪かったな。でも……そういうことなら、行って取り替えてもらうか。多分、 大丈夫だろ。暇なら、今からでもいい」 「ううん。これがいい」 両手で包んで、髪留めを隠してしまった芝山。浩樹が首を傾げると、続けて 言う。 「凄く気に入ってるんだ。一つよりも二つあった方が、倍長持ちする。ありが とうね」 芝山の表情が、最初の喜びに戻った。浩樹は頭の中で香苗に謝りながら、平 然とした態度で答える。 「……ま、おまえがそう言うのなら、俺はいいけど。そんなに気に入ってるや つを、俺の前で着けたことあったっけか」 「さあ? ファッションに鈍いから、覚えてないんじゃないの?」 「いい加減な奴」 「お互い様でしょ。ねえ、同じ髪留めを交互に使うのと、古い方から使い潰し ていくの、どちらがいいかな」 「知らねえ。靴とかなら、二足あれば交互に履いた方が長持ちしそうだが、ア クセサリーなんて、壊れるときはあっという間に壊れるだろうさ」 「うーん。何にしても、並べて置いておくと、分からなくなっちゃうのは、困 りものだわ。どちらが自分の買った物で、どちらが愛しの人からもらった物か、 区別できなくなったら悲しい。他のがあればいいのに」 「それは何か? 別の物を一個くれという、おねだりかよ」 「くれるのなら、もらうけど」 「あのな。ほんと、調子いいよな……」 台詞が途中で止まる。たった今、瞬間的に何かが閃いた。 (同じ物。区別できなくなる。ってことは) 頭の中で、二つのことを関連づけていく。道筋が見えたような気がした。 「ん? おーい、浩樹? どうしたあ。金欠なら、買ってくれなくていいよ。 来年、倍もらうから」 目の前で左手をひらひらさせ、芝山が冗談口調で言っている。 浩樹は唇の端で笑い、彼女に謎めかして言った。 「俺からも礼を言わなきゃな。ごうつくばりと偶然が、役に立つかもしれない」 * * 警察署の応接室は、日当たりがよくて、やけに明るかった。 「刑事さん、あの件はもう終わったんじゃなかったっすか」 元来、こういう席に着かされるのも、最早迷惑でしかないと言いたげに、七 井は胸を反らした姿勢で、空間を見渡した。 「まだ終わっておらんよ。俺達刑事にとっても、被害者にとっても」 平成刑事が、低く平板だが、凄みのこめられた声で告げる。七井は、はあ、 とわざとらしいため息をつき、頭を振った。 「それが仕事だから、文句は言わないですがね。こうして、仕事を途中で抜け 出してまで、付き合わされる方の身にもなってくださいよ」 「そう言わずに、協力してくれ。もうすぐ、クリスマスだ。これくらいのこと をしたって、罰は当たらんさ」 「ふん、ま、別にいいけれど。でも、全然納得行かないのは」 と、七井のどんぐり眼が、じろりと動く。刑事の隣に座る女子高生、香苗に 視線が注がれた。 この日、初めて容疑者を目の当たりにした香苗だが、特に不良めいた外見で もなく、喋り方がちゃらちゃらしている程度で、極普通のおにいさんという出 で立ちに、少々肩すかしを食らった気分だった。無論、服装は作業着だから、 普段どうなのかは分からない。 (本当に、この人が……?) 分からない。とにかく今は、打ち合せ通り、何も言わないでいる。 「関係ない人が、どうして同席してるのか、説明してくださいよ」 「荻崎神父と親しくしていた子で、証人の一人なんだ。一応、同席してもらっ たが、彼女に証言する機会が回ってくるかどうかは、七井君の返答次第だな」 「はあ。何かよく分からなくて、薄気味悪いな。ま、どうせ俺には無関係さ」 「さて、時間がもったいないというのなら、さっさと済ませようか」 低いテーブルを覆うように、上体を前に突き出す平成刑事。七井は気圧され て背もたれに身体を預け、「いや、合法的にさぼれるから、時間かかってもい いっすけどね」と、口をもごもごさせた。 「七井君は、クリスマスのミサに出るつもりだったのかい?」 「は?」 「子供の頃は、よく行ったんだろ。今は行かなくなったか?」 「まあね。所詮、子供だましみたいなもんだから、飽きたって言うか」 「しかし、君はクリーニング屋として、教会に出入りしていたんだから、荻崎 神父としょっちゅう顔を合わせていた訳だ。当然、神父からミサに誘われたと 思うんだが、どうかね」 問われて七井は、ひとまず考える風に腕組みをした。すぐに答える。 「そういや、そんなことを何回か言われた気がしないでもないな」 「現時点でその程度の認識ということは、結局ミサに行く気は起きなかったと 見なしていいよな」 「ああ。だいたい、クリスマスには、別の用事がある」 「女との付き合いに忙しいんだな」 「刑事さんにとやかく言われる筋合いじゃない。健全な付き合いをしているん だからさ、ははははは」 「誰も文句言わねえよ。健全に稼いだ金で楽しむ分にはな。それでだ、神父さ んから、何かもらわなかったか?」 「何かって、何」 「もらってるはずだ。思い出せんか?」 あくまで相手に言わせようとする刑事。 「……キーホルダーっすか、ひょっとして」 暗闇の中を手探りで進むみたいに、ゆっくりと言った七井。根負けした、と いう見方もできなくはない。 香苗は心の中で、やっぱり、と思った。もちろん、七井がもらっているとい う確証はなかった。けれど、荻崎が前もって渡すこともあると語っていたこと から、誰か一人にあらかじめ渡したはずとの推測はできていた。 平成刑事は、すぐには反応を示さなかった。手帳をぱらぱらとめくったり、 鉛筆の尻で頭を掻いたりと、間を取る。 「天使の形をしたキーホルダーを、もらいましたけど、刑事さんが言ってるの、 そのことっすか……?」 「いつもらった?」 手帳を閉じ、新たに問い掛ける。七井はその意図を計りかねたかのように、 顔全体をしかめた。それでも返答のため、思い出そうとする顔つきに変化した。 「確か、十一月末、かな。クリーニングを届けたときだったから」 「三十日だな」 「ああ、そうだよ。間違いない。ねえ、こんなこと、事件と関係あんの?」 「今、そのキーホルダー、持ってるか。持ってたら、出して、見せてくれ」 七井は訝しさを残した表情で、不承不承、作業着の胸ポケットからくだんの キーホルダーを取り出した。 刑事は手袋をした手を伸ばし、キーホルダーをつまみ上げると、ビニール袋 に投じた。 「しばらく、預からせてくれよ。あとでちゃんと手続きするからな」 刑事は書類をひらひらさせてから、部下らしき男を呼び、ビニール袋ごとキ ーホルダーを持って行かせる。 「返してくれるんでしょうね。早い方がいいんだけど。あれ、俺の幸運のお守 りだから」 「ほう。ラッキーアイテムってやつか」 「ええ。でも、この頃、御利益は落ちてきてるな。すってばかり……。それよ か、あんな物を取り上げて、どうしようっていうのさ。警察も暇だねえ」 「勘違いするな。事件に関係あるからこそ、こうしてやってるんだよ」 口調に鋭さを折り込み、刑事は両手を腹の上で組み合わせた。 「最初にいくつか確認しとく。さっきのキーホルダーは、十一月三十日に、荻 崎神父からわたされた物に、間違いないな」 「しつっこいな。間違いないよ」 「遺体に、キーホルダーがばらまかれていたことは、前に話したよな」 「……やっぱ、そうつなげてくる? でも、俺のは関係ない。さっき見せたよ うに、ずっと持ってたんだから」 「現場にあったのは、二百二十九個。一個なくなっていた」 「だから、それが俺のもらった分だって。何度も説明したっしょ。物覚えが悪 いのかなあ」 「余計な心配はしなくていい。七井君、君は段ボール箱にあった残りのキーホ ルダーには、一切触ってないな」 「そりゃまあ。だって、神父さんからもらったのだって、外でだったし」 「よし。これからある推測を話す。異論があっても、最後まで口を挟むな。こ れは命令だ。いいな」 「……分かったよ。何でも言ってよ。大人しく聞いてる。けど、変なことだっ たら、あとでたっぷり文句言ってやるから」 七井の返事に、刑事は満足げに首肯し、短い間、香苗と目を見合わせた。香 苗は応えて、かすかに頬を動かす。 刑事は手帳に挟んであったメモ用紙に一瞥をくれ、それからまた手帳を閉じ ると、おもむろに話し始めた。 「何度も言っていることだが、荻崎神父の遺体には、キーホルダーがばらまか れていた。正確には、遺体発見現場にばらまかれていた、と言うべきかもしれ ん。まず問題にしたいのは、キーホルダーをばらまいたのは誰か?だ。考えら れるのは四通り。犯人か、被害者の荻崎神父か、それ以外の人物か。はたまた、 偶然の結果、散らばったのか」 刑事はここで息をついた。テーブルに置いた手帳の表紙をとんとんと、指先 で叩いてから、再開する。 「この内、偶然散らばることはあり得ない。それが分かったのは、彼女の証言 のおかげなんだ」 香苗を示す刑事。七井は不機嫌そうに唇を尖らせ、無言で数度うなずく。刑 事は次いで、キーホルダーが偶然散らばる可能性がないことを説明してみせた。 香苗がその要所要所で証言をしてみせたのは、言うまでもない。 「まだまだ序盤だが、七井君に聞こう。ここまではいいかね」 「う……ん。ああ、疑問はない」 「結構。それでは……次に、第三者がばらまいた可能性だが、今度の事件の場 合、死亡推定時刻と、教会が火事だという通報があった時刻との間が、三十分 ほどしかない。たったの三十分間だ。犯人が殺人をやり、現場から逃亡、その 後、第三者が遺体を発見、キーホルダーをばらまき、放火。あまりにも慌ただ しい、きついスケジュールだ。この想定もあり得ないと考える。だいたい、第 三者が教会の敷地内に入り込み、勝手口から中を覗き込むという状況そのもの が、まず不自然なんだよ。君のような出入りの業者は、他にいなかったしな」 「……」 ――続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE