長編 #5342の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ……」 見透かされた気分になり、言葉をなくした香苗。どうしてそう思ったのです か?と問い返すことも、肯定も否定もせず、静かに首を縦に小さく振った。 荻崎神父は口調を改め、一層気さくに言った。 「ところで、差し支えなければ、あなたの名前を教えてくださいますか。いつ までも『あなた』と呼んでいては、調子がおかしくなりそうで」 「私、言ってませんでしたか?」 口を大きく開け、聞き返しながら、やり取りを思い起こす香苗。確かに、名 乗っていないらしい。驚いてしまった。赤面するのを自覚しながら、焦って名 前を口にする。 「釣島香苗と言います。応和学園高等部の一年……」 「香苗さん、ですか。願いを叶えるに通ずる、よい名前です。香苗さんの妹さ ん達は双子で、二人ともクリスマスに生まれたのですか」 「い、いえ。葵がクリスマスイブで、下の柚花がクリスマス当日なんです。凄 い、とても素敵な偶然だと思いませんか?」 荻崎は微笑とともにうなずいた。香苗は意を強くして、常日頃からいだいて いる感想を述べた。 「今の時季、二人がはしゃいでいるのを見てたら、私もクリスマスに生まれた かったって、うらやましくなったくらい」 「そんなことはないでしょう。香苗さん達は、三人で姉妹なんですから。それ で充分です、きっと」 「……ですよね」 不思議と、荻崎神父の言葉は、素直に聞き入れられる。 どうしちゃったんだろう、自分?と思いつつ、香苗は我に返った。 「こんな長い間、立ち話をして、お邪魔をしました」 「いえいえ」 「あの、クリスマスには、必ず寄ります」 「ぜひ、いらしてください。きっと楽しいですよ」 門柱の上に鎮座する白い球体が、明るく灯っている。久しぶりだ。 この門をくぐるのにも、表面上はすっかり慣れた。違和感は少なからず残っ ているけれど、ここにしか帰る場所はないんだと、納得できるようになった。 重々しいドアを引くと、暖色系の照明が出迎えてくれる。同時に、クラシッ ク音楽がかすかに聞こえた。前の家では、テレビの音だった。 「ただいま」 一拍置いて、キッチンの方から応答がある。 「お帰りなさい、香苗ちゃん」 手を拭きながら、義母――実質的に伯母――が廊下へ姿を見せた。 「いつもより、遅かったんじゃない?」 「す」 すみませんと言いかけて、はっとし、「ごめんなさい」と言い直す。あまり にも他人行儀だから、せめて「すみません」はやめるようにと注意を受けてい るのだ。 とは言え、香苗にとって、伯母はやはり伯母で、義理であろうと何だろうと、 母親そのものではなかった。母親の代わりであって、母親ではない。現在の環 境に置かれて七年ほどが経った今でも、そんな意識が、胸の内に残ってしまっ ている。 「少し、人と話し込んでしまって……」 「咎めているんじゃないのよ。滅多にないことだから、心配で。もしもっと遅 くなるようなことがあったら、ぜひ電話で連絡してちょうだい。私はずっと家 にいますからね」 「分かりました。次から気を付ける」 香苗は軽い一礼をして、明るい声を出そうと努める。 「お……お義母さん、手伝おうか」 「ううん、いいわ。疲れているでしょう? その、帰って来たばかりで。ゆっ くり着替えてらっしゃい」 実のところ、香苗は火が苦手だ。だから、台所での手伝いも、非常に制限さ れる。今の言葉は、伯母の配慮かもしれない。 「それじゃあ」 語尾を濁して、きびすを返すと、自室に向かった。「じきに御夕飯ですから ね」と、背中から声が掛かった。 着替えを済ませ、少しでも宿題をやっておこうと、机に向かう。一問解いた ところで、ドアがノックされた。伯母ではなかった。 「香苗」 浩樹だ。 この家の、“本当の”子供。 香苗は一瞬浮かんだそんなフレーズを、首を振って打ち消した。荻崎神父と 妹達の話をしたのが原因なのだろうか、今日はいつもに比べて、センチメンタ ルになっている。 「入っていいかい」 「いいわよ」 同い年ということもあって、浩樹とはかなり打ち解けて話している……つも り。お互い、呼び捨てだし、姉弟(誕生日は香苗の方が早いのだ)のように接 していると思う。 「遅かったな」 「ちょっとね。伯母さんに心配かけてしまったみたい」 「うらやましいね。俺のことは、全然心配してくれねえでやんの」 「ふふふ。男だから、仕方ないんじゃないかしら」 「こういうときだけ、女を男より弱いものとしてよしとするのは、ずるいぞ」 浩樹の指摘に対し、香苗は含み笑いを残したまま、「何か用があったんじゃ ないの?」と聞き返した。 「ああ。今度の日曜……いや、その次の日曜でもいいから、買い物に付き合っ てくんないかな」 「日曜? ちょっと待ってね……」 立ち上がって、制服のポケットに手を伸ばした香苗。手帳を取り出すとペー ジ繰って、予定を当たる。 「うーん、来週も再来週もまだ分かんないわ。多分、どちらかは必ず空くと思 うけれど……はっきりしたら、返事する」 「サンキュ。でも、できるだけ早く、返事ちょうだいよな」 両手を拝み合わせる浩樹。 香苗は、少なからず気になった。ほとんど壁もなく話ができる仲とは言え、 浩樹がこれほど下手に出て、しかも嬉しそうなのは、ちょっと記憶にない。 「……聞いてもいい?」 すぐに尋ねるのは気が引けた。了解を取ろう。 浩樹は目をぱちくりさせ、それでも笑顔のまま、「何を、だよ?」と言った。 「何の買い物をするのか、気になって。教えてくれる?」 「なっ……ま、いいか。どうせ言わなければいけないんだし」 赤くなったり、ぶつぶつ言ったり、忙しそうな浩樹。やがて妙な調子の声で、 こう答えた。 「実は、女へのプレゼントにふさわしい物を、選んでもらおうかな、と」 「ふうん」 「……何も聞かないのか」 浩樹は訝しげに、片方の目を強く開いた。香苗の大人しい反応を意外に感じ たに違いない。 「何を聞けばいいの」 香苗は口調も態度も、興味ない様子を装った。机に向かう。 浩樹の声が、背中にぶつかる。 「だ、だから。どういう関係なのとか、誰なのとか」 「私が口を出す筋合いでは」 「少しは気にしてくれよ。両親には言えないけれど、香苗になら言ってもいい と思って、こうして打ち明けたんだからな」 浩樹の身振り手振りが大きくなったらしい。何故って、風を感じるから。 「それじゃ」 回転椅子ごと、向き直る香苗。このときには無表情ではなく、笑みを浮かべ ていた。 「私のこと、香苗ねえさんて呼んで」 「はあ? 何でそんな話になるんだよ」 「呼んでくれたら、姉として、弟の心配をしてあげられるかもしれない」 「……ああー、もう面倒くせーな」 髪をかきむしる浩樹。 こうして見上げてみると、身体はがっちりしていて、スポーツマンタイプ。 身長もあるし、顔は野生味溢れる二枚目と言っていいだろう。学校が異なるの でよく知らないが、高校では空手部のホープだと聞く。さぞや、女子からもて るのではないか。 「そんな言葉で表さなくたって、あんたは俺達の家族だよ。何を今さら」 横を向きながら、浩樹が早口で言った。香苗はもちろん嬉しく感じつつも、 雰囲気を重くしない方向に持って行く。 「話を大きくしなくていいのに。私が今言っているのは、ほんの遊び心で」 「もういい。とにかく、買い物、付き合ってくれよな」 怒ったのか、気恥ずかしくなったのか、浩樹は勢いよく部屋を飛び出し、ド アを強く閉めていった。 「神父さん、こんにちは」 水仕事をしているその姿を、垣根越しに見つけ、香苗は声を掛けた。 「ああ、香苗さん。あなたでしたか」 耳がいささか遠いのか、荻崎神父は振り返ってから、にこりと笑顔をなした。 腰を伸ばして、自ら叩く。 「お邪魔じゃありませんか」 「ええ。ご覧の通り、草花に水をやっているところですから、話しながらでも 充分」 初めて会ってから、香苗はちょくちょく教会に足を運ぶようになった。それ も学校の帰り道ばかり。日曜日は、色々と都合があって、まだ一度も行ってい ない。その点が少し心残りというか、後ろめたくはあるが、荻崎との会話が香 苗にとって楽しいひとときであるのも、また確かだった。神父の説教ではない、 普段の会話が。 「じゃ、じゃあ、私が替わって差し上げます。荻崎さんは、休んでてください」 邪魔をするには変わりないと考え、香苗はせめてものお詫びとして、そう申 し出た。対する神父は、ほんの一瞬、逡巡の目つきをした。が、その目を細め ると、「では、お願いします」とうなずき、香苗を呼び入れる。 香苗は喜んで敷地の芝に足を踏み入れた。神父一人で世話をしているらしい が、なかなか手入れが行き届いている。 香苗は学生鞄と交換で青いじょうろを受け取り、水を蛇口から新たに注いだ。 荻崎は鞄を汚れない場所に、丁寧に置くと、一息ついた。 「助かります」 「いえ、この程度のこと」 「香苗さんは、私の知らない内にも、よくここへ来られるみたいですね」 花壇の花に水をやる香苗は、背中でその言葉を聞いた。聞いて、意味を飲み 込むと、小さな驚きが生まれた。 「何故、それを知ってるんですか?」 水やりの手を止め、じょうろをしっかり抱きしめて、身体ごと振り返る香苗。 神父は愉快そうに肩を揺らした。 「そんなに驚くことはありませんよ。こちらによく出入りなさる方達が、口を 揃えて私に言うのです。『制服姿の女の子が、外で立っているのを見た』とね」 神父がウィンクをした、かもしれない。 香苗は顔を赤くした。それが自分でも分かるから、神父に背を向け、水やり を再開する。静かに作業を続けてみたが、二分足らずで限界が来た。 「――神父さん」 向き直り、空になったじょうろを持て余しながら、香苗は伏し目がちにした。 「何か」 神父の声に、少しだけ顔を起こす。 「へ、変な子だと思ったでしょう? わざわざ教会に来て、黙って、見ている だけで帰るなんて……」 「いいえ」 ――続く
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