長編 #5340の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あっ、さゆりが来たぞ」 誰かが叫んだ。 その声に応じ、公園で遊んでいた子どもたちの動きが止まる。 空が朱色に染まり始めて来た頃だった。 大根や白菜、牛乳パックに米と華奢な身体には多すぎる買い物を、篭から溢れ 出さんばかりにして持つ少女。男の子たちの視線が一身に集まるのを知り、急ぎ 足でその場を立ち去ろうとした。 少女はそこに集まった男の子たちと関ることを望んではいない。けれど、少女 に意地悪な関心を寄せる男の子たちは、それを許さなかった。 バシッ。 音だけでも、聞く者に強烈な痛みを覚えさせる響き。 誰かの蹴ったサッカーボールが、少女へと命中したのだった。 「きゃっ」 声にならない悲鳴が少女の口から漏れる。と、同時にその手から、買い物篭が 滑り落ちた。続いて、ぐちゃという嫌な音がする。玉子が割れたのだろう。 「あーっ、誰だよ。ひでぇなあ」 少女から一番近くの男の子が小走りに歩み寄りながら言った。けれどその目は、 言葉とは裏腹に笑っている。 サッカーボールはそれほど弾まず、少女のすぐ足元に落ちていた。男の子はつ ま先を器用に使い、それを拾い上げる。それからボールを手の中で、地球儀のよ うに回転させた。 「よかったあ。汚れてないよ」 その一言に、周囲の男の子たちも一斉に笑い出す。そして口々に野次を飛ばし、 少女をからかった。 「よく見ろよ、はなみずがついてるかも知れないぜ」 「いや、さゆり菌だ。さゆり菌がついてるぞ」 「さゆり菌だ、さゆり菌」 「きったねぇ」 少女に近寄っていた男の子がボールを投げる。そのボールを別の男の子が、手 で叩き落とす。転がるボールを、また別の男の子が蹴る。 少女から一定の距離を保ちつつ、男の子たちはそんな行為を延々と続けた。最 初にサッカーボールをぶつけられた時点から、少女はもうそこかを動けなくなっ ていた。意地悪な男の子たちの中にあって、少女はたった一人。成す術もなく、 落ちた買い物篭を拾うことも出来ず、怯え、ただ泣くばかりであった。 男の子たちの意地悪はいつ果てるともなく続く。いや、それはもう「意地悪」 でなく「暴力」と言ってもいいものになっていた。代わる代わるに蹴り、投げつ けられたボールは、幾度となく少女の身体にと当たっていた。強く、弱くと。 「やめろ!」 一際大きな声が響く。 「遊び」の形をとった意地悪に熱中していた男の子たちの動きが止まる。少女 のスカートを掠めたボールが、力なく、転がっていく。 恐怖と絶望の中、ただ泣くだけしかなかった少女が、微かな希望を浮かべ、涙 に濡れた瞳を上げる。 視線は一点に集中する。 少女も、男の子たちも。 声のした方、ジャングルジムの頂上へと。 夕陽を後方に背負い、格子状の影を落とすジャングルジム。 その頂上に、腕を組んで立つ一人の少年の姿が在った。否、少年と呼ぶのは、 些か早計であるかも知れない。少なくとも当人は少年と呼ばれることを、望んで いないはずである。少年は子どもたちに人気のテレビ・ヒーロー、『スペースダ イバーJX(ジェイファイブ)』の扮装をしていたのだ。 ボール紙にクレヨンか色鉛筆で彩色し作った仮面。母親の物を拝借したのだろ う、首には極彩色のスカーフを巻いている。しかしその扮装の稚拙さ、背格好か らジャングルジム上の『スペースダイバーJX』が男の子たちや少女と同年代の 少年であると、誰もが容易に理解出来ることであった。 「誰だよ、おまえは」 男の子の一人が、ジャングルジムへ近寄り、誰何した。 「なんじ、わがなをとうか?」 大いに気取った口調で少年は応える。 「悪よ、わがなをとうか? ならばこたえよう。悪にくるしむものあらば、けな げに生きるものあらば、たとえ宇宙の果てであろうとも、われは必ずやって来る。 悪よ、わがなをとうものよ、聞け! われは悪をほろぼすもの、そのなはスペー スダイバーJX」 口上と決めのポーズ、それはテレビの中の『スペースダイバーJX』そのまま だった。 「ばあか、なにがスペースダイバーだよ。おまえ、尾崎だろ?」 「ちがう、わがなはスペースダイバーJ………」 「尾崎だ、尾崎。さゆりの味方するやつが、ほかにいるかよ」 否定する少年に対し、男の子は笑いながら石を投げつけた。それに呼応し、他 の男の子たちも石を投げ出す。 が、少年は怯まない。 さすがに少年を襲い来る飛礫は小粒のものがほとんどではあったが、中には悪 意のこもった大粒のものもある。それが少年の身体、手と言わず、足と言わず、 仮面の上から顔にまで当たる。それでも少年は怯まず、ジャングルジムから飛礫 の真っ只中へと跳んだ。 「うおおおおっ、ダイバーソード!」 雄叫びとともに、少年は背中に隠していた棒きれで近くにいた男の子の膝頭を 叩く。 「うぎゃっ」 奇妙な悲鳴を上げながら、男の子は膝を抱えて倒れこむ。棒はこの一撃で、二 つに折れてしまった。 (続く)
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