長編 #5284の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「今度の仕事って、結局、メリットとデメリットがはっきりしてると言えるよ ね。表に出ずに名前を売るチャンスではある。だけれども、アニメの声を当て るのは、久住淳の歌手としてのイメージを壊す行為かもしれない……。そこで、 涼原さん。君ならちょうどこの漫画の読者層に重なるわけだし、君自身がどう 思うか、忌憚のない意見を聞かせてもらえたりなんかすると、手っ取り早くて 非常に助かるんだなあ、これが」 「そう言われても」 返事に窮する。 (新しい分野へのチャレンジって、楽しみではあるけれど、この間、映画に初 めて出たばかりだし、しばらくモデルと歌だけにしてほしい。学校を休みたく ないし。でも、これじゃ、意見じゃなくて、個人的願望になっちゃう) そして悩む。 (私の好きな歌手が、アニメの声優をやるとなったら、私は嬉しいかな? う ーん、よく分からない。その歌手の歌が好きなら、歌だけに集中してほしいと 思うかもしれない。その歌手のルックスが好きなら、活動の幅を広げてと願う ものなのかも……?) 客観的な見方をするのは、なかなか難しそう。 「考える時間は、全然ないんですか」 「そうね。早ければ早いほどいい」 市川の返事は、答になっているようで、なっていない。最終的には、純子に 承知させたくてたまらない、そんな態度がにじみでている。 今度ぐらい、きっぱり断った方がいいかもしれない。自分で言うのも変だけ ど、芸能界での交友関係はこれまでで充分築けたと思う。 「忙しくなるんですよね。歌もあるし」 まず、外堀から埋めていこうと思った純子。市川は少しだけ目を剥いた。 「ん? そりゃあ、新しく仕事を抱えれば、当然」 「学校で色々あるんですよね、これから」 遠回しに断ろうとする意図をかぎ取ったか、市川が眉間にしわを作るのが分 かった。純子は悪いと感じつつ、気付かぬふりをして続ける。 「ボランティア活動の体験や社会科見学、一番楽しみなのは、文化祭。友達の 学校の方にも行きたいなあ」 「ふふ。勉強は?」 「実力テストがあります。思い出させないでくださいーっ」 「ふーん。秋は季節がいいから、学校行事も盛りだくさんなんだ? 私の頃も そうだったわ」 にこにこし出す市川。純子は息を詰めて、次の言葉を待った。ところが、な かなか出て来ない。 純子は杉本の方を一度見やった。そして、彼がこの静かな間を何とも思って いないらしいと知る。 仕方がない。しびれを切らし、純子は自ら口を開いた。 「あの、かまわないでしょうか……?」 「かまわないって、学校の行事に参加すること? もちろんいいわよ」 「じゃあ」 表情を明るくする純子。でも、喜びも束の間だった。 市川は当たり前のように言い添えた。 「安心しなさい。声を当てるのは、まだ先の話だから」 「え……」 「今は、企画として最終的な詰めを行っている段階だと言っていた。声優の出 番は絵ができあがってから。ただし、順調ならばという条件付きで」 「はあ」 「こちらにもスケジュールの都合があるから聞いてみたら、絵の出来上がりが 順調じゃなかったら、線しか描かれていない白っぽい画面を見ながら、録音す るんだそうよ」 純子は最早、聞いていなかった。この仕事も、結局引き受けることになるの だろうと覚悟を決めた。 「主題歌もやることになるはずだから、楽しみでしょ?」 変装の上に変装を重ねて、純子は街路樹に寄り添う風に立っていた。青紫が かったサングラスを少しずらし、通りを行き来する人、特に若い人達の様子を 窺ってみる。 (久住淳て、分かりっこないよね?) 道路の反対側にある店の大きなウィンドウに、自らの姿が映っている。天気 予報が本日は夕方から冷え込むと言っていたので、シャツに黒のセーターの重 ね着。下は、相羽の母からもらったジーンズ。どちらもサイズはゆったりめ。 頭には久住になるためのかつら、出かける直前まで帽子を被るか否かを迷って、 結局やめにした。 (どう見ても男の子で、なおかつ久住と気付かれない格好。完璧よね、うん) 自信を持つため、心中でつぶやく純子。サングラスを戻し、再び人待ち顔に なった。 (星崎さん、遅いな) 時計は見ないことにした。 相手はこの世界で先輩、忙しい身。今日という日付を指定したのは純子の方 だし、加えて、誘ってもらう立場だ。 (結局、何の店に決めたのか、教えてもらえなかった。最初に電話をもらった とき、お寿司か焼き肉って言ってたけれど) 不安がよぎった。どちらも好きな食べ物ではある。 (食べるとき、男っぽくしなきゃ。大きく口を開けて、たくさん食べる) 両手を胸元に引き付け、握り拳を作る。よし、と意を強くした。そして前向 きに考える。 (麺類じゃなくてよかった。他の物ならともかく、麺だけは、いつもの癖で、 髪の毛をかき上げる仕種をしてしまいそうになるのよね) 「や」 短い声が、すぐ近くでした。ガードレールの向こうに、ワインレッドをした スポーツカーが停まっている。エンジン音が静かで、車が来たことに気が付か なかった。窓を下げ、運転席から手を振るのは星崎。いささか野暮ったい、縁 の太い眼鏡をしている。 (まるでデートみたい……まさかね) 星崎の仕種と表情を見て、純子は思わずそう考えた。 純子はガードレールに触れるか触れないかの位置まで駆け寄り、両手を揃え てお辞儀をした。 「こんにちは。誘ってくださって、ありがとうございます」 「堅苦しい挨拶は抜きにして、さ、早く乗ろう。万一にも、ファンに気付かれ ると面倒だからね」 目配せをし、首を振って助手席を示す星崎。 純子は左右を見渡し、ガードレールの切れ目を探したが、近くにない。走ろ うかと思ったが、次いで閃いて、ガードレールに片手をつくや、多少大胆な動 作で飛び越える。 越えてから、かつらがあったわと思い出し、手をあてがう。これぐらいのこ とではずれない。無事だ。 「さあ、乗ったり乗ったり」 「ど、どうも」 星崎が開けてくれたドアから乗り込む。落ち着かない心持ちのまま、両手の 先を太股の間に挟み、座席に収まった。 星崎は車を走らせる前に、助手席へと顔を向けた。 「最初に謝らなくてはいけないな。待たせて悪かったね」 シートベルトをしようとしていた純子の動きが、途中で止まる。手を離すと、 ベルトが元の場所に戻っていった。 「いいえ、そんなに待ってません。気にしないでください」 「ふうん、それでいいのかい?」 意味深な笑みを浮かべた星崎。純子は再び手を掛けたシートベルトを、引っ 張り出すことなく、瞬きを繰り返した。 「どういう意味ですか」 「君が、待ってないと言うのなら、つまり約束の時間にかなり遅刻してきたこ とになるよ」 「あ」 開いた口を、手の平で覆う純子。わざと咳払いをしてから、ばつの悪そうな 苦笑をなした。 「訂正します。約束の五時の十分前から、ずっとあそこで待っていました」 「ほら見ろ。なあんて、いばってる場合じゃないよな。そうかあ、四十五分も 待たせてしまったか。ほんと、ごめん」 ハンドルから手を離し、大きく頭を下げる星崎。 「気にしていないのは、本当ですよ」 「だけど、あんな往来に長いこと立たせて……。気付かれなかったかい?」 「え? ええ、それは全く大丈夫でした。星崎さんほど売れていれば、もっと もっと用心しなければいけないんでしょうけどね」 「ふっ、ますます気に入った」 少しの間、笑い声を立てると、星崎はアクセルを踏み込んだ。 「今日は先輩風を吹かせてもらうよ」 「約束と違ってしまったけれど、いいよね?」 星崎運転の車が乗り付けたのは、お寿司屋でも焼き肉屋でもなく、こじんま りとしたステーキ専門店だった。 純子はもちろん、反対しなかった。むしろ、ありがたいくらい。何故って、 ステーキなら上品な食べ方をしても不自然でないと思ったから。 (にんにくが載っているのは苦手だけど、それくらいは我慢、我慢) 自らに言い聞かせつつ、店内へ。ドアに付いている鐘が、からんころんと軽 やかな音を立てた。 つい、「わぁ……」と感嘆の息を漏らしそうになって、慌てて唇をきつく閉 じる純子。あやうく、女の子の声になってしまうところだった。 落ち着いた雰囲気で、感じのいい店だった。全体に木目調の内装を、ランプ の明かりが浮かび上がらせるようにして照らす。 「星崎さん、ここは」 「一部有名人御用達の店だよ」 星崎はさらりと答え、店の主人らしきコック姿の男性と短いやり取り。案内 は不要だということと、オーダーを伝えたようだ。それが済むと、自ら席を選 んで歩く星崎。鉄板が目の前にあるカウンターを避け、角の席に座った。二人 用にしては大きなテーブルだ。他に客はいない。 「てっきり、星崎さんのデートコースかと思ってしまいました」 冗談半分の感想を口にしながら、改めて見渡す純子。半球をした天井に、黄 道十二星座がさりげなく描かれていることに気付いて、しばし見取れた。 「ははは、残念ながら。彼女を持つことが許される立場でないからねえ。久住 君こそ、どうなのさ」 「はい?」 目の高さを戻し、聞き返す純子。女らしい仕種で、小首を傾げてしまったか もしれない。 「恋人のこと」 「ああ……同じく、残念ながらいないんです」 「元々はいたのに、デビューに当たって、別れさせられたとか?」 「そんなんじゃなく、最初からいませんよ」 「でも、もてるだろうね」 「いえ。やめましょう、こんな話。折角二人でいるのに、お互いが芸能レポー ターになってたら、世話ないですよ」 「ふむ。それが賢明だね」 にっこりして、星崎は両肘をテーブルに突くと手を組み合わせ、その上に顎 をのせた。 「では、何か楽しい話題を」 「あ、あの。先ほど、車で来られた際、すぐに僕だと分かりました?」 急いで質問を差し挟む。自分の姿がどう見えているのか、ちょっぴり聞いて みたかったのだ。 「サングラス、似合っているよ」 「それは、すぐに久住淳だと分かるという意味ですか」 不安に駆られ、両手の指をサングラスの柄に当てる純子。映画撮影時にばれ なかったのだから、星崎相手にはさほど注意を払わなくて大丈夫という自信が あったのに、それさえもあやふやになってくる。 そんな純子の様子を見たためか、星崎は、切れ者のビジネスマンのイメージ で、眼鏡を右手の平で押し上げた。 「いや、多分、よほどのファンでも分からないだろうね。あんまり気にするこ とないんだよ。渋谷や原宿近辺ならともかく、町中にぽつんと立っていても、 滅多に気付かれやしない」 「よかった」 ほっとする純子に、星崎は続けて話した。 「たまに、叫びたい衝動に駆られるよ。『ここにいるのは、星崎譲だぞー』っ てね。あはは、これは冗談」 「でも、人気ないよりは、ある方がいいでしょう」 「当然、当然。デビューしたばかりの頃は、何て言うか……飢えてた。本当に 腹を空かせてたって意味じゃなく」 「ええ、分かります」 星崎のデビュー当時の話が聞けるかも、と興味を引かれたが、ちょうどそこ へ最初の料理が運ばれてきた。 オーソドックスに、野菜サラダとポタージュスープ。スープの種類は、コー ンほど黄色くなく、よく分からない。照明の加減で、コーンポタージュが変わ った色に見えるのかもしれない。 背の高い、一本足のグラスにお冷やが注がれると、表面に水滴が浮き始めた。 細長いバスケットが三つ。二つは各人のナイフやフォークなどが入っていて、 残り一つはおしぼり。 「ほっとしているね」 手を拭いていた純子に、星崎がおかしそうに話しかけた。 図星。言い当てられた純子は手を止め、何故そう思ったのか、聞き返した。 ――つづく
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