長編 #4802の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ところで……僕らは今、どこに向かって歩いてるんだ?」 香村の冗談口調だが重要な問い掛けに、純子は歩みを緩めた。半透明なアー ケードの下に入ったばかりの地点だ。数ある看板を見通すと、遠くにハンバー ガーショップの赤っぽい物が確認できた。 「あそこでいい?」 背伸びして指差す純子に、香村は軽くうなずいた。 店内に入ると、途端に難しい顔をする香村。受付カウンターに向かうのをた めらっているようだ。 「どうしたの? もしかして、こういうお店、初めてなんて言うんじゃ……」 「そんなばかなことはないですよ。ただ」 変な言葉遣いになって香村はサングラスの位置を直す。その奥の目がカウン ターの方を一瞥した。今また家族連れの客が店員と言葉を交わすところだ。小 さな男の子が、額を着けんばかりにメニューに見入っている。 「さすがにあれだけ接近すると、恐らくばれる」 「え? あ、そっか。確率高いよね。いいわ。私がいっぺんに頼んでくる。何 がいいの?」 「チーズが入ってないやつなら何でもOK。飲み物はバニラシェーキ」 香村の希望を覚えてレジに向かい、五分後、トレイを持って香村の姿を探す。 店の角っこ、外から見えない席に陣取っていた。 「ありがとう。いくら?」 代金のやり取りのあと、純子は店の中を改めて見回した。九割方の座席が埋 まっており、大盛況だ。 「もしここでばれたら大変じゃない?」 「さあて。これだけ混雑してりゃあね、意外と気付かれないさ。恐いのは人と 接近して話すときだけ。そう言えば、君は掛けてこなかったな」 「サングラス? 必要ないもんね」 「現時点でいらなくても、すぐにいるようになるって。今の内から掛けて慣れ とくべきだよ。僕もそうした」 言い切るだけあって、香村にサングラスは似合っていた。もう少し背があっ て、髪が黒じゃなかったら外国人と言っても通用しそうな自然な装いを漂わせ る。 (私がサングラス掛けたら、漫画みたいになっちゃう) 自分のサングラス姿を想像しながら思う純子。モデルとしてならまだしも、 実生活で装着するのはまだ早い気がしてならない。 「ドラマの放映、もうすぐあるけどさ、周りの人は何か言ってるかい?」 ハンバーガーの包みを開けながら、香村。 「ううん。ドラマに出たこと自体、まだ誰にも話してないのよね。でも放映さ れたら何人かは気付いちゃうだろうな……そうだ、サイン。きっとみんなから 頼まれると思うから、あとで書いて。お願い!」 紙コップから手を離し、合掌した純子。短い間だが、目も思わず瞑ってしま った。 香村は軽快な調子で了解の返事をよこしたあと、「ははん。僕の人気もまだ 大丈夫みたいだ。よかったよかった」と、得意げにうなずいた。 「実は会ったときから気にしてたことがあって――君は僕のサイン、ほしがら ないよねえ?」 「え、それは……これから同じドラマに出るっていうときに、サイン求めるの は失礼と思って。ほしくないわけじゃなかったの」 「それなら、涼原さんにも書いてあげるよ。特別に丁寧にね」 「あ、ありがとう……ございます」 丁寧な言い方が、また香村の笑いを誘った。口を隠しながら、香村は首を縦 に二度振った。 「じゃ、このあと買い物に行くか。サインペンと色紙」 「え、ええ。本当にありがとう」 「そんなに感謝されると、笑っちまうな。放送されて友達から頼まれたあとで 充分じゃないか。いつでもサインしたげるよ」 「だけど今日しか会えないから、今日中にもらっておかないと」 せっかちすぎるかなという思いから、ストローをくわえたままうつむく純子。 そのつむじ辺りに香村の声が飛んでくる。 「だからねえ、暇なときだったらいつでも会うって言ってるんだってば、僕は」 顔を上げた。 香村が何だか自信たっぷりの表情でいる。サングラスを少しだけ下げ、瞳を 覗かせた。 「何のために今日、こうして会ってると思ってるんだい?」 「それはお話しするため……恐竜展のこととか、ドラマのこととか」 「不充分だよぉ、それだけじゃあ。重要なのは」 途中まで言って、ハンバーガーにぱくつく香村。それで終わりかと思ったら、 バニラシェーキまで口に運ぶ。 待たされる純子は催促することなく、身じろぎさえしない。 香村の方こそ本当は純子が焦れったくなるのを待っていたのかもしれない。 どこか拍子抜けした風に肩を小さくすくめ、再び口を開いた。 「重要なのは、僕と君が仲よくなろうってこと」 香村が片目だけ瞬きした。ウィンクだったのかもしれない。 「はあ。どういう意味でしょう……」 「うん?」 聞き返されると予想していなかったらしく、香村は首を前に突き出した。些 細な動作だが慌てた様が自然な感じで、純子の笑いをほのかに誘う。 香村はサングラスの具合を指でじっくり直すと、腕組みをした。 「ま、仕事でこれからも一緒になるだろうけど、それ以外でもこうして会って いきたいと思ってるわけ。涼原さんはそう言うの、迷惑かい?」 「――ううん」 大きく首を横に振った。 「私、これっきりで会えないと思ってたし、この先、香村君と同じ仕事できる なんて想像できないし」 「仕事についちゃあ、僕が言えば使ってくれる人、結構いるんだ。わがまま言 い放題。今の内にせいぜい利用しないと、いつ干されるか分かんないもんな。 特に強いのは歌方面なんだ。涼原さんは歌はしないのかな?」 「えっと、やってない」 久住淳の件は業界の中でも秘密。 「将来も唄わないと思う」 「もったいないな。いい声してる。よかったら紹介するよ。藤沢さんに頼めば 何とかしてくれる。今すぐにでも」 携帯電話を取り出さんばかりの香村に、純子は大急ぎで両手を振った。弾み で包み紙がかさかさ音を立てる。 「い、いいって。事務所の人と相談しないといけないし、それに私って、音程 よくないの。あはは」 ごまかして、ストローでジュースをすする。調子よく喋っているのはいいが そのおかげで、ハンバーガーの方にはほとんど口を着けておらず、対照的にジ ュースの減りが早い。食べ物と飲み物とのバランスが悪くなりそうだ。 それでも二杯目の注文は避けて、どうにか食べ終えた。 「出ようか。時間もったいない」 先にしっかり食べ終わっていた香村は、早々と腰を浮かした。 「あの、私、香村君とゆっくり話がしたい」 「そう?」 立ったまま、かすかに眉を寄せた香村。純子は即座に言い足した。 「も、もちろん、あなたが忙しいのは分かっているつもりよ。でも、私は今日 のこと凄く楽しみにして来て……香村君と話せると思ったら」 「話なら電話でもできるじゃない」 「ううん、違うの。こうして顔を合わせて、ゆっくりお話ししたいなあって。 それとも香村君、このあとの予定、きっちり立ててる?」 「――まあね。きっちりとは言いにくいけれどさ。大雑把にね」 それを聞いて純子はテーブルの一点を見つめた。しばらく考え、今回は香村 の言う通りにしようと思う。 (これからも会えるって言ってくれたんだし、大丈夫よね) 「じゃあ、香村君に任せる。お願いします」 純子の元気のいい返事に、香村は唇の両端を上に向けた。 * * 相羽が空を見上げると、太陽がタイミングよく雲間から全身を現した。 まぶしさに目を細め、すぐさま視線を戻す相羽。背中にはアミューズメント ビル――P**の壁が当たって、ひんやりしている。五月を目前に控えた陽気 の中、身体の前面はともすれば暑いくらいだと言うのに。 握りしめた懐中時計の蓋を開け、時刻を確かめる。 「三十分経過」 指定された時刻ぴったりに現れた相羽は、その場に純子の姿がないのを確認 した時点で、九割方確信していた。悪戯だと。 蓋を閉じるとかちりと音がした。時計はジーパンの前ポケットに仕舞われる ことなく、相羽の手の平の中。 すっぽかされた形になるのに、相羽の気分はよくも悪くもなかった。 (推理が当たったかな。それならそれでいいんだけど……こうしてるところを 誰かが観察してて、笑っているかもしれない) そう思うと、少なからず悔しい。歯ぎしり一つでは気が済まない。 (一応、とっくの昔に気が付いていた証明に、学校のパソコンで自分宛にメー ルしておいたから、いざとなれば面目は立つものの……腹立たしい。つまんな い悪戯を仕掛けやがって、まったく) しかし、悪戯の主の具体的な名前は思い浮かべられなかった。漠然と、男子 の中の誰かじゃないかと考えるが、論拠はゼロ。 (純子ちゃんへの気持ちを確実に知ってるのは……町田さん。あの子がこんな 無茶苦茶な悪戯するはずないと思う。あとは、男子の何人かに気付かれてるか もしれない。それに、白沼さんにもばれてる? 多分、ばれてるよな。あーあ、 折角普通の関係に戻したつもりが、純子ちゃんのモデル活動を知って、白沼さ ん、またきつくなった感じがする) 悪戯の犯人探しから、思考がずれそうになった。わざと大きく肩をすくめ、 気持ちの修正を図る相羽。 (誰がやったのか知らないが、相手の思い通りになるのは嫌だ。つまり……さ っさと帰ればいいのかな) 相羽は心中のつぶやきに、自ら首を振った。 (試されてたらどうする? 『たった三十分で帰るとは大して真剣じゃないな』 なんて見なされるのは癪だ!) ついでに言えば、これが悪戯ではなく、純子が遅れているだけという可能性 をまだ完全には捨てられないでいる相羽なのだが、その心理はたとえ自分の内 と言えども押しとどめる。 (――そう、電話すればいい。家に純子ちゃんがいることを確かめて、それか ら帰る。よし、これで行こう。これなら誰にも文句言わせない) 端から見ればこっけないほど意地を張る相羽であった。自分でもある程度気 付いている。でも、それでいい。ある特定のことには、自然体のまま必死にな れる。それでいい、それがいい。 携帯電話を持たない相羽は、壁から背を離すと公衆電話を探した。すぐ近く にある分は只今他の人が使用中。 と言って、この場を遠く離れたくない。悪戯の犯人に自分の姿勢を示すため にも。 (あの人が終わるまで待とう) 心に決めると、相羽はまた壁にもたれかかった。いや、正確にはシャツの布 地が壁に触れる寸前で、再び身体を起こす必要に迫られた。電話が空いたのだ。 無言で足早に近付くと、送受器を取り上げる。カードを差し込み、ボタンを ゆっくり押していった。純子の家の電話番号は、頭の中にしっかり刻み込んで ある。どんなことがあっても絶対に忘れないほどだ。 呼び出し音は三回で終わった。 「相羽と言いますが、涼原さんのお宅でしょうか」 「あら、信一君。ごめんなさいね、今日は純子、出かけているのよ」 無駄な挨拶抜きに通じる。話が早くていいのだが、今の相羽にとって、少し 性急すぎる展開だ。 「えっ、出かけてる? どこに行ったんですか?」 「あの子ったら、詳しくは教えてくれなかったのよねえ。ただ、待ち合わせ場 所は**駅って」 「誰と会ってるんでしょう? よかったら教えてください」 「いいも何も……信一君の方が詳しいのかと思うんだけれど」 予想外の言葉に、ますます気になる相羽。つばを飲み込んで、じっと待つ。 「香村綸君と会うみたいよ」 「――そうですか。ありがとうございました」 ちょっとしたショックを受けた。それを気取られまいとして、かえって声の 調子が高くなってしまう。 「あの、純子ちゃんが帰るのは何時頃でしょう?」 「六時ぐらいには帰って来るように言ってあるんだけれど、どうかしら。まあ、 相手も同い年とは言え、一応立派な社会人とも言える立場でしょう? 安心し てるのよ。信一君はどう思う?」 「分かりません。が、アイドルだってそんなに変わりないかもしれませんよ」 早口で応じた。それでもまだ自分の舌の回転の遅さがもどかしい。 「そうかしらねえ」 「それじゃ、これで、失礼します」 「あ、純子へ言伝があるのなら聞いておくけれど」 「ありがとうございます。でも、またこちらから電話しますから」 送受器を叩き付けるようにして電話を切ると、相羽は髪を乱暴にかき上げた。 (悪戯犯人の相手をしてるどころじゃなくなったな) 自嘲気味に短く微笑すると、相羽はその場を離れ、走り出した。**駅へ急 がねば。それから先のことは、着いてから考えればいい。 * * ――つづく
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