長編 #4794の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
今年のお花見は、公園を散策するだけですませることになった。 経緯は単純。忙しくなりつつある純子にみんなが合わせてくれたのだ。その 代わりというわけでもないが、話の肴にされるのも純子。 「いつの間にやら、とうとう、テレビに出るようになったのね」 町田が言ったのは、当然、口紅のコマーシャルの一件。 「あれを見たときはびっくりしたわあ、もう」 つむじに積もった桜の花びらを首を振って落とすと、富井は純子の肩を後ろ から揺さぶった。純子が手の平で受け止めていた花びらもまた散らばっていく。 「口紅引いて、自信満々の顔で微笑んでる子、どこかで見たような……って感 じて、次の瞬間、純ちゃんだって分かった」 「黙っててごめんね。自分から言い触らしたくなくて」 もう三度目ぐらいになる謝りの言葉を、みんな「もういいってば」と手を振 った。富井も、町田も、井口も遠野も前田も。受験生になると会う機会が減る かもしれないからという理由で、国奥まで駆けつけている。 ちなみに、相羽と一緒に写っているパターンもすでに流布されていたが、後 ろ向きに立つ少年が相羽だと気付く友達はまだいない。付け毛の効果もあった に違いない。 「なるべく内緒にしとけばいいんでしょ」 国奥が言った。制服の襟に花びら一枚、頼りなげに引っかかっている。 「うん。お願い」 「テレビに出ていながら、今さらって感じもするんですけどねえ」 笑いながらではあるが、前田は手厳しい。立島とのデートの約束を邪魔され たから……ではないだろう、多分。 「分かってるけれど、冷やかされるのはいやだもん」 「私達に打ち明けてくれたのは何で?」 井口が淡々と尋ねる。ただ、その口元がかすかに上を向いているようだ。 「私達の内の誰かが冷やかすかもしれないじゃない?」 「そうそう。事実、私は冷やかしてあげたわよ」 町田が追随。いつものように面白がっているのが明白の表情に、純子は気が 楽だ。ただし、疲れもする。 「はいはい、言ってあげましょう。――みんな、信用してるから話したの」 精一杯の冗談口調で切り返してみたが、効果のほどは定かでない。 ひとしきり笑ったあと、静かな間が訪れた。桜のトンネルの中をゆっくり進 み行く。たまに強めの風が吹いてきて、白に近いピンク色の渦ができる。地面 すれすれに、回って、回って。 「涼原さん、聞いていい?」 遠野が口を開いた。沈黙を破るのが彼女だったとは、少なからず意外な印象 を醸し出した。 「やだな、改まって。何でも聞いて」 気安く請け負った純子。 他の五人もそれぞれお喋りを再開していた。 「ずっと前から聞こうと思ってて、でも聞けなくて」 遠野は純子から視線を逸らすと、まだ躊躇が拭えないらしく、親指を口元に 当てた。 「聞けないような話って、あったっけ」 相手が喋りやすいよう、純子は弾んだ調子で応じた。効き目は早速あった。 「今がちょうどいいタイミングみたいだから……思い切って言うね」 「うんうん」 「あのね――この間まで、『ハート』のCMに出ていた女の子、涼原さんじゃ ない?」 「……」 純子は遠野の問い掛けを、頭の中で繰り返した。 (とうとう、核心を突かれちゃった感じ。はぁ。仕方ないか) 気分はさばさばしていた。だって、もう一年以上も隠し通してきたのだから。 充分よね、といったところ。一年続いた純子が出演するバージョンも終了した ことで、箝口令はなくなっていた。 純子が微苦笑を浮かべると、遠野はどう受け取ったのか、慌てっぷりも露に 頭をひょこんと下げた。 「ごめんなさいっ。おかしなこと聞いて……私の勘違い」 見る見るうちに真っ赤になっていく。桜の色が写ったとしても、ここまで赤 くなるのは難しい。 「ううん。鋭い」 下を向いてしまった遠野へ手を差し出す純子。もう一度視線をこちらに向か せることに成功した。 「え? それってどういう……」 「遠野さんの勘、当たってる」 打ち明けた瞬間、気持ちが溶けて楽になったように感じた。 「あれやってたの、私なの」 「……やっぱり!」 手を叩いて目を白黒させる遠野。驚きが喜びに変わっていくのが、手に取る ように分かった。 「みんなにも言っていい?」 「もちろん」 わざわざ念押しする遠野を微笑ましく、また嬉しく思う。伝えるのも、遠野 の口からにしてもらった。 当然、このあとのお喋りは、花畑に群れ集う蝶みたいに一層盛り上がった。 * * 「美生堂の新商品『ファーストキス』の広告について、教えていただきたいの ですが。はい、分かりました。――ふん」 担当者に代わるためしばらくお待ちくださいという案内に、奥寺(おくでら) は煙草をくわえた。公衆電話からのフリーダイヤルだから、一服させてくれて も時間的には一向にかまわない。 電子音の音楽を気に留めながら、ライターを捜す。尻ポケットにないという ことは、こっちか。手間取る内に音楽が途切れてしまった。人の声が流れてき た。 「あ、はい、どうも。ええ、あの広告について……作った方のお名前を教えて いただけないものかと。あるいは、広告製作会社の名前でも充分ありがたいの ですが。あっ、どうもすみません。……はあ。アルファベットで『Hibik』 ですね」 ライターの代わりに取り出した手帳を適当に開き、粗っぽく書き付ける。煙 草の方は喋る内に落としてしまっていた。 「あのう、もう一つ、出演者のプロフィールなんかも教えてもらえます? は い? あ、素人の子供を使ったため伏せることになっていると。はあ、なるほ ど。いえ、どうも。分かりました。ありがとうございます」 送受器を持ったままフックを下げると、カードがけたたましい音とともに戻 って来た。 奥寺はカードを再び挿入し、新たに得た電話番号を押し始めた。 「ふう。出演者の方はガード固いから、こっちしかないか。さてと。――『H ibik』ですか。貴社制作の広告に関して、少々お尋ねしたいことがありま して。あ、申し遅れました。私、株式会社『ハイタニ』広報宣伝部次長をやっ ております、大木(おおき)と言います……」 * * 朝早い廊下は静かで、ひんやりとしていた。行き交う生徒はちらほらいるが、 混雑にはほど遠い。 故に、掲示板を前にして、純子は背伸びせずにすんでいた。 張り出された大きな紙には、細かな印刷文字が堅苦しく並んでいる。新学年 の名簿は、何歳になっても期待と不安を抱かせた。 (えっと) いつの間にか、自分の名前よりも先に相羽信一の文字を探していた。 そのことに気付いて、声もなく口元を手で覆った純子。 (一番上に書いてあるから見つけやすいのよね、うん) 慌てる心を納得させ、目線を横に移動させる。 「あ。あった」 実際、観光名所でカメラをかまえる人を見つけるよりも簡単だったかもしれ ない。相羽信一の名は三年五組の頭にあった。 多少の期待を込めつつ、今度は目線を下げていく。男女別なので、まずは中 程まで一気に、それからはゆっくりと移しながら、左端に「涼」の字を探す。 ――三年五組の名簿一覧を最後まで追いかけたとき、純子の表情はにわか雨 でも来そうになっていた。 (あーあ……離れちゃったか) さばさばした口調で声に出したつもりだったが、唇はつぐんだままだった。 (腐れ縁も三年で終わり。終わってみると、淋しいような) 心に穴が空いて、そこを風が音を立てて出入りする。そんな気分。 (そっか、別々なのね。……大変。仕事のことでおばさまに連絡取ってもらい たいとき、歩いて行かなくちゃならないわ) 頭の中を言葉が空回りしてる。 (私、何組?) 吐息を飲み込んで、掲示板を見上げた。一組から順に見ていこう。 (ないなぁ。早く見つけて、担任の先生に、仕事のことを伝えて、よく頼んで おかなきゃいけないのに) 「おはよう」 相羽の声がした。別に驚くに当たらない。新学年初日、出席簿で先頭になる 可能性が高い彼が日番の役になるのを見越して早めに登校することは、去年経 験済みだ。 「おはよう。相羽君は五組よ」 「あ、ありがとう……って」 隣に立って、同じように見上げようとした相羽の動きが止まる。前髪をなび かせ純子の方に振り向き、早い口調で問う。 「純子ちゃんは違うクラスなのか?」 「ん」 喉の奥が痛い。声が出ないような気がして、黙ってうなずいた。相羽の表情 は見ずに、そのまま探し続ける。 「じゃ、じゃあ、何組?」 「まだ」 短い返事に終始する。 相羽は斜め上を向くと、改めて掲示板の貼り紙を見つめた。 しばらくの間、静かな空気ができて二人を包んだ。何人かの生徒が掲示を見 にやって来たが、そのお喋りも小さく遠くに聞こえる。 純子は四組までを見終わって、ため息をついた。一組から四組までにもなか った。 六組以降を見ようとすれば、相羽に接近することになる。万が一にも落胆を 悟られたくない思いから、純子は立つ位置を変えずに首だけ巡らせた。 そのとき相羽が一言、「こっちにはないみたいだ」と伝えてきた。 初めて目が合って、何故か、急いで逸らしてしまう。 「そ、そんなはずってないわ。見落としてるのよ、もう、他人事だと思って」 喋る勢いに任せ、相羽を押し退ける風にしてその前に立つ。そして意識を集 中させて、六組から見て行く。 「ないよ。絶対に見落としていない」 強い調子で断定した相羽の方は、四組から遡って調べ始めた。 それから二分後。 「ない」 二人とも途方に暮れる。最初のぎこちなさは彼方へ去り、純子は相羽と顔を 見合わせた。 「どこにもないなんて……進級できなかったとか、実は」 冗談のつもりでつぶやくが、ただ今はあながち冗談と言い切れない思いさえ してくる。 (出席日数は足りてるわよね?) なんてことまで考えてしまった。 「純子ちゃん。もしかすると」 相羽は独り言のように口走ると、再度、掲示板の前に立った。その真正面に は三年五組の名簿。 「ないったら」 「僕が見てないのは、ここだけだから」 手を振って純子の言葉を制した相羽。その横顔を純子は、しょうがないんだ からという思いを抱きつつ見つめる。 と、相羽の表情が緩んだ。口元の辺りに笑いじわが寄っている。 「はは。ひょっとしてこれじゃないかな」 右手で貼り紙の一転を指差しながら、純子へと振り返った。 何を今さらと感じる一方、相羽が無意味なことを言うとも思えず、純子は相 羽の指差す先へそろりそろりと焦点を合わせた。 そこには一つの名前があった。 「こんな名前の人、同学年にいなかったと思う。貼り紙作った人、相当疲れて たんだな、きっと」 相羽が言った。吹き出すのをこらえているのがありありと分かった。 「そう、よね」 純子も笑い出したい気分になっていく。 「『鈴原純子』だなんて!」 −−つづく
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