長編 #4791の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
声には喜びと気合いが入り混じっていた。華やいだ笑顔で取りかかる。 (材料、足りるかな。肉じゃがとお味噌汁と……あ! ニーナさんの口に合う の? 聞けばよかった!) 料理に掃除と出迎える準備に没頭していたら、時間が経過するのも早まった ようだ。 十一時ちょうどに鷲宇とニーナ=カレリーナが現れた。ハンドバッグ大の紙 袋をぶら下げた鷲宇がラフで涼しげな出で立ちなのに対し、ニーナはしっかり 着飾って手袋までしている。 鷲宇は腕時計をかざし、時間を確かめた。 「思ったより早く着いたかな。それだけ会いたかったということで、久しぶり。 会えて嬉しいよ」 「こちらこそ、会えて嬉しいです。今でも絶大な人気ですね。ご活躍、よく耳 にしてますよ」 握手しながら言葉を交わした。鷲宇は落ち着いた雰囲気をまとっていたが、 見た目は若い頃と変わらない。 「活躍と言っても、スケールがいまいち小さいのが悩みの種だねえ。君と組め ばまた違った展開も期待できるんだがな」 「もう」 「いやいや。会って期待感は高まった。結婚したっていうのに、全然変わって ないじゃないか。所帯じみたところがない」 「まさか。これから食事を作るんです。それを見れば印象も変わりますよ、き っと。がっかりしないでくださいね」 軽くかわして、純子はニーナにも手を差し出した。ニーナは慣れた動作で手 袋を取り、応じる。 真珠を想起させる色白の手でやわらかく握り返された。ピアニストの手。 軽く抱き合って、笑顔を交換した。 「こんにちは。おひさしぶりです」 片言の日本語で挨拶するニーナ。たどたどしさは残るが、優しい口調だ。 純子も精一杯の英語で返してから、居間へと招き入れた。 「これ、お土産」 鷲宇は紙袋からきれいに包装された平べったい物を取り出した。 「わ、ありがとうございます」 「それそれ。その反応、昔とおんなじだ。ちっとも変わってない」 鷲宇の指摘に、動きを止め、目元を赤らめる純子。黙ってお土産を手近の棚 に置いて、深く息をつく。 さあ、問題のメニューだ。肉じゃがをどう表現すればいいのか悩む。ミンス とポテイトォをソイソースで煮込んでスウィートサーキ等で味を調えたジャパ ニーズスチュー……通じたかな。 「私、日本食はほとんど大丈夫よ。でも、スウィートサーキって? ワインの ような物?」 ニーナの質問はもちろん英語で。 「ええっと。みりんと言って、日本の調味料の一種。ワインみたいに飲む人は 少ない。これを入れると味が……まろやかになるの」 「まろやか」にはメロウを当てはめたが、正しいかどうか自信なし。 ニーナが不思議そうな表情になるのを見て、純子は鷲宇に目で助けを求めた。 「はは、いいよ。彼女は醤油や海苔の香りも平気だから、みりんも問題ないだ ろう。ごちそうしてくれること自体、ありがたい」 「ありがとう」 鷲宇が喋り終えた直後、ニーナが日本語で言い添えた。 説明の苦労も吹き飛び、気分が一段と乗ってきた。 「どういたしまして」 テレビでもビデオでも音楽でも何でも自由にやっててと言い置いて、純子は キッチンに立った。 「手伝いましょうか」 ニーナの立つ気配が感じられ、純子は急いで返事した。 「ありがとう。でも、お客さんはゆっくりしてて」 「突然お邪魔しておいて、座りっ放しだなんて、悪いわ」 「長旅で疲れてるでしょ? 指に怪我でもしたら大変」 振り返って言葉で押しとどめる。正直なところ、ピアニストに料理を手伝っ てもらったら、純子自身が気遣ってしまってかえって時間を要しかねない。 結局、鷲宇が引き留める形でニーナは居間に戻った。途端に仲睦まじく、テ レビを見始める。 とまれ、やっと集中して取り掛かれる純子だった。それでも時間がもったい なくて、二人に話し掛けずにいられない。 「映画はどうでした?」 「映画?」 「試写会にいらしたと言ってましたよ、鷲宇さん」 「ああ。期待してなかった分、楽しめた」 表情は見えないが、鷲宇は気もそぞろな口ぶりだった。 (いい番組をやってるのかしら。それともニーナさんと話があるのかな?) 純子は遠慮しようかとも思ったが、突然やめるのも不自然なのでしばらく続 けることに。 「何て言うタイトルですか」 「えー、何だっけ。『ケース バイ ケース』だったかな。コンゲームを描いた コメディタッチの話でね。日本で公開するなら、どんな題名に訳すだろう…… 『偽りのチェックメイト』とか」 今度は流暢になった鷲宇。 「チェスが出て来るんですね」 「ああ。日本だとあまり馴染みがないから、この題名はまずいか。イメージだ けで言えば『王手飛車取り』なんか結構いい感じだと思う」 「何となく想像できました。面白そう」 「ミステリと言えなくもないからね。――そうそう、忘れてた。信一君は元気 なんだ? 仲よくやってるかい?」 「はいっ、それはもう」 この手の話には特に弱い。うまく喋ろうという意識が強まってしまって、手 がお留守になりそう。 「彼とまた一緒に演奏したいわ。純子、伝えておいて」 ニーナが思い出に浸る風な物腰で言った。純子がイエスの回答をすると、楽 しみでたまらないと応じる。 「そのときは当然、純子も唄ってね」 「光栄! でも、私はすっかり声の力が落ちちゃって……鷲宇さんの気に入ら ないかも」 「そんなことないさ」 鷲宇の台詞は真剣味に満ち溢れていた。背中を向けたまま料理する純子に、 彼の表情は見えないものの、復帰を本気で望んでいることが窺えた。 「何なら、今ここでテストすれば分かる」 「あは、今日は遠慮します。おもてなしするだけで充分プレッシャーを味わっ ていますし」 そのあとは料理に専念。二十分ほど経って一段落したと同時に、鷲宇が声を 掛けてきた。 「休憩したら?」 テレビの音声が被さる。ニュースが始まったようだ。 「ええ。ちょうどいいタイミング」 白いエプロンをしたまま、居間に戻る純子。 「ニーナさんは日本茶でいける?」 「一杯だけなら。グリーンティは何杯も飲む物じゃないですね。刺激が――」 「しっ!」 鷲宇が急に叫んだ。他の二人に静かにするよう言って、画面を注視する。ブ ロンドの女性キャスターが冷静な調子でニュースを読み上げていた。どうやら 緊急の一報らしく、ニュースそのものの映像はない。 「旅客機が峡谷に墜落したみたいだ」 鷲宇に言われずとも、純子もヒアリングできていた。 (……嘘) 両手を口に宛い、息を飲む。気になる単語が耳の奥に残る。心の水面にざわ ざわさわと波紋が起きた。ニュースの詳しい内容を知りたい。神経全てを集中 させる。 (今、何便て? 聞き違い……よね) 声にならない。 前にいる鷲宇が口を開いた。 「D※※発のB74*、2*便。74*って機種、かなり大型だったね。乗員 乗客が三百余名と言うし、これは大惨事になるな」 視界が波打ち、ぼやけていく。次の瞬間、がくんという音を聞いた気がした。 「純子っ?」 ニーナが叫んでいる。 ……。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ※念のためにお断りしておきますが、この物語はフィクションです。 あなたの知っている人と同じ名前・似た経歴・似た性格の人物が登場してい たとしても、それは(恐らく)偶然の一致に過ぎません。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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