長編 #4779の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
春を目前にして、冬の悪あがきみたいな大雪のせいで、道路は混雑を極めて いた。渋滞に巻き込まれて着くのが遅れていたばかりか、ついでにスリップに よる事故にも巻き込まれたと言う。 「怪我なんかは全くないらしいが、さらに遅れるって」 「弱ったな。どこか代役を頼もうか」 「時間掛かりそうですね。しかもこの雪ですから」 撮影陣が決断を下せないでいると、事情を察したらしい香村が跳ね上がるよ うにパイプ椅子を蹴って、スタッフに提案する。 「僕が出るよ」 淡々とした物言いだったが、周囲に驚きを走らせるのには充分。東海林が反 応した。 「ありがたい話だ。が……常識外れでもある」 と、首を傾げ気味に藤沢を見やる。 香村を掴まえたマネージャーは、身体を洗ってもらった犬のごとく、ぶるぶ ると顔を振った。 「とんでもない。契約もなしにできないよ、綸君」 「いいじゃない。あとで結べば。ドラマに先がけて共演しよう」 「そういう出演の契約だけならともかく、他にも問題があるでしょうが。お分 かり?」 噛んで含めるような調子で藤沢。何とはなしに、だだっ子に手を焼く母親然 としている。 「あなたが出てるCM六本はどれも一つのイメージ戦略に基づいてるの。一介 のマネージャーは無論、あなたの一存でも勝手に増やせない。それぞれの企業 との契約条項にも、他社のCM出演時には事前連絡、協議を経て許可を要すと ある」 「固いこと言いっこなし。プロデューサーさんによれば顔は映らないみたいだ から、OKっしょ?」 あくまで楽観的な香村。 しかし、藤沢は対照的なまでに厳格で、四角四面だった。 「だめと言ったらだめだよ。ばれたら大問題だ。悪くすればマネージャーの僕 が首になってしまう」 「首になってもいいから。なんちゃってね」 冗談ぽくけらけら笑ったが、香村はしつこく粘った。 「急遽スカウトしてきた新人モデルってことにならないかなあ。ほら、僕は要 するにタレントであって、モデルじゃないからさ」 「また無茶苦茶な理屈をこねる。困らせないでちょうだいよ」 「そうね、無理して出てもらっても、あとで私達も迷惑を被るでしょうから」 見かねたのか、相羽の母が意見する。 成り行き任せの純子は遠くから横目で見守りつつ、相羽とお喋りを交わして いた。 「まったく、トラブル続きだね。集中力、切れない?」 「うん。もう慣れた。だって、モデル始めたのだって、トラブルみたいなもの でしょ」 「なーるほど」 二人してくすくす笑った。 「それにしても、どうなるのかなあ。下手をすると、後日、なんてことになる かもしれないわ」 「その方が楽じゃない?」 相羽の不思議そうな問い掛けに、純子はまず首を静かに横に振った。それか ら口を開く。 「男の子のモデルと一緒なんて初めてだから、別の意味で緊張してたのよね」 「ああ……」 「その緊張がもう一度襲ってくると思うと、ちょっとしんどい感じよ。できた ら今日、終えてしまいたい」 そこまで話したとき、純子達へ三人が駆け寄ってきた。中垣内、東海林、そ して相羽の母だ。 「――うん。いいと思います」 中垣内がつぶやくように言った。その目はどうやら相羽に向けられている。 言葉を受けて東海林がうなずく。 「部長がそう言うのであれば、私は何ら問題なしです。あとは相羽さん次第」 「私に拒む理由はありませんし、権利もほとんどないですから。――信一、よ く聞いてね」 母が息子へ、真摯な口調で語りかけた。大事な話を始めるのだと一発で理解 できる。 「あなたにまでこんなことを持ちかけるなんて、夢にも思わなかったけれど」 「早く言ってよ、母さん」 「モデルの男の子が来られない事態になってるのは、分かっているわよね? 代わりに出ない?」 「――」 短い時間、相羽は目を見開き、息を飲んだ。 (え? え? 相羽君が代役に?) 他人事でないだけに、純子の驚き具合もひとしお。 「僕にできることなら何だってするよ」 相羽は、小学生の算数問題を解くよりもさらに容易いとばかり、あっさり言 い放った。余裕の表情が見て取れる。 (ええ? か、簡単すぎる! こんな簡単に決断しちゃって大丈夫なの?) 純子の内で驚きが増幅される。同じような話を持ちかけられた二年前の自分 の反応を思うと、相羽は呆れるほどに短い時間で結論を出したことになる。 「簡単簡単。リラックスして、後ろ向きに突っ立ってくれてりゃいいから。残 る問題は衣装サイズだが、多分大丈夫だろ」 これで片付いたとばかり、手打ちをして指示を出す東海林。 相羽はフィッティングルームに消えた。 「急な変更、ごめんなさいね。それとも、見知らぬ子と並ぶより、信一の方が まだましかな?」 相羽の母が話し掛けてくる合間にも、メイク直しの手が入る。大した化粧を 施しているわけではないが、口紅を立たせる“演出”は必要だ。純子は斜め上 を向いたまま、かすかにうなずいた……つもり。 「もしも信一が緊張してるようだったら、声を掛けてやって」 「はい」 「モデルに関しては純子ちゃんの方が先輩になるわね」 含み笑いをする相羽の母。純子の方は心中、笑うどころでなかったが。 (全然偉くない先輩だわ。まだまだ緊張が抜けないもの) 「何だか大変だな」 メイクが終わるのを待っていたかのように、香村が接近してきた。ジーンズ のポケットに両手を突っ込み、頭を巡らせている。 「ま、代役が見つかってよかったじゃない。本当は僕がやりたかったんだけど、 立ってるだけ、表情もいらないなら、素人でも勤まるだろうしね。緊張してが ちがち震えさえ来なけりゃ」 「相羽君ならきっと大丈夫よ」 「ふーん、相羽って言うんだ、彼。あれー? 君の仕事を仕切ってる女の人も 相羽さんだよね。関係あるのかな」 「親子よ。さっき言ってたわ。ねえ、香村君。まだ見て行くつもり? もう充 分だと思うんだけれど」 様々な心理的圧力が山積みになっていく展開に、純子は少しでも取り除こう と香村に持ちかけてみた。 若手アイドルは心外そうに肩をすくめた。 「共演者相手につれないお言葉だな。迷惑かい?」 「はっきり言えば、プレッシャーが押し寄せてくる感じなの。あなたから見ら れてると意識するだけで、しびれたみたいに」 「僕の魅力にしびれた?――はは、冗談だよ。とてもプレッシャー感じてるよ うに見えなかったね。立派にやってるじゃん」 「見た目は何ともないようでも、本当はどきどきしてるんだから」 自分の胸を指差す純子。 香村は苦笑を浮かべて異論を唱えた。 「広告なんだからさ、見た目がよけりゃ充分だ」 「そ、そうかもしれないけど」 気持ちの問題よと言おうとしたが、寸前に、スタジオの片隅でちょっとした 歓声が上がった。 「色男に仕上がったじゃない」 「似合ってる」 騒ぎの源に目線を転じると、礼服を模した黒のスーツに身を包んだ相羽の姿 が視界に飛び込んできた。表情は穏やか、だが、四肢には厳しさがみなぎって いる。服の他は前髪を少し起こした程度で、目立った変化はない。 (格好いい……理由は分からないけど、見違える) 一瞬、息を飲んだ純子。無意識の内に両手を胸元で組んでいた。 対する香村は短く口笛を吹いた。どんな意味があるのかまでは窺い知れない。 「君があんまり言うから帰ろうと思ってたのに、見ものが増えた。もう少しい させてもらうよ」 唄うように言葉を続けて手を振ると、藤沢の元へと走る香村であった。 入れ替わって相羽と改めての顔合わせ。純子の方から歩いて行った。 「相羽君、凄く決まってる。本物のモデルみたい」 「さっき母さんから、馬子にも衣装ねって言われたんだけどな」 自嘲気味の相羽。しかし、周りの者の目には、たとえばジェット機のように 飛びたいと願う鳥と同様、嫌味混じりの謙遜に映るかもしれない。 接近してから、純子は新しく気が付いた。 「あは、何よこれ?」 相羽のうなじから、三つ編みにされた髪が細く長く伸びている。たてがみか 弁髪を想起させる。 面白くって見てるだけでは我慢できず、純子は指先でその髪を弾いた。 「変に触ったら取れるかも」 相羽は背中を見るような目つきをし、首を傾げた。 「あっ、着け毛なんだ。そりゃそうよね。いきなり伸びるはずないもん」 どうしても触りたくなるのを、指を押さえてこらえた。その代わり、笑いが ぽつぽつと湧き起こる。 「そんなにおかしい?」 「え? ううん。格好いい」 「じゃあ、何で笑うのさ」 「だって、見慣れない格好をされると、うふふ、意表を突かれて、おかしさが こみあげてきちゃう」 口を覆う純子へ、相羽は着け毛を摘み、牛の尻尾みたいに上下させた。 「学校にもこれで行けばいいわけか」 「あははは! ぜひ、やってみて」 涙が出そうなほど笑わせてもらった。 一息ついていると、スタッフ達がぞろぞろ集まってくる。 「いいねえ。これなら舞踏会にも出られるぞ」 スチール担当の梅津カメラマンが顔中笑みで埋め尽くしながら言った。よい 絵を撮れる確信が持てたに違いない。 「よろしくお願いしまっす」 スタッフへの相羽の挨拶をもって、撮影は再開された。予定では残すはテレ ビCM用に二本と、スチールカットが一枚。たったこれだけだが、クライアン トの満足が得られるまで果たしてどのくらい時間を要するか分からない。 相羽は撮影スペースに入った途端、ライトの光に顔をしかめた。 「こんな中でやってるんだ? まぶしいし、暑そう」 相羽の問い掛けに純子は「私は何とか慣れたけど」と答えてから、後押しの フレーズを考える。 「あなたなら精神力で乗り切れるんじゃない? 武道で鍛えた成果を発揮して 頂戴ね」 「半人前どころか、四分の一人前ぐらいなもので、うまく行くかどうか」 気持ちは充分にほぐれているようだ。 そこへ指示が出される。 「信一君はこちらに背を向けて立ってみて」 純子は退いて、相羽の様子を見守る。 指示通りに動いてから、肩越しに目線を送って「こうでしょうか?」と相羽。 着け毛が振り子みたく揺れた。 「もう少し足を開いて。肩幅より左右に一歩ずつ。そう、そう」 相羽の形が決まってから、今度は純子の番。まだ構図を見る段階なので、口 紅の最終的な手直し等はやっていない。 「彼の正面に立って。向かい合うように。と言っても、信一君の右足が身体の 真ん中に来るような位置ね」 足を揃え、言われたように立つ。しばらく間ができた。カメラマンを始めと して、色んな人達が観察の目を向けてくる。 「うん、ちょっと離れすぎだ。純子ちゃん、もっと信一君の身体に重なるよう な立ち位置に移動して」 足をスライドさせると、相羽との距離が縮まる。すぐそこに互いの顔がある 格好だ。 「ようし、よし。それじゃあ、腕を絡ませる」 「え?」 ――つづく
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