長編 #4773の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ポケットから袋みたいなのが。文化祭のときのと同じかな」 「ほんと? あっ」 言われた通り、ジャージの後ろポケットから小さな茶色の袋が生まれたばか りの雛鳥みたいに落っこちそうになっていた。 お守りにしている琥珀の入ったきんちゃく袋。大事な物だけに、反応も素早 かった。優しく包むようにしてポケットから一旦抜き取り、手触りで中身を確 かめた。紐で閉じてあるが、万一のことがないとは言い切れない。 ――よし、大丈夫。 「ありがとうね、助かった。大事な物なの、試合中も手放せないくらい」 戻そうとしたところへ、相羽から要望が届く。 「あのさ。中の琥珀、見せてくれないかな」 「うん? そう言えば、前のときにそんな話になってたんだったっけ。もちろ んオーケーよ」 気易く了解して、ポケットに向かっていた手を戻す。どうぞと差し出した。 「大切に扱ってね。相羽君なら言わなくても分かるでしょうけど」 「うん。……」 押し黙ると、慎重な手つきで袋を受け取り、口の紐を緩める相羽。唾を飲み 込む音が聞こえたような気がした。 球技大会は佳境を迎えていた。 各学年でソフトボール、サッカー バスケットボール、バレーボールの四種 目それぞれが決勝戦に突入。純子達バスケは準決勝で惜しくも敗退してしまっ たが、十組では男子サッカーが残っている。当然のごとく選手以外の全員でフ ィールド周囲に集まり、応援に力がこもるというもの。 「これまでの勝ち上がりは……」 試合が始まるまでの時間を利して、グラウンド脇にあるボードでトーナメン ト表に見入る。 十組のチームは1−0、2−1、3−2と、数列のようなスコアを残してい ると分かった。 「ずうっと一点差」 別のクラスの井口が何故かやって来ていて、不平そうに言った。彼女の心理 を読むかのように、町田がぼそりと一言。 「無駄のない格好いい勝ち方とも、冷や汗ものの勝利とも言えるわね」 「二人とも、よそのクラスの勝ち方に文句を言わないでよお」 手で追い払う真似をするのは富井。決勝戦の相手が町田や井口のクラスでは ないのは幸いだ。 「文句じゃないわよ。だいたい、私らはよそのクラスのために応援に駆け付け たんだから、邪険にしないでもらいたいわ〜」 「芙美ちゃん、何か面白がってるぅ」 愚にもつかないやり取りを始めた町田と富井に、純子は呼び掛けた。 「二人とも、ほら。もうすぐ始まるみたいよ」 グラウンドを指差す。 富井は口論をぴたりと中止し、満開の花みたいにこぼれる笑顔でグラウンド に注目。その後方で、町田がやれやれとわざとらしいため息をついている。 ともあれ、決勝戦はスタートを迎えた。 基本的にサッカー部の部員はサッカーの試合には出られない。だが、人数の 都合でどうしても入れざるを得ないケースは例外だ。そしてその例外は、相手 チームに当てはまる。 十組には一人もいないのに対して、二年一組には二人もサッカー部員がいる。 しかも一人は二年生にしてレギュラーらしい。息のあったコンビプレーを序盤 から周囲に見せつけてくれる。 当然、苦戦を強いられる十組。自陣内でのプレーが多く、押されているのは 明らかだった。 「いやーん! ずるーいっ、攻めないでよ〜!」 富井ならずとも、そんな悲鳴にも似た声援(ブーイング?)が十組応援団か ら上がる。それが一組の反発を招いて、真夏日の水銀温度計を思わせる勢いで 応援合戦も激しさを増しつつあった。 だが、試合が進むにつれ、異変に気付く者もちらほら出始めた。 異変と言うと大げさかもしれない。一組がいくら攻め込もうとも、十組が得 点を許さない。ただそれだけのことなのだから。 「どうなってるの?」 前半も三分の二まで経過した時点で、純子もようやく気付いた。無論、こん な展開になる理由までは見当も付かない。 首を左右交互に傾げて悩んでいると、横に人の気配を感じた。 「お、すげえな。俺もサッカーにすればよかったかも」 唐沢だった。バレーに出場した彼は一回戦で姿を消していた。ただし、スポ 根アニメの真似をして笑いが取れたので、本人及びチームメイトはご満悦の様 子だったが。 「唐沢君。見てて、どう? 勝てると思う?」 「前半をこのまま凌いで、後半開始後の五分を乗り切れば、勝つ可能性もぐん と高くなるぜ」 「ふうん。どうして?」 純子が見上げるのへ、唐沢は不思議そうに見下ろしてきた。微笑して視線を フィールドへ戻す。 「簡単だよ。勘みたいなもん。でもねえ、接戦に持ち込めば勝ち目はあるもの さ。緊張感を途切れさせず、0対0のまま行って、ぽんと点を取る」 「それくらいは分かるわ。私が知りたいのは、相手にはサッカー部のレギュラ ーの人達がいて、実際に凄い技を見せられているのに、何故、失点しないのか しらってことなの」 ボールの行方を目で追いつつ、純子は早口で問うた。今、戦いの場では、相 羽がスライディング気味のアタックでボールを奪い、パス先を探している。位 置的にはよくないが、久々のチャンスには違いない。十組の歓声が一際大きく なる。 「そりゃまあ、攻撃のパターンが一つしかないからだ。多分ね」 「攻撃のパターンが一つ? ……ああ」 何となくではあるが飲み込めた気がする。 「一組の人達はレギュラーの二人にボールを集めるから、攻撃が単調になって いるってこと? 私達からすれば守りやすいし……」 「ぱんぱかぱーん、ご名答!」 おどけて答える唐沢。ボールは、再び敵チームの手に……足に渡った。 「言いたかないけど、一組はサッカー部員を除けば大したことない。完全にあ の二人に頼っちまっている。あれでは攻めあぐねても、当ったり前だのこんこ んちき。そこへ行くと我らが相羽クンは策略家だからな」 唐沢の期待を込めた予測通り、両チームとも無得点のまま折り返し。後半突 入後の五分間も凌ぎきった。 「あとはいつチャンスを作るか、だな」 「うんうん」 「これまで藤井の運動量が少ないだろ。多分、セーブしてる。藤井の奴がゴー ル近くまで切り込んだときがポイント。ロングパスでつないで一気に行くつも りだとにらんでる」 「唐沢君が詳しいのって、テニスだけじゃないのね」 両手の平に息を吹きかけながら、感心する純子。 唐沢はその瞬間、上目遣いになって自嘲した。 「いや……これは相羽達が作戦練ってたのを小耳に挟んだまででして」 隠し通せばいいものを、裏があることを自ら認めた。 「なぁんだ。それじゃ今までのは全部受け売り?」 「それも違うぞ。少しは自分で考えたんだから」 「それにしたって、物知りのふりしてればいいのに。デートのとき、女の子を リードするのに必要じゃない?」 「……この人だけには表面を取り繕いたくない、そんな相手もいるのさ」 意味深な調子で述べた唐沢だったが、この直後に会話は中断された。 十組応援団の一角で歓声が起こった。 「すげ! ヒールパスかよ」 相羽がサッカー部員二人を引き付けておいて、意表を突いた踵でのパスをし、 間を抜いた。ボールを受けた徳野は長くはキープせず、前線に蹴り出した。低 い弾道を描いたボールを、絶妙のタイミングで藤井が受け取る。 「オフサイドじゃないか?」 一組の側からそんな声が上がったが、審判の旗は動かない。 「ちげーよ。キーパーを除く全員がセンターを越えてこっちの陣内に入ってた んだからな。特例ってやつ」 唐沢がつぶやいた。何だかんだ言って、そこそこ詳しいようだ。 フィールドに目を転じると、藤井はそれまでのお芝居をやめて、一気に加速。 敵が戻ってこない内にゴール前に達するや、キーパーの足下めがけてシュート。 ご丁寧にもフェイントを入れた。 寒風の中、この段階まで攻め込まれず、ほとんど動いていなかったゴールキ ーパーの反応は鈍かった。 そよ風程度のささやかさだったが、ネットは間違いなく揺れた。 * * 相羽は心底安堵しながら、着替えに取りかかった。 (二つ勝ててよかった。集中力、落ちてたから危ないと覚悟してたけど、どう にか保ったな) 集中力が途切れがちだったのは、昼の出来事が大いに影響していた。 そのときのいきさつを思い起こすと、着替えの手も止まりそうになる。 (偶然? それとも、僕の記憶が曖昧になってるのかな……) 似ていた。 思い出の中にある、あの子の琥珀と。 (いいや、記憶は薄れてなんかないっ) 相羽は強く強く頭を振った。運動のあと、乱れた髪がさらにばらける。 (あの子の面影が純子ちゃんと似てるのも偶然なのか? 二つも重なるなんて、 普通はない。僕の思い込みじゃなかったら、あの子は純子ちゃん……) 鼓動が激しくなったような気がした。 相羽はまた一つ、思い出した。 (恐竜展で購入したと文化祭のときに言ってたよな。あ、前に、小学一年か二 年の頃、恐竜展を見るために遠出したって聞いたっけ。この二つの恐竜展、同 じと思っていい?) 相羽は小学一年生の夏、父にせがんで恐竜展を見に行った。そこで出会った 同じ年頃の女の子に琥珀をあげたり、一緒に迷子になったりした。 (しっかり名前を聞いとけばよかった! 迷子のあと親と会えて、あの子のお 母さんが名前を呼んだはずなのに) 相羽自身、泣きそうになってる女の子の手前、平気な姿を見せようと頑張っ ていたため、迷子状態から脱した瞬間は緊張感が一気に解けた。おかげで、女 の子の名前を聞きそびれてしまったのだ。 (純子って呼んでたか? 『この子』だったかもしれないし) 無意識の内の記憶を呼び覚まそうと試みるが、さすがに無理。 それでもまだ記憶の糸を手繰る相羽は、周りに神経が行っていなかった。 「おい。おい? 相羽? 何してんだ?」 「あ。徳野」 「『あ』じゃねえよ。早く着替えて、戻ろうぜ」 一人取り残されそうになっていることに、ようやく気付く。 すぐさま外に出ると、一息ついて思いを巡らせた。 (琥珀のあの子が純子ちゃんだとしたら、純子ちゃんは僕のことに気付いてい るんだろうか?) 無論、他人の心の中は覗けない。しかし推測は可能だ。 (気付いてたら、きっと口に出してるよな。確かめずに黙っているような性格 じゃないと思うし、黙ったままでいる理由もない。ということは多分、全然気 が付いていないんだ) 音を立てて大きな息を吐き出した。 (先にこっちから確かめたい。ストレートに聞いてみるか?) 迷いはまだ大きく相羽の頭上にのしかかっていた。 * * ――つづく
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