長編 #4764の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
その人は何か言った。でも、それは僕の知らない言葉だ。かすかに疑問文らしい ことだけが分かる。 「おまえは誰だ」 僕は逆に問い返す。何もかもが謎だった。 例えばこの部屋。何でこんなに狭いんだろう。はっきり言って、見たことのない 家具ばかりで、ベッドもない部屋ではろくにくつろげないに違いない。何より、ど うやって寝るのだろう。床にごろ寝なのだろうか。 それに色。どうしてこんなに壁が白いのだろう。世の中には白い木なんてあるの だろうか。いや、そもそもこの壁は木ではない。かといって石でもない。まったく 未知の物質のようだ。机や椅子、そして服にいたるまで、そのほとんどが今まで見 たことのない色だった。 そして僕。そもそも僕は何故ここにいるのだろう。知識神の神殿に勤めている人 々の生活する寮。僕はそこの一員だ。二階の方が景色がいいというので人気がある けれど、僕は一階の方が気に入っている。目覚めたときに窓から見える自然。それ が四季に応じて移り変わっていく様子は、まさしく自然の神秘だ。地面に近い一階 だからこそ、自然を身近に感じられる。 僕が昨晩眠りについたときは、確かに見慣れたいつもの自分の部屋だった。それ が、目がさめて頭がはっきりしないまま着替えて、ふと気がつけば見たこともない 部屋。不可解と言わずしていったい何だというのだろう。 「驚いたな。君はあっちの人なんだね」 今度は僕の分かる言葉だ。でも、その内容はまったく理解できない。“あっち” とはどこの事なんだろう。それよりも、この人はいったい誰なのだろう。 色白のおとなしそうな男の子。 それが彼を見た僕の第一印象だ。座っていてよく分からないけれど、背は少し高 め。でも、やせていて力は弱そうだ。黒い目、黒い髪。どこにでもいそうな平凡な 顔つきなのに、どこかひかれるところがあった。15才位のちょっとかわいい男の 子。けれど、僕とはどこか違う。 僕と同じ年頃だというのに、彼には生きていくだけの力が感じとれなかった。 この人は世の中でどの様に生きているのだろう。どうやって生活の糧を手にいれて いるのだろう。僕が今までに見た中では、良家の坊ちゃんがこういう感じだった。 ふと気づいた。彼の目だけは違う。外見とは逆に、その目は老人を思い出させた。 すべての事を知り尽くしたような目。何か大きな運命を背負っているような瞳。そ の瞳は、暗い闇の色の中に深い哀しみをたたえていた。 「君、名前は?」 「ジス」 僕はそれだけ答える。彼の声はどちらかというとアルトで、声だけでは男か女か 判断するのが難しい。外見からは男の子だと分かるのだけれど。 「ジス、か。本名は?」 あまりにさりげない質問。けれど、僕はすぐには答えられなかった。 そう。“ジス”というのは一種のコードネームであり、本名ではない。それを、 会ったこともないこの人が何故知っているのだろう。 僕の驚愕を読みとったのか、彼は微笑みながら言った。 「ああ、別に僕は君の事を知っているわけじゃないよ。でも、僕はたまたま音楽を 少しかじったことがあってね。音階のドレミファソラシは、アルファベットで言え ばCDEFGAH。ドイツ語読みすれば、ツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、 ハーとなるわけだ。君の名前の”ジス”っていうのはG(ゲー)の半音高い音の事、 つまりG(ゲー)のシャープの事なんだ」 そこまで言うと、ちょっと小首を傾げてみせる。 「君の世界でドイツ語が通用するかどうかは分からないけどね。もちろんこれが本 名かもしれない。でも、普通はこんな名前よりももっといい名前があると思うんだ。 特に君みたいな女の子の場合は」 見破られた。僕は……そう、“僕”という一人称を使っているけれど、僕は女だ。 男の子が将来の夢を語る中で、女の子は“結婚”という選択肢を選ぶことを強要さ れる。それが嫌で、男の子に負けないつもりで男言葉を話すようになった。知らな い人なら誰もが男の子と間違える。 今も、男が着るチョッキにズボン。お世辞にも胸は大きくないから、十分“少年” で通用するはずだ。それを、この少年は少し見ただけで見抜いてしまった。 「お前はいったい……」 僕の問いに彼は静かに答えた。 「僕の名前は、野田翔吾」 「今僕たちがいるこの世界と、君のいたの世界は、本来ならばまったくつながりが ないんだ」 ショウ−−彼はそう呼んでほしいと言った−−は、僕がこの世界へ来た理由を話 してくれた。 「でもある時、この2つの空間に橋をかけた人がいて、それ以来お互いの世界はか なり接近しているんだ。橋、と言うよりはトンネルって言った方が近いかもしれな い。それで、君がこの世界に来た理由だけど、たぶんこの2つの空間がほんの少し だけ、それも一瞬だけ重なったんだと思う。つまり君のいた場所と、僕のいた場所 が。君がここにいるのにその他の物についてはまったく変化がないことから考える と、重なった空間はすぐに離れて元に戻ったんだろう。その時、空間が元に戻るは ずみで君は今ここにいるんじゃないかな」 彼の言うことは、すぐには信じられないことだった。そもそも、自分の住んでい る以外の世界があるなんて考えたこともなかったし、空間同士がぶつかるなんて言 うのも、事態が大きすぎて信じられない。 信じられない。そのはずなんだけれど……。 僕は結局すべてを受け入れることにした。何もかも納得できないことばかりだけ れど、僕が今ここにいる、そのことがすべてを証明しているような気がする。 もっとも、彼が何故こんなことを知っているのかは謎だけれど。 「君はなぜそんなことを知っているんだ?」 彼が説明を終えた後、僕は彼にたずねてみた。でも、返ってきたのははぐらかす ような言葉。 「そのうち時が来れば話すよ。僕がどうして知っていたのかだけじゃなくて、僕の すべてをね」 ショウは悲しそうだった。まるで自分が化物で、それ故に悩んでいるかのようだっ た。 「なあ、もっと元気を出した方がいいぞ。君のそばにいるだけで、こっちまで気が 滅入ってしまう」 僕が、けなしているのか励ましているのか分からないような言葉を口にしたとき、 彼の机の上に置いてあった石が宙に浮いた。 透き通るように白くて、2本の指でつまめるくらい小さなその石は、ちょうど椅 子に座っているショウの目の前まで移動すると、そこで静止した。彼も慣れている のか、表情ひとつ変えずにその石を人差指と親指でつまむ。 「ショウ? 私、フミです。あなたの学校って今日は創立記念日で休みだったわよ ね。今通学途中の駅なんだけど、私はこれから学校に行くからよろしく。場所は明 治神宮のあたり」 「ねえ、ひょっとして僕以外はみんな学校?」 「え? あ、きゃあ。もう8時15分じゃない。それじゃそういう事だから!」 それきり、石からは何も聞こえてこなくなった。 「やれやれ。せっかく創立記念日だっていうのに。他の人たちが勉強しているとき に家でのんびりできると思ったのになぁ」 ショウは深々とため息をつくと、僕の方を向いた。 「君はどうする?」 「え?」 どうするもこうするも、何が起こったのか分からないのでは話にならない。そん な僕の考えが表情に出たのか、彼は説明してくれた。 「今のは僕の友達のフミからの通信なんだ。ああ、この石は通信石っていって、上 下を2本の指で少し強くつまんで、石を持っている他の人をイメージするとその人 と話をすることが出来るんだ。それで、明治神宮……って言っても分からないか。 とある場所に怪物が出たから倒してほしいんだって。」 それでもよく分からなかったが、とりあえず納得。 「君もくるかい?」 ショウの問いに僕はうなずく。こんな所に一人で放り出されてもどうしていいの か分からないのだから、彼について行く方が賢明だろう。 「君のその格好は目立つなぁ。僕のTシャツとGパンを貸すから、それに着替えて。 僕は後ろを向いているから」 そう言って渡されたのは、前になにやらよく分からない文字と絵の入った半袖の 白いシャツに、少し厚手で濃い青色のズボン、それと同じ色のチョッキだった。同 年代の異性の目の前で着替えることはためらわれたが、今はそれどころではないと 思い直して、新しい衣服を身につける。 「なあ。この金具は何だ?」 「もういい? ああ、これはチャックだよ。ちょっと失礼」 そう言うと、彼はその金具を動かした。がら空きだった前がきれいに閉じる。軽 く動いてみたが、特に違和感もなくなかなか動きやすい。 ショウの方は、少し灰色がかったシャツに、僕と同じく濃い青色のズボンとチョッ キという格好だった。机の上にあった小物をいくつかポケットに入れている。 「これでよし、と。そっちもいい?」 僕は無言でうなずく。 「あんまり急いで行かなくてもいいのかな。彼女も“すぐ来て”とは言ってなかっ たし。よし、電車だな。鷺ノ宮駅から高田馬場駅まで行って、原宿駅までJRか。 290円だったかな? あ、そうか。ジスの分もあるから580円。往復1160 円か。高いなぁ……。ま、いいか。それじゃ行こう」 それからは驚きの連続だった。 いたるところにある石造り(本当は石ではなく、“こんくりいと”というものら しい)の建物。完全に舗装されている道(“あすふぁると”というもので舗装され ているそうだ)。それに、“自動車”という動く箱(これは人が中に入って動かす らしい)。さらには“電車”というとても大きくて長い箱。その箱の中から見た、 天まで届くかと思うほど大きな“びるでぃんぐ”。 「なあ」 箱を乗り換えるとき、僕はたまらず口を開いた。 「この世界って、どこもみんなこんな感じなのか?」 「え、どうして?」 「なんだかせわしないぞ。君も含めてどの人にも生きていく気力が感じられない。 ただその日その日を単調に繰り返してるみたいだ。まるで機械みたいだな」 僕がそういうと、ショウは一瞬反論しかけて、少し悲しそうな表情をする。「そ れ、当たってるよ」 そう言った時の彼の表情は、世界中の重荷を一人で背負っているかのような、重 く苦しそうなものだった。 「僕たちこの世界の人間は、すでに進化の袋小路にはまりこんでしまったんだ。君 の言った通り、この世界の人間たちは生きる喜びをなくして、生きる意味を見失い かけてる。毎日が単調な作業の繰り返し。まるで働き蜂だよ」 僕は何も言えなかった。この人たちは、毎日が単調でも飽きないのだろうか。何 かを感じないのだろうか。 彼は周囲に聞かれないように小さくしていた声を、いっそう小さくして続けた。 「もちろん気づいている人だっているよ。家庭でのゆとりを大切にしようとか、子 供を勉強だけに浸さないようにしようとか。でも、少なすぎる。それに、そんなこ とは周りから強制される事じゃないだろ。だからといって、自分で気づくのを待っ ていたら、たぶん間に合わないだろうな」 「間に合わない?」 「そう。人間は自然からはみ出た異端者になりつつある。そのうち自然の方が黙っ ていないよ。それに……」 どこか遠くを見つめる瞳。その時、彼はその視線の先に未来を見ていたのだろうか。 「それに、人間は自滅していくのさ。戦争もそうだけど、何より種としての終わり が近いような気がする。ジス、君の世界では女の人は何人くらい子供を産むの?」 「え? 3から5人だけど」 「だろうな。僕のこの国だと、1から2人だよ。もちろん例外もあるけれど、大多 数がこの範囲だ」 「でも、それだと人口が減っていかないか?」 「この国ではね。世界全体だと逆に増えすぎて、食料生産が間に合わないくらいさ。 ……降りよう、着いたよ」 箱についている扉が自動的に開き、大勢の人々をゴミのように吐き出して再び閉 まる。 「僕たちの世界はあちこちに問題をかかえているのさ。重病人だよ」 “きっぷ”とかいう紙切れを自動的に吸い取る機械を抜けると、ショウは僕を先 導しながら、また口を開いた。 「どこか別の世界に逃げだしたいな」 僕には話が難しすぎてよく分からなかったが、ショウの口調から、かなり深刻な 状態であることは理解できた。そういえば、今まで木々の緑をあまり見ていないよ うな気がする。地面も土ではないし。 《自然に見捨てられた世界》 それが僕のこの世界に対する印象だった。 「ほら、見てごらん」 石造りの橋を渡った僕の目の前に、緑の鮮やかな森が広がっていた。さっきまで の印象をすべて打ち消してしまうような大きな木々。無意識のうちに感嘆の声をあ げてしまう。 「なんだ。自然ならちゃんとあるじゃないか」 「こんな風に自然のあるところなんてまずないよ。ここは一種の例外さ」 「でも、あるにはあるんだろ」 「まあ、ね」 自然を見て感激してしまった僕は、なんとかしてショウの悲観的な考えを変えよ うとしてみた。自然がある限り、人間だってきっと生きていけるはずだという確信 が僕にはあった。 と、急に彼の目が細くなった。森の奥を見据えている。 「いた……」 「あ、待てよ!」 走りだしたショウを追って、僕は森の中へと入っていった。
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