長編 #4758の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「いちいち約束しないと話ができないのかよ、まったく」 頭をかくとため息を吐く唐沢。 「ま、忙しいって言うんなら引き留めないが、どうなん?」 「暇だよ。……あれ? おまえこそ今日はテニス部があったはず」 「休み! 自主的にな」 あっけらかんとした物腰の唐沢。 「おぉい。そんなのでいいのか」 「いいのだ」 「みんなから怒られるぞ、きっと。前に、町田さんからもうるさく言われてた じゃないか」 「おまえまで何を言い出す。そんだけ大事な話ってことだ」 「じゃあ聞こう。早く言ってくれよ」 促された唐沢は相羽と同じように、壁にもたれて楽な体勢を取る。 「調理部の部活で何かあったのか? おまえの様子が変だって聞いたぞ」 「誰から?」 「おまえ以外の部員から」 にやりとして答える唐沢。 「もち、二年生の女子ばかりだけどな。何気なく小耳に挟んだところによると、 活動の間、相羽クンの口数が減っているとか」 「そうか? 思い当たる節なし」 「本人は気付かないもんかもな。みんな気にしてるようだぜ。何かあるだろ、 思い出せ、ほら」 「そんなこと言われてもな……さっぱり」 「嘘つけっての。じゃあ、ほんの一例までに、具体的に行くとしますか。そう だなあ……」 顎先に片手を当て、上目遣いに考える風な唐沢。その唇の両端は、わずかば かり上に向いている。 「涼原さんとまともに顔を合わさないのは何故だ? 俺が教室で見てても分か るぐらいだったぞー」 言って、底意地悪そうに笑う。 相羽は相手から目をそらし、天井を見つめた。 「はた目からでもはっきり分かる……かな」 「あん? さあな。とにかく、気付いた奴が一人はここにいるってことだ」 「どうしても言わなきゃだめか? ……だめみたいだな」 相手を一瞥し、その表情を解釈してあきらめる相羽。 「唐沢、おまえさー、初夢見た?」 「見てないな。言われるまで考えもしなかったが。どうでもいいけど、関係あ る話なのか? そうとはとても思えん」 壁から離れると唐沢は相羽の真正面に立った。窓ガラスの反射する光がまぶ しいのか、目を細くし若干しかめっ面になった。 それから相羽を挟むようにして両腕を壁につく。 「ここまで来たんだからごまかさず、正直に言えよ」 「正直に答えてるさ。――こういう体勢は、せめて女子相手だけにしてくれ。 さすがに気持ち悪い」 身を沈め、相羽は右横に逃れた。そして再び立ち上がると同時に話を続ける。 「見たんだよ、初夢。それが……」 言い淀む相羽は、手をついたままこちらを凝視してくる唐沢へ向き直った。 だが、言葉はまだ出て来ない。 しびれを切らした感じで、唐沢が言った。 「どうした?」 「うん。唐沢は夢で……裸見たことないか?」 「な、何だ? 裸?」 「……」 唐沢が飛び付くように接近してきて、目を見張っている。口を半開きにした なかなか滑稽な顔立ちになっているが、相羽にしても笑える気分でない。 「裸って、女の、だよな」 音では答えず、仕種で肯定した相羽。前髪がかすかに揺れ、額をくすぐった。 「芸能人水泳大会の夢ならあるが、裸はなあ。残念ながらなかなか見ない」 「そっか。俺、初夢で見たんだよ。あんなの、初めてだ。びっくりして、起き たときは汗びっしょり。それからどきどきしてきてさ、頭が」 「待った。肝心なことを聞いてないな」 唐沢が人差し指を向けてきた。口をつぐむ相羽。奥歯がこすれ、ぎりっと音 が響いた。 「誰の裸を夢で見たんだ?」 対して、相羽はたっぷり十秒は間を取って、おもむろにぼそっと答えた。 次の瞬間、唐沢は吹き出していた。 「はあー、やっと分かった! うんうん、なるほどな。そーかー、相羽君も普 通の男の子だったか」 「そんな大声で言うなよ」 辺りを気にする相羽だが、唐沢の方は無頓着に続けた。 「映像は鮮明だったのか? いや、それよりもおまえの想像の中では、涼原さ んはどういう身体つきなわけ?」 「……誤解を解くために言うが……想像じゃなく、見たことあるんだ」 「なぬ?」 唐沢ははしゃぐのをやめ、しばし固まった。唇を内側に噛んで湿らせると、 口調を真剣なものに改める。 「どういう状況で見た? 小学校のとき、着替えを覗いたとか言うつもりなら、 怒るぞ」 「違う。い、いや、それもあるけど」 ごにょごにょと言葉を濁す。墓穴を掘ってばかりで、話がまずい方まずい方 へ行っている気がする。 「他の奴には絶対に言うな。それが涼原さんのためになるんだから」 「ああ」 見かけと違って唐沢の口の堅さはこれまでの付き合いでよく分かっていた。 確約を取り付けると、相羽は林間学校での入浴場での一件を伝えた。 「そんなことがあったのか。道理で、帰りのバスの中、おまえ達の様子が変だ と思った」 「林間学校のあれっきりで忘れたつもりだったんだ。なのに、思い出して、よ りによって初夢で見るなんて」 「顔を合わせると、またまた思い出しちまうってわけだな。何て言うか、ある 意味で羨ましい悩みだぜ」 「冗談じゃない。何をやるにも集中できないんだ。涼原さん、隣の席だろ。気 になって、授業にも身が入らない」 「頭の中はピンク一色ってか」 「おまえねえ」 おふざけ調に戻った唐沢に、相羽はがっくりうなだれた。 が、唐沢はすぐさま表情を引き締める。 「涼原さんも心配してたぞ。おまえの様子が変なのは、もしかしたら自分のせ いじゃないかって」 「はぁ……しかし、こんな理由、話せないよな」 「そりゃま、そうだ。『君の裸を夢で見て以来、ずっと頭にちらついて、まと もに顔を合わせられません」なんてな」 最前の真面目な様子はどこへやら、唐沢は歯を覗かせて意地悪な笑顔を作っ た。明らかに面白がっている。 「わけを話せないのなら、おまえが元通りになるしかないよ。せいぜいがんば ってくれたまえ」 手の平で肩口を叩かれ、相羽は大きく吐息した。 (この気持ち、武道の修行をもっと積めばコントロールできるようになるのか な、やっぱり) そんな心理を読み取ったみたいに、唐沢が一言。 「相羽もまだまだ修行が足りませんなー。ほっほっほっ!」 * * 待ち合わせ場所の喫茶店「アストロノート」に約束より少しばかり早く着い たが、店内にはすでに相羽の母の姿があった。 最初に大人同士、ついで純子から挨拶をして、席に着く。 「お話を始めるまで、もうしばらく待っていただけます?」 飲み物を頼んでから、相羽の母は申し訳なさそうに切り出した。 「実は、純子ちゃんに仕事を頼みたいと言ってきた方が遅れていますの。先ほ ど連絡があって、五分程度の遅れで到着できるだろうという話はしたのですが ……お忙しいところをすみません」 「いえ、そんな。それぐらいなら」 純子の母が、慌てた風に応対する。 「それでしたら、相羽さん。そのお仕事の中身を、簡単に説明していただけま せん? その方が、純子も心構えができるでしょうし」 言ってから覗き込んでくる母へ、純子は黙ってうなずいた。手はおしぼりを もてあそんでいるしかない。 「もちろんかまいません。ですが、私も詳しい話は聞かされておりませんので、 先日電話で申し上げた概略を繰り返す程度しか……。先方のおっしゃるには、 雑誌に載った純子ちゃんの写真を見て、インスピレーションが湧いたとかで、 ついては演技の方のテストをさせてもらいたい、と」 「……最初に伺ったときは信じられませんでしたけど、ドラマか何かというの は本当の話なんですね」 純子の母がこぼした息は、感嘆のためだろう。 「何らかの映像作品への出演依頼なのは間違いありませんわ」 「それは、あの、相羽さん。私、さっぱり分からないものですから、おかしな こと言うかもしれませんが、純子を−−うちの子を、テレビドラマか何かに出 すという……」 「そうなりますね」 相羽の母が努力して作ったような笑顔でうなずいたとき、店のドアが鳴った。 「よかった。来られましたわ」 扉の方を振り向いた相羽の母の口調は、いくらかほっとしていたかもしれな い。遅れは五分以内で済んだようだ。 さておき、新たに現れたのは二人。 一人は明らかに男性だが髪は長く、紫がかったサングラスをかけた人。 もう一人は、野球帽−−日本の球団ではなく、大リーグの物らしい−−を目 深に被り、さらに、こちらは真っ黒なサングラスをかけた小柄な人。 いや。その全身が見えるに連れ、小柄なのではなく、成長過程なのだと分か った。肩に回したバンドでジーパンを吊り、そのポケットへ両手を突っ込んだ ままやって来るのは、間違いなく「男の子」であった。年齢は純子と同じぐら いだろうか。だとすれば、背は高い方と言えそうだ。 「遅くなりまして、どうもすみません」 長髪の方が相羽の母へ詫びを入れ、それから挨拶する。 「私の方は結構ですから、そちらへ」 「ああ。いや、どうも失礼をしました」 相羽の母に促され、男は身体を腰の部分で折り曲げるような格好で、頭を下 げた。その傍ら、少年の方は首をひょいとすくめる風にしただけ。一言も発さ ないでいる。 「私、ガイアプロの藤沢と申します」 言いながら名刺を出してきた。藤沢義邦(ふじさわよしくに)とある。 戸惑いを露にしつつ、純子の母はその名刺を押し頂いた。 「ご丁寧にどうもすみません。私、純子の母ですが……あのぉ、藤沢さん。失 礼ですが、ガイアプロとはどのような会社なのでしょう……」 「ええ、ええ。ちっとも失礼ではありません。世間一般では知らない人の方が 多いでしょう。平たく言えば、芸能プロダクションですね」 「その芸能プロダクションの方が、どういういきさつで、うちの純子を……」 母が色々と聞いている間、純子は肩身を狭くする思いで、どきどきしていた。 (あの男の子……どこかで見たことある。多分、テレビで……) そう考えていたところへ、芸能プロダクションなんていう言葉が飛び出てき たものだから、一気に確信めいたものができた。ガイアプロという名にも聞き 覚えがあった。 「あの」 大人達の横合いで、純子は少年に話かけてみた。おずおずと、小さな声で。 「ん?」 相手の声はかわいらしくさえあったが、帽子のひさしに手をやり、眺めてく る仕種は幾分、中年の男性じみていた。 「間違っていたら、ごめんね。そのぅ、あなた、香村綸……さんじゃありませ んか」 テレビドラマやCMに多数出演し、人気抜群のタレントの名を挙げた。アイ ドルと言っていい。 「ふふ、そうだよ」 香村綸は口元にしわを寄せ、愉快そうに、そして何故かニヒルさも漂わせな がら、あっさりと言い放った。 (わ! ほんとに?) 「藤沢さん、ますます気に入っちゃった。この子、僕のことを知ってくれてい るよ」 一時的なミーハー気分に襲われて少なからず感激する純子の前で、香村はサ ングラスを外しながらマネージャーへと語りかける。現れた素顔は、見紛うこ となく香村綸であった。 「ああ、それはよかった」 感情の見えない声で応じた藤沢は、純子へと視線を向けてきた。 「ねえ、涼原純子さん。香村綸のことを知っているんだったら、彼とドラマで 競演してみたいなんて、思わないかしら?」 微妙に丁寧な口調で話し掛けてくる。夢見心地の純子の耳へ呪文みたいに届 いた。お断りしようという決意も忘れ、後先考えずにうなずいてしまった。 「オーケーしてくれたよ、彼女」 サングラスを掛け直すと、香村は口元に笑みを乗せた。 −−つづく
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