長編 #4753の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
何でもないと片手を振る長瀬を遮り、純子は、 「ねえ、聞いてよ。長瀬君たら」 と全てを伝える。 「唐沢君に似てきたね」 井口がそう評すると、長瀬は心外だと言いたげに、笑い声とともに首を横に 振った。 「一緒にされちゃあ、たまりませんや。今日もあいつ、一対三ぐらいでデート なんじゃないかねえ、大方」 「新年早々、忙しい奴」 相羽も苦笑混じりに腐した。 「そういうおまえは、誰かさんから誘われなかったのかよ、初詣に」 「ん?」 長瀬のウィンク付き問い掛けに、首を捻る相羽。 「だからこうして、みんなで……」 「ノー! 白沼さんのことを言ってるんだが」 「あ、知らないのか。白沼さん、今年の正月は海外だってさ」 「何?」 驚いたのは長瀬のみならず。 「へえ。全然、聞いてない」 「自慢げに言って回るかと思ったら、案外」 「いや、海外旅行慣れしているんだよ、彼女」 さすがに長瀬はすぐさま落ち着きを取り戻していた。 「小学校のときは夏休みや冬休みの度にグアムだ、ハワイだ、オーストラリア だと散々自慢してたんだぜ。今度はどこだって言ってた?」 「うん、ロサンゼルスかマイアミ……どっちだっけ。よく聞いてなかった。両 方かもしれない」 上目遣いになって記憶を手繰るが、結局思い出せないままでいる相羽。 「相羽君から白沼さんへ尋ねたわけじゃないのね……」 遠野が、どこか安心した風につぶやいた。 「どうせなら、エアメールで年賀状をもらいたかったな。ははは」 「何日遅れになるんだよ、それ」 相羽の冗談に、長瀬がきちんと突っ込む。 やがて一行は鳥井の下を抜けて、往来に出た。やっと再会だ。 お祈りが効いたのか、純子の――久住淳のデビューシングルは好調な売れ行 きを示していた。 発売した週にいきなりヒットチャート三位に飛び込み、三週目に入ってトッ プに立った。新人としては特筆ものだ。 (鷲宇さんの人気って、物凄い) その手の雑誌を机上に広げながら、純子は他人事のような感想を持った。発 売から日が経ち、売れ行きの勢いを目の当たりにする内に、当事者である意識 はどんどん薄らいでいる。 (本人が唄わなくても鷲宇憲親の曲というだけで、これほどの人気。久々の新 曲だったせいもあるんだろうけど、絶大だわ。市川さん達が特別な売り出しを かけるって言ってた意味、よく分かった。宣伝しないことが、逆にファンの興 味をかき立てるのよね、鷲宇さんほどのビッグネームになれば。とにかく、自 分は幸運に感謝しなきゃ) 純子は脳裏のスクリーンに浮かんだ鷲宇や市川、相羽の母、その他スタッフ の面々に頭を下げた。たまにこうしないと、肩にかかる期待という名の荷が重 みをずんずん増し続けて、潰されそう。 (それにしても市川さん達、今後どうするつもりなんだろう? 取材の話がた くさん来てるって聞かされたのよね。いつまでも表に出ないままで行くのかな。 自分はその方がいいけれど) 両腕で頬杖をつき、カーテンレールの辺りを見上げながら、思いを巡らせる。 年始の挨拶の際に事務所から知らされたところによると、記者会見の予定や 経歴の問い合わせ、インタビューの申し込みが多数に、気の早い雑誌社はグラ ビアにページを割きたいという。鷲宇憲親のラインからミュージックビデオの 製作も打診されている。 他にもCM関連が何件かあり、こちらの業界の方はさすがに缶飲料『ハート』 の少年(青年と表現する者もいた)だと察していた。 現時点で確定しているのは、曲そのものの宣伝をテレビやラジオ等で流すこ とのみ。これにしても、純子本人が映像として出るかどうか未定である。いく らまだ右も左も分からぬ世界のことと言えども、多少不安になるというもの。 (誰かに直接会って、聞いてみようかしら。相談もしたいし。相羽君のお母さ んが一番聞き易いかな) 頭ではそうだと理解しているものの、実行できないでいる。 純子はため息をついて、思考を続けた。 (ドラマの話、どう返事しようか決めかねているのよね。お母さんは私の好き なようにしなさいなんて言ってくれたけれど……。やってみたい気持ちはある。 でも、今すぐは無茶じゃないかって思う) 悩みの声が天に通じたわけでもなかろうが、数時間後、冬休みも残り少なく なったその日の夕刻に、相羽の母から電話があった。 「すみません、まだ決めてません……」 催促されない内から、純子はドラマの件に触れた。 「会うだけでもだめ?」 「会うのは……多分、かまいません」 「そうするのがいいと思うわ。この話、私が窓口になっているのだけれど、ル ークの方からせっつかれてるのよ。主導権を渡してくれって市川さんがうるさ くって」 相羽の母の、肩をすくめる姿が思い浮かんだ。 「しびれを切らしたルークが進めちゃう前に、きちっと応対しておくのが賢明 よ」 「ですよね」 モデルの涼原純子と、歌手の久住淳。一人二役の上、所属も形式的にではあ るが別々にしている弊害が出始めたようだ。ここは相羽の母の言うことに従う としよう。 「お任せします」 純子は電話口でうなずいた。相羽の母の安堵の息が聞こえたような気がした。 「では、お会いするという返事をしておくわよ。お母さん達にもお伝えしてね。 多分、折り返し、会う日を知らせられると思うから。 それにしてもよかったわ、その気になってくれて。私の方も頼まれると何か と弱い立場にあって……愚痴を言っても仕方ないわね。 ルークの方はきっと、もっと忙しくなるわ。期待に応えようとするのはもち ろん結構だけど、無理はしないで。ああっ、何だか矛盾してるわ、私ったら」 相羽の母が仕事の話でこれほど歯切れが悪いなんて、滅多にない。気苦労の 大きさを雄弁に物語っているように思われた。個人的にはモデルの線を押し進 めたいが、周りや外との兼ね合いからドラマの話も大事にせねばならない、と いったところなのかも。 純子は気遣いもあって、明るく返事した。 「いいんです。どんなことがあっても、モデルの仕事に支障が出ないように頑 張りますから」 「あのね、そういう意味だけじゃなくてね。私も、信一も、あなたのことを気 にかけているから」 「……」 「信一と進路の話をしているとき、純子ちゃん、あなたのことも思い浮かんだ のよ。大げさでなく、あなたの人生を左右しているかもしれない。きっかけを 作った私には、特に責任があるんじゃないかって」 「――自分で決めたんですから。楽しんでます」 本当の明るさを持った声になったのが、自分でもよく分かった。過剰なほど 弾む気持ちを抑えて、続ける。 「私、色んな経験ができる今の状況、好きです。モデルできれいにしてもらっ たり、歌を唄えたり、たくさんの人と出会えたり……毎回新鮮で楽しいです、 とっても!」 「よかった。そう言ってくれると救われる」 ドラマの話をひとまず脇に置くと、相羽の母の口調から浮き足だったところ が消えたようだ。モデル以外の依頼へ対処する手筈に、まだ慣れないらしい。 「さあ、他にも色々と仕事が来ているのよ。最初はモデル。春物と、もう一つ の方は初めてね、学習雑誌の懸賞ページ」 ぱっと言われた瞬間、何のことか分からずに頭を揺らす純子。 「けんしょう……雑誌の最初の方にある、あれですか? 読者プレゼントで賞 品を持って微笑む役」 「ふふふ。そんなところよ。『ハート』のCMの子とご指名の形で来てね。受 けてみるのもいいかもしれない。『ハート』の広告が誌面に載ったおかげで、 リクエストが増えているわけなの。どうかしら」 「あの、一つ、聞いていいですか。そのお話は、女の子としてなのか、男の子 としてなのか」 「両方ともあるのだけれど、少女ヴァージョンの方は純子ちゃんの素顔を出す ことになるから、手続きがなかなか複雑で面倒……市川さんのところと相談し ないといけないでしょうね。今は、あなたの希望を聞くのが目的だから。何の 制約もないとしたら、どちらがいい?」 「普通に自分を見せられる方がいいです」 迷うことなく答えた。 (女の子でどんどん出るようになったら、こちらにも名前がもらえるかも。早 くほしいな) 久住淳は基本的に少年バージョンの芸名なのだ。純子の本来の姿で出る分に は、いまだ名前がない。モデルのときは「AR**の子」とか「ルークの子」、 それ以外では「『ハート』の少女」なんて風に呼ばれている。 「いつまでも隠してるのは、性に合わないから。それに、名前も付けていただ きたいなぁ、なんて。あははっ」 「そうよね。他の仕事では顔を出しているのだし……そちらの線で考えておく から、少しだけ期待してみて」 「はぁい、少しだけ」 短い間、互いの笑い声が続いた。 「あっ、信じてないな。実はね、美生堂から新しい話があったのよ。それが決 まれば名前を出さざるを得なくなると思うから」 「へえ? それってどんな仕事ですか。やっぱり飲み物の?」 「ううん、今度は美生堂のメイン、化粧品よ」 「わっ、化粧品! 嬉しい!」 無意識の内に声を大にして叫んでしまった。自分に化粧品CMのモデルが務 まるかどうかを抜きにして、やってみたいと思う商品の最上位だ。 「どんな化粧品ですか?」 「あらら。そんなに喜ばれると、本決まりになってから話した方がいいような 気がしてきたわ。あとでがっかりしないためにも」 「ええっ、そんなあ」 抗議の意を込めぶうぶう文句を唱えたものの、秘密のままにされた。 話に区切りが着き、相羽の母は引き続いて純子の両親のことや学校のことに も言及した。 純子は頃合いを見てルークの方の仕事、つまり久住淳デビュー曲関連の今後 について尋ねるつもりだったが、やめた。折角終わった仕事の話を、また呼び 戻すこともない。 「蒸し返すことになるけれど、クリスマスイブは本当にごめんなさいね」 純子が黙っていると、向こうから話題転換をしてきた。 「え? あ、いえ。相羽、じゃなかった、信一君を私が無理矢理誘っちゃって。 かえってご迷惑だったかなって、あとで心配に」 察しがついて、見えない相手に頭を下げる純子。 「とんでもない。いくら感謝してもしすぎることはないわね。私が仕事をうま くこなして、クリスマスの二日間ぐらいはあの子と一緒にいられるようにでき ればいいんだけれど、なかなか思うようには……あら、また愚痴だわ、ごめん なさいね」 子供相手にこんな話をしたことを恥じたのか、相羽の母の照れ隠しそのもの のくぐもった笑い声が聞こえた。純子は空気を取り繕うためもあって、 「あの、信一君はどうしてますか」 と聞いてみた。 「信一が武道をやっているのは、純子ちゃんも知っているわよね。それに行っ ているわ。稽古始めなんですって」 「こんなに早くから? 凄い、頑張ってるんですね!」 「どうかしら。困ったことに本人はそういう素振りを見せないから、分からな いのよね。武道一本に打ち込むのでもないみたい」 「へえ?」 少し意外な印象を受けた。続きの言葉を待つ。 「この頃、ピアノをやってみようかなって言い出してね。時間が作れないから まだ実現はしていないものの、私の実家の方に帰ったときもよく弾いていたわ。 家でやれない代わりに、一日に何時間も」 「そう言えば信一君は、ピアノもうまいですよね。ずっと小さい頃からやって いたって」 「――ええ。三、四才の頃から触っていて、本格的に始めたのが五つのときよ。 勝手にこんなこと話すと、あの子から怒られるかもしれないけれど」 「だいたいは聞いています。でも一つだけ分かんないことがあって、信一君、 あんなに優しく、上手に弾けるのに、どうしてピアノ習うのをやめたのか……」 「……信一は何も言ってない?」 「そうですけど」 雰囲気が変わったような感じを受けた。 間が空いた。 「それじゃあ、私からは言わないでおくわ。あの子が自分から言うようになる まで、待ってあげて」 「は、はい」 「ごめんなさいね。こちらから話し始めたのに、素っ気なくて」 「いいえ、私こそ根ほり葉ほり聞いちゃって……」 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE