長編 #4741の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
相羽の方も、その目には驚きが少なからず宿っている。しばらく経ってから 口を開いた。 「純子ちゃんこそ、どうしてここにいるの? 今日は大事な仕事があると聞い てたのに」 「それが早く終わったんだぁ、奇跡的に」 レコーディングが無事終了したことを一刻も早く知ってもらいたい。そんな 気持ちが純子の内を占める。 相羽は口笛を吹くときみたいに口をすぼめ、そのまま笑顔へと変化していく。 「よかったじゃない。おめでとう」 「――ありがとう!」 音量が大きすぎたか、空間によく響く。 祝福してくれた相羽の表情がやけに幸せそうなのを見て、純子の嬉さも増す。 スタッフからの言葉とは、またひと味もふた味も違う感動を覚えた。 「こんなに調子よくOKがもらえるなんて、今でも信じられない。でも、唄っ た回数は凄かったんだけどね」 「分かるよ。声がほんの少し、かすれてる」 「あれ、分かっちゃう? 誰も気付かないと思ったのに、残念」 「まさか。僕の耳で聞き分けられるぐらいだから、プロなら誰だって分かるだ ろ。分かってて敢えて言わなかったんだよ、恐らく」 相羽は荷物を床に置いた。 「市川のおばさん達は来てるの?」 「ううん。先に帰ってもらった。ねえ、それより……聞いていいのかどうか分 からないけど、相羽君の方は」 怖々、沼の濁り水に手を浸けるみたいにして尋ねた純子。 相羽は一瞬考える素振りを見せてから、自らの鼻を指差した。 「赤くなってるの、分かるかな」 純子は首を突き出し、目を凝らした。コートのボンボンが音もなく揺れる。 「言われてみれば、かすかに。大して目立たないけれど……あ、もしかして負 けたとか……」 純子の探るような速度の台詞に、相羽も亀の歩みで応じた。散々もったいぶ っておいてから、「実は……勝ちました」と打ち明ける。 「――なんだぁ、もうっ。ほっとした」 純子は天井を見上げ、大きく吐息。高まりつつあった胸の鼓動が、元に戻っ ていく。 「だけど、鼻が赤いのは何故?」 「え、まだ赤い? うーん……試合中に殴られた。もちろん反則」 相羽の説明を聞いて、いや、その途中で、純子は口を挟んでいた。 「大丈夫だった? それで、相手の人は? わだかまりなく別れたの?」 「いっぺんに聞かれても困る。鼻は見ての通り、大丈夫。少し歪んで、見栄え がよくなったかもな」 冗談めかす相羽に、純子はため息をこれ見よがしについた。 「あなたねえ……真面目に答えて! こっちは心配して言ってるんだからっ」 「悪い。でも、本当に大したことないから、安心してくださいな。ま、心残り は、相手の奴と話ができなかったまま――」 「いいの?」 「よくない。だから、いつか話するよ。あーあ、それよか、反省会で先生に注 意されたのが堪えた。戦いに臨む心構えが甘いって」 「……どうして」 飲み込めなくて、顔をしかめる純子。心持ち、ほっぺがふくれた。 「相羽君は勝ったのに。優勢だったんでしょ? 反則した相手が悪いのに」 「それぐらいは、先生だって分かってる。その上で言われたんだ。自分達がや っている武道の根底には護身術の考え方があって、どんな局面でも対応できな ければならない。反則だから殴ってこないだろうと高をくくっていたのは、僕 の油断。そういうこと」 「でも……相羽君、悪くないのに。誉めてくれたっていいのに」 我がことのように一生懸命反発する純子を前にして、相羽は表情を柔和にし た。もし彼の心を図にして覗くことができたなら、不本意な結果にささくれ立 っていた気持ちがなだらかになっていくのが見て取れたかもしれない。 「誉めてもらったよ、ちょっぴりだけどね」 軽い口調の台詞に、純子にも笑顔がじんわり、染み渡る風に戻った。 「……そうね。本人が納得してるのなら、私がとやかく言う話じゃない」 純子はコートを羽織り直すと、相羽の前を横切った。 「終わったのなら、帰ろうかな。見たかったけれど。相羽君も、もう帰るんで しょう?」 「うん。……いっけね、忘れてた」 何かを思い出したらしい相羽が頭に右手をやり、出入口の方を振り返ると同 時に、人影が一つ現れた。男の子で、前髪の一部をつんつんに立てている。き かん坊のイメージを漂わせているが、歳は相羽と同じぐらいだろう。 「遅い!」 「悪い、話し込んでた」 「時間にきっちりしてるおまえがどうしたのかと、心配……誰、そっちの人?」 つんつん頭が純子の方を腕で示した。 (同じ道場の人かな?) 純子が軽く会釈するのに合わせて、相羽が考え考え、話し出す。 「えっと、前に言ったかもしれない。同じクラスの涼原純子さん」 相羽は純子に目を向け、逆方向の紹介を始める。 「同じ中二だけど、道場では先輩の望月……下の名前は邦仁だっけ?」 「おう。――よろしくな」 望月が八重歯を覗かせ、お辞儀してきた。純子もつられて、再び頭を下げる。 顔を起こしたとき、じろじろと遠慮ない眼差しにさらされていると気付いた。 思わず、「顔に何か付いてる?」というお決まりの文句を口にしそうになる純 子だったが、やめた。付いているはずない。 「あの、望月君、どうかした?」 「いや、別に。ところで、相羽の知り合いって、どういう関係なんだ?」 人見知りしない質なのか、望月は単刀直入にずばずば聞いてくる。冗談やか らかいの意図は全くなく、とにかく知りたい。そんな真っ直ぐな尋ね方だ。 「友達です、小学生のときからの」 「ふむ。それだけ? にしては、一人でこんなとこに応援しに駆けつけるなん て、もっと親しいようにも見えるな」 「応援には間に合わなかったんだよ」 不意に言葉を差し挟む相羽。 「おかげで、殴られて鼻を押さえているところ、見られなくてすんだわけだな。 はっはっはっ」 笑い飛ばす望月に、相羽は額を押さえて首を左右に振った。 「涼原さんは僕の母親とのつながりが強くて、その関係で普通よりちょっとだ けよく話す。それだけだ。ね?」 「え? あ、そうそう」 純子と相羽、二人して作り笑いを浮かべる。 望月は気に留めた様子もなく、「ふうん」とうなずいた。 「そんで? 俺と一緒に帰るって話はなしかい?」 「いいや。どうしてそんなこと言うんだよ、望月」 「そっちが二人で帰るのなら、邪魔かと思ったんで。かまわないってんなら、 遠慮せん」 「じゅ――涼原さんはそれでいい?」 「当然よ。望月君に道場でのあなたのこと、色々と聞いてみたくなっちゃった けれど、いいかしら」 純子の悪戯っぽい表情に、相羽は肩をすくめ、望月は自分の胸を親指でどん と突いた。 「任せなさいっ。あることないこと、じゃねえや、ありのままに話してしんぜ よう」 三人でいられたのは、駅から駅までの短い間だった。 望月は学校が違うだけあって、家の方角も全く異なる。相羽との仲は言うま でもなく、純子とも話が合ったせいか、別れ際には名残惜しそうに、いつまで も手を振っていた。 ただし、名残惜しげと言っても静かな風情はない。元気よく、「またなあ!」 と叫んで、両腕を大きく振る辺り、体育会系なのかもしれなかった。 「面白い人ね、望月君て」 「だよね。生真面目だけど話してると愉快になってくる、そんな感じかな」 最寄りの駅から、ぶらぶらと歩いていく二人は、ともに夕方の寒さに肩を縮 こまらせていた。 純子はダッフルコート、相羽は長いマフラーがあるものの、予想以上に冷え 込みが急だ。これはきっと、風が強いせい。 しばらく行く内に、純子はあることに気付いた。 相羽が先へ先へと出るのだ。 会話しにくいと感じて、距離を詰める純子。するとまた間を取るかのように、 数歩先を行く相羽。これを二回繰り返した時点で、純子は話題を打ち切り、直 接聞いた。 「ねえ、そんなに急いで、家に用事があるの?」 「いや、特になし。早く帰って暖まりたい」 「ほんの少しでいいから、ゆっくりにして。追い付けない」 「……くっ。僕は、君の前にいようと思ってるわけでして、追い付けないのは 当然だよ」 わずかに笑みをこぼし、口を覆う相羽。そのまま、またも純子の前を歩き出 した。 「待って。ね、じゃあ、どうして先に行くのよ。教えて」 「恥ずかしいから嫌だ」 「え、何が? 恥ずかしい理由って?」 でも、相羽はなかなか答えようとしない。 純子が同じ質問をしつこく重ねていると、曲がるべき角に差し掛かった。右 に曲がるのだが、このときになって、急に相羽は先行するのをやめ、純子の左 側に並んだ。 「あら。終わり? さては、答えるのが嫌であきらめたな」 「終わりじゃないって。ああ、もう。説明するのが格好悪いから、言いたくな いだけ」 「それなら、私、絶対に笑わない。だから言って」 「…… I am a windbreak.」 「え?」 「ウィンドブレイク。多分、この英語で合っていると思う」 「日本語で言いなさいよ。それともテストのつもり?」 「いや。風よけという意味だよ。ウィンドブレーカーって言うだろ」 根負けしたのか、素っ気なく返答した相羽。 純子は一人立ち止まり、目をぱちくりさせる。それと同時に、左側から風が 吹き付けてきた。 「ほら、止まってないで、早く」 相羽が振り向きざまに手を差し伸べてきた。それにすがりはしなかったが、 小走りで追い付く純子。 右横に並んでから、自然に湧き起こった笑顔のまま、隣を見上げた。 「ありがとう、ね。そっちこそ寒くない?」 「ばれたか」 空いている方の手を天に突き上げ、続いて前髪をかき上げた相羽。真っ直ぐ 前を向いたままだ。 「今の君が風邪引きでもしたら、大勢に迷惑掛かるだろ。だから」 「レコーディングは終わったから、別にいいのに。あとは撮影だけ」 そうして相羽の反応を伺う。某かのことを言いたげだけれども、仕方ないと いう風に唇を結んでいた。 (誰にでも優しいんだから。その優しさを、今さら隠そうとするなんて) 純子には相羽の反応がつまらなかった。 そこで、悪戯半分に、ちょっと突っついてみようと思い立った。 「私ね、いいなって思える人ができたの。もちろん、男性」 笑顔を押さえ込みながら、純子は首を少し前に出し、隣の相羽を覗き込むよ うにした。 相羽の方は依然として真っ直ぐ前を向いたまま、頬の辺りを一撫でした。何 も言わないのは変だと思ったのか、 「ふうん」 と力ない合いの手が加わる。 純子は意外に感じて、姿勢を戻すと、両手首を腰に当てた。 「あれ? 気のない返事。前、興味ありそうなこと言ってたんじゃなかった? もう話すのやめようかしら」 相羽はやっと純子へ向き直り、頭を小刻みに振る。その仕種がどこかリスを 連想させた。 「い、いや、気になる。関心あるよ。突然、話が換わったから呆気に取られて しまっただけで」 「じゃ、よろしい。――その人はとっても厳しくて、話す言葉は丁寧なのに、 一つ一つが凄く重たいの。その人に誉めてもらったら、私、嬉しくて……」 「あの。もしかして、鷲宇憲親のこと?」 相羽の探るような物腰に、純子の方は一瞬絶句。それから苦笑いを表情に広 げながら、前を向く。 「さっすが。いい勘してるわ」 「あのなあ……分かるよ。君が鷲宇に受けてるレッスンについて知っている人 なら、誰でもね」 この短い間にほとほと疲れ果てたような相羽。どんな答を聞けるのか身構え ていたらしくて、それだけ力も入っていたに違いない。 「それで……本気で鷲宇がいいの?」 何気ない口ぶりで相羽が聞いてきた。そう装っている感も色濃いけど。目が 落ち着きなく動いているのが状況証拠だ。 純子は急いで答を用意せねばならなくなった。元々思い付きで喋ったことだ。 −−つづく
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