長編 #4737の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
女友達からとは言え、それらの感想をもらった純子は頬を赤らめた。 「案外、大人っぽいじゃん」 「ほんとほんと。中学生には見えない」 「背も高く見えてるような気がするよぉ」 書店のマガジンラックの前に陣取り、一冊の女性雑誌を覗き込んでいるのは 町田、富井、井口の三名。 純子は彼女らからわずかに離れ、もじもじと自分の手をいじりながら、ぽつ んと立つ。雑誌には九月に撮影のあったモデル仕事の結果がある。子供服が大 人びる傾向を強めるご時世ではあるが、これまでの年齢層よりも上をターゲッ トにした服をまとった今回、純子にとって新たな試みだった。 「大きく見えるのは、撮影の仕方よ。下から煽るように撮ると、背が高く見え、 足が長いように映るんだって」 まずはそう言ってから、ごくりと唾を飲み込む。 「それで、本当に大人っぽく見える?」 「何度言わせたら気が済むんだか。すっかり化けてるじゃない」 町田は雑誌をくるりと返し、そこにある写真を指差した。 朝靄の中、黒の冬物を着て、流し目を作っている自分。純子は胸の内でため 息をついた。 (見た目は大人っぽくなってるかもしれない。けれど……私自身は、この姿が 背伸びしてるって、よく分かってるからかな。不安が消えない) とは言え、友達みんなの感想に勇気づけられたのも事実。モデルは「外見」 で魅せてこそ。内面は、きっとあとから着いてくる。 「やっぱり、ありがとう」 ぽつりとこぼす純子に、町田が首を傾げた。 「『やっぱり』って何なの?」 「え。つまり、みんなの言葉に感謝してますってこと」 適当にごまかして、純子は雑誌を音を立てて閉じた。そしてみんなを促す。 「さあさ、いつまでも友達の写真なんか見てても、飽きるだけ。漫画のコーナ ーに行こうよ」 大型の書店には定番の配置なのか、ここでもまたコミックの棚と参考書の棚 が非常に近接していた。受験生の姿を見せることで漫画目当ての子供達が騒ぐ のを少しでも遠慮させようという策なのかも。 実際、追い込みに入る時期である現在、参考書片手に佇む受験生らしき中高 生の姿が目に付いた。純子達も自然と大人しくなり、参考書コーナーを素早く すり抜ける。 と、そのつもりだったが、純子一人、呼び止められる羽目になった。 「――やぁ、涼原さんじゃないか」 「えっ?」 ポニーテールを弾ませ振り返ると、知っている顔が認められた。同じ中学の 制服を着ている男子だが、友達というわけではない。 「あ、北村(きたむら)さん」 北村秀一郎(きたむらしゅういちろう)。図書委員会で何度となく顔を合わ せてきた先輩だ。細身で眼鏡を掛けた、いかにも勉強ができるといった外見と は裏腹に腕力があって、書籍の上げ下ろしの際には大活躍していた。独り言を 言う癖があるらしくて、本を読みながら気取った調子でぶつぶつ口走っている のをたまに見かけたことがある。 「お久しぶりです。図書委員ではお世話になりました」 お下げを揺らしてぴょこんと頭を下げた純子に対して、北村は開いていた参 考書のページに人差し指を挟んで閉じると、眼鏡を押し上げた。 「僕らも涼原さんの頑張りには助けられたよ。いいな。漫画でも買いに来たの か」 「ええ、まあ」 「二年の内にたっぷり遊んでおくといいよ。何だかんだ言っても、受験が大変 であることに変わりない」 「北村さんは自信満々ですね。後輩に声を掛ける余裕があるなんて」 「だといいんだけどね、現実は厳しいっ。息抜きしたくなるわけで、そこへた またま知っている異性が通りかかったから」 「……男子だったら、だめだったんですか」 おかしくって頬を緩める純子に、北村は急いだように首を横に振った。 「そんなことは。つい、口が滑った、じゃなくて……まずったな」 よほど焦ったのか、参考書の隙間が消えてしまっている。 そんな先輩をますます微笑ましく感じて、純子は最後にエールを送った。 「後輩思いもいいですけど、志望校合格目指して頑張ってくださいね」 再度こうべを垂れると、友達の待っている書棚の方へ駆け出した。 * * 電車でターミナル駅まで一旦出て、乗り換えてから三つ行く。下車して駅の ほぼ真南へ徒歩七分のところに、市民体育館がある。 建物の歴史を物語るかのように、灰色の壁には染みが数学のグラフめいた模 様を作っており、また蔦が高くまで這い上がっている。 もっとも、相羽達の試合が行われるのはそちらではない。正規の体育館に遅 れること数年、隣接する形で建てられた第二競技場の方だ。 第一競技場たる体育館が二階建てであるのに比べると、第二競技場はこじん まりとした平屋であるが、瓦葺きの三角屋根のせり出しが武道の香りを漂わせ る。 まあ、こちらも古びた感じなのはご同様だ。 「ちょっと」 すでに仕度を整え、白い道着に身を包む相羽は、応援に来てくれた友達の内、 男子だけを呼んだ。 「来てくれたのには感謝してる。でも、今日はみんな、どこかに遊びに行くっ て言ってたんじゃなかったっけ?」 唐沢に問うと、面白がっているのがありありと分かる笑顔が返ってきた。 「相羽クンの試合を見よう!ってのも、コースに入っているのだよ。ふっふっ ふっ、驚いたか」 「あのな……白沼さんや富井さん達には面白くも何ともないぜ、きっと」 「いた方が張り切ると思ったんだが、余計だったか」 両手を頭の後ろで組み合わせ、しれっとして答える唐沢。立ったまま左右の 足を組み換えると、砂利が音を立てた。 相羽は風で髪が乱れるのを嫌い、手で額の辺りを押さえた。指の隙間から、 町田達や白沼の姿が覗く。 唐沢はぼやき口調でさらに言った。 「だいたい、女子の中には、おまえがいなきゃつまんないって言うのがいるし。 それだけならまだしも、『相羽君がいないんなら、誰があんたと一緒に出歩く もんですか!』と大変な剣幕で仰る御仁も約一名。この俺が、ひでえ扱いを受 けたもんだ」 「……とにかく、予期してなかった。気が散る」 「これぐらいで気が散るとしたら、修行が足りませんな。ほっほ」 勝馬も調子に乗っている。肩を揺らして笑った。 相羽は怒るわけにも行かず、ぐっとこらえるしかない。今、変に興奮すると、 いよいよ試合に集中できなくなる。 そこへ追い打ちを掛けてくる唐沢。 「俺なんか、女の子にきゃあきゃあ言われたら、実力以上のもんを出せるんだ がなあ。人間てのは、みーんな仕組みが違うんだな、うん」 相羽は嘆息して、いっそリラックスしようと努めた。 (自分の力を試すだけだ。それに比べたら、勝ち負けは重要じゃない。……も し純子ちゃんが見てるんだったら、絶対に勝ちたいが) どうも邪念が入ってしまう。相羽は頭を強く振った。胸を張り、腹の奥底に 力を込める。 「時間だから」 と言って、競技場に向かおうとした相羽を、勝馬が呼び止めた。 「あ? 他のみんなには挨拶なし?」 「時間がないんだ。終わった直後なら少し時間取れるから、そのときまた」 「『相羽君、頑張ってね』って言ってもらえよ。絶対に効果あるぞ」 また声色を使う唐沢を振り切って、相羽は逃げるように競技場へ駆け込んだ。 白沼達が何ごとか言うのを、背中で聞き流した。 * * 大詰めを迎えていた、と言っていいだろう。 その独特な、張り詰めた雰囲気に熱気がプラスされた空間の中、純子は力を 出し切っていた。 いや。正確を期すなら、今まさに力を出し切ろうと格闘している最中。 初めて見たときは奇異に感じた薄っぺらいマイクに、今は親のかたきみたく 相対している。 「到達していない。しかし、さっきよりはいいね。ワンモアと行きたいが、そ の前に、喉と心はまだタフでいるかい?」 「はいっ」 マイクロフォンを通した鷲宇の問い掛けに、純子は百メートル走のスタート ダッシュさながらに素早く応じた。ヘッドフォンをずらし、髪を側面から両手 でかき上げると、汗がまとわりついているのが分かった。振って風を通せば、 ひんやりと気持ちいい。こんなことがリフレッシュにつながる。 「結構。では、もう一度」 鷲宇の弾んだ響きの声に、思わずにこりとしてから、息を瞬時止める純子。 唄い疲れているはずなのに浮き浮きして、心地よい。 曲がヘッドフォンを通して聞こえ始め、タイミングをぴたりと重ねて歌い出 しを押さえた。 タイトルは、『そして星に舞い降りる』。純子自身、初めて耳にしたときか ら大好きになれた曲で、何度聴いても飽きないし、何度唄っても嫌気が差さな い。鷲宇憲親が純子をイメージして作り、事実その通りにできたと自負するだ けあって、身近な物として感じられるようだ。着慣らしたお気に入りの服みた いに、肌に合う。 ただ一つ厄介なことがあるとしたら、日常生活における声よりも低音で唄わ ねばならない点。 「もう少し。『逢いに来た』のところ、わずかに強い。あそこは抑えて。前に も言ったように、ポジティブな感情を込めなければいけないんだが、音量を大 きくしろということではない」 鷲宇が右こめかみに触れながら言った。他にもスタッフは数名おり、それな りに力のある地位の人もいるのだが、この場の主導権は鷲宇が握っている。 「はい」 「全身から力抜いていいよ。声を無理に振り絞るんじゃなくてね、自然と湧き 出るようなつもりで」 「うーん……やってみます」 注文は徐々に抽象的なものが多くなる。当然、修正するのも難しいが、本人 は色々試せて面白いと感じる気持ちもちょっぴりあった。様々な唱い方ができ るようになったのは、トレーニングの賜物に違いない。 今度の回、純子は自らに課すテーマを「全身で唄う」に決めた。これまで、 頭のてっぺんから抜けるつもりで唄っていたが、それではまだ何か不足らしい から。 いつもの女の子らしい声でいいのなら、まだ容易い。極論するなら自由に唄 えばそれでよい。だが、女の子の声ではだめなのだ。 「行きます」 もう一度、髪を後ろにやり、気持ちを入れた。 唄う度に生まれ変わる。今の純子はきっと、そんな状態。危なっかしくて不 器用なはいはいをやっと始めた赤ん坊の前方に、可能性は無限に広がっている。 メロディが流れてきた。 * * 特に観客席が設置されてはいない。青いビニールシートの上にぺたりと座る か、壁にもたれかかるかして、控え目に見物する。 言うまでもないが、唐沢達の他にも応援に来ている人が大勢見受けられた。 多分、そのほとんどが出場者の家族や知り合いに違いない。お父さんお母さん らしきカップルはカメラやビデオを手にそわそわしているし、小学校に上がる か上がらないかぐらいの子供達はこれから何が始まるかなんてそっちのけで、 道場の端っこをねずみ花火みたいな元気よさで走り回っている。 「結構あるみたいね、出番が来るまで」 掲示板の前に立ちながら、白沼は待ち遠しそうに指先を口元に当て、小首を 右に傾げた。 高さ一八〇センチほどの掲示板の紙には、試合の組み合わせが手書きで記し てある。全部で三十試合ほど組まれていて、相羽の名はその中盤辺りにあった。 「相手の名前は」 指先で紙上を追う井口。 「江口(えぐち)……何て読むんだろ?」 そこには「主税」とあった。 「『しゅぜい』なわけないよねえ」 「こういう漢字ってのは、きっと『よし』とか『たか』なんて読めるんじゃな いかな」 みんなして頭を捻る。重要な問題でもないので、分からないまま、掲示板か ら離れようとした折、後ろから不意に声を掛けられた。 「『ちから』と読むんだよ」 はっとしてみんなで振り向くと、眼鏡を掛けた細身の男性が立っていた。ね ずみ色のスーツ姿に、ネクタイはえんじと紺のストライプ模様。そんな出で立 ちだが、大学生か高校生のような童顔だ。眼鏡のフレームの薄さがいささかア ンバランスな冷たい印象を放っている。 「あ、す、すみません。あの、江口選手のお知り合いの方ですか」 何となく謝っておいてから、代表する格好で町田が改めて聞く。 すると相手の男性が面食らった様子から、息を吸い込んで頬を膨らませた。 −−つづく
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