長編 #4727の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ファルネッタは、自嘲気味に悪意を持つ者たちのつけたあだ名を口にする。そ れを咎めるよう、伯爵は即座に否定した。 「大まかないきさつは、伯爵方もご存知でしょう」 伯爵の言葉には何も答えず、ファルネッタは話を続けた。 「五年前のことです。私は近衛の者と恋に落ちました………貴族の位は持つもの の、決して高い位ではありません。とてもお父様にも許して頂ける相手ではあり ませんでした。 いま思えば、私も若かったのだと笑うことも出来ます。でもその時は真剣でし た。城を捨て、その人と一緒になることに決め、実行したのです。 皆は信じていないようですが、私があの人の素性を知ったのは、その後のこと だったのです」 ファルネッタの語る話は、あまりにも有名なことであった。城を捨て、国を捨 て、愛する者と生きることを選んだ姫。しかし話がそれで終わっていれば、ファ ルネッタが一部の者たちから打倒王家の象徴とされることもなかったであろう。 それこそ身分を越えた美しき恋愛の物語として語られ、『売国姫』などと忌まわ しい呼び名が与えられることもなかった。 つまりは、物語はそこで終わらなかったのだ。ファルネッタと駆け落ちをした 男は、敵国の間者だった。貧しい貴族の生まれであった男が、一兵卒とはいえ近 衛にまで出世出来たのは敵国からの資金援助を受けてのことだった。 男が間者として、どのような使命を帯びていたのか、いまとなってはもう分か らない。内政や軍事情報を敵国へ流していたとも、王の暗殺が目的だったとも伝 えられる。王女を拐かすことこそが目的だったのだと言う者もいる。いずれにせ よ、一度は間者と手に手を取り、国を離れたファルネッタは戦争の終結によって 城に戻っても、人々から不遜な目で見られるようになってしまった。 あの姫は、この国を間者に売り渡そうとしたのだと、悪意に満ちた噂が市井を 流れる。その噂から『売国姫』なる呼び名が生まれてしまった。 「あの人も私を愛してくれていたのだと、信じています。いえ、あるいは自分の 役目との間で葛藤していたのか知れませんね。第三国への逃亡は、王女である私 が見咎められず国境を越えるのが難しいこともありました。だから私たちは、戦 火の中にある二つの国の、国境近くに身を隠しました」 馬の辛そうな嘶きが聞こえた。整備の行き届いた道しか歩いたことのない馬に とって、この雪降る中での行軍は、想像以上に困難を窮めている。それを操る御 者の苦労も、相当にあるだろう。それでも老伯爵の耳に、不平不満の呟きが届け られることはない。 「小さな小屋でした。何もない、貧しく不自由な暮らしでした。でも私にとって 初めての経験、目にするもの全てが新鮮で、飽きることがありませんでした。そ してなによりも、愛する人がいつもそばにいる………とても幸せでした。 その暮らしが始まって、十ヶ月が過ぎ、私は一人の女の子を産みました」 「それがあの少女だと?」 老伯爵はルウと呼ばれていた、絵の少女を思い浮かべ訊ねた。 小さく頷くファルネッタの表情は、初めて穏やかさを見せる。その手に抱いた、 我が子の温もりを思い出していたのだろう。ファルネッタにも、そんな表情が出 来るのだと老伯爵は知った。 だが、そんな穏やかさもすぐに曇りの中へ消えてしまう。 「あの子………ライアと名付けた子が二歳の誕生日を迎える、一週間ほど前でし た。あの人の留守に、敵国の兵が現れたのです。小屋は囲まれ、私とライアは逃 げることも出来ず捕まってしまいました。その時、私は見たのです………兵たち の後ろに、悲しそうな目で私たちを見つめるあの人を」 ファルネッタの瞳から、涙がこぼれ落ちる。老伯爵は無言でハンカチを差し出 した。 おおかたの想像はつく。三年近くを一緒に過ごしたのだから、男もファルネッ タを愛してはいたのだろう。しかし人目を避けた暮らしに嫌気がさしたか、それ とも二つの国から追われる身でいることの恐怖に負けたのだろうか。男はファル ネッタと娘を売ってしまったのだ。 「敵国に連れて行かれた私たち親子は、そこで離ればなれとなりました。戦争が 終わり、和平が結ばれた後も、私だけが国に帰され、あの子の行方は知れなくな っていたのです。もう………あの子は………私の顔を覚えていないかも………」 ファルネッタが男と城を出て、再び敵国から返されるまでの詳しい経緯は、老 伯爵も知らぬことだった。それがいま初めて話を聞き、合点が行った。 公式には両国ともに、間者によって姫が連れ出されたとは認めていない。隣国 はスパイ行為を否定するため、こちらは『売国姫』の噂を打ち消そうとしての思 惑があるのだろう。そのために、間者であった男の消息について、問われること もなかった。あるいはすでにこの世の者でなくなっている可能性も高い。 そしてファルネッタが子どもをもうけていたこと。 間者の存在すら否定されているのだ。ファルネッタに子どもが出来ていたなど と、とても認められることではない。老伯爵ら、高位の貴族たちにも知らせずに いたのだ。当然和平後も、国として返還を要求するはずもない。あるいは闇から 闇へと始末されることを、望んでいたとも考えられる。 国政は、きれい事だけで執り行えるものではない。歳を重ねてきた老伯爵には、 よく分かっていた。それでも幼い命を蔑ろにしていたのなら………老伯爵の心に、 かすかな国王への不信が生まれる。 「ファルネッタさまは、お歌が好きでしたな………」 「はい………?」 涙を拭いていたファルネッタは、その質問に戸惑いの色を浮かべつつも頷いた。 老伯爵は思い出していた。まだ幼かったファルネッタが、城に出入りする人間 を手当たり次第に捕まえては、歌を聴かせていたことを。そして逆に、自分の知 らない歌を教えてくれと、せがんでいたことを。 それから、ルウと呼ばれていた少女の歌う姿を。 心なしか、幼いファルネッタの面影もあったように思えてくる。 「お子にも………ライアさまにも、お歌を聴かせていたのでしょうね」 「はい………」 寂しげに頷くファルネッタへ、老伯爵は優しく微笑み掛けた。 「ご心配召されるな。ライアさまは、お忘れになっていませんよ。お母様が歌っ てくれた歌を」 「そうだといいのですが………ああ、ライア………」 サロンを発って、もう随分と時間も過ぎた。老伯爵は窓の外を見遣った。そろ そろ少女たちを送った辺りへ、馬車は差し掛かる。 事務所へと戻ってからも、ボルドは不機嫌だった。葉巻に火をつけては、一・ 二度吸って消す。消してはまた新しい葉巻をくわえる。そんな繰り返しを、幾度 となく続けている。マリィたちのアパートへと、ボルドに同行していた二人の手 下も帰ってきてからは、一言も発せずに、ドアの両サイドを守るように立ち尽く している。別の仕事に出た男も、まだ吉報を携えては来ない。 ただ重いだけでなく、険悪にさえ感じられる空気が室内を支配していた。 その空気が動いたのは、別の手下がボルドに届けた新聞のおかげであった。 「くくくっ、そうか………いよいよことは、俺の思う方向へ向かいだしたな」 不敵さと凶悪さを兼ね備えた笑みが、ボルドの顔に蘇る。 「その新聞に、なにが書いてあるんです?」 男が恐る恐る訊ねたのは、マリィたちのアパートでボルドの不興を買う真似を してしまったからである。自分に対するボルドの怒りが収まらなければ、これか らは新しい仕事先を探さなければならない。出来ることなら、このまま金になる ボルドの仕事を続けたいと、彼の機嫌を確かめたかったのだろう。 「ふん、こいつは首都から取り寄せた新聞だがな、ここを読んでみろ」 新聞の記事をペンで囲み、ボルドは男へと渡した。今日の不愉快な出来事を忘 れた訳ではないが、その記事はボルドの心を寛容にさせていたのだ。 「国王が統治権を放棄する用意があると宣言した………これがなにか?」 記事を読み上げてもなお、男はボルドの上機嫌を理解出来ない。そんな手下へ、 ボルドは「ふん」と鼻を鳴らし、ため息をつく。所詮、男の頭がこの程度である と知り、自分の優位さは決して変わらないのだと満足しつつ。 「分からないのか? この国にももうすぐ、国民による議会政治が誕生するとい うことだ」 「それがボルドさんに、何か得になるんですか?」 「はあっ、まだ理解出来ないとはな。俺はな、いままでただ闇雲にこの街で勢力 を伸ばし、金を集めていたわけじゃないんだ。基盤を作っていたんだよ。政治家 になるためにな」 「政治家、ですか」 「そうだ。いいか、金の力は絶大だ。俺はそれを使い、首都やここを含め主だっ た街の貴族や商人、実力者の一部とパイプを作っている。議会が開かれたとき、 その席の一つは間違いなく俺のものになっているだろう」 「政治家ってやつは、そんなに稼げるんですか」 話しながら気持ちの高揚していくボルドに対し、手下の男は首を捻るばかりで あった。その日その日を愉快に過ごせれば満足である男に、大きな野望を解する 能力を期待しても仕方ない。 「そうだな、稼げるかも知れん。だがな、それだけじゃない。まあ初めは何十人、 何百人のうちの一人でしかないが………これまでに資金は充分貯めてきた。なに、 トップの登りつめるのに、それほど時間は掛からないだろう。障害になるヤツが いれば、片づけてしまえばいいんだからな」 「なるほど」 男が頷き、笑ったのは最後の台詞を聞いたときだった。この国の権力の頂点を 狙うボルドの野望は理解出来なくても、自分にとってこれまで通り荒っぽい仕事 をする機会があるのだと知って、安心したのだろう。 もし男がマリィたちのアパートで見せたような、腹の足しにすらならない良心 のかけらをもう一度出すことがあれば、その時こそ始末すればいい。それさえな ければ、金次第でどんな仕事でも請け負う男は、ボルドにとって使いやすい道具 なのだから。 そんなことを思っているボルドの耳に、何やら階下からの喧噪が届いた。誰が 発砲したのか、拳銃の音も聞こえる。銃撃戦が始まったのだ。ボルドと二人の男 は、緊張した視線をドアに向けた。 続いて手下が一人、ノックもせず慌ただしく部屋に飛び込んでくる。 「何事だ、騒々しい」 「ボ、ボルトさん。やばい、警察が………」 言葉を言い終えないうちに、その手下は後ろから来た者によって突き倒されて しまう。部屋にいた二人の男は懐に手を入れ、素早く拳銃を取り出し仲間を倒し た者へと向けた。が、発砲することなく、その拳銃を捨ててしまう。 ボルドたちに向けられた銃口は、二桁の数に及ぶ。ここまで入って来られたと いうことは、階下の手下たちの応援はもう期待できない。全員撃たれたか、捕ま ってしまったのだ。ボルドたち三人が応戦したところで、拳銃の数がまるで違う。 瞬時にこちらが射殺されてしまうことは目に見えている。二人の手下の判断は、 間違いでない。 「どういうことだ、これは」 せっかくの上機嫌も台無しになり、ボルドは憎悪に満ちた視線でドアから突入 してきた者たちを睨む。瞬きするほどの間に、ドアから進入して来たのは両手の 指の数ほどの、武装した警官隊であった。 いままで何が起きても、スラムに入ってまで任務を遂行するのを躊躇っていた 警察。腰抜けどもとボルドたちの嘲笑っていた連中が、なぜいまになって強行突 入をして来たのだろう。 「あの刃物狂いが、吐いたのか………」 咄嗟にボルドの頭に浮かんだのは、アルベルトに依頼された殺しに出向いてい た男のことであった。殺人においては一番の手練れである男、まさか失敗はない だろうと高をくくっていたが、他に考えられない。この時間まで帰らないという のは、しくじって警察の手に落ちたと思って良さそうだ。それにしても普段から 余分にお金を与え、万一の場合簡単に口を割ることのないよう言い含めておいた はずだったのだが。信用はしていなかったが、あまりにも容易く自分のことを話 してしまった手下の根性のなさに、ボルドは歯噛みする。 「もう少し、部下を信用してやっていいんじゃないのかね。ヤツはまだ、何も話 しちゃいないよ」 ドアの前に立った警官たちが左右に分かれた。その中央から、他の警官とは異 なった制服の男が片足を引きずりながら現れた。どうやら警官隊の指揮官らしい。 「どこかで見たことのある顔だと思えば………貴様か!」 年輩の指揮官の顔を見て、ボルドはため息をつくとも、失笑するともつかない 表情を浮かべた。 「まあ、そう言うことだな。ボルド、あんたも拳銃をこっちに渡しな。へんな真 似はしないほうが、いいぞ。私を撃ったところで、蜂の巣になるだけだからな」 極めて穏やかな笑みを湛えつつ、指揮官はボルドへと歩み寄る。その後ろでは、 警官たちが手下の投げ捨てた拳銃を回収していた。 「ふん、抵抗なんざ出来ねぇよ。俺の銃は、弾を補充し忘れてたんだ」 ボルドは言葉通り、デニスに弾を抜かれたまま充てんしていなかった拳銃を、 ゆっくりとした動作で投げ渡す。見知った顔の、指揮官へと。 「騙されたよ、あんたには」 指揮官につられた訳でもなかったが、ボルドも穏やに笑い返し両手を上げる。 その男が警察官であるのなら、自分がこれまでにしてきたことを数多く知られて いる。抵抗もままならないいま、ボルドの表情は諦めが形になったものだった。 指揮官の正体は、スラムの住人から将軍と呼ばれていた老人であった。ガラク タを扱う老人一人、配下に収めてもたいした役には立たないと考え、それほど本 気での圧力は掛けていなかった。ボルドに従いもせず、特に役立つ訳でもなかっ た老人を、早々に始末していなかったことが悔やまれる。 「なにせスラムには、なかなか警官も入れないんでなあ。おまけにあんたも、相 当に慎重で表立った真似をしてくれん。それでな、私がああやって、せっせとあ んたの悪事を調べていたという訳さ」 「その調べが、充分に揃ったんだな?」 「ああ、とりあえずの容疑は殺人教唆だが。他にもいろいろ揃えてある。あんた の好きな罪状から取り調べてやるよ」 「何年だ?」 ボルドの腕に、手錠の片方が掛けられた。抵抗する意志のないを示すため、手 錠の掛けられた状態で、ボルドはゆっくり腕を下げた。
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